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第五部
第四章・北の国へ(その2)
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羽田空港で飛行機を乗り換えると、北海道の東部にある女満別空港に行く飛行機は、生徒や先生たちだけで機内の半分以上が埋まりそうな中型機だった。潮音はこれなら生徒が二つの班に分かれて行動するのも無理はないと思った。
潮音たちを乗せた飛行機が女満別空港に着いたのは、ちょうど昼を過ぎた頃だった。空港の前にはすでにバスが待っていて、生徒たちがクラス毎に分かれてバスに乗り込むと、潮音は暁子と並んで座席に腰を下した。バスが走り出して空港を後にすると、バスガイドが皆にあいさつをした。
一行が博物館になっている網走監獄やオホーツク流氷館の見学を済ませて、バスが網走の市街地を抜けると、車窓に青く澄んだオホーツク海が広がるのに、先ほどまでおしゃべりに夢中になっていた生徒たちの目は釘付けになった。二月から三月にかけて、このオホーツク海は流氷で埋め尽くされるというバスガイドの説明を、皆は興味深げに聞いていた。真桜は無言のまま車窓を流れるオホーツク海をじっと眺めていたが、あたかも「流氷の季節にもぜひここを訪れたい」とでも思っているかのようだった。
バスはオホーツク海と湖の間に広がる原生花園の傍らを過ぎ、いったんオホーツク海のほとりを離れると、知床半島へと続く雄大な山並みを背景に広大な畑や牧場、シラカバの疎林の中を一直線に貫く道へとさしかかった。神戸では見られないようなスケールの大きな風景の連続に、潮音やその隣の席にいる暁子もただ目を奪われていた。
やがてバスが知床半島にさしかかると、平地は尽きて険しい山がそのままオホーツク海に落ち込むようになり、バスは海べりの道を縫うように走るようになった。バスがちょうど知床への入口にあるオシンコシンの滝の駐車場に停まると、生徒たちは清冽な水が山肌を流れ落ちる滝を背景に思い思いに記念撮影をしていた。
それからバスは程なくして、一日目の宿泊地になっている、知床半島の中心地であるウトロのホテルに着いた。潮音たちがホテルの部屋に荷物を置いて、制服から部屋着に着替えると、ようやく一息つくことができたような気がした。
風呂に入るときも、潮音は以前ほどの抵抗はなくなっていたとはいえ、やはり浴室に足を踏み入れるときには身が縮こまるような思いがした。それでも潮音がなんとか入浴を済ませて旅の汗を流すと、間もなく夕食が始まった。北海道でとれた海産物や農産物をふんだんに使った料理に、生徒たちは皆舌鼓を打った。特に美味しいものに目がない美鈴は、この料理にご満悦のようだった。
「この海鮮丼おいしいやん。でも食べ過ぎで太らへんか心配やな」
そのような美鈴の様子を、潮音はやれやれとでも言いたげに眺めていた。
夕食が一段落すると、さっそく修学旅行のお楽しみともいうべき、それぞれの部屋に戻ってのゲームやおしゃべりの時間である。潮音と同じグループの暁子や優菜もホテルの客室に戻っていったが、潮音はしばらくホテルのロビーのソファーに佇んでいた。それに気がついた紫が、そっと潮音に声をかけた。
「どうしたの? 何か気になることでもあるわけ?」
そこで潮音は、はっとしながら紫の顔を見返した。それを見て紫は潮音にそっと声をかけた。
「どうせ潮音のことだから、昔男だった自分がこんなところにいていいのかとか思ってるんでしょ。潮音の考えることくらいわかってるよ」
そこで潮音は、あらためで紫の顔をまじまじと見つめ返した。潮音は紫が自分の考えをここまで見透かしているのかと思わずにはいられなかった。
