裸足の人魚

やわら碧水

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第五部

第三章・またも体育祭(その3)

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 体育祭の本番が近づくにつれて、生徒会で体育委員をつとめる天野美鈴は放課後も校内に居残って体育祭の準備や、段取りを決めるための話し合いを行うことが多くなっていった。体育祭の本番を数日後に控えたある日、潮音が生徒会の一員として体育祭の小道具づくりを手伝っていると、その場を通りかかった美鈴がねぎらうように声をかけた。

「潮音も応援団の練習かてあるのに、よう頑張っとるな」

「美鈴こそ体育委員として頑張ってるけど、あまり無理しすぎない方がいいよ」

「あたしはもともとお祭りとかそういうの好きやから、自分が頑張ってその分体育祭が盛り上がって、みんなが楽しんでくれるんやったらそれで十分嬉しいよ」

「梅組のみんなが体育祭でやる気になっているのにも、美鈴が積極的に場を盛り上げているのがあるからじゃないかな」

 潮音に言われて、美鈴は恥ずかしそうに手を振った。

「そんなことあらへんよ。それ言うたら、潮音かてうちらの活動をよう手伝ってくれとるやん。おかげであたしらも十分助かっとるよ。そのかわり体育祭の打ち上げは派手にパーッとやろな」

 美鈴が笑顔を浮べると、潮音もガッツポーズでそれに応えた。

「そりゃ打ち上げが楽しみだな。でもその前に私ら梅組も体育祭で優勝して、打ち上げを気分よくやれるようにしたいよね」

「でも応援合戦は、紫や光瑠のおる桜組がはっきり言うて強敵やな。キャサリンのおるすみれ組は、今んところ何するかわからへんけど」

 そのようにして潮音と美鈴が話し合っていたところに、寺島琴絵が姿を現した。もともと生徒会で広報を担当している琴絵は、体育祭の練習を取材して校内の新聞にまとめるのが仕事だった。

「寺島さんって去年は体育祭にあんまり乗り気じゃなかったけど、今回はなんか頑張ってるよね」

「琴絵がまとめとる校内の新聞は、けっこう学校のみんなの間で評判になっとるよ」

 潮音と美鈴から声をかけられても、琴絵はとりすました表情をしていた。

「私はもともとスポーツとか得意じゃないから、こうでもしない限りみんなの役に立てないからね。たしかに中等部のころはこの体育祭の乗りが苦手で、当日は雨が降ったらいいのになんて思ったこともあったけど」

 そこで美鈴が、冷やかすような口調で琴絵に声をかけた。

「でも寺島さんかて、お正月の百人一首大会ではいつになく燃えとったやん」

「そんなことどうだっていいでしょ」

 琴絵がむっとした顔で美鈴の顔を見返すのを、潮音はやれやれと思いながら見守った。しかしそこで琴絵は、掲示板に国岡真桜の描いた体育祭のポスターが張られているのに目を向けた。

「この国岡さんの書いたポスター、色づかいだってなかなかきれいだし、バランスも取れていて躍動感があるじゃん。やっぱり国岡さんって絵がうまいよ」

「国岡さんって普段はいつもぼーっとしとって、いまいち何考えとるかわからへんところがあるけど、こういうところではちゃんとしとるからな」

 潮音は真桜の描いた体育祭のポスターを眺めているうちに、生徒たちの間に体育祭で盛り上がろうという機運が盛り上がっているのを感じて、体育祭の当日がますます楽しみになっていった。


 そうこうしているうちに、体育祭の当日が来た。その日は梅雨入りの前で、初夏の陽光が校内に降り注いでいた。朝に行われた開会式では理事長のあいさつと選手宣誓があって、熱戦の幕が切って落された。

 午前中の種目は、陸上部に所属していてスポーツも得意な美鈴の活躍もあって、潮音の所属する梅組は優位に立っていたが、それには二年梅組の担任である美咲も満足しているようだった。潮音は体育祭にすっかり乗り気になっている美咲の姿を見て、この先生のお調子者ぶりは学生の頃から変っていないのかもしれないと思っていたが、これで生徒みんなが盛り上がるならいいかと思っていた。

 そして午前中の競技のハイライトは障害物競走だ。この種目はバットの柄の部分を額につけて、バットの太い方を地面につけたまま五回回るとか、お盆の中に盛られた小麦粉に口をつけてその中に隠されたあめ玉を探し出すとかいったアトラクションがあるのだが、潮音がグラウンドに目をやると一年生の遥子やすぴかが参加していた。潮音も一年前にはこの障害物競走に出場した経験があるだけに、遥子たちがバットを頭につけてぐるぐる回った後で目を回してふらふらになりながら走ったり、小麦粉の中のあめ玉を探したりするのに難儀したりする様子を、せめて一年生たちがこの体育祭を楽しいと思ってくれたらいいのにと思いながら眺めていた。

