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陽炎
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一喜はどうやら、新たな恋を始めつつあるようだ。本人に自覚があるかはわからないが、恐らく。
小日向さんといるときの一喜に、笑顔が増えた。
「うちの妹も、あんなに良い子だったらな」
最近こんな台詞も増えた。一喜にとって、絶対的に守るべきものだった理穂。あの事件以来、理穂のことは口にしなくなってしまっていた。
やっと口に出来るようになったその口調はすごく穏やかで。その穏やかさはしかも、いくら妹好きの一喜でもいままでにないほどに優しく柔らかいもので。
「ついにシスコン卒業だな」
「なに言ってんだよ。まだまだシスコンだよ、俺は。でもな、隆平」
穏やかに、微笑みながら言う一喜。昔のようなこんな表情は、久しぶりに見た。
「俺、確かにシスコン、卒業かもな。
でもさ、そんときはも一個覚悟があるんだ」
「え、いきなり?」
「多分隆平の妄想とはかけ離れたやつだよ。もっと現実的なやつ」
「え?なに?」
「さぁ。全てが済む頃に、隆平には先に教えてやるよ」
ふと、一喜は笑いだした。
「そう言えば俺ずっとお前のこと中国人だと思ってたよな」
「うん、いつの間にか隆平になってたけど」
「幼心に恥ずかしかったんだよ。だから意地でも隆平って呼んでやるって。あれも理穂の勘違いだったな」
染々と一喜は言った。
なんだろう、一喜、少し変だ。
「一喜?」
一喜は笑っているだけだった。
「そろそろお前、大学だな」
「そうだな。一喜は?」
「俺まだ考えてねぇや。歩や、深景は…どうするんだろうな」
「歩はスクールカウンセラーか小説家になりたいらしいよ」
「ふはっ」
漫画のように一喜は吹き出した。
「ちょっと向いてそうなのがムカつくよな」
「やっぱり?俺もちょっと思った」
「深景は?」
「やっぱり進学を考えてるみたいだよ」
「だよなぁ…。
久しぶりにみんなで、会いてぇな」
切なそうに言う一喜。
今なら、それも…。
「隆平、実はさ」
「ん?」
「…いや、いいや。また明日」
「一喜、」
去ろうとする一喜を呼び止める。「ん?」と、疑問顔の一喜。
「放課後、時間ある?」
その後の答えは多分、予想している。切なそうに、「ごめん」って言うんだろうなとか考えていたんだけど。
「…いいよ」
まさかの答えに、返ってこっちが、「あ、あぁ、うん」と、しどろもどろになってしまって。
一喜はそれに笑って、「お前から誘っといてさー」とおどけたように言ってくれた。
「うん、確かに」
「断られると思ったんだろ?」
「まぁ、正直」
「物は試しだな、隆平。放課後下駄箱ね」
予想外過ぎて、それからあまり授業が手につかなかった。
浮き足立つような、だけど別に楽しい気分と言うわけでもなく一喜を待った。よくよく考えたら何も計画を立てていない。
いや、歩の家に行こうと思っていたんだが、歩がいるかすら分からない。
あ、その前に深景からの連絡をチェックしなければ。
とか頭を使っていたら、「お待たせ」と、いつも通りに一喜は現れた。
そのまま特に変わったこともなく、雑談をしながら歩の家に向かう。深景からは、「先に帰るよー」と言うメールが来ていた。
「なんかさ」
「ん?」
「楽しみなような、怖いような、複雑な気分だよ」
「俺もなんだよ」
「じゃぁ何で誘ったのさ」
「だって…一喜が…なんか変だったから」
「…変?」
「なんて言うか…元気ないって言うか」
「うーん、そっかぁ」
思い当たる節はあるのかもしれない。
そうこうしているうちに歩の家についてしまった。チャイムを鳴らすと、スピーカーから、『あぁ、岸本?って、あれ?』と聞こえた。今日、歩は居るようだ。
開けてくれて、二人ともなんだかぎこちないが、歩は笑顔で、「まぁ入れよ」と、促す。
入ってみると、深景がソファに座っていた。
「あれ?」
「大丈夫だよ。変なことしてないよ」
「あぁ…。来てたんだ」
「…うん。そろそろりゅうちゃん来る頃かなって思ったから」
「え?その言い方酷くない?俺が言うのもどうかと思うけど」
「てか、一喜くん!?」
「深景じゃん!なんだよ隆平ー。先に言えよなー。
てかえ?なんで歩の家にいるの?」
「いや、俺もわからん」
「うーん、多分お前らが考えている全ては的を外しているよ、童貞男子諸君。まぁ俺が言うのもどうかと思うけど」
色々と爆弾を然り気無く投下している。歩、お前はどうしてそう天然悪役キャラなんだ。
「え?何?元カレなの?」
「んー、近いな。近いけどすげぇ遠いな一喜。いい線いってる」
「歩、いい加減にした方がいいと思う」
「…あーもう!男の子ってなんでこうなのかな!
