裸足の人魚

やわら碧水

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第四部

第四章・一年の計は元旦にあり(その7)

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 潮音が自宅に戻ると、綾乃が玄関口でさっそく声をかけた。

「潮音にも何枚か年賀状来てるよ。あともう少ししたらすき焼きやるから、その前に潮音ももう少し楽な服に着替えたら? 今日一日着物着てて疲れたでしょ」

 潮音の家では、元日の夕食は家族そろってすき焼きを食べるのが常だった。潮音はさっそく、「すき焼き」という言葉に目を輝かせた。

 潮音は自室に戻ると着物を脱いで、正月明けにはクリーニングに出さなければと思いながらそれをきちんと畳んだ。そして部屋着に着替えてふと息をつき、自分あてに送られてきた年賀状に目を通していると、その中に漣から送られてきたものがあるのに目を止めた。普段は神戸の街中にある伯母の家で暮している漣も、この冬休みの間は実家の両親のもとに帰ったのかと思うと、潮音は漣が正月をどのような気持ちで過ごしているのか、気にならずにはいられなかった。

 そのとき潮音のスマホが鳴った。潮音のSNSにメッセージを送信したのは紫だった。

『潮音、今日の着物すごくきれいだったじゃない。私も驚いたよ』

 紫がわざわざメッセージを送信してきたのには、潮音も気恥ずかしい思いがした。

『紫こそ着物よく似合ってたじゃん。萌葱と浅葱もかわいかったし。それに比べたら私なんてまだまだだよ』

『ところで潮音、明日は学校のみんなで生田神社に行くけど準備はいい?』

『どんな服着て行けばいいのかな』

『今日みたいにわざわざ着物着ていく必要はないよ。見た目なんか気にしないでもっと動きやすい、潮音の好きなかっこしていけばいいから』

『紫こそどんな服着てくるか楽しみだよ』

 潮音が紫との通信を切り上げてしばらくすると、綾乃がすき焼きの準備ができたことを知らせに来た。食卓に肉をはじめとしてネギや春菊、しらたきや豆腐や椎茸といったすき焼きのための食材が並んでいるのに、潮音は思わず目を奪われていた。

 やがて潮音たちが家族そろって食卓を囲み、鍋に油をひいて肉を焼き始めると辺りは香ばしいにおいに包まれた。肉に火が通りその他の食材にも味がしみ込むと、潮音はさっそく肉をかきこむようにしてぱくつき始めたが、その様子を見て綾乃は呆れたような顔をしていた。

「やれやれ、そんなにがつがつ食べるとさっきまでの着物でお上品に振舞っていたお嬢様のイメージが台無しだわ」

 綾乃のため息混じりの声も、ごちそうを前にした潮音の耳には届かないようだった。

「おいしいもの食べるのにそんなの関係ないだろ」

 そのような潮音と綾乃の様子を、両親も苦笑いしながら見守っていた。

 潮音がすき焼きに満腹し、テレビでお正月の番組を見ていると、またスマホにメッセージが入った。メッセージを送信したのは暁子だった。

『あけましておめでとう、潮音。今年もよろしくね』

『こちらこそあけましておめでとう。暁子もお正月は楽しんでる?』

『うん。しまなみ海道でつながっている島には、立派な神社やお寺があるからね。みんなで車に乗って初詣に行ったよ。車の窓から見た、島や海の景色もきれいだったし』

『私も椎名や尾上さん、優菜と一緒に神社に初詣に行ったんだ。久しぶりに椎名に会えて良かったよ』

 それから暁子が返信するまで少し時間があった。暁子は潮音が浩三と会ったことに少し驚いたようだった。

『椎名君は元気そうだった?』

『元気も何も、だいぶ筋肉モリモリになってたよ。やはり水泳の練習でだいぶしごかれたみたいだね。今日会えて良かったよ』

『椎名君も今年は水泳をがんばって賞を取れたらいいのにね』

『ところで暁子は今何やってるの?』

『あたしは夕ご飯もすんで、これから栄介や智也と一緒にゲーム大会だよ』

 潮音は暁子が栄介や智也と一緒にゲームを楽しんでいるところを想像して、自然と顔をほころばせていた。

『オレも暁子と一緒にゲームやりたいな。楽しいお正月になればいいのにね』

 潮音は暁子との通信を終えてからも、昨年訪れた風光明媚な瀬戸内の島影の風景をしばらく思い浮べていた。


 日が明けて一月二日になると、潮音はどのような服を着て行くべきか迷っていた。さすがに元日のような着物で行く必要はないだろうと思ったが、紫やキャサリンたちと一緒になる以上、あまりだらしない恰好で行くわけにはいかないと思っていた。

 潮音は少し考えた末、裾にフリルのついたマーメイドラインのスカートで出かけることにした。トップスはパステルカラーのセーターの上にコートを羽織り、紫との待ち合わせの時刻に遅れないように駅に向かった。

