裸足の人魚

やわら碧水

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第四部

第六章・ルミナリエ(その1)

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 百人一首大会が一段落すると、それに続く松風女子学園の生徒たちの話題は、一月の末に開催される、夜間に神戸市の中心の公園や街路が華やかな電飾のイルミネーションで彩られるルミナリエが中心になる。ある日の昼休みにキャサリンもそのような教室の中で、積極的にみんなの話に加わろうとしていた。

「ルミナリエのことはロンドンにいた頃から母からもよく聞いていました。そして写真も見せてもらっていて、ずっと行ってみたいと思っていました。でもルミナリエはもともと、阪神・淡路大震災で亡くなった人たちを追悼し、復興への願いを込めるために始まったそうですね」

 キャサリンのそばにいた紫も、「阪神・淡路大震災」という言葉をキャサリンの口から聞くと神妙な面持ちになった。

「震災があったのは一九九五年というから、私たちが生れる前だけどね。神戸では小学校から、毎年一月十七日の震災の日が近づくと、震災を忘れないために経験者から当時の話を聞いたり、亡くなった人を追悼したりするなどの授業をやっているのよ」

「阪神・淡路大震災の話は私も母や祖父母から聞いていました。そのとき母は松風に通っていましたが、高速道路や電車の高架が崩れて、何か月も電車が止まって学校に通えなくなって大変だったみたいですね。家が何軒も倒れたり家事にあったりして、松風の体育館も避難所になったので、母も炊き出しなどのボランティアをやったという話をよく聞きました。母の同級生にも、家が倒れてしばらく親戚の家に身を寄せなければならなくなった人もいたそうですし」

「キャサリンのお母さんも大変だったのね。だからこそルミナリエにも思い入れがあるのでしょうね」

 そこで紫はスマホを操作して、キャサリンに写真を見せた。闇夜に幾何学模様を描きながら浮び上がる、色とりどりのイルミネーションの荘厳さやきらびやかさには、キャサリンも思わず目を奪われていた。

「これはぜひ行ってみたいですね」

「だったらキャサリンも一緒にルミナリエに行こうか」

 紫に誘われて、キャサリンも嬉しそうな顔をしていた。その話には、その場にいた他の何人かの生徒も乗り気になっていた。

 潮音はキャサリンと紫の話をそばで聞きながら、自分も貿易関係の仕事をしていた祖父の敦義から、震災では神戸の港が使えなくなって大変だったことや、自らも救援活動を行った話をよく聞かされたことを思い出していた。敦義から震災で壊滅した神戸の街のことを聞かされても、絶えず多くの人でにぎわう神戸であのようなことが起きたとはどうしても信じられなかったが、それだけに幼い潮音の心には震災の話はとりわけ恐ろしく感じられた。

 それはそうと、潮音はもし自分がルミナリエに行くとしても、誰と一緒に行けばいいのだろうと迷っていた。もちろん紫の誘いに乗って、キャサリンたちと一緒に出かけても良かったが、その反面潮音はこのようにも思っていた。

――うちの学校ってこんなにかわいい女の子ばかりそろってるのに、その中に誰か彼氏と一緒に行こうって子はいないのかよ。

 そこで潮音が思い出したのは昇のことだった。昇だったらスケジュールさえ合えば誘ってもいやな顔はしないだろうが、自分にそれをやるのはどうも照れくさく感じられた。

 しかしそのとき、潮音は漣のことを思い出していた。潮音は自分と同じ秘密を抱えていて、これまで周囲とあまり接することなく暮らしてきた漣に、ルミナリエに一緒に行こうという人はいないのだろうかと気にならずにはいられなかった。潮音はせめて、流風や富川花梨といった布引女学院の生徒たちが、漣に優しく接してくれたらと内心で願っていた。

 ちょうどそのとき、潮音に背後から声をかける者がいた。

「みんなルミナリエの話で盛り上がってて、特にキャサリンはあんなに楽しみにしてるのに、あんたは何一人でそんな辛気臭い顔してるのよ。もしかして百人一首大会のときの疲れがまだ残ってるわけ?」