何もないよ!あったけどないよ!
今日の本題はこれ!これを持ってきました!」
深景は、一冊ノートを出した。ノートには、深景の字で『交換日記』と書かれていた。
「早速書いてきた。次はじゃぁ…歩くんね」
「…懐かしいね。いいよ」
「あ、それ見て思い出した。
はいよ、これ」
一喜は歩に、小日向さんのメモ帳を渡した。
最近見かけなかったからてっきり小日向さんが持ってたのかと思った。
「お前がいない間、代理だったんだからな」
「あぁ、そう…」
メモを見て歩は笑った。
「さっぱりわかんない」
一喜も覗き込む。
「お前は英語できねぇからな」
「うん。これなに?」
「勇気とは、窮地に陥ったときにみせる、気品のことだ」
「ヘミングウェイか」
「なに?それ」
そうか、深景は知らないのか。
「俺の新しい友達だよ。交換日記やってんだ」
「え、歩くんが?」
「うん。みっちゃんさんって言うんだ。この人いくつくらいなんだろうね」
「わかんねぇ。小夜の話だと8歳くらいのときに二番目のお兄さんが大学生だったらしいからな…」
「30くらい?」
「写真の感じもうちょっと若く見えたよな…」
「え?写真見たの?え、見てみたい!」
「言ったら送ってくれんじゃん?あ、てかさ、確かあの店ホムペあったよね」
一喜はケータイで調べ始めた。
「あぁ、あったあったほらこれ」
覗いてみたら確かに。
この前の写真の二人と小日向さんと、あとオーナーさんの写真があった。店の前の集合写真のようだが、なんとなく、仲の良さが滲み出ているようで。
「この人かみっちゃんさん!こっちの二人は会ったことある。めっちゃ良い人だったよ、てかバイト勧誘されたよ」
「よっぽどだな」
「え?なんで?」
「色々あったんだよ」
そっかそれは一喜が知らない話なのか。
「てかなにこの人むちゃくちゃカッコいい。え?これであんな…」
一喜の言いたいことはよくわかる、みっちゃんさん。
「もったいないけどやっぱりおもしろっ。人間わかんないね」
そう言う歩は楽しそうだ。
「どんな人なの?」
「多分ネクラ」
「あら。それは確かに…」
「この女の子のね、お兄さんって言うか保護者のお兄さんと交換日記してんだ。
この女の子さ…」
歩が深景の耳元で何か内緒話をする。そして、「え、嘘!」と言ってちらっと一喜を見て二人で笑い合っていた。なんだか二人とも、本当に恋人みたいだ。
「なんだお前ら。ホントに付き合ってんのか?」
一喜も思ったらしい。
「まぁ違うよね」
「うん。友達以上恋人未満みたいなね」
「よき理解者かな。岸本や一喜と一緒だよ」
俺と歩は果たしてこんなに仲が良いのだろうか。
「なんか…恋人のフリ、俺より歩の方がぴったりなんじゃないかな…」
「え?どゆこと?」
ふと、思ったことを言ってみた。
「あのさ。交換日記の前に、私提案があるの。秘密を言い合うって、どう?」
「このタイミングで!?」
もしかして本当に付き合ってたりして。もやもやしてきた。だとしたらなんだか、深景に裏切られた気分なんだが。
「…言い出しっぺから言いますよーだ」
それから深景は、なんだかもの悲しそうに笑うのだった。
小日向さんといるときの一喜に、笑顔が増えた。
「うちの妹も、あんなに良い子だったらな」
最近こんな台詞も増えた。一喜にとって、絶対的に守るべきものだった理穂。あの事件以来、理穂のことは口にしなくなってしまっていた。
やっと口に出来るようになったその口調はすごく穏やかで。その穏やかさはしかも、いくら妹好きの一喜でもいままでにないほどに優しく柔らかいもので。
「ついにシスコン卒業だな」
「なに言ってんだよ。まだまだシスコンだよ、俺は。でもな、隆平」
穏やかに、微笑みながら言う一喜。昔のようなこんな表情は、久しぶりに見た。
「俺、確かにシスコン、卒業かもな。
