灰と汚濁と異世界と

帯川

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灰の砂漠に一人

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嗚呼ああ────本当に残念。

女は黄金色の瞳を閉じて世界の死をいたんだ。

愛が無くなった。欲が無くなった。血が無くなった。気温が無くなった。闘争がなくなった。その美しさが無くなった。私のせいで────。

────そうね、作り直さなくちゃ。

そうしてその日、世界が再構築された。



 風化し倒壊した建物。鼻をくすぐる腐敗の香り。砂漠地帯のように一面に積もった灰。それらを静かに見下ろす紅い月。そして────目の前にはのこぎりのような歯をギラつかせた巨大なワーム……。

「んだここーーー!!」

 放心状態から一変、俺はワームを背に喪服で灰の大地を駆け出した。

 やあ俺は乙倉仁おとくらじん、フリーターだ。さっき顔も知らん親戚の葬儀を抜け出してきたんだが、葬儀場の自動ドアを開くと眼前には異様な光景が広がっていた。そしてその色のない砂場でキモモンスターと絶賛鬼ごっこ中だ。夢であれ。

「うおおおおおおおお!!遅刻で走るのには慣れてっけど、こんな鬼ごっこは聞いてねええええええええ!!!!」

 その、人が不快感を覚えるであろう要素を濃縮したような生理的嫌悪感MAX生物が迫ってくる恐怖といったらない。
 ワームはその巨体から考えられないほどの速度で俺を追尾してくる。正直振り切れるビジョンが浮かばない。それどころか後ろから感じる気配がどんどん強くなる一方だ。

 そんな調子で灰に足を取られながらも死に物狂いで走っていた俺だが、ついにワームの湿気のこもった吐息が背中をなぞった。

「あ、死んだ。」

 悟ったような言葉に答えるように、ワームの口は足元の灰を巻き込んで俺をすくい上げた。
 洗濯機に入れられた衣服さながら、俺は文字通り、ワームの舌で転がされた。生ものが腐敗したような強烈な臭いの生暖かい唾液が頭にかぶせられる。

 そんな最悪の視界の中で、赤く染まった空に一筋の閃光が走ったのをワームの喉から確かに見た。

「よいせえええええええええええ!!!」

 かすかに聞こえるのは、少女の気合いのこもった声。

 その閃光は超高周波の轟音と共にワームの胴体を両断。衝撃により灰の大地が隆起し爆発する。その衝撃で半透明に透ける翠緑色の体液にまみれた俺は宙に放り投げられた。

「え?」

 あまりの一瞬の出来事に処理の止まった脳内。
 しかしそれも束の間、体重の抜けるような落下感に叩き起こされる。

「おああああああああああああああああああ!!!!」
「おーらーい!おーらーい!」

 聞こえてきたのは先ほどの少女の声。見ると真っ二つに切断されたワームのかたわらで、その少女は腕ほどの大きさのウサギ耳を揺らし手を天に掲げている。俺を受け止める気なのだろう。 
 それ信じて少女めがけて落下を続けた。そして少女の腕が間近に迫ったその瞬間だった────、

「おーらーい!おーら────、うわっ汚なっ!!」

 俺に触れる寸でのところでその腕が眼前から消えたのだ。

 こいつ引っ込めやがったな!!

「ぐぼあっっ!!」
「ごめ~ん。あはは……つい避けちゃった。えと、大丈夫?」

 上下逆さまで埋もれた俺を見下ろし、少女は頬をかく。
 それに俺は足をばたつかせて訴えた。

 (何でもいいから助けてくれ!)

「最低な気分だ。」

 少女の助けを借りて何とか抜け出した俺は、胡坐あぐらをかいて少女に向かって悪態をついていた。

「で、でも危うく食べられちゃうところを助けたわけだし~……。おあいこじゃない?」

 冷や汗を浮かべ少女は硬く笑った。

 大剣を抱え、胸までしか丈のないアーマーとブルマのようなショートパンツを身につけたその少女。桃色のロングヘアからぴょこんと主張強く生えてるそれは、チョコレートのような色のうさ耳。よく見るとピンクの髪にインナーカラーとして同じチョコレート色が入っている。大きな瞳にあどけない顔立ち、現代的な人形のような印象のかわいらしい顔をしていた。

「ワームから助けてくれたのと俺をキャッチしなかったことはおあいこだけど、俺のこと汚いって言ったことについてはまだおあいこじゃねェ。」
「まーまっ!過ぎたことはいいじゃない!!あまりプンスカしてると皺が増えますぞー??笑顔笑顔!!」

