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ホワイトチョコレート
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家(林檎の木)まで雪子さんを送った。
「今日はありがとう」
「ちょうどウチのオーナーが花欲しいって言ってたから…」
発注数を聞いたら、本来の発注より4倍くらいあった。果たして捌けるのだろうか、多分無理だ。
「そうだ、光也さん」
雪子さんに呼ばれて帰ろうとした足を止め、振り返った。雪子さんはなにやらエプロンのポケットをごそごそと漁り、何かを取り出した。
「手、出して」
言われるままに右手を出すとその上に何かを置かれた。
見ると、林檎の飴だった。
「あ、」
「お駄賃」
そう言って微笑む姿がなんだか子供っぽくて。思わず笑ってしまった。
「ありがとうございます」
「今日、お店終わったら行こうかなぁ」
「ぜひ。お待ちしてます」
雪子さんがお店に入って行く背中を見てふと、「雪子さん」と呼び止めてしまった。店に戻ろうとした雪子さんが振り返る。
俺、何言おうとしたんだっけ。
「…あの、」
「ん?」
さっき見えた結婚指輪。それがどうも気になって仕方がない。
「…また、店で」
「…はい…!」
俺はチューリップの鉢を3つ持って車に戻った。
帰る途中、そう言えば島崎藤村の初恋にも、林檎の木、出てきたなぁとぼんやりと考えた。
まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり
この詞を読んだとき、気に入って島崎藤村、調べまくったなぁ。
あ、擦った。
さっきまで順調に運転出来てたのにな。真里には黙っておこう。
時計を見たら16時半。やばいな、そろそろ小夜も出勤してくる。
チューリップを見てなんて言うかな。
小夜の嬉しそうな顔が目に浮かぶようだ。
今日の俺は多分、機嫌が良い。
ちょっと浮いた気持ちで店に戻り、入り口に二つ鉢を置き、店に入ってカウンターの端っこにも置いた。
真里がカウンターで突っ伏して寝ていた。
「お帰り、ご苦労さん」
やれやれと言うように、おっさんがキッチンから出てきて真里を見た。
「飲ませ過ぎた。寝てる」
「珍しいな…」
仕方なく真里を揺すってみた。
「真里ー、起きろー」
「んー…」
顔をあげると突然頬に手を添えられて。なんだか熱っぽい目で見つめられたが、まず手が熱い。
「…光也さん?」
「そうだよ。起きなさい」
「まぁ寝ててもいいけど…お?」
寝ぼけてるせいかやけに甘えるように抱きついてきた。おっさん、目に見えて反応に困っている。
「寝ててもいいんだけど…マジそこでおっ始めたら本気で小夜ちゃんに俺土下座なんすけど…」
「俺もちょっと動揺してる。てかその状態でマジ寝るなよ。俺動けないからね真里!」
「んー…」
一回蹴っ飛ばした方がいいかな。
「いや、これは俺が悪かったな…侮ってたわ真里を」
そんなときだった。「おはようございます!」と小夜が出勤してきた。
「あれ?どうしたのマリちゃん」
「ん?もうそんな時間!?」
突然起き上がり俺は解放されたが、あまりにも勢いよかったのでちょっとよたつく。
「ん?あぁ、ごめん!って痛…。視界が…」
「光也、一回真里を退かして」
「へーい。ほら、真里、あっち行くよ」
バックヤードを指して手を差しのべると、真里はなんとも言えない複雑な表情で俺を見た。
こいつ、絶対状況わかってない。
「え?なんで…?」
「なんでって。しばらく寝てていいってよ」
「え、待ってマジ?」
なんでこいつこんな困惑してんの。どんだけ酔ったんだよ。
「いや真里、睡眠ね睡眠」
「あ、はい…。そうっすね」
どうやら頭が冴えたらしい。大丈夫そうかな。
真里に手を貸して立たせ、まず頭を思いっきり前に投げるように払った。少し前のめりになり、「痛ぇってば!」とか言われた。
バックヤードに入ると、小夜が丁度着替え終わったようで、ネクタイを結んでいた。
「マリちゃん珍しいね。いつもは立場逆だよね」
「ちょっと昼に柏原さんと飲みすぎた」
「取り敢えず寝てろ。水いる?」
「うん…」
「水と言えばあれ!チューリップ?」
「そうだよ。この前のお客さんが発注数をミスったらしくて。花置こうって言ってたからちょうど良いなと思って」
「あー、なるほど!この前のって美人さんでしょ?」
「そう、雪子さんね」
「なるほどねー…」
と言って小夜は半弱りの真里を見た。何だ?雪子さんになんか原因あんのか?
