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Act.3
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「五十嵐さん」
僕はデパートから出てミソラさんの店に向かう車の中、日頃の疑問を五十嵐にぶつけようと考えた。
「ん?」
「僕の常々の疑問を聞いて欲しいんですけど」
「え、何?」
「あんたどこからその金沸いてくるんですか?」
計7万くらいとちょっと。
流石にあのボロ家の家賃を上回った買い物には疑問しかない。
「あぁ、俺たまに金持ってんだよ」
「よくわからないんですけど」
「んー、株とか?」
「え、嘘だと思いますそれ」
「うんまぁ嘘。オフィス五十嵐は有限会社だから税金も掛かるしな」
「え、なんでホントに金持ってんの」
「画家だよ?たまに仕事すればまぁまぁ稼げるんだよ」
「あー、えぇ…」
「いま従業員代浮いてるし」
「あっ」
なるほど。
「だから僕、住み込みなんですか?」
「だからってわけじゃないけどさぁ。正直養ってる感あるし。
いや稼いでた時の貯金とか、あと悪いけど意外と稼げる画家だからね、スランプってだけで」
「うわぁ…」
もうよくわかんないけどやっぱりナルシスト感は凄く出てる。確かに僕って養われてるけど。そんでもって働いてないけど。
って考えてたらどっちがゴキブリかわかんないなこれ。
「まぁまぁ、君には投資だよね」
「それは…」
この7万円くらいがだろうか。安いのか高いのか感覚がわからなくなってきたけど、僕って昔いくら稼いでたんだろ。でもこれって日用品だよね。引っ越し料金だとか考えたら、安いよね。
でもまぁ、
「これだけされたら何かしないといけませんよね」
「ん?まぁね」
普通やらないだろう。
いや、僕が例えば一般の会社勤めなら多分、年齢的にあと5万円の月給が最低限で稼げるとして。うーん、やっぱ7万、6万を洋服とか、考えられないよなぁ。
この身一つで五十嵐の元に来た実感が沸いてきた。当たり前か、僕は暫く所在を掴んだらしい。
考えていたら少しの陽気に、ぼんやりしてきた。
「佐奈斗、着いたよ」
と呼ばれたときに目が覚めた。またミソラさんの店で停車していた。
店の前には“open”の看板が出ている。
「出来たな」とにやりとした五十嵐は、またフラッと店に入り、「美空ちゃん、来たよ」と声を掛ける。
レジにミソラさんが座っていて「はいよ」と、後ろの棚からカップを取り出して五十嵐に渡した。
青い、海のカップだった。
鉛筆画の線。水面が揺れていて、取っ手あたり、右利きで使うなら向かいに見える位置に黒アゲハがいる。水の中は気泡も散りばめてあって。
一目で、あぁ、五十嵐透だと感嘆しそうになる。今の今まであった眠さはどこかにいってしまった。
「どう?」
カップが渡され更にくまなく眺めてみる。
鉛筆画、白を汚すこのふんわりとした質感を感じる絵。だけど、雑草じゃないこの自然。
肺に優しく染み渡りそうなその絵に僕はただ、「いいですね…」としか呟けなくて。
やっぱり、この人の絵はなんだか、僕の呼吸を満たしてくれる。
けれど不思議。
カップの底には落書きのような、可愛らしい「幽霊」がいる。その下に「Toore Igarashi」と、今のサインがあった。ちゃんとデザインチックなくせにどこかダサいやつ。
「気に入ったか」
「え、あぁ、凄くこう、五十嵐透を感じます。僕の…肺が透けていくような」
「そうか。歯磨きカップとどっちがいい?」
「え?」
「一応幽霊描いたんだけど」
「ん?」
「アゲハも迷ってるっぽいと思うんだけど」
まさか。
「これ、もしかして僕に?」
「まぁ、そうだね」
もしかして。
「か、書き下ろし的な…」
「そうだね」
「えっ、」
「いや君はあの雑草気に入ったらしいけど、俺あれ描いたときその…なんか擦れてたんだよ。俺ってこんなやつじゃんって。
これはふと浮かんだからさ。けどわりと君っぽいと思わない?」
自信満々だけど。
だけど。
返答に困ってしまった。
これは良い意味で、そうか僕、好きな画家にコーヒーカップを貰ったんだと暫く眺めても、「はい…」としか出てこない。
けれども感謝は、伝えなくちゃな。
「はは、あんた、そんなファンがついたんだね」
とミソラさんが明るく五十嵐に言う。
「昔のあんたにはいたかね、そういうファン。私もそれ、良いデザインだなって思った。売る?五十嵐」
「まぁね、考えるわ。多分売らないけどね。
2000円くらいか、この色合い」
「そうだねー、2500かな」
「あそう。やっぱ売れないね」
そう言いながら五十嵐はその場で財布を出し、「見ろ二千円札。とっておきだよ」だの、「うわ、商売上迷惑な客」とか、ミソラさんとやり取りしていて。
そうか、一つ僕には生きた証が今出来た。頭が誰かに食い尽くされていく、そこに新たな色を加えたのだ。
ミソラさんはそれから慣れたようにカップを包んで箱に入れ、「Dryade」の紙袋に入れて僕にそれを渡してくれた。
「割れてもデータあるから、また来てね」
「悪用すんなよ美空ちゃん」
そんなやり取りを最後にしてから店を出て、漸く僕は五十嵐に「ありがとう」と伝えられた。
やっぱり絵に関しては素っ気なく、「ん」とだけ返事をした五十嵐に、何も他に言葉はいらないな、そう感じて僕は、それ以上を言わなかった。
浸された水にも、本当はこうしてプランクトンも、気泡、空気もあるはずだ。
