裸足の人魚

やわら碧水

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第四部

第四章・一年の計は元旦にあり(その8)

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 潮音たちが生田神社を後にしようとしたところで、背後から元気よく呼び止める声がした。声のした方を振り向くと、鳥居の傍らに潮音の高校で生徒会長をつとめる松崎千晶とその妹の香澄、昨年の九月まで生徒会副会長をつとめていた椿絵里香の三人が並んで立っていた。潮音たちに声をかけたのは香澄だったが、香澄は潮音たちに向かって笑顔で元気よく手を振った。

「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。先輩のみんなも初詣に来たのですか?」

 香澄のいつもと変らない、明るく屈託のない様子には、潮音たちも思わず互いの顔を見合せていた。絵里香もご機嫌そうな顔で潮音たちに顔を向けた。

「文化祭でロミオとジュリエットをやった一年生の子たちじゃない。あなたたちはほんとに仲がいいのね」

 そこで紫も言葉を返した。

「松崎先輩たちも初詣に来たのですか?」

 紫の言葉に反応したのは千晶の方だった。

「そうよ。私にとって今年は受験の大切な年だから、志望校に行けるようにしっかり勉強できますように、それから今年の夏にある剣道の大会で結果を残せますようにってね」

 そこで光瑠が、遠慮気味に千晶に声をかけた。

「松崎先輩、剣道頑張って下さい」

 日ごろはクールな光瑠も、千晶に対しては少し気後れを感じているようだった。

「吹屋さんこそバスケ頑張ってるじゃない。それに文化祭の劇のロミオ役、なかなか似合ってたわよ」

「そんな…椿先輩だって華道部でちゃんと活動してるし、やっぱり先輩たちはすごいと思います」

 千晶の言葉に光瑠がますます動揺して気恥ずかしそうな顔をする一方で、香澄は紫に視線を向けていた。

「あの…峰山先輩は高等部の二年生になったら、やっぱり生徒会長に立候補するのですか?」

 紫は香澄の唐突な質問に、少し戸惑ったようだった。

「生徒会長に立候補したらとすすめる人もいるけど、まだ誰がなるかはわからないよ」

「峰山先輩が生徒会長になればいいのに」

 そこで千晶が香澄をたしなめた。

「香澄ももう少し落ち着きなさい。香澄こそ今年は中等部の三年生になるのだから、いつまでも子どもっぽくしてないでもっとしっかりしなきゃダメでしょ」

 しかしそこで、潮音が千晶をなだめた。

「いや、その誰とも分け隔てなく、元気で前向きに接することができるところが香澄のいいところなんだから、そういうところは大事にしてほしいと思います。香澄がいたらその場が明るくなるような気がするから…」

 その潮音の言葉に対して香澄は嬉しそうにしていたが、千晶はやれやれとでも言いたげな顔で香澄の方を見返した後で、あらためて潮音に声をかけた。

「あなたはこの前の文化祭の劇でジュリエットの役をやった子ね。そうやってはっきりものが言えるのはいいことだわ。あなたみたいな子がいたら、みんなもっと生徒会の活動をちゃんとやるようになると思うけど。今年もしっかり頑張ることね」

 千晶に続いて、絵里香もにこやかな顔で潮音に声をかけた。

「私も去年の文化祭では、藤坂さんのジュリエットの演技に思わず見入っちゃったわよ。あなたも生徒会に入ればいいのに」

 そこで千晶は、香澄や絵里香と一緒にその場を後にした。潮音たちと別れる間際に、香澄は潮音の方を向き直して声をあげた。

「あの…私は藤坂先輩のことは体育祭のときに学ランを着て応援団長をやったときから気になっていました。文化祭のジュリエットの役だって良かったし。お姉ちゃんの言う通り、藤坂先輩は生徒会でももっと頑張ってほしいと思います」

 千晶たちの後姿を見送りながら、潮音はやはり千晶や絵里香の、大人びて落ち着いた雰囲気にはかなわないと感じていた。これには潮音だけでなく恭子も同感なようで、ほれぼれしたように話していた。

「やっぱり松崎先輩はかっこええわ。椿先輩ともええコンビやし」

 実際千晶はパンツスタイルのファッションをクールに着こなしていたし、絵里香の可憐でかわいらしい感じのコーデも千晶とは好対照だった。それに対して香澄の軽快な感じの装いも、潮音の目にはかわいらしく見えた。

「香澄もお姉ちゃんとは感じ違うけど、かわいいよね」

 その潮音の言葉には、恭子も笑顔でうなづいた。しかしここでも、紫の態度は落ち着いていた。

「でも松崎先輩は三年生になって生徒会活動を引退するからね。今年は私たちの学年が生徒会でも部活でも中心になるから、もっとしっかりしなきゃ」


 そこで潮音たちが生田神社を後にして、神戸の街の中心に向けて歩き出すと、新年の飾りつけがされた新春の街はすでに多くの人でにぎわっていた。街を歩く人たちもどこか、お正月気分で浮かれているように見えた。

 潮音が通りを歩いていると、隣を歩いていた光瑠が声をかけた。

「藤坂さんもずいぶん後輩から受けがいいみたいじゃない。それもさっきみたいに、先輩に対してもはっきりものが言えるからじゃないかな」

 そこで恭子も潮音の方を向き直した。

「ほんまやで。潮音はそういうところは、もっと自分に自信持ってもええと思うよ。潮音も今年は、もっと生徒会の活動に積極的に参加すればええのに」

 光瑠だけでなく、恭子にまでそのように言われて、潮音はますます照れくさい思いがした。

 やがて潮音たちが神戸の街中まで来ると、正月の二日から営業している喫茶店があったので、そこで一服することにした。

 みんなでテーブルに腰を下ろして注文を済ませると、さっそくキャサリンは先ほど神社で買った干支の土鈴を取り出してにこやかな顔をした。そこで光瑠も、少し照れ気味に同じ干支の土鈴を取り出した。

