白い鴉の啼く夜に

二色燕𠀋

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陽炎

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「親が離婚しました!」

 明るい口調で深景が言った内容に、みんながしんと静まった。

「…あり?」
「いやいや…」
「最初にそれはヘビーなんじゃない?」
「ですよねー…へへ。でもね、思ったより深刻じゃないの。なんて言うか、別にお母さんとお父さん、仲悪くなった訳じゃないの。
 なんて言うか…介護?とかの関係でね」
「あぁ…なるほどね」
「うん。私も大学行くし。なら…みたいな。だから週一くらいでは会えるの」

 なんだかその話、矛盾はある気がするけれど。多分深景のことだからそれもわかってはいるだろう。

「私からは以上です。次は?」
「じゃぁ俺。
俺、最近楽しいんだ」

 そう一喜が言うと、歩は笑った。

「なんだよ」
「いや…お前ってやっぱさ、良いヤツだね」

 本当にそうだ。いつでも、一喜はムードメーカーで。

「え?なにが?」
「お前さ、中原中也の詩を読んだかい?」
「いや…?」
「読んでみるといいよ。“少女と雨”。お前に凄く、ぴったりだ」
「…そうか?」
「少女がいま校庭の隅に佇んだのは
其処は花畑があって菖蒲《しょうぶ》の花が咲いてるからです
ってね」

 どんな詩なんだろうか。今のではピンと来ないから、取り敢えずケータイにメモっておいた。

 歩はすらすらっと、小日向さんのメモ帳に、癖のある字で『中原中也 少女と雨』と書いて一喜に渡した。

「まだ持ってて。もう少し」
「歩は今、何してんの?」
「そうだなぁ…」

 歩は考えて、そして微笑んだ。

「俺さ、将来小説家になりたいなって」
「…へぇ」
「うん、じゃぁこれが俺の秘密ね。だからね、将来の準備」
「将来の準備?」
「そう。
安心して小説書きたいじゃん?安心して大人になりたいじゃん?その準備」
「…全然わかんねぇけど」

 やっぱりまだまだ歩は何か隠してる。

「わかんないよね。でもいいんだ、それで」
「は?」
「芸術家はミステリアスだから」

 だけどどこか、歩に決意はあるように見えて。一喜も何も言わなくなった。

「はい最後岸本。お前は?」
「俺かぁ」

 考えてなかったな。

「秘密ね…うーん。
 わりと話してきちゃったな。どうしようかな」
「歩が好きとかね」
「あれ、知ってんの?俺、深景には話したけど」
「俺も聞いたよ」
「マジか。え、俺どんな顔したらいい?」
「そのままでいいよ」

 一喜がからかうように、「そのままでも好きらしいよ」とか言ったので流石に一発叩いてやった。

「痛ぇなぁ」
「今のは一喜くんが悪いね」
「なんだよぅ」

 でも嫌味がないから思わず笑ってしまった。自分でもちょっと友人に甘いと思う。

「りゅうちゃんは昔から嘘吐けないの!」

 あれ、今。

 歩は笑ってる。でも気付いてない。
一喜と深景はそれに気付いて、俺と歩を交互に見て二人とも微笑んだ。

「あれ?俺なんか変なこと言ったかな?」
「いや、別に。なぁ?」
「うん。いつも通り。昔と変わらないよ」
「えー?なんだよ気持ち悪いなぁ」
「歩、」
「ん?なんだよ岸も…」

 思わず歩を抱き締めてしまった。

「え?なにこれ公衆の面前なんですけどどうしたの!?」
「うん、もう何でもいいや。お前らが付き合え面倒だから」
「え?なにそれえ?」
「じゃぁ一喜くん、お邪魔だから一緒に帰ろうか」
「え?俺パニックだけど!」
「うるせぇよ歩、責任取ってりゅうちゃんと海外で結婚しろ」

 流石に歩が気の毒になってきたので離してやった。

 でも嬉しかったんだ。
 呼び名ひとつが嬉しかったんだ。

「…悪かったな。感極まったよ」
「お、おう…。え?結婚するの?」
「は?いやしないよ?」

 こいつはある一定でアホだ。

「そっか、よかったと言うかなんと言うか」
「深景、家まで送るよ。一応彼氏代理だからな」
「はーい」
「え?どゆこと?」
「あ、言ってなかったね。
 りゅうちゃん今彼氏のフリしてくれてるの」

 一喜がフリーズ。無理もない。

「それこそ秘密なんじゃね?」
「確かにな。
 笹木にストーカーされてるから、俺が彼氏のフリしてるんだよ。一連の笹木事件の謎が少しずつわかってきた。どうやら笹木はずっと深景が好きらしいんだ」

 それには一気に二人は真剣な顔つきになった。

「それ、マジ?」
「…うん。まさかこんなになってるなんて知らなかったよ」
「…なるほどな。なんて言うか…少しスッキリした」
「深景」

 歩はもの凄く低い声で深景を呼んだ。思わず深景の肩がびくっと震えるくらいに、底冷えする低い声。

「その彼氏役、やっぱ俺じゃダメか?」
「え?」
「…俺さ、あいつにちょっと貸しがあんだよ。てか、なんかあったとき、岸本は生徒会長だが俺は今やただの気分屋引きこもりだ。困らないのは俺だと思う」
「歩?」

 お前一体…。

「その件失敗しかけてんじゃ丁度良いじゃん。
 大丈夫。お前が思ってるようなことはしないよ、お坊っちゃん。何もなければそれでよし。
 あいつ、俺だったらいままで何もしてきてないだろ?そっちの方が手っ取り早いし」
「いや、お前、なんか…」
「大丈夫だって。黙って任せろよ。な?深景」
「うん…」

 このときに無理にでも止めておけば。
 後に事は大きくならなかったのかもしれないし、いずれにしても起きたことかもしれないけれど。
 事件のあとは、大体いつも後悔するものなのだ。
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