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【第三章】With a Prayer Upon the Cross
第7話:突然のヒート(※性描写・嘔吐描写注意)
「ッ、ひ。……」
上級生の一人がカイルのズボンを下ろそうとした。
触れられるだけで肌が痺れ、快感が走ってしまう。
それでもなけなしの理性が逃げなくてはと叫んでいた。
滅茶苦茶に脚をばたつかせ、蹴飛ばし、爪で引っ掻く。
必死で叫ぶが、遠くから生徒たちの大歓声だけが聞こえる。
きっとカイルの声は誰にも届いていないだろう。
それを面白がっているように、オメガ差別主義者の彼らはカイルの口を塞がない。
しかし抵抗されるのは面倒なようで、カイルの服を毟る男が「おい、押さえとけ」と言うと、別の男がカイルの背中に馬乗りになって腕を押さえつけた。
男は乱暴にカイルのズボンを下ろし、残ったもう一人はスマホでカメラを回している。
「嫌だ」「やめて」「お願い」といくら叫んでも素肌をまさぐる手は止まらない。
背中に乗った男がカイルのうなじを、べろりとネックガードの上から舐めた。
オメガのフェロモンを放つホルモン腺があるうなじ。
やはりカイルからも良い匂いがするようで、男はカイルの後頭部に鼻を埋めてはすぅ…と音を立てて匂いを嗅いでいた。
何度も嗅がれるうちに、背中に硬く昂った彼自身が擦り付けられていることに気がついて、カイルは顔を青くした。
逃げられない。ここままではヤられる。
いつもピンチの時に颯爽と助けてくれたアーサーは、まさに今試合中だ。
ここに現れる可能性は限りなく低い。
彼は来ない。救いはない。
………ならもう耐えるしかないのか。
大人しくしていれば隙も見せるだろう。その時に逃げ出そう。
大丈夫。唇を噛んで耐えていれば、きっとすぐだ。
そう思って抵抗の力を緩めた。
悔しさとやるせなさに思わず涙が溢れ、石肌の床に落ちる。
あわや後ろの男が自身をカイルの秘部に捩じ込もうとした時、———錆びついた音を立てて天文塔の扉が開いた。
「おい!何をしているんだ!!」
男たちの手が止まる。
必死に首を捩って四角く切り取られた光の方を見れば、そこにいたのはジェームズだった。
暖かい服に着替えたようで、膝まで覆うダウンコートを着ている。
しかし金を溶かしたような髪はまだ濡れていて、怒りのあまり血管を浮かせる額に束になって張り付いていた。
「答えろ、これはどういうことだ。その彼から離れろ!」
石造りの塔に一歩脚を踏み入れたジェームズは、おそらくカイルのフェロモンを嗅いでしまったのだろう。
「ゔッ…!?」と顔を顰め、急いでダウンの襟を引っ張り上げて鼻を覆ってしまうが、彼は足を止めなかった。
予想外の人物の登場に乱暴者たちはたじろぎ、カイルの拘束を解いてしまう。
その隙にカイルはパッと逃げ出し、体を見られないよう隅の方で蹲った。
「ぉ……お前に関係ないだろテイラー。誘ってきたのはアイツだぞ!」
「馬鹿馬鹿しい!低俗なアルファの常套句だな!お前たちのような奴らはオメガが歩いているだけで誘惑していると言うんだ!私はよく知っている!
この状況はどう考えても貴様らが彼に卑劣な行為を働こうとしていたとしか思えない!!」
「ッ…! テメェ、口を開けばごちゃごちゃと…!」
男がジェームズに掴み掛かろうと一歩踏み出すが、次の瞬間には顔色を変えて仰け反った。
彼らは奇妙な形で体を硬直させ、だらだらと汗をかき始めた。
オメガのカイルにはわからなかったが、多分ジェームズがオーラをぶつけているのだろう。
アーサーほどではないが、彼のオーラだってきっとアルファにとってとてつもなく恐ろしい威圧感なのだろう。
その推測通り、顔を痙攣させ悲鳴を上げながら乱暴者三人は天文塔を飛び出した。
今しばらくの自由を得た彼らだが、きっと長くは続かない。
すぐさまジェームズ、ひいては教師たちにもこの話は伝わることだろう。
ジェームズはなるべくフェロモンを吸わないよう、鼻と口を覆ってカイルに近づく。
「緊急抑制剤は?持ってるんだろう?」
茹るような意識の中でジェームズの声が聞こえ、カイルは震える指で抑制剤をポケットから取り出した。
自分で首に注射しようと試みるが、手に力が入らない。
ぽとりと石肌の床に落としてしまったペン型注射器をすかさずジェームズが拾い、代わりにカイルに打ってやろうとして————手を止めた。
早く楽になりたいカイルは、どうして使ってくれないのかとジェームズを恨んだ。
しかし注射器の両端を手で持ってくるくる回しながらジッと観察したかと思うと、……ジェームズは「すぐ戻るから、少し頑張って」と言い、着ていたダウンコートをカイルに頭から被せて塔から飛び出した。
(どうして、なんで楽にしてくれないの。置いていかないで…!)