「あんたがこの高校に入ってから一年ちょっとの間、いろんなことを頑張ってきたことはみんなわかってるよ。だから潮音はそんなことばかり考えてクヨクヨ悩んでいないで、みんなと目いっぱい遊んできな。でも今日は朝からずっと飛行機やバスに乗って疲れてるだろうし、明日もスケジュールは詰まってるから、あまり夜更かししないようにね」
「紫こそ変にプライドにとらわれていないで、みんなと遊べばいいのに。私は紫が勉強もバレエも生徒会活動もみんな頑張ってるのはすごいと思うけど、あまり無理しすぎてないかとちょっと気になってるんだ」
「私のことなら気にしなくていいよ。潮音こそもっと自分に素直になればいいのに」
「それにうちのグループに国岡さんがいるけど、あの子はいつも一人でぼっとしてることが多いからね。だから私があの子を自分たちのグループに誘ったんだけど、あの子がこの修学旅行でちゃんとみんなとやっていけるか心配なんだ」
紫はしばらく潮音の顔を黙って見つめた末に、そっと口を開いた。
「…あんたって優しいんだね。あんたが国岡さんのことを気にしているのも、自分が男から女になるって体験をしたせいで、なかなか仲間が作れなくて困っている人の気持ちがわかるようになったってことじゃないかな。ともかく国岡さんを無理に遊びに誘ったりしないで、優しく接したらいいと思うよ」
そして紫は潮音の肩をぽんと叩いてやった。しかしそのとき、光瑠がロビーに来て紫に声をかけた。
「紫、早く来ないと人数そろわないよ」
その光瑠の声を聞いて、紫ははっとしたような顔をした。
「そうだった。私も早く部屋に戻らなきゃ」
そう言って紫はホテルの客室に戻る間際に、潮音の方を向いて笑顔で声をかけた。
「なんだったら潮音もちょっと来てみる?」
潮音は紫たちは何をするのだろうと思いながらも、紫について行くことにした。
潮音が紫や光瑠についてホテルの桜組の生徒が泊まっている部屋に向かうと、部屋で桜組の生徒たちが紫たちを出迎えた。
「紫も何やってたのよ。紫がいないと始まらないからね」
しかし潮音の目をとらえたのは、部屋のテーブルの上に並べられた麻雀の牌だった。潮音はここでこれから何が始まるのかと思って、身を引かずにはいられなかった。
「すまなかったわね。私はちょっとこの子と話してたの」
そして紫は、潮音が戸惑っている間もなく光瑠や他の桜組の生徒と一緒にテーブルを囲むように腰を下して、細い指で牌をつまんで麻雀を打ち始めた。潮音は生徒会長として校内でリーダーシップを発揮し、バレエの腕にも秀でている紫や、クールな性格で「女子校の王子様」的な存在の光瑠、難関大学を目指している桜組の生徒たちの今まで知らなかった一面を見たような気がして、まごまごせずにはいられなかった。
そのようにしている潮音に紫はちらりと目を向けると、笑顔を浮べながら声をかけた。
「潮音って麻雀やったことないの?」
「いや、ルールとかややこしそうだから全然知らなくてさ…」
「だったら潮音も一局だけでいいからここで麻雀打ってみる? たしかに役とか点数計算とかはちょっとややこしいけど、簡単なルールだったら教えてあげるよ」
その紫の誘いを、潮音は手を振って断った。潮音はこの場の雰囲気にはとてもついていけないと思ったので、自分の泊まる部屋に戻ることにした。
「あの…暁子たちだって待ってるから、そろそろ自分の部屋に戻らなきゃ」
「遠慮しなくてもいいのに」
いぶかしむような顔をしながら牌をかきまぜている紫を横目に、潮音は紫たちの泊まっている部屋を後にして、暁子や優菜たちが待つホテルの客室へと向かった。
