アマレット

二色燕𠀋

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狭間

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 そのまま二人で相談所を後にした。

「どうだった」
「…なんか、」
「気持ーち進歩だと思うよ。そんなに心を閉ざすな。
 まぁ、今からでも学校と兄貴に確認の電話とか入れてくれりゃ良い方だけど」
「……お兄ちゃんに?」
「こうなるとな、わからん。録音聞かせたからその必要もないかもしれないけど…何よりやーさんだからな。でも、それはあっちの判断かな。普通は触らぬ神にってやつだろうけどね」
「まぁ、いいんですけど…」
「口出して悪かったな」
「いえ、」
「やっぱ嫌だったんじゃん」

 俺がそう言えば瑠璃は俯いて「…ですね」と言う。

「俺、女と話すの苦手なのかもな…」
「え?」
「いや、さっきの。ついイラっとしてああなっちゃったけどお前あの人と会話出来た?」
「…したし言ったけど…伝わったかはなんだか手応えがないような…」
「俺も。
 まぁいいや。学校のこともああまで言ったならどうにかなるだろ」
「辞める」
「バカを言うな。取り敢えずまあ…在籍はしとけば?案外それでも卒業出来ると…多分思う」

 自信ないけど。

「…そうだ、お金…学校代は兄が払いそうな気がします」
「だろうな、唯一の綱だからな」
「その他は…」
「あーいい、いい。それくらいは多分問題ない」

 現実的に考えて確かにそこは懸念だけど。ただ、「んなのは男に任しとけよ全く」とついまた口を出してしまった。

 少々俯いた瑠璃を見て、全く何を言ってんだ俺はと思いつつも、少しだけ懐かしさも込み上げる。

 長く見つめては行けないのかもしれないが、何故だろう、気持ちばかりがもうすでに大きくなってしまったのかな、不思議と「なんとかするだろ」と思えてきていた。

 ……若干、スッキリしたのかもしれない。
 それが同じ気持ちだったのかはわからないけれど、瑠璃も「ふふふ」と、漸く笑った。
 心なしか軽くなったように「千秋さん、変な話していいですか」と、瑠璃は滑らかに言う。
 まぁ、やっぱり来てよかったんだろう。

「なんだ?」

 聞くと言ってしまった手前、車にエンジンを掛けつつ半々で返事をすれば「女の人ってなかなかイケないんですよ」だなんて言うのだから、危うくクラクションを鳴らしそうになった。

「……は?」
「いや、物理的に?」
「……あっそう」

 何が?何故いま?
 ついでにアクセスとブレーキも間違えそうだったが「微妙に…」と続ける。

「差違があるんです。同姓故だからですかね?」
「あそゆこと?…いや知らんけど」
「ただ…そう、少しの…無駄な興味だったんです」
「んーまぁ若いからな…」
「…だから、全てが嫌だったわけでもないと、やっぱり言います」
「ん、そりゃポジティブでいいことじゃん?」
「でも醜い。気持ち悪いですかね?」
「別にそんなこともないだろ、好奇心ってなんでも、大体はあって損はないだろうし」
「…好奇心か…」

 ふとそう言ってぼんやりとした瑠璃は少し考えて「いや、違うような気もする…」と一人言を始めた。

 まだ瑠璃は気付かないのかもしれない、情というのが一番厄介だということに。

 だが、その理論の方が醜く…気持ち悪いような気もする俺がいた。

「情ってなんなんでしょうね」

 しかしそう言われたことに、何故だかドキッとした俺がいて。

「…俺はそんなに良いものだと思ってないよ」
「じゃぁ、やっぱり違うのかも。感情、愛情、とニュアンスが違うそれと…同じようでやっぱり違う…と…」
「つまり切れるやつってこと?」
「はい?」
「お前が言ってるそれって」
「そうですね…皆思い浮かべたのですが、切ることに未練がない」

 それは、一体。

「どこに行きたいって言うんだか」

 そうか。

 その危うさ、なんだかこいつと会ってからずっと感じていたような気がするのに。

 え?じゃぁなんであんな、情緒不安定かよ状態で我が儘こいたんだろうか。そりゃぁ知らんやつと一月もなんてわかるけど…。
 あぁ、あぁなるほど。

「…思ったより情は深いんじゃないの?お前って」
「そうなんですかね」
「だって、」
「じゃぁやっぱり千秋さんがいい」

 だって、じゃなきゃああはならんだろ、とまで言おうとしたのにそう来たから、「は?」と思ったのに何故か、「あっそう…」に留まってしまった自分が不思議で、言えなかったことへ少しモヤっとしたような。
 いや、なんだかでも、この複雑な絡みに若干納得しかけている。

「俺だってその…施設の?知らんやつらと変わらないはずじゃん」
「変わりますよ」
「たった一週間の差でしかないじゃん」
「どうなんでしょう、そうなんですか?」
「は?」
「不思議で…説明が難しいけれど…本当に一週間でしたっけ」
「…ん?」
「なんだか、です」

 …確かに。
 でも。

「俺は正直お前はなんだか、ですけど遠くにいる気がしますねぇ」
「え?」
「でも…」

 どちらかと言えば。
 遠くから…な感じ…なのかもしれない。

「どこに行くのかどこへ向かうのか、当たり前にわからんと言うか。こっちを見ているのは確からしいが」
「…はい」

 そして。

「でも、何故か俺はその正体を知っているような感覚に陥っているのも事実だ」

 何かが遠い。

 …言われてみればこれは確かに情じゃない。もっと、シンプルな気がする。
 これは、もしかすると寂しいことだったのかもしれないなと、5年くらい前を思い出す。

「…なんだろうな、」

 ここまで来ておいていま初めて向き合ったような感覚にもなった。これは、過去への情だ。

「なんだと思う?」
「…なんでしょうね…」

 でも、ハッキリと状況は変わったということが暴かれ、だから知った気がしているそれとは異なっているのかもしれない。

 ふとそう、遠くから降ってくるように、思った。
 俺を見ている瑠璃は、もしかすると答えをもう、持っているのかもしれないなと思うほどにハッキリしていると感じて。

 あぁ、そうかこれ。
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