でもさ、そんときはも一個覚悟があるんだ」
「え、いきなり?」
「多分隆平の妄想とはかけ離れたやつだよ。もっと現実的なやつ」
「え?なに?」
「さぁ。全てが済む頃に、隆平には先に教えてやるよ」
ふと、一喜は笑いだした。
「そう言えば俺ずっとお前のこと中国人だと思ってたよな」
「うん、いつの間にか隆平になってたけど」
「幼心に恥ずかしかったんだよ。だから意地でも隆平って呼んでやるって。あれも理穂の勘違いだったな」
染々と一喜は言った。
なんだろう、一喜、少し変だ。
「一喜?」
一喜は笑っているだけだった。
「そろそろお前、大学だな」
「そうだな。一喜は?」
「俺まだ考えてねぇや。歩や、深景は…どうするんだろうな」
「歩はスクールカウンセラーか小説家になりたいらしいよ」
「ふはっ」
漫画のように一喜は吹き出した。
「ちょっと向いてそうなのがムカつくよな」
「やっぱり?俺もちょっと思った」
「深景は?」
「やっぱり進学を考えてるみたいだよ」
「だよなぁ…。
久しぶりにみんなで、会いてぇな」
切なそうに言う一喜。
今なら、それも…。
「隆平、実はさ」
「ん?」
「…いや、いいや。また明日」
「一喜、」
去ろうとする一喜を呼び止める。「ん?」と、疑問顔の一喜。
「放課後、時間ある?」
その後の答えは多分、予想している。切なそうに、「ごめん」って言うんだろうなとか考えていたんだけど。
「…いいよ」
まさかの答えに、返ってこっちが、「あ、あぁ、うん」と、しどろもどろになってしまって。
一喜はそれに笑って、「お前から誘っといてさー」とおどけたように言ってくれた。
「うん、確かに」
「断られると思ったんだろ?」
「まぁ、正直」
「物は試しだな、隆平。放課後下駄箱ね」
予想外過ぎて、それからあまり授業が手につかなかった。
浮き足立つような、だけど別に楽しい気分と言うわけでもなく一喜を待った。よくよく考えたら何も計画を立てていない。
いや、歩の家に行こうと思っていたんだが、歩がいるかすら分からない。
あ、その前に深景からの連絡をチェックしなければ。
とか頭を使っていたら、「お待たせ」と、いつも通りに一喜は現れた。
そのまま特に変わったこともなく、雑談をしながら歩の家に向かう。深景からは、「先に帰るよー」と言うメールが来ていた。
「なんかさ」
「ん?」
「楽しみなような、怖いような、複雑な気分だよ」
「俺もなんだよ」
「じゃぁ何で誘ったのさ」
「だって…一喜が…なんか変だったから」
「…変?」
「なんて言うか…元気ないって言うか」
「うーん、そっかぁ」
思い当たる節はあるのかもしれない。
そうこうしているうちに歩の家についてしまった。チャイムを鳴らすと、スピーカーから、『あぁ、岸本?って、あれ?』と聞こえた。今日、歩は居るようだ。
開けてくれて、二人ともなんだかぎこちないが、歩は笑顔で、「まぁ入れよ」と、促す。
入ってみると、深景がソファに座っていた。
「あれ?」
「大丈夫だよ。変なことしてないよ」
「あぁ…。来てたんだ」
「…うん。そろそろりゅうちゃん来る頃かなって思ったから」
「え?その言い方酷くない?俺が言うのもどうかと思うけど」
「てか、一喜くん!?」
「深景じゃん!なんだよ隆平ー。先に言えよなー。
てかえ?なんで歩の家にいるの?」
「いや、俺もわからん」
「うーん、多分お前らが考えている全ては的を外しているよ、童貞男子諸君。まぁ俺が言うのもどうかと思うけど」
色々と爆弾を然り気無く投下している。歩、お前はどうしてそう天然悪役キャラなんだ。
「え?何?元カレなの?」
「んー、近いな。近いけどすげぇ遠いな一喜。いい線いってる」
「歩、いい加減にした方がいいと思う」
「…あーもう!男の子ってなんでこうなのかな!