 ジト目で軽く責めるが、それをものともせず指で口角を上げ快活にはにかんだ彼女の笑顔は、男子校出身の俺にはあまりにも眩しいものだった。

「調子いいなお前────」

 つられて思わず笑みがこぼれる。しかしそれを一気に冷めさせたのは背後から俺のすぐ右横に着地したデカい何かだ。

 バーンッという爆音が鳴り視界を覆うほどに灰が舞う。吹いて流れた風に一瞬だが体が浮いた。

 灰が落ち着いた頃、髪に付着した灰を手で払い恐る恐る瞼を開く。降ってきたのは美少女か隕石か、はたまた新しく襲来したモンスターか。

 そんな俺の予想は────半分当たっていた。眼前に見えるのは口を開けたワームの頭が俺をお出迎えしている光景だった。

 記憶に新しい、追いかけられていたトラウマがよみがえる。その瞬間俺は顔面蒼白で女子のような甲高い悲鳴を上げた。

「きゃああああああああああああああああああああ!!!……あ、あれ??」

 しかし、そのワームは俺の悲鳴に反応せず死んでいるかのように微動だにしていない。

「カテラぁ!何油売ってやがんだ!まだ目標に届いてねえぞ!!」

 訳が分からず困惑しているところに、ワームの頭上から荒れた怒鳴り声が響いた。

「ごめんね~バッド。なんか不思議な子がワームに襲われててさ。」
「あん?そのナメクジ野郎か?ギャハハ!!きたねえ!!」

 そいつは目つきの悪い紫の瞳に、短い金髪をかき上げた同い年くらいの青年で、サメのように尖った歯はその性格の凶暴さを表しているよう。ギザ歯というんだろうか。ともかく見た目からしてガラが悪そうだ。

「うっせえな!!巻き込まれたこっちの身にもなれってんだよチンピラ!!」

 俺はそのガラの悪い金髪にたまらず言い返した。

 馬鹿にされ苛立った部分も確かにあったが、ビビらせんじゃねぇという気持ちが強かった。
 見たところこのワーム、もう死んでいる。おそらくはこのチンピラにやられたのだろう、飛来したそのワームは頭から下が無く、頭からは謎の蒸気が上がっていた。

「あ?なんだてめえやんのかコラ!!」
「やってやるよ。俺の粘液ボディに触れられるのなら触れてみやがれ!!」
「ぐっ、クソが!!卑怯だぞテメエ!!」

 やはりというかワームの粘液には触れたくない様子のチンピラは寄るのを躊躇っている。

「はい二人とも落ち着いて!とりあえず君見ない顔だけど、どこのホームの人?」

 うさ耳の少女は緊張状態を保っていた俺らの間に入ると、こちらを向いて問いかけてきた。

「ホーム?いや、気がついたらここにいたんだ。本当だったら葬儀場にいたんだけどな。」
「葬儀場?何言ってるの、ここにそんな施設あるわけないよ。」

 彼女のハトが豆鉄砲を喰らったような顔はとてもじゃないが嘘をついているようには見えない。俺は辺りを見回した。砂丘のように盛り上がった灰色の砂、妖しく光る紅い月、謎のウサミミ少女と派手な金髪のチンピラ。

 ワームに追われていてそれどころじゃなかったが本当にどこなんだここは……。

「気づいたらここにいたなぁ……テメエ、もしかして異世界転移者か?」

 チンピラがワームの頭に腰掛け、疑念のこもった表情で問う。

「異世界転移者?」
「たまにいんだよ。テメエみたいな異世界人が何の前触れもなくこっちに現れることが。」

 その話は俺の身に起きたことに確かに当てはまっていた。

「多分……そうだと思う。」
「ただなぁ、”汚染区”に転移する例ってなあ聞いたことねえ。しかも祝福なしときた。なんで立っていられんだぁこいつ?」

 俺が答えるとチンピラは聞き覚えのない単語を並べ分析するように見つめてくる。

「え~!!君異世界人だったの!!初めて見た~!!!ねえねえ異世界ってどんなとこ?どんなとこなの~!!」

 それまで一定の距離を保っていたうさ耳の少女は俺が異世界人だと分かった途端距離をつめてくる。
 それに後ずさりしながらも記憶を必死に呼び起こす。
「え、え~っとだな────」
「お前ら、その話は後だ。……寄ってきやがった。」

 会話を無理やり切り上げさせ、警戒を促すチンピラ。
 さっきまで腰かけていたはずのワームの死体は消え、そのチンピラは険しい顔なっている。
 会話をしていたはずの少女もチンピラの警戒の合図にスッと立ち上がり、周囲に向かって睨みを利かせ始めた。

「え?」

 やばいことが起こってる────。

 それだけが今、理解できた。緊張して周りを見渡すと先ほど見たワームに尾がドクンドクンと脈打つ気色の悪いさそり、怪しく光る赤い瞳の中に虫がうごめく狼や体中からトゲが飛び出たフェネック。

 ────どうやら俺たちはいつの間にか囲まれてしまっていたようだ。
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