裸足の人魚

やわら碧水

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第四部

第四章・一年の計は元旦にあり(その5)

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 神社の参道で初詣客の列に並んでいる間も、潮音は玲花の隣で気まずさを感じずにはいられなかった。潮音はむしろギャル風に装った玲花のファッションに目を向けて、玲花も中学にいた頃に比べてイメージが一転したことに戸惑っていた。特に潮音を驚かせたのは、玲花が真冬というのにミニスカートをはいていたことだった。潮音は少し遠慮気味に玲花に尋ねてみた。

「前から思ってたけど、尾上さんって中学の時と全然違ってギャルっぽくなったじゃん。高校デビューってやつかな。でもそんなミニスカートはいて寒くないの?」

「そうかな。あたしは自分の好きなかっこしてるだけやけど。それにかわいくなろうと思ったら、多少の寒さなんてなんともないよ」

 そう言って玲花は、ブーツのかかとを参道の敷石で鳴らした。潮音が玲花はかわいくなるためにそこまでするのかよと思っていたが、そこでさらに潮音は玲花に尋ねた。

「あの…南稜って制服ないってことは、みんな今の玲花みたいに、学校行くときにも服とかにも気を使わなきゃいけないわけ」

 潮音に尋ねられて、玲花は少し怪訝そうな顔をした。

「どうしてそんなこと聞くん? いくらうちの学校は服装自由やからと言うて、そりゃ毎日学校行くときまで派手なかっこして来る子なんかあまりおらへんよ。そりゃいつも地味なかっこしてるような子はクラスで浮いたりすることもちょっとあるけど、そもそも学校は勉強しに行くところで、おしゃれしていくところやないやろ」

 その玲花の返答を聞いて、潮音は少しの間口をつぐんだ後で遠慮がちに言った。

「いや、玲花も知ってるだろうけど、オレが最初南稜受けようと思ったのは、南稜には制服がないからだったんだ。あの頃は制服でスカートはかされるなんて真っ平だって思ってたから…。でも南稜みたいに私服だと、今の玲花みたいにかえっておしゃれに気を使わなくなるんじゃないかなって思ったんだ」

「その潮音が今じゃこんな着物着とるんやから、世の中わからんものやな。でも潮音、そんなきれいな着物着ながら自分のことを『オレ』と言うのはあらへんやろ」

 玲花にたしなめられて、潮音は一瞬気まずそうな顔をした後でふと息をつきながら言った。

「こうなれたのも、玲花と優菜が中三のときの十二月に、私をプールに連れて行ってくれたからだよ。…私が『女』として人の前に出たのは、あのときがはじめてだったんだ。そりゃ女子の水着着るのには当然抵抗あったよ。でもそうやって、目の前の現実から逃げてばかりいるわけにはいかないと思ったからこそ、今の自分があるんだ」

 その潮音の言葉を、玲花は即座に打ち消した。

「あたしも優菜も何もしてへんよ。潮音が自分自身で頑張った結果、今こうしていられるんやと思うけど」

 そして玲花は、冬の澄みわたった空を見上げるようにして言った。

「あたしも友達からよく、『どうして高校入った途端におしゃれになったん』とかきかれるけどね。中には『彼氏でもできたんやろ』と言う子までおるし。でもあたしはうちの学校でまわりの子についていこうとか、まして椎名君に気に入られるようなかっこしようなんて全然思ってへんよ。あたしは単に、自分のしたいかっこしてるだけやけどね」

 そこで潮音は、浩三に聞こえないようにあえてひそひそ声で玲花に耳打ちした。

「そりゃ椎名は、女を外見でより好みするようなやつじゃないからな。あいつとは小学校のときからつきあっているからわかってるよ。もっともそれは、あいつは水泳にしか興味ないからかもしれないけど」

 そこで浩三が、ひそひそ話をしている潮音と玲花に怪訝そうな目を向けたときには、二人ともぎくりとした表情をした。そこで玲花はあわてて、潮音を浩三と対面させようとした。

