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1.まな板の上の鯉
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俎上の鯉とは、こんな気持ちなのだろうか。そんな事を考えながらリュイス=フォン=タヴィランは手元の本を閉じた。
人間の国アルドフと、獣人の国であるタヴィランは、長年にわたり戦争を続けてきた。
血で血を洗う戦争は、アルドフの王とタヴィランの王の代替わりによって、事実上の休戦へと留まる事になる。
形ばかりの友好を他国に示す際、アルドフの現王は数多くいる兄弟からタヴィランの王へ妃として、第七王子を送った。
その第七王子こそ、リュイスだ。
タヴィランからの友好の証としては、数人の技術者がお送り込まれたとされる。
アルドフもタヴィランも互いにスパイを疑ったが、タヴィランとしてはアルドフの王子という、絶対的人質を手元に置いておける利点がある。故に第七王子というアルドフ王族の血筋を妃として……裏向きには人質として迎え入れたのだった。
リュイスは割り当てられた自室を見回し、部屋の端に侍る侍従を見た。猫とうさぎの獣人でもふもふとした容姿に、リュイスはアルドフとの違いを改めて認識する。種族の違いは思いの外、リュイスの目を楽しませていた。
アルドフに居た頃の本来の従者は連れてくることが出来ず、従者のすべてがタヴィランの者たちとなった。不遇な扱いだ、と憐れみを向けられながらアルドフを送り出されたリュイスだったが、本人にとって特に悲観する事ではない。
言葉も習慣も違うが、この猫とうさぎの従者たちはリュイスに合わせて言葉を発してくれる。リュイスにとって敵だらけのこの国で、リュイス自身はタヴィランの王にとって扱いやすいようにするので精一杯だ。
余計な面倒は出来るだけかけないように。
しかしそれは気遣いでもなんでもなく、ただリュイスが出不精なだけでもあった。面倒をかけないとは、つまり大人しくしている、という事だからだ。
リュイスは読んでいた本を目の前の机に置く。木目の美しい机は、仮初だが妃であるリュイスの為にこの国の王が用意したものだ。
少しだけその机に目を止めたリュイスだったが、やが従者に声を掛けた。
「キャス、ラビ、今夜の夜伽の準備までどのくらい?」
「あと三時間ほどでございます」
夜伽。
獅子王に本来の妃などおらず、仮初でも妃としてこの国へ来たリュイスにとって、一番の仕事ともいえる行為。妾としてこの国に来たのではない為、いわゆる側室として扱う事は出来ない。そこが厄介で、タヴィランとしても仮初の妃には扱いが難しい。
もちろん、リュイスは男色の趣味などない。それはこの国の王、レオンとて同じの筈だ。
今日初めて王と夜伽の時間を過ごすリュイスは、朝から少しばかり憂鬱であった。
タヴィランの王である、レオン=ライドル=タヴィラン。
彼は獅子の獣人であり、その獰猛さで獣人たちを纏めあげる男だ。人間を嫌い、獣人の民を一番に考える。今回の休戦に至るまでの葛藤も、決して簡単で単純なものでは無かったはずだ。
そんな人間嫌いのレオンは、やはりリュイスへの目も厳しく鋭い。リュイスは獣人に対する嫌悪感も無ければ、今まで戦争をしてきた事実すら、本音では馬鹿馬鹿しいと思っていた。
他人へ興味の薄いリュイスには、自分の置かれている環境ですら興味の一つもそそられないというのが現状だ。
それは王子として、褒められたものではないだろう。
実際の所、アルドフではそんな態度が災いしてか、王位継承権もない第七王子に寄ってくる者は少なかった。
「( けどまぁ獅子王ってカッコいいよな。何より強そうだし、もふもふしてるし……でも嫌われてるからなぁ。流石に堂々と触れはしない。それに、俺はこんなのでも敵国の王子だ。夜伽って言っても立場上、そんな雰囲気もクソもないんじゃ、と思うが )」
仕方ないとばかりに、朝食はいつも同じ時間に摂っているレオンとリュイス。朝の清々しい空気すら、レオンがリュイスへ向ける鋭い視線のお蔭で、常に喉元にナイフを当てられている気分に早変わりする。
リュイスは元より、会話が得意なわけではない。兄弟たちの様に、武術や勉学の秀才さも持ち得ていない。アルドフでは引きこもりの第七王子と、揶揄する声もあるくらいだ。その為、レオンへ会話を仕掛けようとも、その知識差で上手くいかないだろうと、初めから諦めている。
そもそも、レオンへの興味もそんなに無いのだ。
王族としての最低限の知識と、第一王子――現アルドフ国王――の六番目の予備としてしか、自分を認識していない事実。
それ以上の価値を、リュイス自身が見い出せていない。
内心は平民と呼ばれる民たちよりも口が悪く品性がないのではと、リュイスは頭の片隅で考える。それでも、レオンの妃としての仕事くらいは全うしてやるつもりだった。
人間の国アルドフと、獣人の国であるタヴィランは、長年にわたり戦争を続けてきた。
血で血を洗う戦争は、アルドフの王とタヴィランの王の代替わりによって、事実上の休戦へと留まる事になる。
形ばかりの友好を他国に示す際、アルドフの現王は数多くいる兄弟からタヴィランの王へ妃として、第七王子を送った。
その第七王子こそ、リュイスだ。
タヴィランからの友好の証としては、数人の技術者がお送り込まれたとされる。
アルドフもタヴィランも互いにスパイを疑ったが、タヴィランとしてはアルドフの王子という、絶対的人質を手元に置いておける利点がある。故に第七王子というアルドフ王族の血筋を妃として……裏向きには人質として迎え入れたのだった。
リュイスは割り当てられた自室を見回し、部屋の端に侍る侍従を見た。猫とうさぎの獣人でもふもふとした容姿に、リュイスはアルドフとの違いを改めて認識する。種族の違いは思いの外、リュイスの目を楽しませていた。
アルドフに居た頃の本来の従者は連れてくることが出来ず、従者のすべてがタヴィランの者たちとなった。不遇な扱いだ、と憐れみを向けられながらアルドフを送り出されたリュイスだったが、本人にとって特に悲観する事ではない。
言葉も習慣も違うが、この猫とうさぎの従者たちはリュイスに合わせて言葉を発してくれる。リュイスにとって敵だらけのこの国で、リュイス自身はタヴィランの王にとって扱いやすいようにするので精一杯だ。
余計な面倒は出来るだけかけないように。
しかしそれは気遣いでもなんでもなく、ただリュイスが出不精なだけでもあった。面倒をかけないとは、つまり大人しくしている、という事だからだ。
リュイスは読んでいた本を目の前の机に置く。木目の美しい机は、仮初だが妃であるリュイスの為にこの国の王が用意したものだ。
少しだけその机に目を止めたリュイスだったが、やが従者に声を掛けた。
「キャス、ラビ、今夜の夜伽の準備までどのくらい?」
「あと三時間ほどでございます」
夜伽。
獅子王に本来の妃などおらず、仮初でも妃としてこの国へ来たリュイスにとって、一番の仕事ともいえる行為。妾としてこの国に来たのではない為、いわゆる側室として扱う事は出来ない。そこが厄介で、タヴィランとしても仮初の妃には扱いが難しい。
もちろん、リュイスは男色の趣味などない。それはこの国の王、レオンとて同じの筈だ。
今日初めて王と夜伽の時間を過ごすリュイスは、朝から少しばかり憂鬱であった。
タヴィランの王である、レオン=ライドル=タヴィラン。
彼は獅子の獣人であり、その獰猛さで獣人たちを纏めあげる男だ。人間を嫌い、獣人の民を一番に考える。今回の休戦に至るまでの葛藤も、決して簡単で単純なものでは無かったはずだ。
そんな人間嫌いのレオンは、やはりリュイスへの目も厳しく鋭い。リュイスは獣人に対する嫌悪感も無ければ、今まで戦争をしてきた事実すら、本音では馬鹿馬鹿しいと思っていた。
他人へ興味の薄いリュイスには、自分の置かれている環境ですら興味の一つもそそられないというのが現状だ。
それは王子として、褒められたものではないだろう。
実際の所、アルドフではそんな態度が災いしてか、王位継承権もない第七王子に寄ってくる者は少なかった。
「( けどまぁ獅子王ってカッコいいよな。何より強そうだし、もふもふしてるし……でも嫌われてるからなぁ。流石に堂々と触れはしない。それに、俺はこんなのでも敵国の王子だ。夜伽って言っても立場上、そんな雰囲気もクソもないんじゃ、と思うが )」
仕方ないとばかりに、朝食はいつも同じ時間に摂っているレオンとリュイス。朝の清々しい空気すら、レオンがリュイスへ向ける鋭い視線のお蔭で、常に喉元にナイフを当てられている気分に早変わりする。
リュイスは元より、会話が得意なわけではない。兄弟たちの様に、武術や勉学の秀才さも持ち得ていない。アルドフでは引きこもりの第七王子と、揶揄する声もあるくらいだ。その為、レオンへ会話を仕掛けようとも、その知識差で上手くいかないだろうと、初めから諦めている。
そもそも、レオンへの興味もそんなに無いのだ。
王族としての最低限の知識と、第一王子――現アルドフ国王――の六番目の予備としてしか、自分を認識していない事実。
それ以上の価値を、リュイス自身が見い出せていない。
内心は平民と呼ばれる民たちよりも口が悪く品性がないのではと、リュイスは頭の片隅で考える。それでも、レオンの妃としての仕事くらいは全うしてやるつもりだった。
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