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ボイジャー
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『──……大学病院に搬送』帝都医科歯科大学病院か。やはり近かった、目の前だ。どうせなら通ってる大学の病院に運べばいいものを。今朝はココアだったんだけどな。
俺はいまいち悠のトラウマをわかっていない。悠が現実を切り離してしまう瞬間は、今のところ疲労としている。
疲労か、まぁそうだ。人生疲れる瞬間はいくらでもある。俺にでもあるが悠は少し神経質だ。
「センセ、また悠が切っちゃったみたいなの」
幼い日の、二重で…悠とは違って黒子のない目元、そう、いつでも輝くような慣れた笑顔に胸がほっとして「そうなんだ」と、穏やかに言うことができた。
あの双子は少し病気だ。
「明日一緒においでよ」
「うん、そうするね。先生も大変だね」
「そんなことはないよ陽ちゃん」
悠とは違って腰辺りまで長く伸ばした黒髪は、悠とは違って女の子の柔らかい髪室で。すぐに絡まっちゃうのよねぇ先生と話を変えてしまうのは君がごく普通の女の子になれる瞬間で。
「どれどれ」と櫛で髪を解いてあげれば「ありがとーセンセ」と言う純粋さに俺がどんなに大人の感情を持っていようが君は知らないし関係がない。
あれはあれで関係は保てていたが俺はその“明日”に、君が泣いた悠の傷付いた手首を何も気遣いなく握って連れてくることに病名を授けることはなかった。
何も話さない悠と、「先生どうしたらいいの」と、一緒になって泣く姉を、「そうだねぇ」と言うばかり。
「悠が死んじゃったら陽は悲しい」
その隣の悠は無感情だから、俺は陽の涙を拭うのだけど、お前がどんな目で俺のその指を眺めていたのか。まぁ、わかっても仕方のないのだ。
いよいよとなれば告げなければならない。君たちは一緒にいたら破壊を始めるんだよ。だから自覚してはならないんだ。
陽、自覚してはならないんだ。
車停めるのどこだったっけな、奥だろうなと茶色いレンガの建物に侵入しようと試みたところでバーが下がり、救急車が出ていく。運ばれた人はサイレンを鳴らしたままここに来れるだろうか、大体は辿り着くだろうと目の前でサイレンが鳴った2パーセントあまりの確率を考えるのは医者ゆえだろうか。
俺はあれがなんのために走るのか病名など検討もつかないし関係もない。
だが、微塵も代理ミュンヒハウゼン症候群だとは疑わない。あの子達も疑っていなかったのだから、そうだ今朝は好物の鮭のムニエルを少しだけ丁寧に食べていたな。
悠は酷く神経質な子供で、陽はどちらかと言えば大雑把な子供、普通にしていても、普通にしていれば。だがあの子達には全てが自然現象だ。
「陽が怖いんだよ、」
そうだろうね、けどそれが普通なんだよ。
警備員の棒が奥を示す。あの人は何時間立っているんだろ。出来るだけ奥の方へ停めたいけれど、まぁ空いてないよな。ここには何千人と通うのだろうし。
ああやっぱりね、空いてないや。空かないしまあいいや。酷く遠いな、距離がある。
ああそうだ飲み物買っておこう。陽ならお茶でもいいよな。5000円あれば帰れるかな、集中治療室に通されてたら1万5千円くらいいっちゃうよなぁ。
「こちらに緊急搬送された御子柴陽の保護者のものですが、照井と申します」
受付にそう告げると「御子柴さんの保護者の方でしょうか」と、側の長椅子に座っていた短髪の、青い救命胴衣を着ている男と、大学生くらいの若い男女二人が立つ。緩いカールの女の子は深々と頭を下げ、短髪のスポーツマンタイプの男の子は軽くお辞儀する。
陽の友人だろうか。
医師がぶら下げていた名札を見せる、内科医、田倉佳彦「えっと担当しました内科医の田倉です」。男の子と女の子は「ご友人に少し話を伺いました」と案内される、やっぱりそうか。
「えっと、電話した田辺源蔵です」
「この度はどうも。保護者の照井と申します。二人が陽を?」
「…状況が掴めなかったので…“悠”の彼女も来てくれました」
言いにくそうだが少し挑戦的なような、何かは話したい目付きでその田辺源蔵と名乗った学生は「俺は陽ちゃんの…多分友人です」と答えた。
「…そうですか」
「もちろん…その…陽ちゃんと悠のことは俺も、栗山さんもわかっていて」
「君たちは一緒にいたのかな?」
「いや、」
「連絡があって駆けつけてくれて…救急車はその場にいた女性の方が呼んでくれたようなのですが、えっと、保険証には御子柴悠さんの名前が合ったようなのですが、意識混濁で」
「あぁ、解離性同一性障害なんです」
「…あ、あぁ…」
意志は理解したようで、深々と頷いた。
「俺は彼の…彼女か。主治医を担当しているんですよ。なのでまぁ、なんとなくはわかりますが」
「あ、はい。一応頭のCTとMRIと…血液検査を行いましたが。主治医と言うことでしたら話が早い」
CT、MRI、血液検査の資料をもらう、血中濃度はなるほど、エチゾラムが多かったのかもしれない。
「クエチアピンとアルプラゾラムは少しまぁ、高めではありますが、平常値だと思いますが」
「デパスですかね」
「はい、あの…ご友人にも一応お伺いしたのですが御子柴さんは」
