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「さとちゃーん、」
ばあちゃんに起こされ「はぁい」と果樹園に向かう朝。
不思議だった。
空はただ、ステレオグラムの遠い先。
淡く赤い花をぷちぷちと摘んでいく。去年よりは慣れた。
「さとちゃんみやましくなってきたなぁ」
そう言うばあちゃんもぽとぽと身を落としていく。まだまだそれには追い付かないけど。
「…あ、」
発見した。
「ばあちゃん、このセミもう、いなくなるよー!」
「そうかぁ。ラッキーだんな!忘れんかったら取っとくだ~」
「あ、こっちにも…あれ、今日多いかも…はーい!」
作業が少し増えてしまったけれども。
朝の仕事を終え、思い出したので「ばあちゃん」と、話してみることにした。
「ん?どうしたんだ?」
「…後で…俺の好きな唄、聴いてくれないかな?ビートルズじゃないんだけども…」
「そうなんかぁ、聴く聴く」
案外あっさりしていたのでつい「…ホントに?」と、聞き返してしまった。
「ん?何驚いてるんだ?さとちゃんが言ったんだで」
「え、うん」
わぁ…なんか…。
「友達にね、声が綺麗って言われた」
「さとちゃんはジョンより上手ぇかんなぁ。さとちゃん、」
「ハイ」
「楽しそうだんに」
「…うん」
「よかったなぁ。
いつだ?ばあちゃんは暇だに。いっつでも聴かしておくれ」
「じゃあ…じゃぁ…」
なんか…、あれ。
「ほぅ!?どしたんださとちゃん、」
ビックリしたばあちゃんはパッと袖で目元を拭い「どしたんだ、どしたんだぁ、さとちゃん」と心配してくれた。
「……んーん、なんかぁ…嬉しいなぁって…、」
「…ほうかぁ。さとちゃんは繊細な子だなぁ。嬉しいんか」
頷くことしか出来なかった。
なんでかな、わからないけど熱くてこうして…泣ける自分に少し、「成長したな」と偉そうにどこかで言う自分を、疎ましくは思わなかった。
その日から少しずつ、石丸くんとの関係が変わっていった。
石丸くんの家にはいつも、誰もいないし部屋以外は多分…散らかっていた。
「慧はさぁ」
「ん?」
その日はニルヴァーナを弾いてみていた。耳コピにあまり自信はなかったのだけど。
石丸くんは少し俯き、考える表情をしていた。
何かあったのかなと手を止め「ん?」と聞いてみると、ギターに凭れて顔を覆い、少し息を吸って「…言わなくて、いいことかもしれないけどさ」と、言いにくそう。
「うん、どうし」
「…俺昨日、慧で抜いちゃった」
恥ずかしそうに言っては「ごめんな」と、石丸くんは謝った。
「なんで?」
「その…ごめん」
「ん?別に」
「いやなんか…めっちゃ悪いことした気分になるんだよね…あれって。
慧っていつも何で抜くの?」
てゆうか多分それ…昨日だけじゃないやつじゃないかな…まぁそれが「言わなくていいこと」かもだけど。
なんで言ったんだろう。
「何で…」
石丸くんは急に早口で「AV?何系?」と聞いてくる。
「うーん…何で…手で…」
「あ、いやそれはそうなんだけど」
「うーん、いつもでもないし」
「…え、そうなの?」
「うん。
強いて言うなら、暗い夜かな。薬であんまりないんだけど、たまに思い出すから、そんな時に」
「…えぇ、」
「まぁだってあの時、勃っちゃったからねぇ」
「…あ、そんな感じ?」
「うん、そうだよ?でも…これ結構…嫌なんだよね」
「…まぁ、確かに、そうなんかもね…。
え、AV見てみたら?なんか…あ、でもそっか、あんま」
「そうだね」
……少しだけ、気持ちが泥々した。
それは、触れられたくないところだったけど。
でもどうやら、石丸くんの様子を見ると、やっぱり少し下を見て「はぁあ~……」と、困ったような、そしてそれは複雑そうな溜め息で。
彼は確かに、悩んでいるのだと思った。
「…どうしよ…」
「うーん…」
「…俺こういうのなんか、すっげぇ嫌でさ…なんなんだよって、今日ちょっと、慧に会いたいけど…顔見るの怖くて、」
「そっか」
「…いやマジごめん、でもどうしても…普通にキモいよな、マジで…」
「まぁ…そんなときもあるって。でも、辛い?」
「…めっちゃ辛い……」
どうしてあげたらいいのかな。
多分、これは何かで解決出来ることではないし、でも…似た辛さは知っている気がする。
「話してくれてありがとう」
「…いや、」
「…石丸くんは前、言ってくれたと思う。自分が優しくしたいそれは俺が望んでないのかもしれないって」
「…うん」
「逆もあるかもしれないよ?