僕にも少しだけ、そう思えた出来事だった。
僕はデパートから出てミソラさんの店に向かう車の中、日頃の疑問を五十嵐にぶつけようと考えた。
「ん?」
「僕の常々の疑問を聞いて欲しいんですけど」
「え、何?」
「あんたどこからその金沸いてくるんですか?」
計7万くらいとちょっと。
流石にあのボロ家の家賃を上回った買い物には疑問しかない。
「あぁ、俺たまに金持ってんだよ」
「よくわからないんですけど」
「んー、株とか?」
「え、嘘だと思いますそれ」
「うんまぁ嘘。オフィス五十嵐は有限会社だから税金も掛かるしな」
「え、なんでホントに金持ってんの」
「画家だよ?たまに仕事すればまぁまぁ稼げるんだよ」
「あー、えぇ…」
「いま従業員代浮いてるし」
「あっ」
なるほど。
「だから僕、住み込みなんですか?」
「だからってわけじゃないけどさぁ。正直養ってる感あるし。
いや稼いでた時の貯金とか、あと悪いけど意外と稼げる画家だからね、スランプってだけで」
「うわぁ…」
もうよくわかんないけどやっぱりナルシスト感は凄く出てる。確かに僕って養われてるけど。そんでもって働いてないけど。
って考えてたらどっちがゴキブリかわかんないなこれ。
「まぁまぁ、君には投資だよね」
「それは…」
この7万円くらいがだろうか。安いのか高いのか感覚がわからなくなってきたけど、僕って昔いくら稼いでたんだろ。でもこれって日用品だよね。引っ越し料金だとか考えたら、安いよね。
でもまぁ、
「これだけされたら何かしないといけませんよね」
「ん?まぁね」
普通やらないだろう。
いや、僕が例えば一般の会社勤めなら多分、年齢的にあと5万円の月給が最低限で稼げるとして。うーん、やっぱ7万、6万を洋服とか、考えられないよなぁ。
この身一つで五十嵐の元に来た実感が沸いてきた。当たり前か、僕は暫く所在を掴んだらしい。
考えていたら少しの陽気に、ぼんやりしてきた。
「佐奈斗、着いたよ」
と呼ばれたときに目が覚めた。またミソラさんの店で停車していた。
店の前には“open”の看板が出ている。
「出来たな」とにやりとした五十嵐は、またフラッと店に入り、「美空ちゃん、来たよ」と声を掛ける。
レジにミソラさんが座っていて「はいよ」と、後ろの棚からカップを取り出して五十嵐に渡した。
青い、海のカップだった。
鉛筆画の線。水面が揺れていて、取っ手あたり、右利きで使うなら向かいに見える位置に黒アゲハがいる。水の中は気泡も散りばめてあって。
一目で、あぁ、五十嵐透だと感嘆しそうになる。今の今まであった眠さはどこかにいってしまった。
「どう?」
カップが渡され更にくまなく眺めてみる。
鉛筆画、白を汚すこのふんわりとした質感を感じる絵。だけど、雑草じゃないこの自然。
肺に優しく染み渡りそうなその絵に僕はただ、「いいですね…」としか呟けなくて。
やっぱり、この人の絵はなんだか、僕の呼吸を満たしてくれる。
けれど不思議。
カップの底には落書きのような、可愛らしい「幽霊」がいる。その下に「Toore Igarashi」と、今のサインがあった。ちゃんとデザインチックなくせにどこかダサいやつ。
「気に入ったか」
「え、あぁ、凄くこう、五十嵐透を感じます。僕の…肺が透けていくような」
「そうか。歯磨きカップとどっちがいい?」
「え?」
「一応幽霊描いたんだけど」
「ん?」
「アゲハも迷ってるっぽいと思うんだけど」
まさか。
「これ、もしかして僕に?」
「まぁ、そうだね」
もしかして。
「か、書き下ろし的な…」
「そうだね」
「えっ、」
「いや君はあの雑草気に入ったらしいけど、俺あれ描いたときその…なんか擦れてたんだよ。俺ってこんなやつじゃんって。
これはふと浮かんだからさ。けどわりと君っぽいと思わない?」
自信満々だけど。
だけど。
返答に困ってしまった。
これは良い意味で、そうか僕、好きな画家にコーヒーカップを貰ったんだと暫く眺めても、「はい…」としか出てこない。
けれども感謝は、伝えなくちゃな。
「はは、あんた、そんなファンがついたんだね」
とミソラさんが明るく五十嵐に言う。
「昔のあんたにはいたかね、そういうファン。私もそれ、良いデザインだなって思った。売る?五十嵐」
「まぁね、考えるわ。多分売らないけどね。
2000円くらいか、この色合い」
「そうだねー、2500かな」
「あそう。やっぱ売れないね」
そう言いながら五十嵐はその場で財布を出し、「見ろ二千円札。とっておきだよ」だの、「うわ、商売上迷惑な客」とか、ミソラさんとやり取りしていて。
そうか、一つ僕には生きた証が今出来た。頭が誰かに食い尽くされていく、そこに新たな色を加えたのだ。
ミソラさんはそれから慣れたようにカップを包んで箱に入れ、「Dryade」の紙袋に入れて僕にそれを渡してくれた。
「割れてもデータあるから、また来てね」
「悪用すんなよ美空ちゃん」
そんなやり取りを最後にしてから店を出て、漸く僕は五十嵐に「ありがとう」と伝えられた。
やっぱり絵に関しては素っ気なく、「ん」とだけ返事をした五十嵐に、何も他に言葉はいらないな、そう感じて僕は、それ以上を言わなかった。
浸された水にも、本当はこうしてプランクトンも、気泡、空気もあるはずだ。
僕にも少しだけ、そう思えた出来事だった。
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