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小鳥網
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思ったよりも痛くなかった。けれど、血は少し滲んだ。傷の感じだと、理穂のそれより俺のやつの方が深そうな気がする。
「お兄ちゃん…!」
莉穂が俯いてしまった。
「何してんのよ!」
「これ見てさ、お前どう思うんだよ。俺の気持ちわかった?」
「バカじゃないの?全然わかんないよ!」
「これじゃ足んない?」
「やめてよ!」
「俺もやめて欲しいんだよ」
「うるさい!」
「うるさくない。ちゃんと聞け。聞いてくれ」
その手で理穂を抱き締めた。血が、理穂の髪の毛に少しつく。
「最低」
「ごめんな、最低な兄貴で」
「死ね」
「うん、ごめん」
「なんであたしなんかのために」
「仕方ないだろ。これでも兄妹なんだから」
「大変だねっ…」
「そうだよ。大変だよ」
「じゃぁやめればいいじゃない」
「やめられたら苦労しねぇよ。友達じゃねぇんだからよ…」
「だからって…」
「うるせぇ妹だなぁ。黙ってろよ」
漸く離すと理穂は泣いていて、さっき切った俺の手首を両手で包んでくる。
「案外痛くねぇな」
「…そうかも」
「でも痛いなぁ。心が痛いよ」
理穂は黙りこんだ。
「こんなことしてる暇あったら別のことで神経すり減らしたいな。恋とか勉強とか将来のこととか」
「…あたしにはないもん」
「そうかな。目を向けないだけじゃね?
俺はお前が出てくるのを待ってるしみんなも待ってんだけど。お前の被害妄想だよ」
「だって…あたし…」
「なんだよ」
「…いや」
これはもう一歩だな。
もう一歩前に進めれば。
「あぁ、そうだ。
あのさ、笹木って知ってる?」
「…えっ?」
「笹木孝雄。俺らと同じ学年で…」
理穂は急に、「知らない」と焦ったように言って、俺をドアの外まで押し退かして閉めた。
「理穂?」
ノックして呼んでみる。何か、ドアの内側にボスっと当たった音がした。枕だろうか。
失敗した。
「…理穂。
やっぱ、意外とこれ、痛ぇな」
今更になって、じんじんと痛む手首の傷。さっきは少し、興奮してたから痛くなかったんだろうか。
「…俺、お前が別に悪者でも無実でも被害者でも、なんでもいいんだ。
俺、俺だけさ、情けないことに、何も知らないんだよ。なぁ、理穂」
もう、物音すらしなくなった。
どうして何も伝わらないんだろう。
あぁ、疲れるなあ。
少し寝ようかな。なんか、安心して眠りたい。
左手首が痛い。なんなんだよ。仕方ない。
風呂に入って一度落ち着いてから寝ようと決め、実行。
やっぱり傷口が染みた。やらなきゃよかった。けど、やっぱり意外と血は出ないもんなんだな。
しばらくしたらその痛みにも慣れてきて。ただ、見るのもうざったかったので包帯を一巻きしてみたら逆に目につくのでやめた。
最早気にしないことにして部屋に戻ろうとしたとき、母親が、「ご飯は?」と、声だけ掛けてきたので「いい」と答えて部屋に戻った。
腹は減っていたが食欲はなかった。
もう寝よう。
布団に入ってみて、一人になってみると少し落ち着いた。
ケータイで時計をみてみると22時くらい。きっと小夜はそろそろバイト上がりだ。
なんとなく、本当になんとなく、「お疲れ様」とだけ小夜に送って目を閉じた。
少しして目が覚めた。下のリビングから、帰宅したのであろう父親の、悲鳴に近い声が聞こえたからだ。
「理穂、理穂!」
と叫ぶ声に、ただ事じゃないなと思い、降りてみる。
母親の泣き声。
どうやら風呂場の方だ。
見るとそこには、手首を浴槽に沈めた理穂を抱き抱える父親と、泣き崩れる母親の姿があった。
「…理穂…?」
「一喜…救急車!」
そう言われ、我に帰り、慌ててリビングへ走り、電話の受話器を持って119を押した。手が震えていた。
澄のあのときの顔が思い出される。
電話で何を話したかわからない。ずっと頭には、棺桶の中の澄がこびりついて離れなかった。
受話器を置いた途端、糸が切れたように俺はその場にしゃがみこんでしまった。
「てめえが死んじまえばよかったんだ」
今の自分に振りかかる、歩に言った自分の言葉。
「はっ…!」
叫び出しそうなのを堪える。
だがまだ…。
「親父!」
包帯を取り敢えず持ってもう一度風呂場に戻る。
「救急車、呼んだからっ…」
包帯を父親に渡すと、父親は、「すまない、一喜」と言って包帯を受け取り、理穂の手首に包帯をぐるぐると巻き付けた。
見ていて、包帯は足りなそうだ。
その場にあったバスタオルを渡す。
「理穂、しっかりしろ!」
父親が理穂に声を掛けると、理穂はうっすらと目を開け、「パパ…?」と、消え入りそうな声で言った。
「なんてことしてんのよ理穂!」
「昭美、やめなさい。今は救急車を待とう」
「なんで、なんでなのよ!」
「ママ、ごめんなさい」
「理穂、今はいいから」
あぁ、もう。
「うぜぇ」
俺が呟いた一言にそれぞれが黙りこんだ。自分でも驚いた。
「一喜?」
「ごめん」
それからしばらくして救急車が来て理穂と共に救急車に乗り込んだ。
母親に代わり、俺は入院のために、理穂の日用品などをまとめたりした。
「お兄ちゃん…!」
莉穂が俯いてしまった。
「何してんのよ!」
「これ見てさ、お前どう思うんだよ。俺の気持ちわかった?」
「バカじゃないの?全然わかんないよ!」
「これじゃ足んない?」
「やめてよ!」
「俺もやめて欲しいんだよ」
「うるさい!」
「うるさくない。ちゃんと聞け。聞いてくれ」
その手で理穂を抱き締めた。血が、理穂の髪の毛に少しつく。
「最低」
「ごめんな、最低な兄貴で」
「死ね」
「うん、ごめん」
「なんであたしなんかのために」
「仕方ないだろ。これでも兄妹なんだから」
「大変だねっ…」
「そうだよ。大変だよ」
「じゃぁやめればいいじゃない」
「やめられたら苦労しねぇよ。友達じゃねぇんだからよ…」
「だからって…」
「うるせぇ妹だなぁ。黙ってろよ」
漸く離すと理穂は泣いていて、さっき切った俺の手首を両手で包んでくる。
「案外痛くねぇな」
「…そうかも」
「でも痛いなぁ。心が痛いよ」
理穂は黙りこんだ。
「こんなことしてる暇あったら別のことで神経すり減らしたいな。恋とか勉強とか将来のこととか」
「…あたしにはないもん」
「そうかな。目を向けないだけじゃね?
