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七話︰腹に据えるならば賢き犬を
「これで全部か?」
「ああ、思った以上に早かったな」
秋津は部屋へと運ばれてくる私物を眺めながら、事も無げに頷いた。
そんな秋津を鬼島の後ろを固める様に、青柳と赤畠が秋津を睨みつけている。まるで鬼ヶ島にでも来たようだ。
「俺はいつまでここで暮らせばいいんだ?」
「少なくとも、胡桃沢の組織が壊滅するまでだな」
「フン、お前が俺に頼るくらいの小物だったのが、俺の人生においての誤算だよ」
秋津の流れるような罵倒に、赤畠が聞き間違いかと思い怪訝な顔をした。その顔がよほど面白かったのか、青柳が肩を震わせて笑っている。
「誤算か……なら、俺に殴られ利用されてるお前は一体、なんなんだろうなァ?」
「お前が情報という餌を頂いているご主人様だろ」
「自信過剰、ナルシスト、自惚れ野郎だな」
「自己紹介でもしてるのか」
「自覚がないとは……随分とおめでたい頭をしているみてェだ」
言葉の応酬をしながらも、隙を見せない二人。荷物の運搬が完了し、赤畠が準備した契約書にサインしてゆく。
「昨日の続きだったか?」
「ああ、胡桃沢の本拠地が九州にあるのは分かった。今、組織の者が裏をとっている」
質の良い万年筆でサインをし、秋津は伝えるべき情報の取捨選択をする。秋津の話を聞こうと、コチラを見つめてくる鬼島の瞳は真剣だ。
「今も使っているかは知らないが、福岡と長崎の貸倉庫には商品が詰まっていると思われる。胡桃沢が酔っ払った際に口走ったのを、付きの幹部どもが窘めていたからな」
「貸倉庫の場所は分かるか?」
「いや、そこまでは知らない。ただ、胡桃沢が買収した企業に、倉庫の貸出をしてるのがいるはずだ。恐らくそれに紛れてるだろう」
「商材と金の流れを調べなきゃならんな。壊滅して再起できる様な金すら残すわけにはいかねェ」
鬼島は何処かに電話を掛け、その場から離席した。恐らくだが、胡桃沢の組織に関する動きの変更だろう。
残された赤畠と青柳は、ふてぶてしくも契約書のサインの続きを書き始めた秋津を油断なく見張る。鬼島からの特別な指示はないが、いつでも取り押さえられるように、そしていつでも命を奪えるように。
二人の上手く隠された殺気を薄々感じながら、秋津は書き終わった契約書たちを端に置いた。
「警戒せずとも、別に噛みついたりはしない」
「いやぁ、そう言われてもねー。俺ら、これが仕事みたいなモンだから、ねぇ?」
人懐っこい笑みを浮かべながらいつもの調子で答える青柳は、表面上の気安さに対して凶暴さが滲み出ていた。警戒というよりも、常に隙を狙われている感覚がする。これだけ信頼を置かれれば、鬼島も心強いだろうな。独りの秋津には分からない感覚なのは確かだ。
「そうか、利口な忠犬だな」
「……先ほどから気になっていたのですが、その趣味の悪い軽口は鬼島さんの前で慎まれた方が身のためですよ。品性の欠如を己で言いふらしているようなものですから」
赤畠の最もな忠告に思わず吹き出してしまう。正論過ぎて何も間違っていない。だからこそ、秋津は嗤ってしまう。
そんな秋津を訝しむ様、青柳と赤畠は互いを見やる。
「フフッ、ハハハハ、品性! 俺にそれを求めるのか?」
情報提供を約束した契約書をつまみ、ひらひらと二人へ見せびらかす。
胡桃沢の愛人であった秋津に『品性』を求めるには、些か見当違いと言わざるを得ないだろう。それに、愛人という立場だった秋津をわざわざ求め、こうして契約を持ちかけてきたのは赤畠のボスなのだから。
おかしな者を見たと笑いが止まらない秋津に、赤畠の堪忍袋の緒が切れる、その時。電話を終えて戻ってきた鬼島が、赤畠と青柳の名を呼んだ。
「今から店に行くぞ」
「何かあったのですか?」
「ああ、胡桃沢の方からノコノコと店にお伺いに来たそうだ」
「そりゃ、大変だ」
事の重要性に反比例した青柳の返事。息が詰まるような場面には有難い生意気さだ。
「どの面下げてウチの店に来やがったのか知らねェが、あの事で謝罪の一つでもさせねェと気が済まない」
「同感です。謝罪ついでに組織の解散でもしてくれれば、こちらも胡桃沢を始末するだけに留めるんですがね」
「それなー」
赤畠へ吞気に同感の意を示す青柳だが、その瞳は酷く苛立っている。
そんな二人を気に留めず、鬼島はソファにかけていた上品な花刺繡が施されたジャケットを羽織ると、秋津がサイン済の契約書を持ち玄関へと向かってゆく。
その後ろ姿に秋津が声をかける。
「お前に言い忘れていたが、子飼いの裏切りには気を付けろよ?」
秋津の物言いを鼻で笑い、鬼島は出て行ってしまった。テリトリーに人がいない安心感に、安堵のため息を無意識に吐き出す。このマンションの一室さえ、盗聴や監視をされている可能性があり安心できない場所だが、一人になると自分のペースで息が吸える気がした。
赤畠の言葉を思い出し口元をニヤけさせながら、おもむろに自分の私物であるノートパソコンを開いた。
