裸足の人魚

やわら碧水

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第五部

第三章・またも体育祭(その4)

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 潮音たちの梅組が校庭に戻ると、応援合戦に最初に出場する桜組がすでに準備を始めていた。紫をリーダーとする桜組は学ランで出場することになっていたが、応援団向けの丈が長い学ランをきちんと着こなした紫の姿は凛々しさを感じさせて、周りの生徒たちの目を釘づけにしていた。それだけでなく背が高くてクールな光瑠も生徒たちの注目の的になっており、潮音は一年生のときは同じクラスで頼りにしていた紫と光瑠がこの場で自分の強敵になることには不思議さを感じずにはいられなかった。

 さらに一年生の遥子と小春、すぴかも学ランを着こなしていたが、その三人のなかでも明るく元気な遥子は応援団の要となって場を盛り上げてくれそうだと潮音は感じていた。ファッションに興味があるすぴかは自らの着ている学ランのあちこちを興味深そうに眺め回していたが、その反面で小春は辺りをきょろきょろと見渡しながら落ち着かなさそうにしていた。

 潮音が桜組の生徒たちが応援合戦の準備をするのをじっと眺めていると、背後から声がした。

「潮音たちの梅組は、今年は袴姿でいくんやな。なかなか似合っとるとるやん」

 声の主は二年生で萩組になった長束恭子だった。そして恭子は、両手にポンポンを持ってチアガールの恰好をしていた。

「恭子も今年は応援合戦に出るんだ。恭子こそチア服着るとけっこうかわいいじゃん」

 潮音に言われると、恭子はふと息をついた。

「そんなお世辞言うてくれへんでもええよ。うちは中等部から松風におるけど、来年は受験やから今年のうちに悔いが残らへんように何かやりたいって思ったんや。それにしてもやっぱり紫や光瑠は学ラン着るとかっこええな。でもあたしは、そうやって紫の活躍を見守ってるばかりじゃおられへんと思ったから、今年こうやってここにおるのかもしれへんけど」

 恭子が紫や光瑠の学ラン姿に見とれているのを潮音が呆気に取られたような目で眺めていると、そこに香澄と清子、杏李の中等部生三人組もチア服姿でポンポンを持って恭子を呼びに来た。

「長束先輩、あたしたちもそろそろ萩組の集合場所に集まった方がいいですよ」

 そのとき香澄は、潮音にも目を向けることを忘れなかった。

「峰山先輩や吹屋先輩の学ラン姿だってかっこいいけど、藤坂先輩の袴姿だってよく似合ってますよ。応援合戦ではお互い頑張りましょうね」

 しかしそこで、三年生になって生徒会活動の一線からは退いていた香澄の姉の松崎千晶が香澄のところに来て彼女をたしなめた。

「香澄は人に対して八方美人な態度ばかり取ってないで、自分のやることをちゃんとやりなさい」

 日ごろは元気でお調子者な香澄も、さすがに姉の千晶には頭が上がらないようだった。潮音が来年千晶が高校を卒業したら、香澄はその後どうするのだろうと思っていると、千晶は潮音や美鈴にも目を向けた。

「藤坂さんは今年は袴姿なのね。しっかり頑張るのよ」

 そこで潮音は、背筋を正して千晶に「はい」としっかり返事した。

 そうこうしているうちに、応援合戦の口火を切って、学ランに身を固めた桜組のメンバーたちがパフォーマンスを始めていた。潮音は去年は自分自身が紫と一緒に学ランを着て応援をやる立場だったが、今年は観客として紫の演技を見る側になると、あらためて紫の演技をしっかり見ることができるようになったような気がした。

 バレエの舞台でも華麗な衣裳に身を包んで一糸乱れぬ精巧な演技を見せている紫は、この体育祭の応援でも背筋や手足をしゃんと伸ばして力強い声でエールを響かせていた。その学ランをきちんと着こなした姿は、下手な男よりもずっと凛々しさを感じさせた。潮音は自分自身がかつては男子として学ランを着て学校に通う立場だっただけに、自分はどのような役でも多彩に演じてみせる紫にはやはりかなわないと気後れを感じずにはいられなかった。さらにその傍らで大きな応援団の旗を力強く振っている光瑠も、紫たちの演技を盛り上げていた。

 さらに後列で演技を行っている遥子たち一年生も、演技そのものは紫や光瑠よりもだいぶ粗削りなのは否めなかったが、それでも一生懸命に演技に取り組もうとする気迫は感じられた。潮音はそれを見ながら、遥子たちは紫にだいぶしごかれたんだろうなと思って同情せずにはいられなかったが、それでもそれに食らいついていく遥子たちのガッツにも感心していた。

 桜組の演技が終ると、次は潮音たち梅組の番だ。演技を先導するのは美鈴の役割だったが、潮音もそれに合わせて両手を振りながら勢いよく声を上げ、芽実たちに合わせて一心不乱に演技を行った。

 このようにして演技に集中している潮音は気がつかなかったが、観客席では暁子が潮音の演技をいささか気づまりな様子で無言のまま眺めていた。その暁子の様子には、暁子の隣にいた優菜もいささか気になったようだった。

「どないしたん? せっかくの応援合戦なんやからアッコももっと元気よく応援して、場を盛り上げたらええのに」

 しかし優菜はそこで暁子の横顔を見て、暁子はやはり潮音のことを気にかけているのだと気がつくと、暁子の気持ちをこれ以上詮索しないことにした。

 潮音をはじめとする梅組の演技が終ると、潮音は美鈴や芽実とハイタッチを交わして練習を頑張ったことをねぎらった。潮音が観客席に戻ると、さっそく暁子と優菜の出迎えを受けた。