「ほら、潮音もあたしとばかりしゃべっとらへんで、せっかく椎名君が来てくれたんやから、椎名君と話すればええのに」

 しかしここまでされると、潮音はかえって緊張と照れくささのあまり、浩三を前にして何を話せばいいのかわからず、そのまま黙りこくってしまった。その場に居合わせたみんながそのような潮音の様子を見て、呆れたような表情をしたのは言うまでもない。

 そうこうしているうちに行列は先に進んで、潮音たちは社殿のすぐ前まで来て参拝する順番になっていた。潮音は浩三と並んで賽銭箱に賽銭を投げ入れて鈴を鳴らすと、二度手を打った後でお祈りをした。

 潮音は浩三と並んで社殿の前から離れたところで、ぼそりと恥ずかしそうに浩三に話しかけた。

「あの…椎名はどんな事お願いしたわけ」

 その潮音の言葉に、浩三は無表情なまま答えた。

「決まっとるやろ。『もっと早く泳げるようになって大会で活躍できますように』、そのほかにあるかよ」

 浩三がむっつりした態度を崩そうとしないので、潮音は少し意地悪っぽい表情をして尋ねてみた。

「『尾上さんともっと仲良くなれますように』とはお願いしなかったのかよ」

 そう言われると、浩三はむっとした顔をした。

「バカ。お前こそどうなんだよ」

 浩三に逆に尋ねられて、潮音は遠慮気味に口を開いた。

「『もっと成績が良くなりますように』ってお願いしたよ。高二になったら、今まで以上に勉強も大変になるからね」

「何だよそれ。お前、もう水泳はやってへんのかよ」

「うちの学校にも水泳部はあるから、時々プールで泳いではいるけどね。でもうちの学校の運動部が南稜みたいに高校総体出るなんて夢のまた夢だよ」

「それに藤坂って、中学の頃そんなに勉強ばかりしとったか?」

「…それなんだけどね。こんな目にあってみると、この先何をするにしても、やっぱりちゃんとやっていくためには勉強しなきゃいけないと思うようになったんだ」

 その潮音の言葉に、浩三は少し戸惑うようなそぶりを見せていた。浩三は潮音が、性別だけでなく考えや性格までもが中学生の時と変ってしまったことにあらためて戸惑いを覚えているようだった。

 そこにお参りを済ませた玲花と優菜も寄ってきた。この二人は、潮音と浩三がぎこちないながらも会話ができるようになった様子をにんまりとした表情で眺めていた。

「なんかそういうとこ見とると、浩三も潮音も中学のときの関係に戻れたような気がするわ」

 玲花に明るい表情で言われると、潮音も浩三もいささか気まずそうな表情になった。そこで玲花は潮音と浩三にも提案をした。

「せっかくやからみんなでおみくじでも引かへん?」

 潮音と浩三もその玲花の提案にうなづくと、紫や流風も一緒になっておみくじを引いた。互いにおみくじの結果を見せ合うと、浩三の引いたくじは「大吉」だった。その結果を見て、潮音や玲花はこのくじの通りに浩三が水泳で活躍できればいいのにと思ったが、その反面潮音の引いたくじは「中吉」だった。特に「学問」で「慢心せずに励め」とあったのを見て、綾乃や流風はその通りだと言わんばかりの顔でうなづいていたが、潮音はますます今年は勉強が大変なことになりそうだと思って気が重くなった。

 その一方で、玲花と紫は互いにおみくじを見せ合いながら談笑していた。潮音がそれを眺めながら、紫と玲花がギャルとお嬢様という対照的な性格にも関わらず仲良しになってしまったことをあらためて不思議に感じていると、浩三がニヤニヤしながら潮音に声をかけた。

「藤坂も松風でこんなかわいい子と知り合いになるとはな。中学のときのお前見とったから信じられへんわ」

「い、いや、そんなんじゃないってば」

 潮音は赤面しながら、あわてて浩三の言葉を打消そうとした。一緒にその場にいたみんなも、笑顔でその二人の様子を見守っていた。
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