クズどもの褥

佐々木 おかもと

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二話:雷が謳う夜に

 雷の叩きつけられる様な音が、鬼島秀明の鼓膜を震わせる。煩わしいその音に、鬼島は思わず窓の外へと視線を向けた。

 夜と見紛う曇天は、一瞬。
 真っ白に光ると、遅れてやって来た轟音に蹂躙される。

「ご丁寧に、雷までお出ましとはな~」

 一言呟き、鬼島は手元のブランデーを飲み干した。果実を潰したような甘い香りが鼻腔に広がる。
 数多く居る部下からの贈り物の一つだが、コレを選んだ者は酒の趣味が良いようだ。
 自分好みの酒を贈ってきた部下の顔を思い出しつつ、鬼島は二杯目をグラスへ注ぐ。

 二杯目を飲もうかとグラスに口を付けたら、途端にドアをノックされた。

「失礼します。鬼島さん、報告が」

 タイミングが悪いと愚痴りたくなるが、かみ殺して入室の許可を出す。

赤畠あかはたか。なんの報告だ?」
「数日前に除籍した者達の事です。今朝、逃亡した十二名の内、二名が海に浮かんだとのことです。残りの十名も身柄を拘束し、中身を搔っ捌いたところで買い手も現れました」

 赤畠と呼ばれた神経質そうな男は、ずり落ちた眼鏡を戻しながら淡々と報告を行う。過激な内容とは裏腹に、二人の空気感は何処か作業的だ。
 それもそうであろう。裏社会を半分以上を牛耳っている鬼島の元に集まる情報の殆どは、誰がどう死に、死体はどんな形で処理されたか、と言ったものが常だ。
 新鮮な気持ちで驚けというには無理がある。

 今回の場合は、鬼島の組織の者が誰か・・に殺され、海に浮かんだ。そして海に浮かばなかった者たちは、臓器を抜かれ売り飛ばす相手が決まったという話だ。

「相手は?」
「それが──」

「相手の言うことを信じるなら、研究者だとか。まぁ、どうせ俺達から買ってる時点でまともな奴じゃねーですよ」

 赤畠と鬼島の会話に、割り込むように話に参加した男。雨でぬれた髪をタオルで拭きながら、赤畠の前へと報告書を置いた。
 いつの間にか部屋に入り込んでいたようで、男の顔をみた赤畠は大層イラついた顔を晒している。

青柳あおやぎ、ノックをしろといつも……」
「あー、うっせうっせぇ。事前に鬼島さんに連絡してたからいいンだよー」

 青柳は赤畠にべーっと舌をみせ、子供の様に煽った。対して赤畠も引きつった笑みを浮かべ、今にも口から溢れ出そうな下品な言葉を押し殺している。

「青柳、胡桃沢からの被害状況は?」

 ノックがどうだ、許可がどうだと口喧嘩に発展した二人を無視して、鬼島は問いかけた。

「ウチのフロント企業である電気会社と葬儀業者、あとは携帯ショップ。その一部を胡桃沢の下っ端どもがサツにチクったらしく、明日ガサが入るらしいです。電気会社と葬儀業者の社長に貸した金はキッチリ返して貰ったンで、さっきウチの奴らを引き上げさせてきました」

 わざわざ資料を作ったのか、数枚の資料を見ながら青柳は報告をする。鬼島も渡された資料をみながら、分かりやすくマーカーの引かれた部分を読む。
 電気会社は会社の口座を資金洗浄に使っていた。汚い金を綺麗な金にする為、フロント企業を買い取るのだ。

 そこを潰されたということは。組織に重要な金の流れの一部を、胡桃沢の組織に潰されたということだ。

 もとより、裏社会では金と権力を得る為の小競り合いが多い。警察が本格的に介入してくる程の抗争は、今の時代は中々お目にかかることは少なくなっている。
 しかし、鬼島と胡桃沢の組織は長年小競り合いを続けていた。鬼島が新しい事業に手を出せば、それを潰す様に胡桃沢が動き手柄の確保を邪魔する。

 勿論、また逆も然りだ。

 互いが互いに潰し合うのだから、どちらが先に手を出したのかそれ自体も分からなくなっていた。決定的に組織解散に向けて攻撃をしかける訳でもなく、足の引っ張り合いをしているのだ。

 そんな不毛な関係が一瞬にして変わったのが、約三年前の事件があってからだ。

 鬼島は海外進出を目論んでいた。そのため、自身のコネクションを最大限に活用し、何とか海外進出の足がかりを掴んだ。それが、進出先のマフィアに恩を売る事だった。

 当時、そのマフィアの幹部数名が地元の警察組織に追い込まれ、日本へと逃亡した。逃げ込んだ幹部たちを匿うことを条件に、鬼島はマフィアの根城の一部と資金ルートの一部を貰い受ける事になっていた。
 成功すれば組織拡大の大きな一歩だ。

 しかし、匿った幹部を自国へと送迎する際に、胡桃沢の用意した刺客達により半数近くを殺され、交渉は決裂。
 最近まで幹部を失ったマフィア達が、腹いせに鬼島の組織へ嫌がらせをしていた程だ。失敗は明らかだった。

 落とし前を付けさせなければ、気が済まないのが裏に生きる者達の厄介な性質。
 鬼島は胡桃沢との昔からの小競り合いの決着と、刺客を送り込み邪魔をした事の始末をつけようとしているのだ。

 先に動いたのは鬼島だった。
 手始めに、胡桃沢へくみする協力企業とフロント企業の情報を、警察関係者へと流した。鬼島を牽制する為に位置していた、胡桃沢の所有するいくつかの事務所も同様だ。

 鬼島は多少の損失を出しながらも、着々と胡桃沢側の勢力を削いでいった。そして、最近になりその勢いが止まってしまったのだ。胡桃沢の援助するフロント企業が途端に金回り良くなった。じわじわと追い詰め、胡桃沢の動かせる資金そのものも、少ないであろう状況でだ。

 硬直状態が続く中、胡桃沢側に資金援助をしているらしい男を見つけた。いわゆる、ダンべと呼ばれる者。スポンサーとも言われるだろうか。
 金に困った裏組織達に金を貸し、己の手を汚さず違法な金を儲けている男がいると。

「本筋の資金ルートに打撃がねェってンなら問題は無いだろう」
「ですかね~。なんか、やっとここまで来たって感じっスね」
「まだ気は抜けないですが……そいうえば、例の男の件はどうしますか?」

 赤畠がタバコを吸い始めた鬼島の為、灰皿を用意しながら聞いた。鬼島は暫し思考して、煙を吐き出すと悪どい笑みを浮かべた。
 子供が見たら泣いてしまうだろうその表情に、青柳は『うわぁ』と顔を顰める。

「ソイツを捕まえて、資金の援助先を俺の組織に変えさせる」
「抵抗の意志をみせたら~?」
「徹底的に服従させるまでだな」
「命までは取らないと?」
「ああ、ソイツは昔、胡桃沢に最も近い場所にいた。上手くいけば、未だに掴みきれない胡桃沢の居場所と幹部達を捕らえられる筈だ。引き出せる情報を全て聞き出す、いいな?」
「了解です」
「はーい」

 ことの重大さを感じさせない二人の返事。上司の質は部下を見れば分かると言うが、果たして赤畠と青柳を見て鬼島の性質は分かるものなのか。

 タバコを灰皿に押し付け、鬼島は動き出した。

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