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待って、と自分の裾にすがりしゃがみこんだ雨川を南沢は見下ろしていた。
「そう言うことね、南沢さん」
とわかったように言う喜多にイラつくも、そりゃぁそうかと食い縛り、裾を掴む手が震えている雨川にすら、南沢は食い縛ることしか出来ない。
どうしてだろうかと考える間もなく、「あのさぁ、」と、やはり第三者が介入してきた。
「南沢さん帰るって言ったけど、多分誰か…いた方がいいんじゃないかな」
「いいえ」
喜多を見もせずに南沢ははっきり言い、「…いいえ、」と再び噛み締めるように言っては「真冬、」と雨川に手を貸そうとする。
雨川はその手をバシッと払い、南沢を睨むように見た。それから「なんなんだよ、」と唸るのだった。
「真冬、」
「うるさい…、」
「少し話をしないか」
「する気もない」
「どうして」
「うるさい」
「…だからぁ、」
「俺も南沢さんも話す気がないじゃないか、意味ありますか」
南沢は黙り込み、泣いた後の気の強さで雨川は南沢を睨んだ。いっそぶん殴ってやりたいが、少しその気も削がれたのは事実で肩で息をしている。沈黙は降りる。
見ている喜多としては素直に溜め息が出た。不毛だ。言い出したはいいがこうなってしまえば正直お帰り願いたい。
「…喜多教授補佐、すみませんでした。帰ります、一人で」
「俺も、」
「貴方はここの学者じゃないですか」
そう言われてしまえば、南沢は黙るしかなくなる。
完全なる雨川の拒否体制に、どうしても南沢は拳を握ることしか出来ない。
「じゃ、」
と、そのまま去ろうとする雨川をどうにか止めようかと考えるも、南沢は自分にその資格があるのかと過ってしまう。
あの日の俺なんて兄にも真冬にも…関係がないことなのにと、踏み出せない南沢に、喜多は溜め息を──
研究室の扉が空いた。
「…あれ?」
喜多はその、絶妙に良いのか悪いのか微妙なタイミングでやって来た長身マスクに、溜め息に変わる言葉を漏らした。
若き変態クソノーベル、葛西鶫が書類と、何か薬品でも入っているだろう箱を持って現れた。自動的に雨川は退路を絶たれ、「鶫さん…!?」と、20センチ上を眺めていた。
「あーやっぱいたいた。
おい喜多、お前んとこの助手、うるせえんだよこのバカ」
「あー…はいはい…鶫ちゃんなんてタイミング」
「“次に鶫ちゃんと呼んだらヘキソプレナリンとイソプロテレノールを動脈と静脈にぶち込む”って前回硬く約束したよな」
「守ったことないじゃん僕、てかそれ何マジでそんな僕を苦しめに来たの変人」
「はぁ?」
そう不機嫌に葛西は喜多に言い返し、すぐに隣の南沢を見て「よぉ、南沢准教授」と、嘲笑を浮かべる。
「どうもノーベル葛西さん」
明らかに南沢は笑みを浮かべたがイラッとしたのは口調と浮いた蟀谷でわかる。ぴきっと音がしそうだった。
葛西はそっと雨川に「これ喜多に」と書類を渡したが、それを南沢が奪うように「どーもどーもご足労をノーベルさん」と、横流しのように喜多へぺいっと渡してしまった。
僕は年下だけど南沢さん、あんたの上司なんだよなぁ。
と喜多が思う間もなく「そろそろ行こうかと思ってましたよノーベル葛西さん」と、自棄に南沢は葛西に突っかかる。
「ははっ、ノーベル取ったらクソみてーに研究回ってきてねぇ、新薬だってよ。ほーんと忙しい忙しい。大変すぎて生物学とかなんなのって感じ」
「あはは…鶫ちゃんごめーん」
「マジぃ、ロシアまで行ってお前らんとこのきょーじゅの機嫌取りするとかぁ、過労死したらどーしよって感じぃ」
「鶫さんもしやそれって」
「ははははすんませんねぇ、ノーベルにはまだまだな研究発表なんてお見せ致しましてぇ」
「…ちょっと南沢さん、あんたの上司なんだけど、教授も!」
「でぇ、南沢准教授?あれからどうだい?せーぶつ学進んだぁー?子供と何したー?そつぎょーしましたか童貞」
「鶫ちゃんちょっ、」
「でぇ、このノーベル天才医療学者葛西鶫にはぁ、そんな成果上がってきてないんでぇ、なーにやってんのかなこのクソ研究室はと直々におでましましたー」
「…あっそ、」
うわぁ。
帰っちゃえばよかった。
雨川は後悔した。
そう、
葛西と南沢は笑える、いや笑えないほど犬猿なのだ。最早何学者だろうと大学にいれば有名である。若きノーベルと元ノーベルの弟。分野違いだが微妙な壁があるらしい。
「つ、鶫ちゃんありがとうところでその箱はいま関係」
「大有りだよバカ研究。
アンドロゲンとプロゲステロン誘発剤をパクってきました」
「え゛っ、ナニソレ」
「はぁ?ついていけないけどノーベル」
ヤバいこれは非常に逃げたい話題だと雨川が思った次の瞬間には葛西にがっつり両肩を掴まれてしまった。
やっぱり来たー。マジかよ。
「あ…あのう葛西センセ」
「ちょーどここにぃ?准教授殿がバカみたいな御託を並べている被検体もあるしぃ?」
「え、待って待って」
「なーに真冬ちゃーん」
葛西のニヤニヤが凶悪だった。
