イーゼル・シーロスタット

二色燕𠀋

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自転

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 なんとなく空白のような余韻を引きずったまま、いつも通りに乗り換えて学校の最寄り駅で降りた。

 ふわふわした微睡み、脳はまだまだ酸欠だろうなと、どこか遠くの自分か、もしかすると違う誰かが思考している、そんな感覚。こんな時にはよくある現象。

少し、スポーツ飲料と甘いものは摂った方がいいかもしれないよ。

 本能なのかはよくわからないけれどふわりと、天気雨に思えるほど自分の事とは程遠く、そう浮かんでくる。
 何も考えず本能的に、駅の真横にあるコンビニへ流れ着き、スポーツ飲料と小粒チョコを買った。子供の頃に、食べていた記憶がある。

 お店から出て私が掌に3粒ほど小粒チョコを出す側で、誰かが清涼菓子を噛んで忙しなく歩いていく。
 ここはオフィスも学校もたくさんある、不思議な都心。

 渡った先の道では一変してまだ閉まった楽器屋さんが並んでいる。
 様々な人が行き交う先に、大学は存在している。それほど敷居は高くない大学。

 確か、今日の最初は天文学の講義だった。
 …とは言っても、この講義、実はいまいちよくわかっていないのだ。ノートを取ってみて予習もするのだけど、宇宙は果てしなく広いようだ。

 そう言えば、先週はどこまでやったかな。夏休み明けの始めだったかもしれない。考えながら教室へ向かう。日差しが私に蔭を作った。

 教室の後ろから入ってすぐの机が空いている。そこに座ろうかなと思った矢先に「よ、」と、延長線の二つ前、二つ左隣の席から控えめな声がかかった。

 短い茶髪の長身は目についた。
 爽やかな彼に笑顔を作り変えて「おはよう」と返事を返した。

「……ハルちゃん。おはよう」

 彼も、ニコッとした人好きの嬉しそうな笑みに変わり手招きをされた。
 少しなんとなく、端の席は後ろ髪引かれるけど。寝癖の茶髪の隣に着席をすることにした。

「寝過ぎちゃったの?源蔵げんぞうくん」

 そう。
 源蔵くん。名前がとても古風でかっこいい。

 源蔵くんの寝癖に手を伸ばしてちょんちょんとつまめば「え?寝癖ついてる?」とそのまま手を取られた。

 それ、ちょっと気まずい…。

 けれども彼は私が俯く前には手を離してくれて「ありがと」と、少し素っ気ないように言ってくれて。

 気まずい。

 なのに、その拍子に顔を覗き込んでは「あれ?」と急に心配そうな顔をした。

「気分悪いか?」
「え、」
「いや、顔色がなんとなくよくねぇなと」

 いやぁ…。
 けれど私の思いよりも遥かに彼は純粋に、どうやらホントに不安、なような表情だった。

 そうだ。
 さっき買った、チョコレートを思い出した。

「なんか、血の気がないっつーか」
「手、出して?」
「え?」

 これはきっと懐かしいと思うんだけど。うわぁ、懐かしいなと言う数秒後の源蔵くんを思い浮かべて笑ってみる。

 彼は恐る恐ると言ったように、左掌を差し出してきた。私はそこに小粒チョコを何粒か振りかけてみる。

「…あっ、」
「駅で買った」
「お、」

 途端に源蔵くんは綻んで「懐かしいなベビーチョコ!」と笑ってくれた。なんとなく、成功。

「でしょう?」
「うん、これ食ったよな~。どしたのこれ」
「うーん、なんとなく」

 少し、なんだか暖かい視線で私を見つめてくれる間があって。

 そうか、
 よくわからないなぁ源蔵くん。

「…ありがと」

 優しい笑顔だったこれにも、そう、源蔵くん。愛情なのはよくわかるんだけど。
 私たちは、友達だ。
 こうやって、陽向の日常、私の生活は漸くスタートしたのかもしれないと、ぼんやり実感する。

「先週のやつさ、」

 源蔵くんは小粒チョコを口に含んでから、何事もなくノートを出して開く。
 実のところ私にはいまいち、彼をよくわかっていないところがある。

「田辺ー、おはよー、あんさー」

 複雑さを消すように、源蔵くんに声をかける誰かがいた。私はそれをよしとし、源蔵くんの字が並んだ講義のノートに目を通した。

木星衛星のロッシュ限界について

 ロッシュ限界…。なんだっけ、そ

「あ、御子柴みこしばじゃん。おはよう」

 矢継ぎ早に思考は先程の男子生徒の声に衝突した。
 金髪の、チャラチャラしていそうな男の子が「雰囲気がなんか違くて一瞬わかんなかったわ」と続けた。

 …誰だっけ、会ったことあったっけ。

 思考が顔に出てしまっていたのかその子は、「あれ?覚えてない?俺だよ俺」と、詐欺のように然り気無く、空いていた私の隣に座って続けた。

「おい加藤、」

 加藤?

「そう加藤!この前の飲みの!」
「飲み?」
「えぇー、忘れちゃったの?楽しかったじゃーん。
 また飲み企画しようかと思ってさぁ、御子柴と田辺いるとどーも盛り上がるんだけどどう?」
「ん?」
「あ、加藤多分それ、」
「もしかして、兄のことですか?」

 多分、この雰囲気は合コンだろう。となると、人違いだ。

 聞いてみてしまっては源蔵くんも、加藤くん?も、言葉に詰まるように黙ってしまい、加藤くんが私を探ろうとする空気に変わってきてしまいそうだった。
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