クズどもの褥

佐々木 おかもと

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十話:慢心は身を滅ぼす

「滝中、お前──」
「やっと気付いたん? 中々、気付けへんから、ちょっと寂しかったわ」

 おどけて笑う滝中。そんな滝中を、鬼島は睨み付けて逃さない。鬼島は油断なく、すぐさま赤畠と青柳を呼び戻した。

「赤畠、青柳」
「はーい、聞いてましたよ」
「始末しますか?」
「ああ」

 青柳と同じく話を聞いていたであろう赤畠が懐に入れた拳銃を取り出し、鬼島の判断を扇ぐ。
 赤畠の拳銃が滝中へ向けられた瞬間、黙って事の成り行きを見ていた胡桃沢が割り込んできた。

「困るぜ? これ以上手ェ出されちまったら、こっちもコレを出さねぇと」

 そう言って胡桃沢は拳銃を鬼島へ向けた。

 赤畠からすれば、雑魚を片付ける為にボスを人質にとられている状況。己の過失でボスを殺される訳にはいかない。少しの身動きさえ、鬼島を殺す口実になる。
 赤畠は静かに硬直するほか無かった。

 そんな赤畠の状況を知りながら、ニヤニヤと笑う胡桃沢。
 同じく隣に座る滝中の余裕そうな笑みが、鬼島の腸を煮えさせる。今すぐに秋津の元へと戻り、無事を確かめたい所だ。
 秋津がいなくなれば、胡桃沢を追い詰めてきたここ数年が水の泡になってしまう。 

 だが、胡桃沢がここまでして秋津を始末しようとする理由もハッキリした。秋津の持つ情報は、必ず胡桃沢の居場所へ辿り着くものなのだ。鬼島は確信を持って、銃に掛けた指を弄んでいる胡桃沢を睨み付けた。

「『子飼いの裏切りに気を付けろ』か」
「あ?」

 秋津の言葉を思い出し、鬼島は思わず苦笑した。どこまでも生意気な男だ。脳裏に浮かんだ言葉と表情は全く持ってこちらをバカにしてくるものだが、己の価値を分かっている男は好ましい。

「いや、そんなことより。アイツ秋津は、お前が思うように素直な人間か? 今頃、本当に大人しく始末されてると思うのか?」
「…………」

 鬼島の問いに沈黙で返す。それこそが、胡桃沢の答えを物語っている。
 裏の者が何よりも厄介だと感じる人間。
 それが自分の価値を知り、許される無礼の中で目一杯の反撃ができる者だ。そして許される無礼の範囲を徐々に拡げていく。陣取り合戦のようなもので、鬼島と胡桃沢の陣地の僅かな隙間に陣地を構える、それが秋津だ。

 誰も喋らない中、胡桃沢の携帯の着信音が鳴り響いた。

 鬼島が赤畠に拳銃を下ろせと指示を出し、攻撃の意思がないと示す。それを理解した胡桃沢が電話に出た。

「取り込み中だ、後にしろ」

 電話先の声がどうやら慌ただしい。突き放した胡桃沢に縋るように、電話先の者は胡桃沢を引き止めた。すると、仕方なく話を聞く胡桃沢の顔が、段々と苦いものになっていく。

「そうか、分かった。他の幹部どもに繋がりを悟らせるなと言っておけ」

 ぎり、と奥歯を噛み締める胡桃沢。その表情から察するに、想定外で予想外な出来事でも起こったのだろう。

「……悪いが急用だ」
「随分とタイミングが良いな?」
「あの男を飼い殺すつもりなら、しっかりと首輪を付けておけ」
「飼い殺す? そんな事はしない、もしかしたら。今頃、脱走して悪さでもしてるかもなしれないぜ?」
「生きてりゃァな」

 警戒を深める青柳と赤畠の間をすり抜け、胡桃沢は滝中を連れ帰っていく。

 鬼島は肩の力を抜くこと無く、すぐさま秋津へと電話をかけた。コール音が冷たく鼓膜へ響く。胡桃沢へ啖呵を切った割には、嫌な汗を垂らしコール音が遮られるのを待った。

『用事は終わったのか、親愛なるボス?』

 鬼島の心配をよそに、随分と機嫌が良さそうな秋津。
 とりあえずは無事な事を安堵する。

「……お前今どこだ?」
『あ、なんだよ軽口にくらい反応してくれてもいいだろう?』
「はァ……あのクソ野郎と話した後にお前と話すと、程度は違えど似たものを感じるよ。まぁ、そんな事はどうでもいい。質問に答えろ」

 眉間の皺を揉みほぐしながら、鬼島は改めて身体の力を抜いた。

『仕方ない、教えてやる。俺は今、胡桃沢の管理する違法カジノの、店近くのビルの屋上にいる』
「で、何をしてた?」
『内部に潜って、警察に裏カジノを告発してやった。あと、胡桃沢が俺に爆弾プレゼントを送り付けようとしてたみてぇだから、以前に滝中が貰い受けたっていうマンションに送ってやった』

「お前、滝中が裏切り者だと知ってたのか?」

『まぁな、胡桃沢側に潜り込ませてる俺の手先が裏切り者だって報告を上げてきたからな。それに借金背負って裏社会に堕ちた一般人にしては、随分と金回りと客の層が厚い所も怪しいだろう。初めは、お前の子飼いだからと思ったが、俺の情報をお前に渡して、アイツも明らかに調子に乗ってたからな。
 俺を騙した挙句に鬼島お前胡桃沢アイツに媚びて良い暮らしをしようなんざ、この俺が許すはず無いだろ? ハハハッ!! ざまぁねぇなァ?』

 ビルの屋上で高笑いをしているであろう秋津を思い浮かべ、鬼島は苦笑する。この男の欲望に素直な所は、長所と見せかけて結構な短所なのではなかろうか。クズ加減にも拍車がかかっている。

「お前ってホント自分の上に立とうとする連中が嫌いなのな? 怪我はねェのか?」

『お前、胡桃沢にでも怖い目に合わされたか? わざわざ心配してくるなんて、随分と殊勝じゃないか』

「バカ言え。お前に死なれると、ここ数年の努力が水の泡だ。いいか? 絶対に勝手に死ぬなよ? つーか、殺されるなよ??」

『過保護かよ』

 通話口で笑う秋津は本当に楽しそうだ。胡桃沢が言っていた過去は、実は作り話なのではないか、そんな気さえしてくる。
 他人の過去には興味はない鬼島だか、秋津には同情か哀れみか、興味がそそられてしまった。哀れみや同情、それは自分に余裕がある者のみが許される、一種の排他的思考だろう。

『お前と話していて気が付いたんだが、爆発した滝中のマンションに人が居たかもしれない。胡桃沢が滝中にマンションを丸ごと買い与えたつーからハデにやったけど、死人が出てるかも。いや、多分出てる。なんかあったら、お前が揉み消してくれ。じゃあ、切るぞ』

「……やっぱお前クズ野郎だな?」

  鬼島、胡桃沢、その両者が『それくらいなら良いだろう』と僅かな妥協を積み重ねた隙間に入り込み、その僅かを拾って裏社会にいる秋津。鬼島と胡桃沢の組織が木の枝の様に、または根の様に広がって出来ているのなら、秋津の組織はその枝や根に産み付けられた虫の卵の様に広がっている。
 裏社会は情報と金が全てを握る。大組織へ喧嘩を売りつつ逃げる事が可能な程、情報を集める事が出来るのは秋津の執念の賜物だ。
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