クレイストン・カレッジ

かばね

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【第三章】With a Prayer Upon the Cross

第3話:キスを望んで

「ユリシーズが君を?」
「はい、一緒に観戦しようと誘われたんです。
明日は二人でアーサーを応援しますから、頑張ってくださいね」
「そうか」


リンゴの木の下のベンチで、カイルとアーサーは並んで座っていた。
いつしか昼寝から起こす役割はカイルのものとして定着しており、こうして空いた時間に話すことも増えた。
ここはどうやらアーサーのお気に入りの場所らしい。
どこにも見つからない時はたいていここに来れば彼がいる。
秋にはまだ青い葉をつけていたリンゴの木も、冬が近くなって赤く染まっている。
もう枯葉もはらはら舞い始めており、それが時折視界の端を過ぎっていた。

ウォータークラッシュが近いアーサーは、この頃睡眠不足を加速させていた。
行事の運営に、選手としての練習。今も忙しそうに何かの書類に目を走らせては片手間にカイルの話を聞いてくれている。
目の下には一層濃い隈を作っていて、どうしても心配になる。
だからそっとしておいた方がいいかも知れないと思い、カイルは世間話の口を閉じた。
しかし沈黙を嫌がるように今度はアーサーが口を開いた。

「あの子は少し特殊だ。私の口から詳細は話せないが、昔辛い出来事があったようだ。君も良くしてやってくれ」

書類から目を離さず、アーサーはカイルに言った。
彼が頼み事をするのは極めて珍しい。普段は命令口調ばかりだから。
そんな彼が大切な寮弟のことをカイルに頼んだのだ。
アーサーの信頼が伝わってくるようで嬉しくなったカイルは、頬をカ…と熱くして「はい」と答えた。


アーサーはときどき色の薄い唇を触って、ぐぐ…と眉根を寄せる。
何かの報告書を読んでいるようで、時折ペンで何かを書きつけている。

「……あの、何か手伝えることはありますか?」
「? なぜだ、君は運営委員ではないだろう」
「そうですけど……忙しそうなので」
「それには及ばない。間に合っている」

冷たい物言いにカイルはカチン!とした。
善意で申し出たのに、こうもあしらわれると不愉快だ。

「あぁそうですか。失礼しました!」
「…? なぜ怒るのだ。意味がわからん」
「言い方がよくないんです。冷たい感じがします。
天才なのにそんなことも分からないんですか?」
「………その呼び方はあまり好きではない」

ムッとしたアーサーが報告書を持つ手を下ろした。
そして心底嫌そうに顔を逸らしてしまう。
ここ最近自然にアーサーと話せていたし、ちょっとした軽口合戦はしばしばあったものの、こんなに不快感を顕にされるのは久しぶりだった。

「そうなんですか?てっきり……———」
「天才なんて所詮、誰と比べるかだろう。
天才児ギフテッドなんてよく言われるが、あんなのも大人になれば凡人だ。
他の子供に比べれば抜きん出ているだけで、別に大したこともない」
「………」
「アルファだから優れているはずとあぐらをかいていれば、早々と次の天才たちに追い抜かされていくだろうな。
価値のない自分でいることなど耐えられないし、他者に私の評価を委ねたくない。
私は何もかもを、自分の力で成し遂げたいのだ」


————『"ベータにしては"優れている』。
そんな風に評されてきたカイルに、アーサーの言葉は痛いほど刺さった。
泣きそうになる程その気持ちに共感できたし、彼を肯定してやりたくてしかたなかった。
それは自分を肯定したかったからかもしれないが、アーサーへの温かな感情があることもまた嘘ではなかった。


「———……なんだか、分かります。その気持ち」
「分かるものか。君は私ではない」
「でも分かります。僕、———僕も、毎日不安でした。
今日こそ見切りをつけられるんじゃないかって。人の評価軸で生きて……。
結局、こうなってしまったけど。なんだか今の方が、楽な気がするんです」
「………」


新緑の瞳がジッとカイルを見返した。
頭の中まで覗かれそうな視線に思わず身震いする。
視線が吸い取られて、反らせない。



「私のあだ名、『キング・オブ・クレイストン』と言うそうだな」
「…?」

ふっと目を伏せ、少しおかしそうにアーサーが言った。
自嘲するような口ぶりだった。


「こんな小さな箱庭でふんぞり返る王なんて、滑稽だろう」


せせら笑いが薄い唇に乗った。
いつもみたいに不遜に鼻を鳴らしてはいたが、なんだか覇気がなかった。
午後の光を受ける横顔はどことなく寂しげで、思わず手を伸ばしたくなる。

王様でも、稀代の天才でもない。
それは、普通の18歳の男の子の姿だった。
未来に苦悩し、自己の確立を求めてもがいている。
思春期の子供が誰しもそうであるように。


カイルはもう何も言えなくなって、ただ静かにアーサーの手首を握った。


フッと目を上げると、また二人分の視線が交差する。
アーサーが握られた方とは反対の手をカイルに向かって伸ばす。
どくん、と心臓が高く跳ね、思わずぎゅっと目を閉じた。


「取れた」


アーサーの声に目を開けると、彼の指が小さな木の葉を摘んでいた。
降り注いでいたリンゴの葉だ。カイルの髪にひっかかっていたらしい。

「あ————」

(キス、されるのかと)

あの、初めてここで彼を見つけた日のように唇が近付くものだと思っていた。
しかし自分の思い違いに気づいて、カイルはお礼も言えずに顔を真っ赤にした。
それを見てアーサーは、今度こそ指の甲でなぞるように熱い頬に触る。

「何を考えていた」
「ッ、……」
「言え、カイル。……どんなことを想像した」


頬を擦る指がくすぐったくて顔を逸らす。しかしどうやら逃す気はないらしい。瞳が雄弁に訴えかけていた。
息も忘れるくらい鼓動が早い。
思わず靴の中で指をギュッと丸める。
石より重い舌で唇を舐めて濡らし、思い切って熱い息を吐いた。

「キス、してくれるのかと」

アーサーの表情はわからない。
顔がまともに見れなくなって、制服のタイのあたりに視線を落とした。
視界の端に薄い唇だけが見える。


「してほしかったのか?」


試すような問いにまた羞恥心が込み上げる。
否定も肯定もできず、またしても固く瞳を閉じた。



瞬間、顎を掬われ瞼の裏に影が差した。
熱い吐息がかかり、下唇が柔く食まれる。
以前体を重ねた時の、欲望をぶつける熱いキスとはまるで違う。
そうっと手に取り、形を確かめるような。

少し硬い手のひらが熱い頬を覆う。
鼻先が触れ、まつ毛が擦れ合う。
閉じた視界の中で触れる感覚だけがいやに鮮明だ。
濡れた音を立てて唇が離れるが、今度は口角に軽く押しつけられる。
そのまま今度は上唇をなぞって、角度を変えて口付けが再開された。



ずっとこうしていたかった。
今日は少し優しいアンバーの香りが、どんなものより愛おしかった。
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