裸足の人魚

やわら碧水

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第四部

第一章・潮音の誕生日(その7)

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 ゲームが一段落したときには、秋の日は早くも西に傾きかけていた。そこでみんなは、パーティーをお開きにして解散することにした。

 紫と玲花が潮音の家を後にすると、流風がそれに続いて帰宅しようとした漣を呼びとめた。

「この子は私が駅まで送っていくわ。でも今日のパーティーは楽しかったよ」

 流風は満面の笑みを浮べていたが、潮音はその流風の顔を見ながら、来年の今ごろは流風も大学受験の直前になるので、果たしてこのようなパーティーを開いたとしても流風が来られるだろうかと思っていた。漣も少し未練があるかのように潮音の方を振向きながら、流風に付き添われて潮音の家を後にした。

 潮音の家を離れてからしばらく経って、流風は落ち葉の舞う通りを歩きながら隣にいる漣に声をかけた。

「漣ちゃん…よく自分のことを打ち明けてくれたね。やはり潮音ちゃんと出会っていろいろ話を聞いたことが、漣ちゃんが前に進むための背中を押してくれたのかしら」

 その流風の言葉に対しても、漣は首をこくりと縦に振っただけだった。

「漣ちゃんのことは人に話したくなければ、無理に話さなくてもいいけどね。でもこれで漣ちゃんはようやく、自分自身と向き合う勇気を持てるようになったということかしら」

 漣は照れくさそうな表情を浮べたままだったが、それでも流風は漣の心の中にかすかながら変化の兆しが現れていることを、その表情から読み取っていた。そして流風は漣と駅の改札口で別れてからも、改札を通って電車に乗ろうとする漣の後姿を、しばらくの間じっと見送っていた。


 パーティーが終ってがらんとした居間の中には、潮音のほかに暁子と優菜が残っていた。そこで優菜はふと息をつきながら言った。

「しかし尾上さんも中学までは割とまじめそうやったのに、高校になってあんなにギャルっぽくなるとはね。でもそれが峰山さんとあんなに仲ようなってしまうのも意外やわ」

「紫もああ見えて、尾上さんみたいなギャルっぽいものに内心ではちょっと憧れているのかもしれないな。性格が対照的だからかえって気が合うってこともあるかもしれない。それに尾上さんはああ見えて、勉強でもなんでもやるべきことはちゃんとやるし」

 潮音が優菜に言葉を返してふと周囲を見渡すと、テーブルの上には汚れた食器やお菓子の包みばかりが残っていた。そこで暁子は少し照れくさそうに、潮音に声をかけた。

「潮音…あたしも後片付け手伝うよ」

「暁子、そんなに気を使ってくれなくたっていいよ。暁子は今日はお客様なんだし、後片付けだったらオレや姉ちゃんと母さんでなんとかするから」

 その潮音の返答を聞いて、優菜はじれったそうな顔をした。

「ほんまに鈍感やな、潮音って。アッコはもうちょっと潮音と一緒にいたいと思っとるのに」

 優菜の声を聞いて、潮音は少し気まずそうな顔をした。

 暁子は食器を洗うのは自分と優菜がやるから、潮音は居間を片付けて食器を台所まで運んでほしいと言った。暁子が食器を洗いたいと申し出たのには、則子も目を丸くした。

「まあ暁子ちゃんに優菜ちゃん、そこまでやってくれるの? すまないわね」

「いいんです。私はこういう家事をするのは好きですから」

「暁子ちゃんは昔はおてんばだったけど、すっかり気立てのいい子になったじゃない」

 則子に言われると、暁子もいささか照れくさそうな顔をしていた。

 潮音が汚れた食器をまとめて台所まで運ぶと、暁子はそれをてきぱきとした手つきで洗い、優菜がそれを布巾で拭いて水滴をぬぐった。潮音が居間を片付け終わると、暁子と優菜も食器を洗い終えていた。

「みんなで協力してさっさとやればすぐ終るでしょ」

 暁子に言われると、潮音は少し気恥ずかしい思いがした。

「暁子に優菜、今日は本当にありがとう。こうやって後片付けまでしてくれて…」

 そこで暁子は、急に神妙な面持ちになってぼそりと小声で口を開いた。

「ねえ潮音…ちっちゃな頃はこうやってあんたの誕生日が来るたびに、家で友達を呼んで誕生会をやっていたよね。あのときは男の子とか女の子とかそんなこと気にせずに、一緒に仲よく遊んでいたのに。…でも今日こうやって久しぶりに誕生パーティーをやって、昔のことを思い出したよ」