マジで性格がアレだこいつ。
「そう言うことね、南沢さん」
とわかったように言う喜多にイラつくも、そりゃぁそうかと食い縛り、裾を掴む手が震えている雨川にすら、南沢は食い縛ることしか出来ない。
どうしてだろうかと考える間もなく、「あのさぁ、」と、やはり第三者が介入してきた。
「南沢さん帰るって言ったけど、多分誰か…いた方がいいんじゃないかな」
「いいえ」
喜多を見もせずに南沢ははっきり言い、「…いいえ、」と再び噛み締めるように言っては「真冬、」と雨川に手を貸そうとする。
雨川はその手をバシッと払い、南沢を睨むように見た。それから「なんなんだよ、」と唸るのだった。
「真冬、」
「うるさい…、」
「少し話をしないか」
「する気もない」
「どうして」
「うるさい」
「…だからぁ、」
「俺も南沢さんも話す気がないじゃないか、意味ありますか」
南沢は黙り込み、泣いた後の気の強さで雨川は南沢を睨んだ。いっそぶん殴ってやりたいが、少しその気も削がれたのは事実で肩で息をしている。沈黙は降りる。
見ている喜多としては素直に溜め息が出た。不毛だ。言い出したはいいがこうなってしまえば正直お帰り願いたい。
「…喜多教授補佐、すみませんでした。帰ります、一人で」
「俺も、」
「貴方はここの学者じゃないですか」
そう言われてしまえば、南沢は黙るしかなくなる。
完全なる雨川の拒否体制に、どうしても南沢は拳を握ることしか出来ない。
「じゃ、」
と、そのまま去ろうとする雨川をどうにか止めようかと考えるも、南沢は自分にその資格があるのかと過ってしまう。
あの日の俺なんて兄にも真冬にも…関係がないことなのにと、踏み出せない南沢に、喜多は溜め息を──
研究室の扉が空いた。
「…あれ?」
喜多はその、絶妙に良いのか悪いのか微妙なタイミングでやって来た長身マスクに、溜め息に変わる言葉を漏らした。
若き変態クソノーベル、葛西鶫が書類と、何か薬品でも入っているだろう箱を持って現れた。自動的に雨川は退路を絶たれ、「鶫さん…!?」と、20センチ上を眺めていた。
「あーやっぱいたいた。
おい喜多、お前んとこの助手、うるせえんだよこのバカ」
「あー…はいはい…鶫ちゃんなんてタイミング」
「“次に鶫ちゃんと呼んだらヘキソプレナリンとイソプロテレノールを動脈と静脈にぶち込む”って前回硬く約束したよな」
「守ったことないじゃん僕、てかそれ何マジでそんな僕を苦しめに来たの変人」
「はぁ?」
そう不機嫌に葛西は喜多に言い返し、すぐに隣の南沢を見て「よぉ、南沢准教授」と、嘲笑を浮かべる。
「どうもノーベル葛西さん」
明らかに南沢は笑みを浮かべたがイラッとしたのは口調と浮いた蟀谷でわかる。ぴきっと音がしそうだった。
葛西はそっと雨川に「これ喜多に」と書類を渡したが、それを南沢が奪うように「どーもどーもご足労をノーベルさん」と、横流しのように喜多へぺいっと渡してしまった。
僕は年下だけど南沢さん、あんたの上司なんだよなぁ。
と喜多が思う間もなく「そろそろ行こうかと思ってましたよノーベル葛西さん」と、自棄に南沢は葛西に突っかかる。
「ははっ、ノーベル取ったらクソみてーに研究回ってきてねぇ、新薬だってよ。ほーんと忙しい忙しい。大変すぎて生物学とかなんなのって感じ」
「あはは…鶫ちゃんごめーん」
「マジぃ、ロシアまで行ってお前らんとこのきょーじゅの機嫌取りするとかぁ、過労死したらどーしよって感じぃ」
「鶫さんもしやそれって」
「ははははすんませんねぇ、ノーベルにはまだまだな研究発表なんてお見せ致しましてぇ」
「…ちょっと南沢さん、あんたの上司なんだけど、教授も!」
「でぇ、南沢准教授?あれからどうだい?せーぶつ学進んだぁー?子供と何したー?そつぎょーしましたか童貞」
「鶫ちゃんちょっ、」
「でぇ、このノーベル天才医療学者葛西鶫にはぁ、そんな成果上がってきてないんでぇ、なーにやってんのかなこのクソ研究室はと直々におでましましたー」
「…あっそ、」
うわぁ。
帰っちゃえばよかった。
雨川は後悔した。
そう、
葛西と南沢は笑える、いや笑えないほど犬猿なのだ。最早何学者だろうと大学にいれば有名である。若きノーベルと元ノーベルの弟。分野違いだが微妙な壁があるらしい。
「つ、鶫ちゃんありがとうところでその箱はいま関係」
「大有りだよバカ研究。
アンドロゲンとプロゲステロン誘発剤をパクってきました」
「え゛っ、ナニソレ」
「はぁ?ついていけないけどノーベル」
ヤバいこれは非常に逃げたい話題だと雨川が思った次の瞬間には葛西にがっつり両肩を掴まれてしまった。
やっぱり来たー。マジかよ。
「あ…あのう葛西センセ」
「ちょーどここにぃ?准教授殿がバカみたいな御託を並べている被検体もあるしぃ?」
「え、待って待って」
「なーに真冬ちゃーん」
葛西のニヤニヤが凶悪だった。
マジで性格がアレだこいつ。
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