カートも言ってる、多くはいらない、盲目な理由がわからないって」
「…聴いたんだ」
「聴いたよ、そりゃあ。多分弾け」
「確かにそうかも。わからないから、知りたいって言ったんだよな、俺」
「…そうだね。だから普通にってわからない、意味が」
「…キスしていい?」
「いいよ、どうぞ」
羨ましいと思った。
母に、愛とは何かと、正座で2時間ほど説かれたことがある、無償の物だそうだ。
俺もそれはよくわからないと思う。どうしたらいいのかと。
そこにいろ、近付くな。
ギターは抱えたままだった。
だからかもしれない。唇が離れたらなんだか「はは、」と笑い合ってしまった。
「…ある人が言ってたんだ。愛は無償な物なんだってさ。どう思う?それ」
「あ、それって『Don't you think?』じゃないね、『I don't know why?』を狙ってる?」
「聴いたんじゃん」
「そりゃぁね」
取り敢えず二人でギターを置き、寝転がってみた。
石丸くんが「コートニー・ラブではないよね~」とおどける。
ばあちゃんに起こされ「はぁい」と果樹園に向かう朝。
不思議だった。
空はただ、ステレオグラムの遠い先。
淡く赤い花をぷちぷちと摘んでいく。去年よりは慣れた。
「さとちゃんみやましくなってきたなぁ」
そう言うばあちゃんもぽとぽと身を落としていく。まだまだそれには追い付かないけど。
「…あ、」
発見した。
「ばあちゃん、このセミもう、いなくなるよー!」
「そうかぁ。ラッキーだんな!忘れんかったら取っとくだ~」
「あ、こっちにも…あれ、今日多いかも…はーい!」
作業が少し増えてしまったけれども。
朝の仕事を終え、思い出したので「ばあちゃん」と、話してみることにした。
「ん?どうしたんだ?」
「…後で…俺の好きな唄、聴いてくれないかな?ビートルズじゃないんだけども…」
「そうなんかぁ、聴く聴く」
案外あっさりしていたのでつい「…ホントに?」と、聞き返してしまった。
「ん?何驚いてるんだ?さとちゃんが言ったんだで」
「え、うん」
わぁ…なんか…。
「友達にね、声が綺麗って言われた」
「さとちゃんはジョンより上手ぇかんなぁ。さとちゃん、」
「ハイ」
「楽しそうだんに」
「…うん」
「よかったなぁ。
いつだ?ばあちゃんは暇だに。いっつでも聴かしておくれ」
「じゃあ…じゃぁ…」
なんか…、あれ。
「ほぅ!?どしたんださとちゃん、」
ビックリしたばあちゃんはパッと袖で目元を拭い「どしたんだ、どしたんだぁ、さとちゃん」と心配してくれた。
「……んーん、なんかぁ…嬉しいなぁって…、」
「…ほうかぁ。さとちゃんは繊細な子だなぁ。嬉しいんか」
頷くことしか出来なかった。
なんでかな、わからないけど熱くてこうして…泣ける自分に少し、「成長したな」と偉そうにどこかで言う自分を、疎ましくは思わなかった。
その日から少しずつ、石丸くんとの関係が変わっていった。
石丸くんの家にはいつも、誰もいないし部屋以外は多分…散らかっていた。
「慧はさぁ」
「ん?」
その日はニルヴァーナを弾いてみていた。耳コピにあまり自信はなかったのだけど。
石丸くんは少し俯き、考える表情をしていた。
何かあったのかなと手を止め「ん?」と聞いてみると、ギターに凭れて顔を覆い、少し息を吸って「…言わなくて、いいことかもしれないけどさ」と、言いにくそう。