 そう話すときの暁子は、昔を懐かしむような感慨深そうな顔つきをしていた。

「暁子、それはオレも一緒だよ。でもこうやって誕生会を開いて、こんなに楽しかったのはこれがはじめてのような気がするんだ」

 その潮音の言葉を聞いて、優菜が横から口をはさんだ。

「潮音ってアッコの前では、自分のこと『オレ』って言うんやね。学校では『私』というようになったのに」

「…そうだね。オレは自分が女になってから一年間、なんとか目の前の現実になじもうと必死でやってきたんだ。今の高校は勉強だって難しいし、中等部からいる子はみんな勉強でもなんでもレベル高いから授業についていくのも大変だったし…でも暁子と一緒にいると、二人で一緒にバカやってた頃の自分に戻れるような気がするんだ。優菜もそうだけど、暁子と一緒にいるとほんとの自分をさらけ出せるような気がするんだ」

 その潮音の言葉を聞いて、暁子はほろりとしたような表情をした。

「潮音…この一年であんたはほんとによくやったと思うよ。でもあんたが変に強がってるの見てるとちょっと不安になるんだ。つらいときや弱音を吐きたいときは、あたしや優菜のところに来ればいいよ。あんたは無理して人についていこうとする必要なんかないよ。あんたはあんたのままでいいんだから」

 しかしそこで潮音は、軽く首を振りながら言った。

「暁子がそう言ってくれるのは嬉しいけど、オレは暁子のそういう優しさに甘えてばかりいるわけにはいかないんだ。オレは自分が女になって大変なことだってあったけど、だからといって同情なんかされたくない。それにオレは自分の手で何かをつかんで、もっと高いところを目指したいんだ」

 そこで暁子は、呆れたような表情をしてため息混じりに言った。

「ほんとにあんたって強情で意地っ張りなんだから。そこがあんたのあんたらしさなのかもしれないけどね」

「潮音がそうやって頑張っとるとこ見たから、あの若宮さんとかいう子も、さっきみたいに自分のことをみんなに打ち明けようって気になったんとちゃうかな」

 優菜に言われて、潮音はきっぱりと言った。

「確かにそうかもしれないけど…あの子は内向的で傷つきやすい子だからね。もっと優しく接してやってくれ」

 潮音の言葉に暁子はしっかりうなづいた後で、急に笑顔を浮べた。

「ところで潮音、何か忘れてない?」

 そこで暁子は、カラフルな包装紙とリボンでラッピングされた包みを取り出した。潮音が戸惑う間もなく、暁子はその包みを潮音に手渡した。

「これ…あたしのプレゼントなんだ。受け取ってくれないかな」

「アッコ、何プレゼントするん? あたしにも見せてくれへんかな」

 優菜も身を乗り出してきたので、潮音はその場でリボンをほどいて包装紙を広げてみせた。その中から姿を現したのは、フェルトでできた手のひらに乗るくらいのマスコットだった。優菜はそれを見るなり、「かわいい」と声をあげた。

「これ…暁子がオレのために作ってくれたのか」

「うん。潮音はこないだのあたしの誕生日のときに、あたしのために慣れないケーキづくりに挑戦してたからね。あたしもそれからずっと、あんたのために何かできないかと思ってたんだ。それでこないだから手芸部で作ってたんだけど、見ての通りヘタクソな出来だからね。だからみんなの前で手渡すのは恥ずかしかったから、みんなが帰ってからこっそり手渡そうと思ってたわけ」

 そう話すときの暁子は、どこか恥ずかしそうにもじもじしていた。潮音はそのような暁子の顔を見て、じれったそうに言った。

「そんなに恥ずかしがることないじゃん。それにこのマスコット、なかなか上手だよ」

「ほんまやで。こんなかわいいマスコット作れるなんて、やっぱりアッコは手先が器用やな」

「そんな…あたしは綾乃お姉ちゃんが手芸が上手なのを見て、自分もこのようなものを作れるようになりたいと思って練習してただけだよ。今でも綾乃お姉ちゃんにはかなわないってば」

 潮音と優菜に口々に言われて、暁子はますます照れくさそうに顔を赤らめていた。

「ともかく暁子、オレのためにわざわざ手作りのプレゼントまで用意してくれてありがとう。この気持ちだけで十分嬉しいよ」

 潮音にお礼を言われて、暁子は目じりにかすかに涙を浮べていた。優菜はその暁子のそぶりを見ながら、内心で考えていた。

――アッコはやっぱり、男の子としての「潮音」が好きやったことに気がついとるんとちゃうかな。

 そこで優菜は、そっと暁子に声をかけた。

「うちらもそろそろ帰ろか。もうそろそろ暗くなるしな」

 そして則子も、玄関まで暁子と優菜を見送ると感慨深そうに言った。

「暁子ちゃんと優菜ちゃんはいつも潮音と一緒にいてくれて助かるわ。二人がいつまでもこの子の友達でいてくれたらいいのに」

 優菜と暁子が一緒に潮音の家を後にしてからも、潮音は暁子の作ったマスコットを手に持ってじっと眺めていた。潮音はそのうちに、幼い頃から気が強かった暁子の表情を思い出して、いつの間にかほくそ笑んでいた。
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