白い鴉の啼く夜に

二色燕𠀋

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小鳥網

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「…小夜?」
「…今日見たとき、なんか寝不足なのかなって思ったし、今見たらそんなんだし。何が、あったんですか?」
「…昨日、妹と喧嘩してさ。
 あいつ、こんなことしてやがったから、俺も目の前でやってやったの。どんだけまわりを傷つけると思ってんだよって言ってさ」
「…で?」
「泣かせちゃったよ」

 少し、小夜は溜め息を吐いた。

「はぁ~。なぁんだ!ちょっとビックリしたじゃないですか!」
「安心した?」
「さっきよりは!はー!もぅ一瞬頭真っ白になった!うわぁ、よかったー。よかった?いや、よくないです、何してるんですか!」
「忙しいやつだな」

 安心したり怒ったり。

「だってだって!なんか…ねえ?
 いやぁ…なんかこーゆーのっていけないものを見たような気分になるんですね…。痛くないんですか?いや、絶対痛いでしょ!」
「うーん、やってみた瞬間はね、やっぱ興奮が勝って、思ったより痛くねぇなって思ったんだけど、あとで我に返ったら痛ぇ痛ぇ。やんなきゃよかったよ」
「ですよね。いやぁ、考えただけで嫌だー!早く治るといいですね。
 え?てか図書室より保健室?」
「いやいや大丈夫だよ。塞がってるし。こんなんね、案外、なんて言うか大丈夫なんだなって昨日知ったわ。
 リストカットって多分心の病だよ。痛いーってのを感じてたいんじゃね?わからんけど」

 まぁ、それを浴槽につけて理穂は今入院してるんだけどね。

「でもなんでそこまでするかなぁ…」
「だって、嫌だったんだもん」

 心配そうに俺の手首を両手で包んでくれる小夜に、少し申し訳なくなった。

「まったく…。妹さんに会ってやりたい。お兄さんになんてことさせるのよって。こんな優しいお兄さんいないからね、本当に。
 無茶しないでくださいね。これきりですよね?」
「当たり前じゃん。痛ぇもん」
「うん。私も見たくない。悲しくなった。
あーあ。ちょっとね、でもかっこいいな」

 え。

「なんでよ。こんなだよ?」
「そんなだからですよ。当たり前をこんな形で、大きくなっても教えてくれるなんて、幸せ者ですね妹さん。
 人が嫌なことはしちゃいけないよって、身をもってこうやって教えるって、残酷だけどわかりやすい」

 でも…。

「伝わらないと意味ねぇけどな。伝わりすぎて、悪い方向に転んでも意味ねぇし」
「確かに。とにかくこれはやめてくださいね」

 どうやら本気でこの子は俺を心配してくれたらしい。なんだか申し訳ないことをした。

「私、先に図書室行ってます。浦賀先輩に用があるんですよね?」
「あぁ、うん」
「では、また」

 そう言って手を離し、小夜は階段を一人降りて行った。
 俺は、再び屋上に向かう階段に登って。

 ドアを開けると、「お前はいつもそうだ…!」と、深刻そうな会話が聞こえてきたので、なんとなく気配を消して様子を伺う。ドアは静かに閉めた。

「ごめん」
「ごめんじゃない。許さない」
「許さなくていい。全部俺を憎めばいい」
「だから、そうじゃないんだよ、歩」
「岸本」
「なんだよ」
「俺は器が小さい。大体の物は溢れるんだ。だから、そんなものは破壊していくしかないんだよ」
「歩、」
「全部、俺が悪い。だからもう、言わないでくれ。俺は真実なんてもうどうでもいい。知ったところで澄は帰ってこない。壊れたものは元には戻らない。なら、今あるものだけはどうにか壊したくないんだよ。それ以外はどうでもいい。
 もう、元通りにならないならせめて、今あるままの最善でいたいんだよ。これ以上ひびを入れたところで、何も…」
「…それを全部お前がやろうって言うのか」
「うるせぇな。お前に何がわかるんだよ…!」

 あぁ、なんだ。
 歩は、一息吐いて隆平から顔を反らした。

「…ごめん。
 生徒会長はご苦労様。それはありがとう。ぶん投げて悪かったね」

 ホント、お前は。

「悪い、遅くなったな」

 何事もなかったかのように、俺は軽い口調で二人に声を掛けた。

「おぅ、一喜」

 二人とも、今までの雰囲気とは裏腹に、何事もなかったかのように振り向いた。

 俺に入る余地なんてねぇよ。
 でも昔からそうだったんだ。
 いつの間にか歩がりゅうちゃんを連れてきて、いつの間にか二人でなんとなく仲良くて。

「一喜、その傷…」

 俺はわざと左手を上げて手を降った。隆平は顔色を変えて一言漏らすが。

「事故だ。気にすんな」

 歩は恐らくさっき散々見て気付いてる。敢えて触れてこなかったのだろうと思っていた。が、

「え?」

 どうやら本気で気付いていないらしかった。
 だから言おう。正直に。

「大丈夫。自殺未遂とかじゃないから。渡したい物って何?」
「あ、あぁ…うん」

 手渡されたのは、やはり交換日記だった。

「確かに」
「一喜、」

 呼び止められる声を無視して俺は屋上を去った。

 今思えば。

 この時にちゃんと話しておけばよかったのになと思うのだ。
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