殻は開かず

二色燕𠀋

文字の大きさ
5 / 6

4

しおりを挟む
「…貴殿は何を申されているかわかっているのか真木さん」
「わかっている。そもそも朝廷が軍を持つことなど無理難題だと、政変でわかったではないか」
「…貴様もう一度言うが良い」
「天皇だなんだと言う貴殿の論と何が違う。現に情けのないから和宮様を幕府に人質に取られるのだ」
「それに悔しくはないのか真木さん」
「悔しくはないだと、ふざけるな若造が、」

 出過ぎた言い方をしたようだった。

「…それを覆そうと言うのに武が必要とあらば、時期を待てと」
「その時期はいつ来るのだ久坂、ここまで来て、」

 そう言われては宛などはなく。
 宛などはなく。

「…ではいま勝てると言うのか、」
「やってみなければわからないだろう」

 その言葉は非常に心強く感じた。
 だが所詮は革命を起こし損じた者に過ぎぬと、一掃してしまうことも、確かに自分にはない意見だ。

 だが…それでは駄目なのだ。

「…私はいまや長州の潔白のみしか信じていません」
「それで良い、着いてくればいいのだ、少なくともいまのお主は情けない。
 高杉がいなければこうも説得力が欠如するのか」

 …彼は酷く非凡なのだと語った師の言葉を思い出す。

「私にはお主が高杉を待つために先伸ばしにしているとしか見えぬ」
「違う、」

 いや。

「いや違わない。待つに決まっているではないか」

 遅い。
 言論をすぐに覆す。自分には端からそう言った顕示が許されるほどに何もないのだ、それは師から同じで。

 俯く久坂にそれ以上の言論はなかった。
 そんな陳腐な志なども持ち合わせていない。遅い。それを用いる程皆は悠長ではない、だから死に急ぐのだ。
 これでは恐らく駄目だ。

 禁門は、開かない。

 翌日、来島きじま又兵衛またべえの戦死に間に合うことなどなかった。久坂も、真木も。
 
 はまぐりが開くが如し、わらわらと兵は微塵もなく踊る。

 先に向けられた刃は「君はどうする、久坂」という真木の失意の一言でしかない。だが真木も「君の言い分は正しかったようだ」とも言う。

 敵兵も其れなりに痛手は被ったようだった。
 この来島又兵衛という男にただ、期が満たなかったというのは一目瞭然だった。

「…己を信じるか、久坂玄瑞」
「己のみを信じます」

 遅い。

「…私は端から論など変えてはいなかった」

 ただ。
 遅い。
 知に追い付かなかっただけである。自分も、来島を笑えず期がなかっただけなのだ。

「請願書という他力本願なそれをか、久坂」
「違います。こんな、紙切れ一枚の話ではない」
「…そうか。
 では私は本陣に帰るしかないようだ」
「真木さん」
「未来は他力本願に任せることになろう、だが、犬畜生にはやられない」

 真木まき和泉いずみの去るのを眺めながら、違う、違うのだと過るがしかし、掛けたい言葉はそれではない。

「…信じなければならないのです、」

 でなければ。
 自分が何に遣え何を持って此所にいるのかがわからないのだ。

「お主は殿しんがりには向いておらぬ男だな」

 決別してしまった。
 が、真木まき和泉いずみが笑ったのは最初で最期。

「…後は任せたぞ久坂」

 恐らくはそう。
 自分は早く待ちすぎてしまったのだ。
 急ぐことは、本当はなかった。
 そんなものは張り合いもなくおもしろくも、ないではないか。

「寺島、入江」

 と、久坂は同士二人に声を掛ける。

「なんだ、久坂」

 と寺島が問う。

「…私はどうやらもう待てぬらしい。
 私が間違いであったとき、私と刺し違えてくれるか同士よ」

 寺島と入江は光明寺党からの同士であった。
 二人は途端に硬直し、更には怒りのような視線を久坂に投げ掛ける。

「…やはりそうなると読むか、久坂」
「ならば何故、」
「それとも先へ繋ぐか、」

 寺島も入江も本当は希望の表情など宛になかったのだ。

「…萩を共に逃げ回った仲ならわかるだろう。私は戻ってはならないのだ」

 志などではない。
 最早自分の意思で急ぐしかないのだ。

「…昔、高杉に言われたことがある。私は腰抜けだと」
「…私はそうは思わぬぞ久坂」

 現にここまで来たではないかと寺島が続ける。

「いや、腰抜けなのだ。
 だから逃亡も早い。師と同じで、」
「何を言うか久坂よ。そのように弱気で何になると言う」

 あぁ、友よ。
 誰も俺にはおもしろいことすら言ってはくれないようだな、お前以外は。

「…本当はわかっているだろう」

 師の友であり孝明天皇の膝元、鷹司たかつかさ輔煕すけひろにだけ取り次げば良いはずだが。

 高杉、君はきっと何故死に急ぐかと私に聞くだろう。

「…その時になれば、刺し違えよう、久坂玄瑞」

 ならば友よ、師を思い出せ。
 君は生き急げば良いのだ。叱られるのは私の方だ。
 私は先に先生に叱られてくる。

 萩の友人を思い出す。君もいま孤独だろうか、不意にそう過るのだから仕方がない。

 この戦はお前を待つための時間稼ぎとなるのだろうか。
 冗談じゃない。取り持つのだ、早く来るが良い。これが日本の行く末の始まりだ。

 せめて話し合いが出来ればそれで良い筈。何より長州はまだ期に満ちていない。

 遅い。
 遅いのだ。

「先に繋がるもここで終わるも、期でしかないな」
「…気がおかしいのだ、皆」

 唯一それだけを入江が漏らした。

「…ならば最後の進軍として、堺町門前から攻め行かんと思う、皆は無理となれば早々に逃げるが良い。そして次に…生かすのだ」

 久坂は最後の望みである師の友、寺島と入江を連れ、阻害され行く長州の無罪潔白を申そうと敵地に向かう。

 私には才がある。
 我は一度も、退くことはしなかった。久坂にはただ、それだけのことだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

【時代小説】 黄昏夫婦

蔵屋
歴史・時代
 江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。  そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。  秋田藩での仕事は勘定方である。  仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。 ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。   そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。  娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。  さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。    「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。  今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。  この風習は広く日本で行われている。  「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。  「たそかれ」という言葉は『万葉集』に 誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」 — 『万葉集』第10巻2240番 と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。  「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に 「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」 — 『源氏物語』「夕顔」光源氏 と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。  なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。  またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。 漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。  「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。  この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。  それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。  読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。  作家 蔵屋日唱    

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜

上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■ おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。 母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。 今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。 そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。 母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。 とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください! ※フィクションです。 ※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。 皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです! 今後も精進してまいります!

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

処理中です...