 声の主は暁子だった。そこで潮音も暁子に声をかけてみた。

「そのルミナリエなんだけど、誰と一緒に行けばいいのかなって思っててさ…」

 そのときの潮音の優柔不断そうな様子には、暁子もやれやれとでも言いたげなため息混じりの顔をした。

「あんたって中学のときまでは、そんなことでクヨクヨ悩んだりしてたっけ? だったらいっそ、あの尚洋のかっこいい彼氏とでも一緒に行ったらどう?」

 そう話すときの暁子は、どこか皮肉めいた表情をしていた。潮音は暁子にまでそのような顔をされて、露骨にいやそうな顔をした。

「いや、それでもいいんだけど、彼とはクリスマスのときも一緒だったからね…」

 煮え切らなさそうな態度をしている潮音を見て、暁子はじれったそうな顔をした。

「あんたってけっこう恥ずかしがり屋だよね。それともほかに誰か一緒に行きたい人でもいるわけ?」

 その暁子の言葉に、潮音は思わずうなづいていた。

「去年の秋のオレの誕生パーティーのとき、若宮漣って子が来てたでしょ。あの子のことなんだけど…」

 潮音の話を聞いて、暁子もようやく潮音の誕生パーティーの席で、漣が勇気を振り絞って自分が男から女になったことを告白したときのことを思い出していた。暁子もそのときは、潮音以外にも男から女になった人がいるのかと驚かずにはいられなかった。

「で、やっぱりあんたはあの子のことがずっと気になっているわけね」

 その暁子の言葉を聞いて、潮音はやはり自分の考えなど暁子には全て見透かされていると感じていた。

「あんたって優しいよね。あんたもあの子と同じ経験してきたからこそ、あの子の気持ちだってわかるし、あの子のことがほっとけないってことかしら」

 そう話すときの暁子は、どこかしんみりとした表情をしていた。そこで潮音も言った。

「オレが男から女になっても、なんとかしてここまでやってくることができたのは、暁子や優菜がいたからだよ。あの子はそういう友達がいるかどうか、気になってるんだ」

 その潮音の話を聞いて、暁子は何かがひらめいたような様子をした。

「それならいっそ、あんたがあの若宮さんって子をルミナリエに誘ってみない? だったらあたしも一緒に行くよ。ついでに優菜も誘ってさ。せっかくルミナリエに出かけるんだから、みんなで一緒に行った方が楽しくなるじゃない」

 暁子が明るい声で話すと、潮音の顔までふっ切れたようなほがらかな表情になった。

「ありがとう。こういうときにやっぱり暁子は頼りになるよな」

 潮音の言葉に、暁子は笑顔で応えた。

「困ったときはお互い様よ。あたしだってこれまでずいぶんあんたに助けてもらったじゃない。さっそく優菜にも声をかけてみるね」

 ちょうどそこまで話したときに、昼休みの終りを告げる予鈴が鳴った。潮音と暁子はそのまま午後の授業の準備にとりかかったが、その間も潮音は暁子の後姿を眺めながら、やっぱり自分は暁子には頭が上がらないなと感じていた。

 潮音はその日学校から帰宅すると、晩になってさっそくSNSで漣に連絡をしてルミナリエに誘おうとした。しかしその前に、潮音は流風に話をしておきたいと思った。

 潮音がスマホで流風のSNSに連絡して事の次第を打ち明けると、流風もやはり潮音が漣のことを心配して行動していることに感心していた。流風は潮音に、漣のことを頼んだよとメッセージを送った。

 潮音は流風もやはり漣のことを心配しているのかと思ったが、そこで潮音は覚悟を決めて漣のSNSにメッセージを送った。潮音は漣がどのような返事をするのかと気をもんでいたが、漣も一緒にルミナリエに行かないかという潮音の提案を受け入れた。

 日程や時間、待ち合わせ場所の調整を済ませると、潮音は漣が自分の提案を受け入れたことに安堵するとともに、漣がこれを機に心を癒すことができたらと願わずにはいられなかった。それと同時に、暁子や優菜と一緒の方が漣も行きやすいのではないかと思って、暁子の配慮に内心で感謝した。
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