潮音はホテルの廊下を歩いている間も、紫には麻雀に興じるような一面があったなんてと意外に思わずにいられなかった。しかしその一方で、ただ真面目で勉強ができるだけでは周囲の人はついて来ないけれども、あのような懐の広さがあるからこそ紫はみんなから信頼されているんだと思って、あらためて自分は紫にはかなわないと認識せずにはいられなかった。
潮音たちを乗せた飛行機が女満別空港に着いたのは、ちょうど昼を過ぎた頃だった。空港の前にはすでにバスが待っていて、生徒たちがクラス毎に分かれてバスに乗り込むと、潮音は暁子と並んで座席に腰を下した。バスが走り出して空港を後にすると、バスガイドが皆にあいさつをした。
一行が博物館になっている網走監獄やオホーツク流氷館の見学を済ませて、バスが網走の市街地を抜けると、車窓に青く澄んだオホーツク海が広がるのに、先ほどまでおしゃべりに夢中になっていた生徒たちの目は釘付けになった。二月から三月にかけて、このオホーツク海は流氷で埋め尽くされるというバスガイドの説明を、皆は興味深げに聞いていた。真桜は無言のまま車窓を流れるオホーツク海をじっと眺めていたが、あたかも「流氷の季節にもぜひここを訪れたい」とでも思っているかのようだった。
バスはオホーツク海と湖の間に広がる原生花園の傍らを過ぎ、いったんオホーツク海のほとりを離れると、知床半島へと続く雄大な山並みを背景に広大な畑や牧場、シラカバの疎林の中を一直線に貫く道へとさしかかった。神戸では見られないようなスケールの大きな風景の連続に、潮音やその隣の席にいる暁子もただ目を奪われていた。
やがてバスが知床半島にさしかかると、平地は尽きて険しい山がそのままオホーツク海に落ち込むようになり、バスは海べりの道を縫うように走るようになった。バスがちょうど知床への入口にあるオシンコシンの滝の駐車場に停まると、生徒たちは清冽な水が山肌を流れ落ちる滝を背景に思い思いに記念撮影をしていた。
それからバスは程なくして、一日目の宿泊地になっている、知床半島の中心地であるウトロのホテルに着いた。潮音たちがホテルの部屋に荷物を置いて、制服から部屋着に着替えると、ようやく一息つくことができたような気がした。
風呂に入るときも、潮音は以前ほどの抵抗はなくなっていたとはいえ、やはり浴室に足を踏み入れるときには身が縮こまるような思いがした。それでも潮音がなんとか入浴を済ませて旅の汗を流すと、間もなく夕食が始まった。北海道でとれた海産物や農産物をふんだんに使った料理に、生徒たちは皆舌鼓を打った。特に美味しいものに目がない美鈴は、この料理にご満悦のようだった。
「この海鮮丼おいしいやん。でも食べ過ぎで太らへんか心配やな」
そのような美鈴の様子を、潮音はやれやれとでも言いたげに眺めていた。
夕食が一段落すると、さっそく修学旅行のお楽しみともいうべき、それぞれの部屋に戻ってのゲームやおしゃべりの時間である。潮音と同じグループの暁子や優菜もホテルの客室に戻っていったが、潮音はしばらくホテルのロビーのソファーに佇んでいた。それに気がついた紫が、そっと潮音に声をかけた。
「どうしたの? 何か気になることでもあるわけ?」
そこで潮音は、はっとしながら紫の顔を見返した。それを見て紫は潮音にそっと声をかけた。
「どうせ潮音のことだから、昔男だった自分がこんなところにいていいのかとか思ってるんでしょ。潮音の考えることくらいわかってるよ」
そこで潮音は、あらためで紫の顔をまじまじと見つめ返した。潮音は紫が自分の考えをここまで見透かしているのかと思わずにはいられなかった。
「あんたがこの高校に入ってから一年ちょっとの間、いろんなことを頑張ってきたことはみんなわかってるよ。だから潮音はそんなことばかり考えてクヨクヨ悩んでいないで、みんなと目いっぱい遊んできな。でも今日は朝からずっと飛行機やバスに乗って疲れてるだろうし、明日もスケジュールは詰まってるから、あまり夜更かししないようにね」