俺はお前が出てくるのを待ってるしみんなも待ってんだけど。お前の被害妄想だよ」
「だって…あたし…」
「なんだよ」
「…いや」
これはもう一歩だな。
もう一歩前に進めれば。
「あぁ、そうだ。
あのさ、笹木って知ってる?」
「…えっ?」
「笹木孝雄。俺らと同じ学年で…」
理穂は急に、「知らない」と焦ったように言って、俺をドアの外まで押し退かして閉めた。
「理穂?」
ノックして呼んでみる。何か、ドアの内側にボスっと当たった音がした。枕だろうか。
失敗した。
「…理穂。
やっぱ、意外とこれ、痛ぇな」
今更になって、じんじんと痛む手首の傷。さっきは少し、興奮してたから痛くなかったんだろうか。
「…俺、お前が別に悪者でも無実でも被害者でも、なんでもいいんだ。
俺、俺だけさ、情けないことに、何も知らないんだよ。なぁ、理穂」
もう、物音すらしなくなった。
どうして何も伝わらないんだろう。
あぁ、疲れるなあ。
少し寝ようかな。なんか、安心して眠りたい。
左手首が痛い。なんなんだよ。仕方ない。
風呂に入って一度落ち着いてから寝ようと決め、実行。
やっぱり傷口が染みた。やらなきゃよかった。けど、やっぱり意外と血は出ないもんなんだな。
しばらくしたらその痛みにも慣れてきて。ただ、見るのもうざったかったので包帯を一巻きしてみたら逆に目につくのでやめた。
最早気にしないことにして部屋に戻ろうとしたとき、母親が、「ご飯は?」と、声だけ掛けてきたので「いい」と答えて部屋に戻った。
腹は減っていたが食欲はなかった。
もう寝よう。
布団に入ってみて、一人になってみると少し落ち着いた。
ケータイで時計をみてみると22時くらい。きっと小夜はそろそろバイト上がりだ。
なんとなく、本当になんとなく、「お疲れ様」とだけ小夜に送って目を閉じた。
少しして目が覚めた。下のリビングから、帰宅したのであろう父親の、悲鳴に近い声が聞こえたからだ。
「理穂、理穂!」
と叫ぶ声に、ただ事じゃないなと思い、降りてみる。
母親の泣き声。
どうやら風呂場の方だ。
見るとそこには、手首を浴槽に沈めた理穂を抱き抱える父親と、泣き崩れる母親の姿があった。
「…理穂…?」
「一喜…救急車!」
そう言われ、我に帰り、慌ててリビングへ走り、電話の受話器を持って119を押した。手が震えていた。
澄のあのときの顔が思い出される。
電話で何を話したかわからない。ずっと頭には、棺桶の中の澄がこびりついて離れなかった。
受話器を置いた途端、糸が切れたように俺はその場にしゃがみこんでしまった。
「てめえが死んじまえばよかったんだ」
今の自分に振りかかる、歩に言った自分の言葉。
「はっ…!」
叫び出しそうなのを堪える。
だがまだ…。
「親父!」
包帯を取り敢えず持ってもう一度風呂場に戻る。
「救急車、呼んだからっ…」
包帯を父親に渡すと、父親は、「すまない、一喜」と言って包帯を受け取り、理穂の手首に包帯をぐるぐると巻き付けた。
見ていて、包帯は足りなそうだ。
その場にあったバスタオルを渡す。
「理穂、しっかりしろ!」
父親が理穂に声を掛けると、理穂はうっすらと目を開け、「パパ…?」と、消え入りそうな声で言った。
「なんてことしてんのよ理穂!」
「昭美、やめなさい。今は救急車を待とう」
「なんで、なんでなのよ!」
「ママ、ごめんなさい」
「理穂、今はいいから」
あぁ、もう。
「うぜぇ」
俺が呟いた一言にそれぞれが黙りこんだ。自分でも驚いた。
「一喜?」
「ごめん」
それからしばらくして救急車が来て理穂と共に救急車に乗り込んだ。
母親に代わり、俺は入院のために、理穂の日用品などをまとめたりした。
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