紫陽花

二色燕𠀋

文字の大きさ
12 / 90
プール

11

しおりを挟む
 職員室についてすぐ、教師たちはなにも言わず目を合わせてはくれなかった。しかし浦賀先輩は慣れたものだ。一番近くにいた教師に、「ちょっとさ、荏田先生と佐藤先生呼んでくださーい」と言った。

 その教師はどうやら新任だったようで、血が付着した浦賀先輩のワイシャツ姿を見るなりすぐさま二人を呼んでくれた。

 私たちを見て二人はすぐさま来てくれて、有無を言わさず生徒指導室の方へ行かせようと佐藤先生が浦賀先輩を引っ張るが、「待って、」と浦賀先輩は言う。

「救急車勝手に呼んだ。上であのー…同じクラスのやつぶっ倒」

 そこまで浦賀先輩が言うと突然、口を手で抑え、血を吐き出した。

「先輩!?」

 何が起きたかわからず混乱。床に散りばめられる血。

「あー、大丈夫…。
 上に3人くらい」

 そしてそのまま浦賀先輩は意識を失った。倒れそうになったのを荏田先生がたまたま腕で抑えてその場に寝かせてから、体制を直して軽々とおぶった。

「浦賀先輩…!」

 訳がわからない。不安で仕方ない。これってもしかして死んでないよね?

「大丈夫。頭は今打ってないから運んでもらおう。救急車呼んだんだよね?
 取り敢えず、上に3人?なにがあったの?」

 私はとにかく泣きながら先生たちを上に連れて行く。その間、浦賀先輩のケータイが一度ポケットの中で振動して佐藤先生が画面を確認した。救急車からだったらしく、電話を取って対応する。

 現場につくとまだ殴られた先輩たちは延びていた。「派手にやったねぇ…」と言いながら荏田先生は一度浦賀先輩を壁に寄りかからせた。

 対応を終えた佐藤先生が生徒一人一人に声を掛ける。取り敢えず全員起きると一度トイレのドアを閉め、事情聴取をしているようだった。

「なにがあったの?」
「あの人たちに…連れてこられて…」
「ここに?」
「はい…」
「あー、なるほど…。大丈夫…なの?」
「はい…。浦賀先輩が助けてくれたんです…だから私はほとんど何もない…」
「ボタンが一個なくなったくらいかな」

 言われてみてシャツを見てみると、確かに、第3くらいの際どい位置のボタンがなかった。

「あっ」
「浦賀くん一人で来たの?」
「そうなんです…!」
「ありゃぁ、無茶するねぇ、けどこてんぱんにしたわけだ」
「…これじゃされてるような気もするけど…!大丈夫かな、なんか脳挫傷のうざしょうとか…」
「頭打ってた?」
「頭突きしてました」
「前からいっちゃったかー。まぁ病院行った方がいいね」
「死んじゃうかなあ」
「…この子多分丈夫だから大丈夫だよ。無茶するよね。
 って言ってもこれで話すの2回目なんだけど、小日向さんの方がこの子のことよく知ってるだろ?」
「…先生は、先輩のこと、信じてくれますか?」
「うーん、わかんない。だって前回のプール事件と今回としか関わりないし。けど前回喋った印象だと、悪い印象はなかったよ。
 僕は君を信じるから。それだけかな。
今回は彼がこんなんで、彼から話は聞いてないから君の話を今のところ鵜呑みにすると、彼は君を守りたかった。
 でも多分これで合ってるんでしょ?じゃなきゃこんなんならないよね」
「なんか…。
 浦賀先輩の担任、荏田先生の方が良い気がする」
「えぇ?それだと君の担任どうすんの」
「あ、そっか」

 荏田先生はにっこりと笑った。私もようやく笑えた。

「ようやく笑えた。よかった。
 君はまず自分の心配をしなさい。形振り構わないのはよくありません。てかバイトは?お兄さんのとこでバイトしてたよね」
「あっ」
「てか僕ちょっと挨拶に行くよ。あとは佐藤先生のとこの生徒だし。抜けようかね。ちょっと言ってくる」

 荏田先生は男子トイレのドアを開け、一声掛けた。

 それから私はお店に直接電話を掛ける。

『はい、ハイドランジアですー』

 いつもの調子で柏原さんが出た。

「もしもし、小夜です」
『あ、小夜ちゃん?どうしたの?』
「ちょっと学校で色々あって…えっと…」

 なんて言ったらいいんだろう。意外とパニック。
 目の前にいる荏田先生が手を差し出してきた。

「と、取り敢えずいま先生に変わります!」
『え?はいはい…』

 荏田先生に携帯を渡す。一息吐いて荏田先生は話始めた。

「もしもし、急にお電話すみません、小日向小夜さんの担任の荏田と申します」

 そこから荏田先生が話しているのを聞いていると、荏田先生はどうやら、私をお店まで送ってくれるらしい。
 一応、今から先生がお店に行き、状況説明を保護者のマリちゃんにするという事で話が纏まったようだ。

 電話を返され「もしもし…」と恐る恐る言うと『小夜!』というマリちゃんの心配そうな声が聞こえてきた。どうやら途中でマリちゃんに代わったらしい。

「マリちゃん…」
『お前、大丈夫か!?』
「うん、私は大丈夫…」
『取り敢えず…気をつけてすぐにゆっくりこい!』
「はあい。マリちゃんごめんね心配かけて」
『いいよそれは!待ってるから!』
「はぁい…」

 電話を切って荏田先生を見ると、頷いたので私たちは学校を出た。去り際に浦賀先輩を見たが、浦賀先輩はまだ目を開けていなかった。
 荏田先生の黒い車に乗り込み、お店に向かう。

「先生」
「ん?」
「今日はごめんなさい」
「まぁいいよ。これに懲りたら帰りのホームルーム、出てね、寂しいから」

 帰りのホームルーム?

「はーい…」

 もしかして荏田先生。

「一応帰りのホームルームもバレたら始末書書かなきゃならないからねー、俺」

 私が着任式出てないこと、知らなかったりして。

「すみませんでした」
「いつの間にかいなくなってたんだもん」
「お話に夢中になっちゃって」
「へぇ…。どんな話するの?」
「先生は」
「ん?」
「浦賀先輩と、どんな話したんですか?前回」
「あぁ、前回?
 うーん、ほとんど佐藤先生が話してたけど…。
 なんか溺れてたのを助けてもらったとか言ってたかな。でも佐藤先生が、お前何嘘吐いてんだ!って最初は話にならなくてね。まぁだからね、うちの子は嘘吐く子じゃないんです、成績も優秀な子だしって言って小日向さんから聞いた話をしたんだよね」
「私がした話?」

 大して何も話してないけど。

「佐藤先生は納得してくれたよ」

 なんだかそれって。

「…結局、浦賀先輩の話は、誰も聞いてあげてないんですね」
「え?」
「だって、そういうことになりませんか?確かに、先輩はあんなんだけど、それって結局、私の話で、納得させたんですよね。
誰が、先輩の心の声を聞いたんですか?誰が、今回も、聞くんですか?
 なんか…彼があんな風になってしまったのも、わかる気がします」
「じゃぁ、君がやればいいんじゃない?」
「はい?」

 荏田先生はそれから不機嫌そうに黙ってしまった。それからお店に着くまでずっと、黙ったまんまだった。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...