何もないよ!あったけどないよ!
今日の本題はこれ!これを持ってきました!」
深景は、一冊ノートを出した。ノートには、深景の字で『交換日記』と書かれていた。
「早速書いてきた。次はじゃぁ…歩くんね」
「…懐かしいね。いいよ」
「あ、それ見て思い出した。
はいよ、これ」
一喜は歩に、小日向さんのメモ帳を渡した。
最近見かけなかったからてっきり小日向さんが持ってたのかと思った。
「お前がいない間、代理だったんだからな」
「あぁ、そう…」
メモを見て歩は笑った。
「さっぱりわかんない」
一喜も覗き込む。
「お前は英語できねぇからな」
「うん。これなに?」
「勇気とは、窮地に陥ったときにみせる、気品のことだ」
「ヘミングウェイか」
「なに?それ」
そうか、深景は知らないのか。
「俺の新しい友達だよ。交換日記やってんだ」
「え、歩くんが?」
「うん。みっちゃんさんって言うんだ。この人いくつくらいなんだろうね」
「わかんねぇ。小夜の話だと8歳くらいのときに二番目のお兄さんが大学生だったらしいからな…」
「30くらい?」
「写真の感じもうちょっと若く見えたよな…」
「え?写真見たの?え、見てみたい!」
「言ったら送ってくれんじゃん?あ、てかさ、確かあの店ホムペあったよね」
一喜はケータイで調べ始めた。
「あぁ、あったあったほらこれ」
覗いてみたら確かに。
この前の写真の二人と小日向さんと、あとオーナーさんの写真があった。店の前の集合写真のようだが、なんとなく、仲の良さが滲み出ているようで。
「この人かみっちゃんさん!こっちの二人は会ったことある。めっちゃ良い人だったよ、てかバイト勧誘されたよ」
「よっぽどだな」
「え?なんで?」
「色々あったんだよ」
そっかそれは一喜が知らない話なのか。
「てかなにこの人むちゃくちゃカッコいい。え?これであんな…」
一喜の言いたいことはよくわかる、みっちゃんさん。
「もったいないけどやっぱりおもしろっ。人間わかんないね」
そう言う歩は楽しそうだ。
「どんな人なの?」
「多分ネクラ」
「あら。それは確かに…」
「この女の子のね、お兄さんって言うか保護者のお兄さんと交換日記してんだ。
この女の子さ…」
歩が深景の耳元で何か内緒話をする。そして、「え、嘘!」と言ってちらっと一喜を見て二人で笑い合っていた。なんだか二人とも、本当に恋人みたいだ。
「なんだお前ら。ホントに付き合ってんのか?」
一喜も思ったらしい。
「まぁ違うよね」
「うん。友達以上恋人未満みたいなね」
「よき理解者かな。岸本や一喜と一緒だよ」
俺と歩は果たしてこんなに仲が良いのだろうか。
「なんか…恋人のフリ、俺より歩の方がぴったりなんじゃないかな…」
「え?どゆこと?」
ふと、思ったことを言ってみた。
「あのさ。交換日記の前に、私提案があるの。秘密を言い合うって、どう?」
「このタイミングで!?」
もしかして本当に付き合ってたりして。もやもやしてきた。だとしたらなんだか、深景に裏切られた気分なんだが。
「…言い出しっぺから言いますよーだ」
それから深景は、なんだかもの悲しそうに笑うのだった。
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