今すぐこの猛烈な性的興奮から解放されたいカイルは、完全に勃ち上がって透明な蜜を滲ませる自身に触れたくて仕方がなくなる。
されど誰かに目撃されるかもしれないことを考えると、先ほど襲われかけたことも相まってなかなか手が伸ばせなかった。
必死に目を閉じ、体を丸めて脳裏を灼くような疼きに応戦する。
遠くで大歓声と、MCの機械っぽい声がマイクに乗って響いた。
どうやらウォータクラッシュの決着がついたらしい。勝者はどちらだったのだろうか。
どのくらい時間が経ったかわからないが、やがてヘインズを連れたジェームズが戻ってくる。
彼は試合の怪我人に備えて湖のそば、本部にある救護テントにいたはずだ。
ヘインズは大急ぎでカイルに近づき、救護カバンから取り出したあの緊急抑制剤を投与した。
すると一分も経たないうちに、体の火照りは和らいでいく。
ようやく楽になった……と思ったのも束の間。
今度は猛烈な吐き気が込み上げる。
胃がぐるりと回る感覚がして、堪えきれずに床に嘔吐してしまった。
呼吸がしづらい。生理的な涙が出る。
体が火照っているのに寒い。インフルエンザになった時みたいだ。
頭が朦朧とする。目の前が時々ブラックアウトして意識が落ちそうになる。
なのに殴られるような激しい頭痛が脳を覚醒に引き戻す。
異常なほど汗が止まらない。
背中を撫でるヘインズが何か指示をしているが、その声がいやに遠く感じる。
ヘインズの胸に体を預けながらゼイゼイ呼吸を整えるうちに、救急車が到着してカイルは担架に載せられる。
ただのヒートになぜ救急車を呼ぶのか。その理由もカイルには見当がつかなかった。
救急車のドアが閉まる直前、遠くからこちらに走ってくるアーサーの姿が見えた。
気を利かせてジェームズが呼んだのだろう。
凍えるような湖から上がったばかりだというのに、着替えもせずに濡れた髪からポタポタ水滴を落としている。
その表情が愕然としてカイルを見たのを認識した途端、車のドアは閉まってしまう。
そのままカイルはドノヴァン医師のクリニックに救急搬送されることになったのだった。
上級生の一人がカイルのズボンを下ろそうとした。
触れられるだけで肌が痺れ、快感が走ってしまう。
それでもなけなしの理性が逃げなくてはと叫んでいた。
滅茶苦茶に脚をばたつかせ、蹴飛ばし、爪で引っ掻く。
必死で叫ぶが、遠くから生徒たちの大歓声だけが聞こえる。
きっとカイルの声は誰にも届いていないだろう。
それを面白がっているように、オメガ差別主義者の彼らはカイルの口を塞がない。
しかし抵抗されるのは面倒なようで、カイルの服を毟る男が「おい、押さえとけ」と言うと、別の男がカイルの背中に馬乗りになって腕を押さえつけた。
男は乱暴にカイルのズボンを下ろし、残ったもう一人はスマホでカメラを回している。
「嫌だ」「やめて」「お願い」といくら叫んでも素肌をまさぐる手は止まらない。
背中に乗った男がカイルのうなじを、べろりとネックガードの上から舐めた。
オメガのフェロモンを放つホルモン腺があるうなじ。
やはりカイルからも良い匂いがするようで、男はカイルの後頭部に鼻を埋めてはすぅ…と音を立てて匂いを嗅いでいた。
何度も嗅がれるうちに、背中に硬く昂った彼自身が擦り付けられていることに気がついて、カイルは顔を青くした。
逃げられない。ここままではヤられる。
いつもピンチの時に颯爽と助けてくれたアーサーは、まさに今試合中だ。
ここに現れる可能性は限りなく低い。
彼は来ない。救いはない。
………ならもう耐えるしかないのか。
大人しくしていれば隙も見せるだろう。その時に逃げ出そう。
大丈夫。唇を噛んで耐えていれば、きっとすぐだ。
そう思って抵抗の力を緩めた。
悔しさとやるせなさに思わず涙が溢れ、石肌の床に落ちる。
あわや後ろの男が自身をカイルの秘部に捩じ込もうとした時、———錆びついた音を立てて天文塔の扉が開いた。
「おい!何をしているんだ!!」
男たちの手が止まる。
必死に首を捩って四角く切り取られた光の方を見れば、そこにいたのはジェームズだった。
暖かい服に着替えたようで、膝まで覆うダウンコートを着ている。
しかし金を溶かしたような髪はまだ濡れていて、怒りのあまり血管を浮かせる額に束になって張り付いていた。
「答えろ、これはどういうことだ。その彼から離れろ!」
石造りの塔に一歩脚を踏み入れたジェームズは、おそらくカイルのフェロモンを嗅いでしまったのだろう。
「ゔッ…!?」と顔を顰め、急いでダウンの襟を引っ張り上げて鼻を覆ってしまうが、彼は足を止めなかった。
予想外の人物の登場に乱暴者たちはたじろぎ、カイルの拘束を解いてしまう。
その隙にカイルはパッと逃げ出し、体を見られないよう隅の方で蹲った。
「ぉ……お前に関係ないだろテイラー。誘ってきたのはアイツだぞ!」
「馬鹿馬鹿しい!低俗なアルファの常套句だな!お前たちのような奴らはオメガが歩いているだけで誘惑していると言うんだ!私はよく知っている!
