40 / 52
小鳥網
14
しおりを挟む
事件は放課後に起きた。
本当にたまたま通りかかったんだ。始業式の、いつもより早い放課後。
昼飯を小夜と二人で食べて、大体の生徒達よりも遅い下校になった。
何故か歩は屋上に来なかった。隆平は、生徒会の引き継ぎで来れなかった。
この時点で気付くべきだったかもしれない。
本当にたまたま通りかかった階段の踊り場で、普段人通りのない裏庭の方から話し声が聞こえた気がして、然り気無く下を覗いた。そのとき俺は小夜と一緒だった。
見覚えのある茶髪が、生徒を組敷いていて。よく見るとぶん殴ってるように見えた。
「あれ?」
「どうしたんですか?」
「あれ…」
指差すと小夜も、「浦賀先輩!?」と言ったので確信に変わる。下に組み敷かれてるの誰だろう。だが誰でも良い。歩の雰囲気はなんだか尋常じゃない。狂気じみている。
「小夜、ごめん。なんでもいいや、バケツに水組んできて」
「え?」
「早く!」
「はい!」
小夜は走ってどこかに行った。
会話を盗み聞きしてみる。丁度二階だし、聞き取りやすい。
「…なんでこんなことすんの?」
「は?」
「理穂も一喜も澄も深景も小日向さんも岸本も、全部お前だよね」
…誰だ?
よく見てみると。
笹木だった。
「何が?」
「でも、恨みがあるのは俺なんだろ?なんでこんなことするんだよ。悪いけど裏取ったよ。
お前、小日向さんの店に一回輩差し向けたよね?
深景にストーカーしてるよね?岸本のこと裏サイトに書いたよね、理穂のこと晒したよね。一喜のこと謹慎させたよね。
ねぇなに?目障りなんだけど。ホント」
一連の事件、すべて、笹木なのか。裏が取れてる?どーゆーことだ?
小夜が漸くバケツを運んできてくれた。礼を言い、受け取る。
「なんで?ねぇ。澄のことも、なんで?」
「…頼まれたからだよ」
「誰に?」
言わない。
歩は笹木の首を絞め始めた。
「お前のせいで、どんだけ苦しんだか。一喜が、理穂が、岸本が、深景が、…澄が。お前だけは絶対に許さない。どれだけ、どんな思いだったと思う?あの水死体が、あのときのりゅうちゃんの顔が、一喜の一言が、深景の優しさが、理穂の痛みが…てめぇに…てめぇだけは…」
最早、笹木は殴られ過ぎて気を失いかけている。
上から水を掛けた。歩は、驚いて我に帰り、こっちを見上げた。
「何してんだよ、バカ!」
慌ててその場にあった、鉄パイプみたいなものを歩が手にしたので、こっちも慌てて窓から飛び降りた。
ダメだ、犯罪者にだけはしたくない。
だが少し遅かった。一発だけ笹木を殴ってしまい、完全に笹木は意識を失ってしまった。歩の手を捕らえ、心配そうに上から眺める小夜に、「救急車呼んで!」と叫んだ。
「離せ…!」
「嫌だ」
「こいつは…」
「歩、もういい」
「何がだよ」
「わかったから。歩、俺の前で、頼むから犯罪者にならないでくれよ…!」
だけど歩の手を掴む自分の手の力が弱まってしまい、しまいには涙が、溢れてしまった。
「…一喜」
「もう、いいから…」
「傷、治ってきたね」
「…は?」
なのに歩は、全く違うところに目を付けやがって。
一ヶ月前の、もう忘れかけてたあの傷だった。ほとんど治りかけてるのに、よく見つけたもんだ。
「お前、何言ってんだよ…。
教育の一貫だ。頭に来てな。あいつがやってやがったから目の前で見せつけるようにやってやったよ。したらな、泣きじゃくって、最低だの死ねだの言われたよ。けど、わかってくれたかな」
「一喜…」
「その後な…」
あぁ、情けない。
なんでこんなときに限ってホント、溢れてくるんだよ。
泣けないやつが、目の前にいるって言うのに。
「あいつ、自殺未遂して運ばれたんだよ、この前」
「一喜…」
「なぁ歩」
「…ん?」
「俺って、どこが良い兄貴なんだ?何が、良いやつなんだ?」
「もういいよ、一喜…!」
柄にもなく歩は俺に肩を貸してくれた。
「ごめん」
「なんでお前が謝るんだよ」
「ごめん…」
あぁよかった。
ちゃんと歩も、人間だった。
「お前のことなんてこれっぽっちも恨んでねぇんだよ、恨めねぇんだよ俺は。
その方が楽だしお前も多分楽なんだよな。だけどやっぱり無理だよ。そんな度胸は俺にはないんだよ歩」
「…うん」
「ごめんは、俺のセリフなんだよ、歩。
一人で全部なんで悪役やろうとしてんだよ。かっこ悪ぃよ」
「…なりきれなかったな」
「バカだろお前!なんで、なんで俺がお前を恨めると本気で信じたんだよ!なんでりゅうちゃんや深景がお前を本気で憎むと思ったんだよ!」
ホント、なんでそんな無理したんだよ。
「いいよそんなに庇わなくて」
「だって、だって」
「俺は最高の兄貴でも親友でもなくて良いんだよ!」
「…一喜」
だけど、歩は寂しそうに笑った。
「俺のなかではお前は、かっこよくて優しくて最高の兄貴で、最高の親友だから」
急に、押さえていた歩の手に力が入る。
「俺は、カッコ悪くて最低な兄貴で、最低な親友だ」
最後に一発、笹木をぶん殴った。
「歩!」
止められなかった。
それからひたすら笹木を殴り続ける歩を。
止められなかったんだ。
『一喜は凄いや』
幼い頃の、歩の声が、聞こえた気がした。
本当にたまたま通りかかったんだ。始業式の、いつもより早い放課後。
昼飯を小夜と二人で食べて、大体の生徒達よりも遅い下校になった。
何故か歩は屋上に来なかった。隆平は、生徒会の引き継ぎで来れなかった。
この時点で気付くべきだったかもしれない。
本当にたまたま通りかかった階段の踊り場で、普段人通りのない裏庭の方から話し声が聞こえた気がして、然り気無く下を覗いた。そのとき俺は小夜と一緒だった。
見覚えのある茶髪が、生徒を組敷いていて。よく見るとぶん殴ってるように見えた。
「あれ?」
「どうしたんですか?」
「あれ…」
指差すと小夜も、「浦賀先輩!?」と言ったので確信に変わる。下に組み敷かれてるの誰だろう。だが誰でも良い。歩の雰囲気はなんだか尋常じゃない。狂気じみている。
「小夜、ごめん。なんでもいいや、バケツに水組んできて」
「え?」
「早く!」
「はい!」
小夜は走ってどこかに行った。
会話を盗み聞きしてみる。丁度二階だし、聞き取りやすい。
「…なんでこんなことすんの?」
「は?」
「理穂も一喜も澄も深景も小日向さんも岸本も、全部お前だよね」
…誰だ?