 障害物競走が終った頃になって、潮音は遥子とすぴかのところに足を運んで、その二人に尋ねてみた。

「どう? 体育祭は楽しい?」

 その潮音の問いかけに、遥子は満面の笑みを浮べながら元気よく答えた。

「はい、すごく楽しいです。うちの学校の体育祭がこんなに盛り上がるとは思いませんでした」

 遥子やすぴかが体育祭の競技に十分に手ごたえを感じている様子を見て、潮音も満足そうな表情になっていた。

「遥子は相変らず元気だね。一年生のみんなも体育祭を楽しんでいるようで何よりだけど、体育祭はまだまだ序の口だからね。午後になったらますます盛り上がる種目がいくつもあるよ」

 その潮音の話を聞いて遥子はますます目を輝かせたが、そこで潮音は遥子とすぴかに声をかけた。

「でもみんな、そろそろ応援合戦の準備に行かなきゃいけないんじゃないの。樋沢さんたちの桜組が最初に出るじゃない。遅刻したら紫に雷を落されるぞ」

 潮音に言われると、遥子はすぴかや小春と一緒にそそくさと応援合戦の準備に向かったが、そこで潮音の方を振り向くと手を振りながら元気よく声をかけた。

「藤坂先輩も応援合戦頑張って下さいね」

 潮音は遥子の後ろ姿を見送りながらにんまりとした表情をした後で、自分ももう少ししたら応援合戦の準備をしなきゃいけないなと思った。

 潮音は応援合戦に参加する梅組のメンバーたちと待合せると、その中には美鈴と並んで年初めの百人一首大会で潮音を一蹴した柚木芽実ゆのきめぐみの姿もあった。潮音が百人一首大会のときのことを思い出して、芽実を前にまごまごしていると、芽実の方から笑顔で潮音に話しかけた。

「藤坂さんとは百人一首大会のときにも対戦したじゃない。そんなに緊張しなくてもいいよ。あれからちょっとは百人一首の勉強とかしてる?」

 その芽実の親しげな声で、潮音は多少なりとも緊張が解きほぐされたような気がした。そこで美鈴が声をかけた。

「潮音も芽実も、よ準備せえへんと応援合戦始まってしまうよ」

 そして潮音は美鈴や芽実と一緒に控室に入ると、着替えを始めた。和服に袴というスタイルは潮音はすでに百人一首大会のときに経験していたとはいえ、いざそれを着るとなると多少の緊張を感じずにはいられなかった。中等部のときから書道部や百人一首大会で活躍していた芽実や、応援合戦に参加する剣道部や弓道部に所属する生徒にとっては、この装いも慣れたもののようだったが。

「柚木さんって着物着るのには慣れているみたいだね」

 潮音に声をかけられても、芽実はとりすました顔をしていた。

「そりゃ私は百人一首大会のときだけでなく、書道部の活動でもちょくちょく着物に袴着てるからね」

 潮音はここで、芽実が和服を着て大きな筆で大きな紙に字を書くパフォーマンスを行っているところを思い出していた。

 みんなが着替えを済ませて髪型も整えると、和服に袴をしっかりと着こなした美鈴は、練習のときと比べても一段と凛々しく感じられた。その美鈴の装いには、一緒に応援合戦に出場する後輩たちからも声が上がっていた。

「天野先輩、こうやって着物着るとめっちゃかっこいいです」

 そのような後輩たちの反応に美鈴が戸惑っている間に、後輩の視線は潮音や芽実にも向けられていた。

「藤坂先輩は去年の学ランも良かったけど、今年の袴姿もいいですね」

「柚木先輩も書道部や百人一首大会で着物着てるので、よく着物が似合ってますよね」

 美鈴は梅組のみんなの気分が高揚しているのを見ると、一同を集めて声をかけた。

「みんな盛り上がっとるけど、一番の強敵は桜組や。峰山さんや吹屋さんが学ランで応援やったらなかなか勝てへんやろうけど、それでもうちらはうちらで気迫を見せてやろうやないの」

 その美鈴の言葉を聞くと、梅組のメンバーたちはみんなで拳を振り上げて、「おう」と元気よくかけ声を上げた。潮音はこうやって、みんなが一丸になって盛り上がるのも悪くないと思っていたが、そこで自分はこれまで高校に入ってからいろんなことを頑張ってきたのは、自分が男から女になって戸惑っていた中で、なんとかして何かをつかみたいと思っていたからではないかとふと考えていた。そこで潮音は自分が今まで高校の中でやってきたことは決して無駄ではないと実感すると同時に、自分はこれからもこの調子で前に進むしかないと意を新たにしていた。

 潮音たちが控室を出て校庭へと向かったところで、ばったり暁子と優菜に出会った。暁子と優菜も潮音に応援合戦を頑張るように声をかけると、潮音は笑顔で二人に手を振ってそれに応えた。
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