「うん、どうし」
「…俺昨日、慧で抜いちゃった」
恥ずかしそうに言っては「ごめんな」と、石丸くんは謝った。
「なんで?」
「その…ごめん」
「ん?別に」
「いやなんか…めっちゃ悪いことした気分になるんだよね…あれって。
慧っていつも何で抜くの?」
てゆうか多分それ…昨日だけじゃないやつじゃないかな…まぁそれが「言わなくていいこと」かもだけど。
なんで言ったんだろう。
「何で…」
石丸くんは急に早口で「AV?何系?」と聞いてくる。
「うーん…何で…手で…」
「あ、いやそれはそうなんだけど」
「うーん、いつもでもないし」
「…え、そうなの?」
「うん。
強いて言うなら、暗い夜かな。薬であんまりないんだけど、たまに思い出すから、そんな時に」
「…えぇ、」
「まぁだってあの時、勃っちゃったからねぇ」
「…あ、そんな感じ?」
「うん、そうだよ?でも…これ結構…嫌なんだよね」
「…まぁ、確かに、そうなんかもね…。
え、AV見てみたら?なんか…あ、でもそっか、あんま」
「そうだね」
……少しだけ、気持ちが泥々した。
それは、触れられたくないところだったけど。
でもどうやら、石丸くんの様子を見ると、やっぱり少し下を見て「はぁあ~……」と、困ったような、そしてそれは複雑そうな溜め息で。
彼は確かに、悩んでいるのだと思った。
「…どうしよ…」
「うーん…」
「…俺こういうのなんか、すっげぇ嫌でさ…なんなんだよって、今日ちょっと、慧に会いたいけど…顔見るの怖くて、」
「そっか」
「…いやマジごめん、でもどうしても…普通にキモいよな、マジで…」
「まぁ…そんなときもあるって。でも、辛い?」
「…めっちゃ辛い……」
どうしてあげたらいいのかな。
多分、これは何かで解決出来ることではないし、でも…似た辛さは知っている気がする。
「話してくれてありがとう」
「…いや、」
「…石丸くんは前、言ってくれたと思う。自分が優しくしたいそれは俺が望んでないのかもしれないって」
「…うん」
「逆もあるかもしれないよ?
カートも言ってる、多くはいらない、盲目な理由がわからないって」
「…聴いたんだ」
「聴いたよ、そりゃあ。多分弾け」
「確かにそうかも。わからないから、知りたいって言ったんだよな、俺」
「…そうだね。だから普通にってわからない、意味が」
「…キスしていい?」
「いいよ、どうぞ」
羨ましいと思った。
母に、愛とは何かと、正座で2時間ほど説かれたことがある、無償の物だそうだ。
俺もそれはよくわからないと思う。どうしたらいいのかと。
そこにいろ、近付くな。
ギターは抱えたままだった。
だからかもしれない。唇が離れたらなんだか「はは、」と笑い合ってしまった。
「…ある人が言ってたんだ。愛は無償な物なんだってさ。どう思う?それ」
「あ、それって『Don't you think?』じゃないね、『I don't know why?』を狙ってる?」
「聴いたんじゃん」
「そりゃぁね」
取り敢えず二人でギターを置き、寝転がってみた。
石丸くんが「コートニー・ラブではないよね~」とおどける。
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