「吹屋さんも私と同じものを買ったのですね。やっぱりかわいいですからね」

 キャサリンは光瑠も自分と同じ土鈴を買ったのを見て、親近感を覚えたようだった。そこで恭子がすかさず口をはさんだ。

「光瑠はこう見えて、けっこうかわいいものとか好きやからな」

 その恭子の言葉に、光瑠はいやそうな顔をした。

「その『こう見えて』ってどういう意味よ。私がかわいいもの好きだっていいでしょ」

「この前のクリスマスイブの日に紫のバレエを見に行ったときかて、帰りに店先に飾られたペンギンのぬいぐるみを見て欲しそうにしとったやん」

 恭子が冷やかすと、光瑠はますますいやそうな顔をした。

「だから恭子、あまり余計なこと言わないでよ」

 潮音も口にこそ出さなかったものの、クールで背が高くてスポーツが得意な、校内では「女子校の王子様」のように見なされがちな光瑠が、実はかわいい人形やグッズが好きというのが何かおかしかったし、それを指摘されると恥ずかしそうにするあたりもかわいいと思っていた。

 そこで潮音は、光瑠のファッションにあらためて目を向けていた。光瑠は喫茶店に入ってコートを脱いでみると、清楚なブラウスの上に淡い色のカーディガンを羽織り、ボトムスは冬物のロングスカートをはいていた。潮音は去年の文化祭の後で、光瑠が紫からかわいい感じの服を着せられるところを見ていたとはいえ、光瑠の一見ボーイッシュなイメージから見るといささか意外な思いがした。

 その光瑠の装いには、潮音だけでなく恭子も少し戸惑いの色を浮べていた。

「光瑠もどないしたん? あたしはこれまで、光瑠が学校以外でスカートはいてるとこなんて見たことなかったけど」

 その恭子の言葉に、光瑠は紅茶を飲みながらむっとした表情をした。

「私がどんなかっこしようと自由でしょ」

 潮音も内心では、光瑠の気持ちがわかるような気がしたが、最近になって光瑠の心中にも少し変化がおきているのかなとも思っていた。

 そこで少し重くなりかけた場の雰囲気を和ませるかのように、紫がキャサリンに尋ねてみた。

「キャサリンにとって日本でお正月を迎えるのは初めてよね。どうかしら、日本のお正月は」

 それに対して、キャサリンは明るい口調で答えた。

「私もロンドンにいたときにも、母から日本のお正月についていろいろ教わっていました。でも実際に日本に来てみると、イギリスにはないようなことばかりでとても楽しいです」

 実際にキャサリンにとっては、あらゆるものが新鮮に目に映るようだった。そこで琴絵がキャサリンに言った。

「この近くにある南京町では、だいたい一月の終りから二月の初めくらいに、春節祭という新年のお祝いをするの。カラフルな獅子舞が街中を練り歩いたりするんだけど、中国ではお正月を昔の暦でお祝いするのね」

「私も南京町には何回か行ったけれども、中国のお菓子がおいしかったです。そのお祭りにもいっぺん行ってみたいですね」

 キャサリンが琴絵の話に聞き入っていると、琴絵が逆にキャサリンに尋ねてみた。

「ところでロンドンではどのようにしてお正月を過ごすの?」

「ロンドンではむしろクリスマスの方がにぎやかで、日本ほどお正月を盛大にお祝いする習慣はないけれども、大みそかの夜にはテムズ川で花火大会がありますね。一月一日にはニューイヤーパレードが行われますよ」

 キャサリンの話に、琴絵は興味深そうに耳を傾けていた。

「私もロンドンのお正月に行ってみたいわ」

 そこでキャサリンはさらに話を継いだ。

「私がロンドンにいた頃から、私の母はお正月になると私に書き初めをさせていました。子どもの頃はひらがなで簡単な言葉を書くだけだったけど、母は私にきれいな字を書くように教えていましたね」

 潮音はキャサリンの話を聞きながら、ロンドンでも日本の書道に必要な道具や紙が手に入るのかと意外に思っていたが、紫はキャサリンの話にどこか納得したようだった。

「キャサリンのお母さんって、しつけが厳しくてしっかりとした人なのね。だからキャサリンはこんなに言葉遣いも丁寧で、身ぶりもきちんとしているのね」

「いや、私なんてまだまだです。昨日も神社に行った後で祖父母と一緒に書き初めをしましたが、特に私の祖母は書道をやっているので…」

 そう言ってキャサリンはみんなにスマホを見せた。スマホの画面には、キャサリンが和紙に書いた書き初めが祖父母の書と並んで飾られている写真が写っていた。堂々とした筆づかいで生き生きと書かれたキャサリンの祖父母の書の達筆さに比べたら、キャサリンの書はつたなさが目立ったとはいえ、キャサリンがそれを一生懸命書こうとしたことは伝わってきた。潮音はそれを見て、思わず気恥ずかしい思いがした。

「キャサリンって、私たちより積極的にいろんなことに取り組んでいるよね。なんか恥ずかしいよ」

 口ごもる潮音を、紫がなだめた。

「潮音だって去年の四月に高校に入ってから、体育祭や文化祭など、いろんなことを頑張ってきたじゃない。潮音には期待してるから、その調子で今年も頑張ることね」

 紫に言われて、潮音はますます気恥ずかしい思いがした。その潮音の様子を、その場に居合わせた光瑠や恭子、琴絵にキャサリンもみんな笑顔で見守っていた。
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