「お疲れさん。ようがんばったな。去年の学ランも良かったけど、今年の潮音の演技かてめっちゃ良かったよ」

 優菜が潮音の演技をほめても、その隣で暁子は気恥ずかしそうにもじもじしたまま、なかなか口を開こうとしなかった。

「あの…、潮音もよくがんばったじゃん。あたしは今年は出なかったけど」

 優菜は暁子がなかなか潮音に本心を示そうとしないのを見て、暁子は潮音が自分よりも積極的にいろんなことに取り組んでいるのに対して、自分がそこから取り残されているように感じているのだろうということに気がついていた。しかし優菜は、今ここで暁子に何か言ってもそれはますます暁子の心にプレッシャーをかけるだけだろうと思ったから、その場では何も言わないことにした。しかしそこで潮音は口を開いた。

「応援合戦はやりたい人がやるものだよ。出たくない人が出る必要なんかないし、それに引け目を感じることなんかないじゃん」

 その潮音の言葉を聞いて、暁子はますます顔を赤らめて恥ずかしそうにしていた。

 梅組に続いて応援合戦のステージに立ったのは、恭子や香澄たちの所属する萩組だった。笑顔を浮べながら快活にポンポンを振り、メンバーと一体になってのジャンプも見事に決めてみせた香澄の姿は観客席の注目を集めていたが、香澄の姉の千晶はそれを眺めながら何か思うところがあるようだった。潮音はそのような千晶の横顔を眺めながら、千晶は自身が高校を卒業したら妹の香澄に後を託するつもりなのだろうかと思っていた。

 しかし萩組に続いて応援合戦のステージに立った菫組のメンバーたちを見て、潮音は呆気に取られた。キャサリンやロック好きの能美千夏が所属する菫組はパンク系のファッションで出場していたが、それがキャサリンにはけっこう似合っていて、観客たちの視線を釘づけにしていた。そのファッションで激しくダンスを演じるキャサリンたちの姿を眺めながら、潮音は隣に立っていた美鈴に声をかけた。

「キャサリンってこういう大胆な恰好してもけっこう似合ってるじゃん。今からでもファッション同好会に入ってもいいかもしれないな」

「ほんまやな。キャサリンってもともとかわいくてスタイルええから、どんな服着たって似合っとるで」

 美鈴は潮音の言葉に同意しながらも、先日のゴールデンウィークにキャサリンを実家に誘ったときに、ゴスロリ服を着てもまんざらでもなさそうな顔をしていたことは黙っておいた方が良さそうだと思っていた。

 人気のあるアイドルグループの振付で登場した菊組に続いて、応援合戦のトリをつとめたのは楓組だった。楓組は桜組と並んで高校二年生以上は特進コースになるので、潮音はどんな演技を見せるのかと注目していたが、ステージに上がった愛里紗は昨年と同じ黒いワンピースにフリルのついたエプロンというメイド姿で登場したのを見て、潮音はやれやれと思って頭を抱えてしまった。しかも今回は、楓組になった琴絵もメイド服姿でステージに上がっていた。潮音は愛里紗に琴絵という、内心ではプライドの高そうな顔ぶれ同士がこのような衣裳を着てパフォーマンスをやることに対して、内心ではどのように思っているのだろうと気になっていた。

 そうしているうちに応援合戦は全ての演目が終了し、各クラスのメンバーたちが記念撮影をする番になった。その中で一番の注目を集めていたのは、やはり学ラン姿の紫やひかるだった。特に中等部の生徒たちがこの二人に対して一同に熱いまなざしを送っていたのには、潮音もげんなりさせられた。

 その一方ですぴかは、キャサリンや千夏のパンク風の装いに注目していた。

「キャサリン先輩もいっぺんファッション同好会に遊びに来て下さい。このパンク風ファッションも、さっそくうちの同好会の活動の参考になりそうです」

 潮音はすぴかが、さっそくファッション同好会の一員として積極的に行動しているのを見て頼もしさを感じていた。

 そこで潮音は、琴絵がメイド服で落ち着かなさそうにしているのに気がついた。そこで潮音は琴絵に声をかけた。

「何おどおどしてるんだよ。せっかく応援合戦出たんだから、もっとみんなのところに出ればいいじゃん」

 それでも琴絵の表情からは、気恥ずかしさが抜けないようだった。潮音はそれを見て、ますますじれったそうな顔をした。

「寺島さんみたいな真面目そうなメガネ女子がメイド服っていうのも、けっこう似合ってるじゃん」

 その潮音の言葉は、琴絵をますます気恥ずかしい気持ちにさせたようだった。そこに紫が来て、琴絵に声をかけた。

「中等部の頃の琴絵は体育祭自体真面目に出ようとしなかったのに、ここに出るなんて琴絵も変ったじゃん」

 そこで愛里紗も琴絵をなだめるように言った。

「私だって去年このかっこするのは恥ずかしかったけどね。でも時にはこうやって羽目を外してみるのもいいじゃない」

 潮音は愛里紗が、いつの間にかメイド服が気に入っているように見えたのが何かおかしかった。それと同時に、愛里紗もちょっと以前より変ってきていると感じていた。紫と愛里紗の言葉で、琴絵もいつしか落着きを取戻したようだった。

 そしてみんなで記念撮影が始まった。学ラン姿の紫とメイド服の愛里紗のツーショットが写真の中心になったのは言う間でもないが、その周りに様々な服を着た参加者たちが集まるとみんなが一斉にスマホのカメラを向けた。出場者たちはみんな笑顔を浮べていたが、ここで潮音は来年は受験で大変になるから、みんなで体育祭をめいっぱいに楽しむことができるのもこれが最後だなと思うと、一抹の寂しさを感じずにはいられなかった。
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