紫陽花

二色燕𠀋

文字の大きさ
44 / 90
ホワイトチョコレート

10

しおりを挟む
「…真里、」

 柏原はキッチンで一人黙々と作業する真里に声を掛けた。

「…はい?」
「…今日どう?飲み行く?」
「…あんたは優しいな…」

 そう言って真里は観念したようにキッチンから出てきた。柏原は客席を指し、促す。それに従って真里はカウンター席に座った。
 仕方ないなと、柏原は「大吟醸」と言って久保田萬寿の四合瓶を持って隣のカウンター席に座った。
 カウンターに手を伸ばし、手が届いたワイングラスを2つ並べ、そこに久保田萬寿を注いだ。

「いいんすか?」
「飲まなきゃやってらんねぇ日もあるだろ?」
「…あんた怖いね」

 この人には隠し事は意味がないな。そう思ってワイングラスを傾ける。
 水のような酒だな、と思い、ぐいっと飲んだ。

「あーあー、もったいない飲み方だな。お前これ高いんだよ?」
「水みてぇだ」
「大丈夫、二口目からだから」

 そう言われたので二口目を飲んでみたら味が変わった。だが口当たりが良すぎる。多分これはハイペースでいったらかなり酔っぱらう。

「お上品なお酒だねぇ」
「まぁね。刺激が強い方が今のお前には良いんだろうね。
だがこれもなかなかだよ?気付いたら酔ってんだから」
「…働けなかったらオーナーのせいだね」
「まぁお前はあいつと違って酒癖大丈夫だから」
「まぁね」

 そう返す真里が少し愛しそうに言うもんだから。これは切り出さなくても勝手に話すだろうと様子を見た。

「自分でもさ、器小っちぇなって。毎回のことながら」
「でもいつもより余裕ないな」
「…多分、あの人気付いてないんだなって。自分の気持ちに。だけど…どっかで…気付かないで欲しいとか思っちゃってさ」
「お前、ホント好きなんだな」
「でもさ、幸せにはなって欲しい。あの人の辛い姿、やっぱ見たくないんだよなぁ…」
「まぁ俺は何も言ってやれねぇけどな、情けないことに。
 たださ、本気で死にたくなるような恋なんてお前もアイツも、多分一回しかないんだよ。それが実ろうが実らなかろうが。
現実ってわりと残酷だからな」

 柏原は遠い目をしている。多分一度きりの恋を思い出してそんな悲しい顔をするんだろう。

「あのさ。
 俺は恋はあの人なんだけどさ、あんたもまた別な感じで大好きなんだよ。だからあんたも幸せにはなって欲しいよ?あの人と同じ、いや、あの人以上にね。それは伝えておくよ。それはあの人も、同じ思いだからここにいるんだよ」
「はいはい。その言葉はそっくりそのままてめぇにコピペしてやらぁ。
 いいじゃねぇか。真里も、光也も俺も、今ちゃんと生きてんだ。生きてれば、いつか報酬はあるよ」
「嫌だなぁ、なんかあんたには敵わないや」
「そんなことねぇよ。俺はお前にも光也にも敵わないとこだらけだ。人ってそんなもんだよ」
「うん…」

 恩師に言われてしまっては、何も返せない。

「みんな幸せになれば話しは早いんだよな」
「そうっすね」
「お前の本当の幸せってなに?」
「え?」
「俺とか光也とか小夜ちゃん抜きにして。自分だけの、自分の欲望だけの幸せって何?」
「…なんだろうな」
「それがわかればもうちょっと楽なんじゃねぇ?
 あいつもだけどお前ら、自分を持てよ。
俺はね、いまお前が思ってるよりは幸せ…ってか楽しいよ。
 そもそもさ、この店出したのも、俺が落ち着きたかったからなんだよね。好きな仕事して、好きな時間を過ごして。そこにお前らを呼んだの。自分勝手だよな。
 疲れてた。自由が利かない、でも一応料理っていうさ、好きな分野で働いて。家帰った方が気疲れしまくって。まぁ変わった女を好きになった、死ぬほどの恋をした自分が悪いんだけどさ。
 もがいてもがいて漸く今ここに立ってんだよ。俺今なら死んでもいいや。それくらい…」

 言葉に詰まってグラスを傾ける。

「水みてぇだな」

 そう柏原が言って、漸く笑えた。

「二口目でしょ?」
「うん。お上品すぎる。
 まぁごめん!言葉に出来ないからしねぇや!伝わったかな?それにしちゃ喋りすぎたな」
「大丈夫、ちゃんと多分伝わってる。ちょっとシャキッとしたし元気出たわ」
「よかったよかった」

 自分はなんだかんだで愛されてる。そう思った。そしてなんとなく、ここにいる理由もわかった気がする。

「じゃぁ言うけど!
 くっそー!マジ野郎の恋ぶち壊してやりてぇなー!もう俺にしろよいい加減!」
「ふっ、ははは!痩せ我慢終了!そうだその意気だ!」
「でもさぁ~、多分あの人失敗して凹んだら、俺すっげー胃が痛くなるんだよ!」
「でしょうね!」
「あーもー!どうすりゃいいんだ何も出来ない!」
「今回はあいつ…なんかガチだよな」
「そーだよだから俺こんなんなってんじゃんか!」
「でも…。
 上手くいくかな。まぁ、俺がやることは、どう転んでも構えてるくらいだな」
「うわ、かっこいい。ちょっと惚れそう」
「だめです。俺はだめです」

 ちょっと真里が酔っぱらってきたようで、カウンターに突っ伏してしまった。
 そして柏原は思い付いた。

「俺いいこと考えたんですけどマリちゃん」
「んぇ?」
「名付けて、バレンタイン大作戦(小夜方式)!」

 また、とんでもなくくだらないことを思い付いたに違いない。真里は柏原を見つめるが、本人は至ってキラキラしている。
大きく溜め息を吐いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...