「さぁ。理解しかねます。意識はどうでしょうか」
「あぁ、少しぼーっとはしっていらっしゃいますが」
「そうですか。退院手続きをお願い致します」
俺はいまいち悠のトラウマをわかっていない。悠が現実を切り離してしまう瞬間は、今のところ疲労としている。
疲労か、まぁそうだ。人生疲れる瞬間はいくらでもある。俺にでもあるが悠は少し神経質だ。
「センセ、また悠が切っちゃったみたいなの」
幼い日の、二重で…悠とは違って黒子のない目元、そう、いつでも輝くような慣れた笑顔に胸がほっとして「そうなんだ」と、穏やかに言うことができた。
あの双子は少し病気だ。
「明日一緒においでよ」
「うん、そうするね。先生も大変だね」
「そんなことはないよ陽ちゃん」
悠とは違って腰辺りまで長く伸ばした黒髪は、悠とは違って女の子の柔らかい髪室で。すぐに絡まっちゃうのよねぇ先生と話を変えてしまうのは君がごく普通の女の子になれる瞬間で。
「どれどれ」と櫛で髪を解いてあげれば「ありがとーセンセ」と言う純粋さに俺がどんなに大人の感情を持っていようが君は知らないし関係がない。
あれはあれで関係は保てていたが俺はその“明日”に、君が泣いた悠の傷付いた手首を何も気遣いなく握って連れてくることに病名を授けることはなかった。
何も話さない悠と、「先生どうしたらいいの」と、一緒になって泣く姉を、「そうだねぇ」と言うばかり。
「悠が死んじゃったら陽は悲しい」
その隣の悠は無感情だから、俺は陽の涙を拭うのだけど、お前がどんな目で俺のその指を眺めていたのか。まぁ、わかっても仕方のないのだ。
いよいよとなれば告げなければならない。君たちは一緒にいたら破壊を始めるんだよ。だから自覚してはならないんだ。
陽、自覚してはならないんだ。
車停めるのどこだったっけな、奥だろうなと茶色いレンガの建物に侵入しようと試みたところでバーが下がり、救急車が出ていく。運ばれた人はサイレンを鳴らしたままここに来れるだろうか、大体は辿り着くだろうと目の前でサイレンが鳴った2パーセントあまりの確率を考えるのは医者ゆえだろうか。
俺はあれがなんのために走るのか病名など検討もつかないし関係もない。
だが、微塵も代理ミュンヒハウゼン症候群だとは疑わない。あの子達も疑っていなかったのだから、そうだ今朝は好物の鮭のムニエルを少しだけ丁寧に食べていたな。
悠は酷く神経質な子供で、陽はどちらかと言えば大雑把な子供、普通にしていても、普通にしていれば。だがあの子達には全てが自然現象だ。
「陽が怖いんだよ、」
そうだろうね、けどそれが普通なんだよ。
警備員の棒が奥を示す。あの人は何時間立っているんだろ。出来るだけ奥の方へ停めたいけれど、まぁ空いてないよな。ここには何千人と通うのだろうし。
ああやっぱりね、空いてないや。空かないしまあいいや。酷く遠いな、距離がある。
ああそうだ飲み物買っておこう。陽ならお茶でもいいよな。5000円あれば帰れるかな、集中治療室に通されてたら1万5千円くらいいっちゃうよなぁ。
「こちらに緊急搬送された御子柴陽の保護者のものですが、照井と申します」
受付にそう告げると「御子柴さんの保護者の方でしょうか」と、側の長椅子に座っていた短髪の、青い救命胴衣を着ている男と、大学生くらいの若い男女二人が立つ。緩いカールの女の子は深々と頭を下げ、短髪のスポーツマンタイプの男の子は軽くお辞儀する。
陽の友人だろうか。
医師がぶら下げていた名札を見せる、内科医、田倉佳彦「えっと担当しました内科医の田倉です」。男の子と女の子は「ご友人に少し話を伺いました」と案内される、やっぱりそうか。
「えっと、電話した田辺源蔵です」
「この度はどうも。保護者の照井と申します。二人が陽を?」
「…状況が掴めなかったので…“悠”の彼女も来てくれました」
言いにくそうだが少し挑戦的なような、何かは話したい目付きでその田辺源蔵と名乗った学生は「俺は陽ちゃんの…多分友人です」と答えた。
「…そうですか」
「もちろん…その…陽ちゃんと悠のことは俺も、栗山さんもわかっていて」
「君たちは一緒にいたのかな?」
「いや、」
「連絡があって駆けつけてくれて…救急車はその場にいた女性の方が呼んでくれたようなのですが、えっと、保険証には御子柴悠さんの名前が合ったようなのですが、意識混濁で」
「あぁ、解離性同一性障害なんです」
「…あ、あぁ…」
意志は理解したようで、深々と頷いた。
「俺は彼の…彼女か。主治医を担当しているんですよ。なのでまぁ、なんとなくはわかりますが」
「あ、はい。一応頭のCTとMRIと…血液検査を行いましたが。主治医と言うことでしたら話が早い」
CT、MRI、血液検査の資料をもらう、血中濃度はなるほど、エチゾラムが多かったのかもしれない。
「クエチアピンとアルプラゾラムは少しまぁ、高めではありますが、平常値だと思いますが」
「デパスですかね」
「はい、あの…ご友人にも一応お伺いしたのですが御子柴さんは」
「さぁ。理解しかねます。意識はどうでしょうか」
「あぁ、少しぼーっとはしっていらっしゃいますが」
「そうですか。退院手続きをお願い致します」
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