「紫こそ変にプライドにとらわれていないで、みんなと遊べばいいのに。私は紫が勉強もバレエも生徒会活動もみんな頑張ってるのはすごいと思うけど、あまり無理しすぎてないかとちょっと気になってるんだ」
「私のことなら気にしなくていいよ。潮音こそもっと自分に素直になればいいのに」
「それにうちのグループに国岡さんがいるけど、あの子はいつも一人でぼっとしてることが多いからね。だから私があの子を自分たちのグループに誘ったんだけど、あの子がこの修学旅行でちゃんとみんなとやっていけるか心配なんだ」
紫はしばらく潮音の顔を黙って見つめた末に、そっと口を開いた。
「…あんたって優しいんだね。あんたが国岡さんのことを気にしているのも、自分が男から女になるって体験をしたせいで、なかなか仲間が作れなくて困っている人の気持ちがわかるようになったってことじゃないかな。ともかく国岡さんを無理に遊びに誘ったりしないで、優しく接したらいいと思うよ」
そして紫は潮音の肩をぽんと叩いてやった。しかしそのとき、光瑠がロビーに来て紫に声をかけた。
「紫、早く来ないと人数そろわないよ」
その光瑠の声を聞いて、紫ははっとしたような顔をした。
「そうだった。私も早く部屋に戻らなきゃ」
そう言って紫はホテルの客室に戻る間際に、潮音の方を向いて笑顔で声をかけた。
「なんだったら潮音もちょっと来てみる?」
潮音は紫たちは何をするのだろうと思いながらも、紫について行くことにした。
潮音が紫や光瑠についてホテルの桜組の生徒が泊まっている部屋に向かうと、部屋で桜組の生徒たちが紫たちを出迎えた。
「紫も何やってたのよ。紫がいないと始まらないからね」
しかし潮音の目をとらえたのは、部屋のテーブルの上に並べられた麻雀の牌だった。潮音はここでこれから何が始まるのかと思って、身を引かずにはいられなかった。
「すまなかったわね。私はちょっとこの子と話してたの」
そして紫は、潮音が戸惑っている間もなく光瑠や他の桜組の生徒と一緒にテーブルを囲むように腰を下して、細い指で牌をつまんで麻雀を打ち始めた。潮音は生徒会長として校内でリーダーシップを発揮し、バレエの腕にも秀でている紫や、クールな性格で「女子校の王子様」的な存在の光瑠、難関大学を目指している桜組の生徒たちの今まで知らなかった一面を見たような気がして、まごまごせずにはいられなかった。
そのようにしている潮音に紫はちらりと目を向けると、笑顔を浮べながら声をかけた。
「潮音って麻雀やったことないの?」
「いや、ルールとかややこしそうだから全然知らなくてさ…」
「だったら潮音も一局だけでいいからここで麻雀打ってみる? たしかに役とか点数計算とかはちょっとややこしいけど、簡単なルールだったら教えてあげるよ」
その紫の誘いを、潮音は手を振って断った。潮音はこの場の雰囲気にはとてもついていけないと思ったので、自分の泊まる部屋に戻ることにした。
「あの…暁子たちだって待ってるから、そろそろ自分の部屋に戻らなきゃ」
「遠慮しなくてもいいのに」
いぶかしむような顔をしながら牌をかきまぜている紫を横目に、潮音は紫たちの泊まっている部屋を後にして、暁子や優菜たちが待つホテルの客室へと向かった。
潮音はホテルの廊下を歩いている間も、紫には麻雀に興じるような一面があったなんてと意外に思わずにいられなかった。しかしその一方で、ただ真面目で勉強ができるだけでは周囲の人はついて来ないけれども、あのような懐の広さがあるからこそ紫はみんなから信頼されているんだと思って、あらためて自分は紫にはかなわないと認識せずにはいられなかった。
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