「取り敢えず水持ってきてやって」
「マリちゃん、花みたいだね」
そう楽しそうに言って小夜は水をコップに入れて持ってきた。ソファーの前のテーブルに置いて、小夜は出勤。
「良くなったら来いよ、待ってるから」
真里に一声掛けて俺も店に戻った。小夜は嬉しそうに、「あれって水あげてたら良いの?あ!こっちにもある!」とか言って水をあげていた。
その延長線で看板を出し、開店。看板を出しにいったとき、外で待っていた常連の山梨さんが居たらしく、小夜と一緒に入ってきた。
さっそくスタートだ。
山梨さんが来るときは大体混む。案の定とんとん拍子に客入はよかった。
少ししたら真里も、大丈夫かは定かじゃないが取り敢えず店に戻ってきてくれた。
最初の流れが少し混んだくらいで、あとはまた緩い混み具合だった。緩くなってきた頃、山梨さんがふと、「花飾ってるね」と気付いた。
「今日はありがとう」
「ちょうどウチのオーナーが花欲しいって言ってたから…」
発注数を聞いたら、本来の発注より4倍くらいあった。果たして捌けるのだろうか、多分無理だ。
「そうだ、光也さん」
雪子さんに呼ばれて帰ろうとした足を止め、振り返った。雪子さんはなにやらエプロンのポケットをごそごそと漁り、何かを取り出した。
「手、出して」
言われるままに右手を出すとその上に何かを置かれた。
見ると、林檎の飴だった。
「あ、」
「お駄賃」
そう言って微笑む姿がなんだか子供っぽくて。思わず笑ってしまった。
「ありがとうございます」
「今日、お店終わったら行こうかなぁ」
「ぜひ。お待ちしてます」
雪子さんがお店に入って行く背中を見てふと、「雪子さん」と呼び止めてしまった。店に戻ろうとした雪子さんが振り返る。
俺、何言おうとしたんだっけ。
「…あの、」
「ん?」
さっき見えた結婚指輪。それがどうも気になって仕方がない。
「…また、店で」
「…はい…!」
俺はチューリップの鉢を3つ持って車に戻った。
帰る途中、そう言えば島崎藤村の初恋にも、林檎の木、出てきたなぁとぼんやりと考えた。
まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり
この詞を読んだとき、気に入って島崎藤村、調べまくったなぁ。
あ、擦った。
さっきまで順調に運転出来てたのにな。真里には黙っておこう。
時計を見たら16時半。やばいな、そろそろ小夜も出勤してくる。
チューリップを見てなんて言うかな。
小夜の嬉しそうな顔が目に浮かぶようだ。
今日の俺は多分、機嫌が良い。
ちょっと浮いた気持ちで店に戻り、入り口に二つ鉢を置き、店に入ってカウンターの端っこにも置いた。
真里がカウンターで突っ伏して寝ていた。
「お帰り、ご苦労さん」
やれやれと言うように、おっさんがキッチンから出てきて真里を見た。
「飲ませ過ぎた。寝てる」
「珍しいな…」
仕方なく真里を揺すってみた。
「真里ー、起きろー」
「んー…」
顔をあげると突然頬に手を添えられて。なんだか熱っぽい目で見つめられたが、まず手が熱い。
「…光也さん?」
「そうだよ。起きなさい」
「まぁ寝ててもいいけど…お?」
寝ぼけてるせいかやけに甘えるように抱きついてきた。おっさん、目に見えて反応に困っている。
「寝ててもいいんだけど…マジそこでおっ始めたら本気で小夜ちゃんに俺土下座なんすけど…」
「俺もちょっと動揺してる。てかその状態でマジ寝るなよ。俺動けないからね真里!」
「んー…」
一回蹴っ飛ばした方がいいかな。
「いや、これは俺が悪かったな…侮ってたわ真里を」
そんなときだった。「おはようございます!」と小夜が出勤してきた。
「あれ?どうしたのマリちゃん」
「ん?もうそんな時間!?」
突然起き上がり俺は解放されたが、あまりにも勢いよかったのでちょっとよたつく。
「ん?あぁ、ごめん!って痛…。視界が…」
「光也、一回真里を退かして」
「へーい。ほら、真里、あっち行くよ」
バックヤードを指して手を差しのべると、真里はなんとも言えない複雑な表情で俺を見た。
こいつ、絶対状況わかってない。
「え?なんで…?」
「なんでって。しばらく寝てていいってよ」
「え、待ってマジ?」
なんでこいつこんな困惑してんの。どんだけ酔ったんだよ。
「いや真里、睡眠ね睡眠」
「あ、はい…。そうっすね」
どうやら頭が冴えたらしい。大丈夫そうかな。
真里に手を貸して立たせ、まず頭を思いっきり前に投げるように払った。少し前のめりになり、「痛ぇってば!」とか言われた。
バックヤードに入ると、小夜が丁度着替え終わったようで、ネクタイを結んでいた。
「マリちゃん珍しいね。いつもは立場逆だよね」
「ちょっと昼に柏原さんと飲みすぎた」
「取り敢えず寝てろ。水いる?」
「うん…」
「水と言えばあれ!チューリップ?」
「そうだよ。この前のお客さんが発注数をミスったらしくて。花置こうって言ってたからちょうど良いなと思って」
「あー、なるほど!この前のって美人さんでしょ?」
「そう、雪子さんね」
「なるほどねー…」
と言って小夜は半弱りの真里を見た。何だ?雪子さんになんか原因あんのか?
「取り敢えず水持ってきてやって」
「マリちゃん、花みたいだね」
そう楽しそうに言って小夜は水をコップに入れて持ってきた。ソファーの前のテーブルに置いて、小夜は出勤。
「良くなったら来いよ、待ってるから」
真里に一声掛けて俺も店に戻った。小夜は嬉しそうに、「あれって水あげてたら良いの?あ!こっちにもある!」とか言って水をあげていた。
その延長線で看板を出し、開店。看板を出しにいったとき、外で待っていた常連の山梨さんが居たらしく、小夜と一緒に入ってきた。
さっそくスタートだ。
山梨さんが来るときは大体混む。案の定とんとん拍子に客入はよかった。
少ししたら真里も、大丈夫かは定かじゃないが取り敢えず店に戻ってきてくれた。
最初の流れが少し混んだくらいで、あとはまた緩い混み具合だった。緩くなってきた頃、山梨さんがふと、「花飾ってるね」と気付いた。
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