この状況はどう考えても貴様らが彼に卑劣な行為を働こうとしていたとしか思えない!!」
「ッ…! テメェ、口を開けばごちゃごちゃと…!」
男がジェームズに掴み掛かろうと一歩踏み出すが、次の瞬間には顔色を変えて仰け反った。
彼らは奇妙な形で体を硬直させ、だらだらと汗をかき始めた。
オメガのカイルにはわからなかったが、多分ジェームズがオーラをぶつけているのだろう。
アーサーほどではないが、彼のオーラだってきっとアルファにとってとてつもなく恐ろしい威圧感なのだろう。
その推測通り、顔を痙攣させ悲鳴を上げながら乱暴者三人は天文塔を飛び出した。
今しばらくの自由を得た彼らだが、きっと長くは続かない。
すぐさまジェームズ、ひいては教師たちにもこの話は伝わることだろう。
ジェームズはなるべくフェロモンを吸わないよう、鼻と口を覆ってカイルに近づく。
「緊急抑制剤は?持ってるんだろう?」
茹るような意識の中でジェームズの声が聞こえ、カイルは震える指で抑制剤をポケットから取り出した。
自分で首に注射しようと試みるが、手に力が入らない。
ぽとりと石肌の床に落としてしまったペン型注射器をすかさずジェームズが拾い、代わりにカイルに打ってやろうとして————手を止めた。
早く楽になりたいカイルは、どうして使ってくれないのかとジェームズを恨んだ。
しかし注射器の両端を手で持ってくるくる回しながらジッと観察したかと思うと、……ジェームズは「すぐ戻るから、少し頑張って」と言い、着ていたダウンコートをカイルに頭から被せて塔から飛び出した。
(どうして、なんで楽にしてくれないの。置いていかないで…!)
今すぐこの猛烈な性的興奮から解放されたいカイルは、完全に勃ち上がって透明な蜜を滲ませる自身に触れたくて仕方がなくなる。
されど誰かに目撃されるかもしれないことを考えると、先ほど襲われかけたことも相まってなかなか手が伸ばせなかった。
必死に目を閉じ、体を丸めて脳裏を灼くような疼きに応戦する。
遠くで大歓声と、MCの機械っぽい声がマイクに乗って響いた。
どうやらウォータクラッシュの決着がついたらしい。勝者はどちらだったのだろうか。
どのくらい時間が経ったかわからないが、やがてヘインズを連れたジェームズが戻ってくる。
彼は試合の怪我人に備えて湖のそば、本部にある救護テントにいたはずだ。
ヘインズは大急ぎでカイルに近づき、救護カバンから取り出したあの緊急抑制剤を投与した。
すると一分も経たないうちに、体の火照りは和らいでいく。
ようやく楽になった……と思ったのも束の間。
今度は猛烈な吐き気が込み上げる。
胃がぐるりと回る感覚がして、堪えきれずに床に嘔吐してしまった。
呼吸がしづらい。生理的な涙が出る。
体が火照っているのに寒い。インフルエンザになった時みたいだ。
頭が朦朧とする。目の前が時々ブラックアウトして意識が落ちそうになる。
なのに殴られるような激しい頭痛が脳を覚醒に引き戻す。
異常なほど汗が止まらない。
背中を撫でるヘインズが何か指示をしているが、その声がいやに遠く感じる。
ヘインズの胸に体を預けながらゼイゼイ呼吸を整えるうちに、救急車が到着してカイルは担架に載せられる。
ただのヒートになぜ救急車を呼ぶのか。その理由もカイルには見当がつかなかった。
救急車のドアが閉まる直前、遠くからこちらに走ってくるアーサーの姿が見えた。
気を利かせてジェームズが呼んだのだろう。
凍えるような湖から上がったばかりだというのに、着替えもせずに濡れた髪からポタポタ水滴を落としている。
その表情が愕然としてカイルを見たのを認識した途端、車のドアは閉まってしまう。
そのままカイルはドノヴァン医師のクリニックに救急搬送されることになったのだった。
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