 潮音が駅に着くと、すでに紫が待っていた。紫は冬物のコーデの上にストールをまとっており、それがおしゃれっぽく見えた。

「紫、そのストールかわいいじゃない」

 二人で電車に乗り込んでから潮音がそのような紫のいでたちにしばらく見とれていると、紫も潮音のスカートに目を向けた。

「潮音もその服なかなかかわいいじゃない」

 紫に服を褒められると、潮音は照れくさそうな顔をした。

「私が私服でスカートはくのなんてこういうときくらいだよ。それ以外はいつもジーンズかカーゴパンツばかりだし」

「だから今日は気合入れておしゃれしてきたわけね」

「ああ。紫がおしゃれな恰好して来る以上、こっちもあまりみっともない恰好はできないからな」

「そんなに気を使うことなんかないのに」

「おしゃれに気を使うのは女の子の特権…だろ?」

 潮音が笑みを浮べてそう言うと、紫ははぐらかされたような顔をした。

 そうしているうちに電車が三ノ宮駅に着いたので、潮音と紫が電車を降りると、駅前の待ち合わせ場所にはすでにキャサリンと光瑠、琴絵と恭子が待っていた。そこで潮音たちは年始の挨拶を交わすと、新年を祝う飾りで華やかに彩られた駅前の繁華街を抜けて、生田神社に向かった。

 生田神社に続く参道には初詣客が列を作っており、神社の社殿も潮音が元日に参拝した神社よりも大きく見えた。さらに境内には、神戸の名だたる企業の名前が書かれた提灯が飾られていた。潮音たちが列の最後尾に並ぶと、さっそくキャサリンはスマホを操作して、そこに保存された写真をみんなに見せた。そのときのキャサリンの様子は見るからに嬉しそうだった。

 そこで潮音もキャサリンのスマホに目を向けると、思わず目を丸くした。キャサリンはあでやかな着物を身にまとって、にこやかな笑顔を浮べながら祖父母と一緒に写真に写っていた。

 潮音だけでなく、その場にいたみんながキャサリンの晴着姿の写真を見て、その華麗で優美ないでたちに驚かずにはいられなかった。そこで恭子がその写真とキャサリンを見比べながら声をあげた。

「キャサリンは着物着てもめっちゃ似合っとるし、それにきれいやん。うちはこんな着物なんか持ってへんからな」

 今日のキャサリンは薄手のコートにジーンズという装いだったが、潮音はそのキャサリンのファッションを見ながら考えていた。

――やっぱりキャサリンって、スタイルいいし足もすらっとしてるから、ジーンズはいててもおしゃれに見えるよな。

 そこで潮音も気恥ずかしそうな顔をしながら自らのスマホを操作して、昨日紫と一緒に神社で撮った着物姿の写真をキャサリンや恭子に示してみせた。

「着物だったら昨日私も着てみたけど…やっぱり紫の方がだいぶさまになってるよ。うちの学校じゃ中等部のときから礼法の授業があるけど、そういうところでマナーや立ち居振る舞いを学んでいたのが差になっているのかな…。キャサリンだって、日本人以上に着物似合ってるじゃん」

 潮音は気後れしたような顔をしていたが、キャサリンは写真に写っている潮音の着物から目が離せなくなっていた。

「峰山さんだけでなく、藤坂さんの着物もきれいですね。だいぶ高級そうですが、藤坂さんの家にあるものですか?」

 しかし潮音は、この着物の由来について話すと長くてややこしい話になりそうだと思ったので、ただこのように答えた。

「この着物は家に伝わってきた大切な着物だから…」

「家にこんな着物があるなんて素敵ですね」

 キャサリンはすっかり目を輝かせていたが、そこで恭子が口をはさんだ。

「紫はまだしも、潮音までこないな着物着るとは思わへんかったわ。それに今日かてそうやってかわいいスカートはいとるし。あんたも日ごろみたいにがさつな話し方せえへんで、ちゃんとしたかっこしたらなかなかきれいやのに」

「どういう意味だよ」

 潮音がむっとした顔をすると、恭子は図星だとでも言わんばかりの顔をしながら潮音に視線を向けた。

「そないなとこやで。もう少し落ち着いて行動できるようにならな、いくらきれいな服着たって台無しやで」

 その潮音と恭子の様子には、その場にいた光瑠や琴絵もいささか呆れたようだった。そこで紫が、潮音と恭子をたしなめるように言った。

「二人ともいいかげんにしなさい」

 その紫の言葉に、恭子もすまなさそうな顔をした。

 そうしているうちに、潮音たちは社殿の前まで来たのでさっそくお参りをした。キャサリンも見よう見まねで、周囲の参拝客たちと並んで手を合わせていた。

 社殿から離れると、キャサリンは神社で売られているお守りや破魔矢、それらを売る赤い袴をつけた巫女の装束をもの珍しそうな目で眺めていた。その中でもキャサリンはかわいらしい表情をした干支の土鈴が特に気に入ったようで、さっそくこれを買い求めた。

「これをおじいちゃんやおばあちゃん、さらにはロンドンにいる家族に見せたらきっと喜ぶと思います」

 キャサリンに続いて、光瑠もこっそりと遠慮がちに土鈴を買い求めた。カナダにホームステイした経験のある紫や博識な琴絵も、キャサリンに十二支についてどのように説明すればいいのか戸惑っているようだったが、土鈴を入れた箱を手にしたキャサリンの屈託のない笑顔に、みんなはほっとしたような顔をしていた。
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