打ち慣れたパスワードを入れスマホが没収された厄介さに舌打ちをしながら、自身のネット口座からとある口座へと金を振り込んでゆく。一通り振込み終わると、秋津は笑をたたえ窓から見える景色を睨み付けたのだった。
「ああ、思った以上に早かったな」
秋津は部屋へと運ばれてくる私物を眺めながら、事も無げに頷いた。
そんな秋津を鬼島の後ろを固める様に、青柳と赤畠が秋津を睨みつけている。まるで鬼ヶ島にでも来たようだ。
「俺はいつまでここで暮らせばいいんだ?」
「少なくとも、胡桃沢の組織が壊滅するまでだな」
「フン、お前が俺に頼るくらいの小物だったのが、俺の人生においての誤算だよ」
秋津の流れるような罵倒に、赤畠が聞き間違いかと思い怪訝な顔をした。その顔がよほど面白かったのか、青柳が肩を震わせて笑っている。
「誤算か……なら、俺に殴られ利用されてるお前は一体、なんなんだろうなァ?」
「お前が情報という餌を頂いているご主人様だろ」
「自信過剰、ナルシスト、自惚れ野郎だな」
「自己紹介でもしてるのか」
「自覚がないとは……随分とおめでたい頭をしているみてェだ」
言葉の応酬をしながらも、隙を見せない二人。荷物の運搬が完了し、赤畠が準備した契約書にサインしてゆく。
「昨日の続きだったか?」
「ああ、胡桃沢の本拠地が九州にあるのは分かった。今、組織の者が裏をとっている」
質の良い万年筆でサインをし、秋津は伝えるべき情報の取捨選択をする。秋津の話を聞こうと、コチラを見つめてくる鬼島の瞳は真剣だ。
「今も使っているかは知らないが、福岡と長崎の貸倉庫には商品が詰まっていると思われる。胡桃沢が酔っ払った際に口走ったのを、付きの幹部どもが窘めていたからな」
「貸倉庫の場所は分かるか?」
「いや、そこまでは知らない。ただ、胡桃沢が買収した企業に、倉庫の貸出をしてるのがいるはずだ。恐らくそれに紛れてるだろう」
「商材と金の流れを調べなきゃならんな。壊滅して再起できる様な金すら残すわけにはいかねェ」
鬼島は何処かに電話を掛け、その場から離席した。恐らくだが、胡桃沢の組織に関する動きの変更だろう。
残された赤畠と青柳は、ふてぶてしくも契約書のサインの続きを書き始めた秋津を油断なく見張る。鬼島からの特別な指示はないが、いつでも取り押さえられるように、そしていつでも命を奪えるように。
二人の上手く隠された殺気を薄々感じながら、秋津は書き終わった契約書たちを端に置いた。
「警戒せずとも、別に噛みついたりはしない」
「いやぁ、そう言われてもねー。俺ら、これが仕事みたいなモンだから、ねぇ?」
人懐っこい笑みを浮かべながらいつもの調子で答える青柳は、表面上の気安さに対して凶暴さが滲み出ていた。警戒というよりも、常に隙を狙われている感覚がする。これだけ信頼を置かれれば、鬼島も心強いだろうな。独りの秋津には分からない感覚なのは確かだ。
「そうか、利口な忠犬だな」
「……先ほどから気になっていたのですが、その趣味の悪い軽口は鬼島さんの前で慎まれた方が身のためですよ。品性の欠如を己で言いふらしているようなものですから」
赤畠の最もな忠告に思わず吹き出してしまう。正論過ぎて何も間違っていない。だからこそ、秋津は嗤ってしまう。
そんな秋津を訝しむ様、青柳と赤畠は互いを見やる。
「フフッ、ハハハハ、品性! 俺にそれを求めるのか?」
情報提供を約束した契約書をつまみ、ひらひらと二人へ見せびらかす。
胡桃沢の愛人であった秋津に『品性』を求めるには、些か見当違いと言わざるを得ないだろう。それに、愛人という立場だった秋津をわざわざ求め、こうして契約を持ちかけてきたのは赤畠のボスなのだから。
おかしな者を見たと笑いが止まらない秋津に、赤畠の堪忍袋の緒が切れる、その時。電話を終えて戻ってきた鬼島が、赤畠と青柳の名を呼んだ。
「今から店に行くぞ」
「何かあったのですか?」
「ああ、胡桃沢の方からノコノコと店にお伺いに来たそうだ」
「そりゃ、大変だ」
事の重要性に反比例した青柳の返事。息が詰まるような場面には有難い生意気さだ。
「どの面下げてウチの店に来やがったのか知らねェが、あの事で謝罪の一つでもさせねェと気が済まない」
「同感です。謝罪ついでに組織の解散でもしてくれれば、こちらも胡桃沢を始末するだけに留めるんですがね」
「それなー」
赤畠へ吞気に同感の意を示す青柳だが、その瞳は酷く苛立っている。
そんな二人を気に留めず、鬼島はソファにかけていた上品な花刺繡が施されたジャケットを羽織ると、秋津がサイン済の契約書を持ち玄関へと向かってゆく。
その後ろ姿に秋津が声をかける。
「お前に言い忘れていたが、子飼いの裏切りには気を付けろよ?」
秋津の物言いを鼻で笑い、鬼島は出て行ってしまった。テリトリーに人がいない安心感に、安堵のため息を無意識に吐き出す。このマンションの一室さえ、盗聴や監視をされている可能性があり安心できない場所だが、一人になると自分のペースで息が吸える気がした。
赤畠の言葉を思い出し口元をニヤけさせながら、おもむろに自分の私物であるノートパソコンを開いた。
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