よく見てみると。
笹木だった。
「何が?」
「でも、恨みがあるのは俺なんだろ?なんでこんなことするんだよ。悪いけど裏取ったよ。
お前、小日向さんの店に一回輩差し向けたよね?
深景にストーカーしてるよね?岸本のこと裏サイトに書いたよね、理穂のこと晒したよね。一喜のこと謹慎させたよね。
ねぇなに?目障りなんだけど。ホント」
一連の事件、すべて、笹木なのか。裏が取れてる?どーゆーことだ?
小夜が漸くバケツを運んできてくれた。礼を言い、受け取る。
「なんで?ねぇ。澄のことも、なんで?」
「…頼まれたからだよ」
「誰に?」
言わない。
歩は笹木の首を絞め始めた。
「お前のせいで、どんだけ苦しんだか。一喜が、理穂が、岸本が、深景が、…澄が。お前だけは絶対に許さない。どれだけ、どんな思いだったと思う?あの水死体が、あのときのりゅうちゃんの顔が、一喜の一言が、深景の優しさが、理穂の痛みが…てめぇに…てめぇだけは…」
最早、笹木は殴られ過ぎて気を失いかけている。
上から水を掛けた。歩は、驚いて我に帰り、こっちを見上げた。
「何してんだよ、バカ!」
慌ててその場にあった、鉄パイプみたいなものを歩が手にしたので、こっちも慌てて窓から飛び降りた。
ダメだ、犯罪者にだけはしたくない。
だが少し遅かった。一発だけ笹木を殴ってしまい、完全に笹木は意識を失ってしまった。歩の手を捕らえ、心配そうに上から眺める小夜に、「救急車呼んで!」と叫んだ。
「離せ…!」
「嫌だ」
「こいつは…」
「歩、もういい」
「何がだよ」
「わかったから。歩、俺の前で、頼むから犯罪者にならないでくれよ…!」
だけど歩の手を掴む自分の手の力が弱まってしまい、しまいには涙が、溢れてしまった。
「…一喜」
「もう、いいから…」
「傷、治ってきたね」
「…は?」
なのに歩は、全く違うところに目を付けやがって。
一ヶ月前の、もう忘れかけてたあの傷だった。ほとんど治りかけてるのに、よく見つけたもんだ。
「お前、何言ってんだよ…。
教育の一貫だ。頭に来てな。あいつがやってやがったから目の前で見せつけるようにやってやったよ。したらな、泣きじゃくって、最低だの死ねだの言われたよ。けど、わかってくれたかな」
「一喜…」
「その後な…」
あぁ、情けない。
なんでこんなときに限ってホント、溢れてくるんだよ。
泣けないやつが、目の前にいるって言うのに。
「あいつ、自殺未遂して運ばれたんだよ、この前」
「一喜…」
「なぁ歩」
「…ん?」
「俺って、どこが良い兄貴なんだ?何が、良いやつなんだ?」
「もういいよ、一喜…!」
柄にもなく歩は俺に肩を貸してくれた。
「ごめん」
「なんでお前が謝るんだよ」
「ごめん…」
あぁよかった。
ちゃんと歩も、人間だった。
「お前のことなんてこれっぽっちも恨んでねぇんだよ、恨めねぇんだよ俺は。
その方が楽だしお前も多分楽なんだよな。だけどやっぱり無理だよ。そんな度胸は俺にはないんだよ歩」
「…うん」
「ごめんは、俺のセリフなんだよ、歩。
一人で全部なんで悪役やろうとしてんだよ。かっこ悪ぃよ」
「…なりきれなかったな」
「バカだろお前!なんで、なんで俺がお前を恨めると本気で信じたんだよ!なんでりゅうちゃんや深景がお前を本気で憎むと思ったんだよ!」
ホント、なんでそんな無理したんだよ。
「いいよそんなに庇わなくて」
「だって、だって」
「俺は最高の兄貴でも親友でもなくて良いんだよ!」
「…一喜」
だけど、歩は寂しそうに笑った。
「俺のなかではお前は、かっこよくて優しくて最高の兄貴で、最高の親友だから」
急に、押さえていた歩の手に力が入る。
「俺は、カッコ悪くて最低な兄貴で、最低な親友だ」
最後に一発、笹木をぶん殴った。
「歩!」
止められなかった。
それからひたすら笹木を殴り続ける歩を。
止められなかったんだ。
『一喜は凄いや』
幼い頃の、歩の声が、聞こえた気がした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる