クズどもの褥

佐々木 おかもと

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一話:欲を嗤う者

 煌びやかな繁華街から、少し外れた路地に入る。するとそこには、排他的な路地とは不釣り合いな豪華絢爛な建物が佇んでいた。

 夜の気配を纏い、昼に生きる者達を拒む。そんな雰囲気に臆せず、1人の男が建物へと入って行く。

 細身のスーツを着込み、妖艶なBGMが響く建物、店の奥へと足を進める。夜の音を遮った店の中は、隠しきれない怪しいオーラを漂わせていた。

 男は気にせず、高級な革靴をコツコツと踏み鳴らし、存在感を殺した受付へ視線で呼びかける。

「いらっしゃいませ。久方ぶりのご来店、ありがとうございます。今夜はどのような者達をご用意致しましょう」
 
 受付にて対応する黒服に、男は興味無さげに店中を見渡した。視線の先には着飾った女が、従順で美麗な男達へ己の奉仕をさせている。
 また、その逆も。
 中には同性を買う者の姿もあった。

「なんでもいい、この店の商品者共を全て買う」
「──かしこまりました。それではお部屋の方でお待ち下さい」

 受付を終え、慣れた様子でこの店の最上級格の部屋へと歩いてゆく。

 男がこんなにも自由を許されているのは、この店にとっての太客であるからだ。故にある程度の我儘、そして無理が通る。

 この店は、非合法の売買屋だ。この店の裏には、裏社会の元締めが存在する。闇金融、薬、人身売買。その噂と、ハッキリしない内部の様子は、昼に生きる人々にとってはドラマの世界のようなものだろう。

 その元締めが直々に作った店が、このホストクラブ紛いの人身売買の店。
 闇金で金を借り、膨れ上がった利子に生きる事を諦める寸前の者。それらを集め借金返済の為、金で買われる事を是としこの店で働かされる。
 それが従順なキャスト達の正体だ。
 女は風俗へ、男も見てくれに需要があるものは風俗に。しかし数の問題で、風俗へと回す事の出来無かった見た目麗しい者どもは、この店へと流される。

 客は法外な値段でキャスト達の時間を買う。一人につき、既定の値段以上の金を支払えば時間だけでなく、実際に人を売買することもある。
 キャストの時間を買ったものは、殺す、殺させる、欠損以外の一切を全てキャストへと指示できるのだ。

 人を甚振る性癖の者から、ただ話し相手が欲しいだけの者まで。様々な事情でこの場所へと客がやってくる。

 そんな店へと足を運ぶ男の目的は、ストレスの発散と────

「ふざけんじゃねーよ!! またあの男かよ!!」
「お客様。他のお客様のご迷惑になりますので、お控え願います」
「うるせぇよ! コッチはなァ!? オッサン共の汚ぇチンポしゃぶって、稼いだ金で買ってんだよ!? たまに来て、適当に遊んで帰ってくだけのヤツに、私の金を無駄にされてたまるかっ!!」

 ヒステリックに暴れる女の声が響く。

 VIPルームのソファに、優雅に腰を掛けて足を組んだ男の手元には、繊細な手指にマッチした細いタバコが挟まれている。
 燻る煙が渦を巻きながら散ってゆく。

 部屋の中まで聞こえてくる女の叫びに、男は薄い笑みを濃く深くした。
 灰皿にタバコを押し付け、火を消す。
 その一連の行動さえ、彼の容姿を妖しく引き立てる。

 突然、立ち上がった男は、未だ部屋の前で喚き散らす女の元へ足を進めた。

「いいからッ!! とっとと、あの男を出せよっ!!」

 コツコツと革靴の音を立て、男が女へと近付いた。それに気が付いた黒服が、女を無理に下がらせようとするのを視線で止めさせる。

「そんなに言うなら、お望み通り出ていってやろう」

 睨み付けてくる女を前に、男は愉しげにそして冷徹に言い放った。

「は、な、何よ! 急に謝ったって……」
「君がこの部屋を使うのだろう? 仕方が無い。今夜は一つランクの落ちた部屋で愉しむとするよ。そこのキミ、この女性を案内してやってくれ」

 男が黒服に声をかける。ハッと女性が気が付いた瞬間には、領収書が切られていた。

「あぁ! ちがっ、待って、今すぐに取り消して!! イヤよ!」
「お客様、この店ではオーダーを承ったものは、必ずお支払い頂きます」
「待って、待って……今、そんなお金無い……この店の最上級格の部屋なんて、支払える訳ないでしょ!!」
「支払えない……そうでございますか。それならば、お客様……いや、お前にはその身体を使い、支払いを完了してもらう。おい、連れていけ」

 非合法の店での言葉には、気を付けなければならない。たとえ他人が悪質にオーダーしたとしても、それは全て自分が責任を負うことになる。

 屈強な男たちに連れていかれる女は、愉しげに笑う男を見て、憎しみ、恐怖、怒りといった感情で男を睨み付ける。
 叫び声を上げ必死になっているが、興味を失い部屋に戻った男には聞こえない。

 ──男がこの店に通う理由、それはストレスの発散と、他者を見下す快感を得るためだ。

 店にいるキャストを見下すのではなく、キャストに入れ込む哀れな客どもを見下す快楽。

 必死に稼いだ金で、ようやく手に入れたお気に入りのキャストとの時間。それを大して店にも来ず、キャストの顔や名前すら覚えていない男に、全てかっさらわれる。

 それは、それは、屈辱であろう。

 そして、それ程までの財力と傲慢さを持ち合わせる男へ、憎しみ、僻み、妬み、嫉み。そういった、負の感情を向ける事はもはや必然である。

 それを嘲笑うのがこの男、秋津ヨルだ。最低で最悪の趣味と言えるそれらは、しかし彼の財力の前に正当性を生み出す。
 裏の世界では、金と情報とコネを持っている者が全てだ。それはこの店とて例外ではない。

 質の良いソファに再び腰かけ、秋津は酒を煽った。美しい琥珀色のそれは、優美なグラスの模様を反射させて秋津の手元を彩っている。

 暫くして、部屋の扉が開く。
 金髪で、狐を彷彿とさせる目が特徴の男が、秋津を見てにんまりと口元に笑みを作った。

「なんや、秋津はんやん? ここ最近、見かけへんかったさかい、死んだのか思たわ」
「滝中か、相変わらずの減らず口だな」

 滝中と呼ばれたその男は、秋津の隣に腰掛けて秋津の出したタバコに火をつける。
 その慣れた所作は、この店での所属の長さを物語っていた。

 こうして、たまに店へ来る秋津の専属でもある滝中。この店で一番売り上げに貢献しているキャストでもある。
 そして、過剰なまでの京言葉と京都弁を使い、己の出身地を隠している男だ。

「お前、まだここに所属してるのか? お前の事だ、もう借金は返し終わったんだろ」
「そんなん、とっくの昔に返却済みやわぁ。ただ、色々と知りすぎてもうたんや。そやから、お天道様の下を歩くより、今の生活の方が安全なんよ」

 細い目を更に細めて、滝中は言う。実際、一度でも国の法が届かぬ場所で身を売ってしまえば、表で生きるには高いリスクが付きまとうだろう。

 バグった金銭感覚と、倫理観に人は簡単に罪を犯す。秋津は滝中の言葉を鼻で笑い、再び酒を煽った。この酒だって、そこいらのバーで飲むのとは訳が違う。値段は勿論、仕入先すらも法の外からだ。

「個人の自由だ、俺には関係なかったな」
「そうでもあらへん。アンタも見た目の麗しさなら、この店のオーナー様に気に入られるやろ。まぁ、借金なんてしいひんやろうし、そこら辺は関係あらへんけどな」
「……オーナー様ってのは、鬼島の事か?」
「そや、それ以外に誰がおるんや。アンタもあの男には気ぃ付けときや~。最近じゃ、お隣の国まで勢力を広めてるらしいからな。どこまでがホンマか、知らへんけど」

 うさん臭い滝中の話は、案外バカにならない。きっと80パーセントくらいは、本当のことだろう。

 鬼島秀明きじまひであき
 店のオーナー兼、裏社会に足を踏み入れた者が必ず聞く名だ。小さい国ならば買収してしまえる程の金を持つと言われているが、子供だましの虚勢か誠の事か。ソレは鬼島本人とその幹部の者達にしか分かるまい。

 ただ、傲慢な秋津でさえ分かるのが、鬼島は自分よりも金を持っているという事。
 秋津は幼少期から青年期にかけて、草を喰って食いつないできた過去がある。そのため人一倍、金と嫉妬に憑りつかれているのだ。

 そんな秋津さえ、会いたいとは思わぬ男が鬼島だ。

「おっと、もうこないな時間や。もう少ししたら、アンタが買うたキャストらがここに来るで」
「今更、キャスト共に興味はねェよ」
「知っとるわ。相変わらずええ性格してるなぁ、アンタ。あんまり店を荒らすと、さっきの女みたいになんで」
「フン、そうなりゃ丁寧にご奉仕してやるよ」

 秋津がそう言った瞬間、ノックが掛かる。気持ちがいいくらいのタイミングだった。

 滝中が秋津からの目配せを受け、扉を開ければ、そこには数人のキャスト達で溢れていた。

 秋津が趣味悪く買い漁った者達だ。女・男問わず、見た目麗しい者たち。
 彼らは滝中に促されるまま、秋津の座るソファや備え付けのベッドに座った。

 しかし、秋津にはその者達への興味はなく、好きにしていいと適当にいなしてしまう。
 元より、滝中以外のキャストとは話が合わない。

 それだけに気難しい性格かつ、拗れた秋津の価値観に付き合う度量のある滝中は、この店でも貴重な存在だ。

「秋津はん、いけずやなぁ? これだけの人の時間を買うといて、あとは放置って。
 まぁ、いつもの事やけど! ほないつも通り、ドリンクとオプション頼んで、秋津はんを本気で破産させに行こか?」

 稼ぎ時やわぁ、と張り切る滝中とこの状況に慣れた面々が、容赦なく高額な酒を頼みだす。

 それを横目に、秋津はタバコを口に含んだ。

 秋津は自分自身をクズだと自覚している。
 この社会の構図の最下層に居ながら、自分よりも下を見る事が、己の存在証明なのだから。

 嘲り、揶揄し、愚弄する。
 そして得られる憎悪と憤怒の、粘着ねばついた激しい感情。それらこそ、秋津が生きていて良いと実感する唯一の救い。

 仮に神に祈りを捧げる事が救いならば、昔の秋津は幾ばくか、人間として救われていたのだろうか。愚かでも、無知であろうとも。

「……金持ちが神の国に行くよりも、ラクダが針の穴を通る方がまだ易しい、ってな」

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