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第五部
第四章・北の国へ(その7)
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バスはしばらく山道を下った後で高速道路に入ると、畑や牧場の広がる十勝平野を一直線に突き抜けた。そこで美鈴が車窓を眺めながら潮音に話しかけた。
「帯広っちゅうと、豚丼が有名やな」
潮音は呆れ顔でそれに答えた。
「美鈴ってこの旅行中食べることばかり考えてないか」
「ええやろ、北海道の食べ物はおいしいんやから。それとも食べすぎたら太るとでも言いたいわけ? その分運動するからええやろ」
美鈴はむっとしながら答えた。
そしてバスが日高山脈をトンネルで抜けてトマムに着くと、山中にそびえるリゾートホテルが潮音の目をとらえた。生徒たちの間からは、すでにこのホテルに泊まることや、ここで朝方に見られる雲海を楽しみにする声も上がっていた。
生徒たちが昼食を済ませてグループごとに分かれると、潮音たちは他のラフティングを行うグループと合流した。潮音は更衣室で水着の上にウェットスーツとショートパンツを着込み、髪をゴムでまとめた後でライフジャケットとヘルメットを身につけて準備を整えた。その後で潮音たちが集合場所に集まると、ガイドインストラクターからパドルの持ち方や漕ぎ方、ボートが揺れた場合のつかまり方や川に落ちた場合の対処方法などについての説明が行われた。
その後で潮音は暁子と優菜、美鈴と芽実、真桜と六人のグループにまとまってパドルを手に、ガイドインストラクターに先導されてラフトと呼ばれるゴムボートに乗り込んだ。すると潮音たちのラフトに梅組の担任の美咲も乗ることになったので、潮音は暁子と顔を見合せながらお調子者の美咲がこの場に居合わせたらどうなることかと思わずにはいられなかった。
潮音たちがラフトの中に腰を下すと、ガイドインストラクターが船尾に乗り込んだ。ふと潮音が周囲を見渡すと、紫も別のラフトに乗り込もうとしていた。
潮音たちを乗せたラフトが岸を離れて急流に漕ぎ出すときには、特に真桜はいささか緊張気味の表情をしていた。潮音もラフティングはこれまで経験がなかっただけに、急流をラフトで下ることには多少の不安もあったのは事実だった。
しかし潮音たちがガイドインストラクターの指示に従ってパドルを漕ぎ、いざ急流の中へとラフトを進めると、ラフトは澄んだ川の流れに乗って勢いよく川面を滑り出した。川べりにまで迫るシラカバの森も、見る見るうちに後方へと流れていった。澄みわたった水の流れは、川面の石にせき止められてうねりを立てていた。
はじめは揺れるラフトの中で安定を保つ感覚がなかなかつかめずに緊張していた潮音も、パドルで水を漕ぎながらで川を下るうちに、いつしか体中に爽快感を感じていた。暁子や優菜、芽実も急流を漕ぎ進むうちに表情が明るくなっていったが、特に美鈴はラフトが水しぶきを上げながら勢いよく川を下るにつれて表情が生き生きしている様子が、ありありと見てとれた。そればかりか、生徒たちを見守る立場の美咲までもが童心に帰ったような嬉しそうな顔をしていた。
潮音は真桜がどのような様子を示すかが一番気がかりだったが、真桜も楽しそうな顔をしているのにほっと息をつかされた。真桜はむしろ、水面に影を落している原生林の緑の鮮やかさや、川の澄みきった流れに見とれているようだった。
やがてラフトが流れの急な浅瀬にさしかかると、ラフトががくんと大きく揺れて高く水しぶきが上がり、一同はずぶ濡れになった。しかしそれでも、美鈴や美咲は濡れることなど何でもないと言わんばかりに楽しそうな表情をしながら歓声を上げていた。
そうこうしているうちに、潮音たちのラフトはゴール地点に着いた。潮音はラフトを下りて地上に上がると、さっそく暁子に話しかけた。
「なんかみんなで呼吸を合わせてタイミングよくパドルを漕ぐのが難しいよね。でも楽しかったよ」
暁子も潮音の言葉にうなづいた。
「そうよね。なかなかスリル満点でスカッとしたよ。みんなで一緒になって船を漕ぐ、その一体感もいいよね」
美鈴も興奮を抑えられない様子で、潮音たちの言葉に同意した。
「あたしは旅行に行く前にちょっとネットで調べてみたけど、ラフティングは北海道やなくても日本中の川でできるみたいやな。もっといろんなところでやってみたいわ」
そこで真桜と芽実も口を開いた。
「最初は自分にできるかちょっと心配だったけど…こんなに水が澄んでいてきれいな川を見るのは初めてです」
「なんか百人一首の『瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ』という崇徳院の歌を思い出したよね」
正月の百人一首大会でも決勝戦まで勝ち進んだ芽実は、やはりここでも百人一首のことが気になるのかと潮音は思ったが、潮音たちが楽しそうにおしゃべりをしているのを、美咲も満足げな表情で眺めていた。
「みんなが楽しんでくれたようで何よりだわ。こんなんだったら先生ももっとラフティングをやってみたいな」
「先生がなんだかんだ言って、いちばん声をあげて楽しそうにしてましたよね。もうすぐ結婚するんだからもっとしっかりしないと」
優菜に言われると、美咲も少し気恥ずかしそうな顔をしていた。
そのうちに紫を乗せたラフトもゴールに着いたが、紫もこのラフティングには満足したようだった。
「天気も良かったし、事故もなかったようで何よりだわ」
それから潮音たちはスタート地点に戻り、濡れた体をタオルでよくふき取って着替えを済ませた。その後で潮音たちは他のグループ活動を行っていたメンバーたちと合流すると、牧場体験を行ったグループに参加していた光瑠も体験の様子を潮音たちに話していた。
「私たちは牛のミルクを搾ったり牧舎を掃除したり、馬にブラッシングをしたりしたんだけど、牧場の人たちは動物たちの命を預かっている以上、一瞬たりとも気の抜けない大変な仕事だって話してたわ。単に動物が好きってだけじゃ勤まらないのかもね」
「あたしらは北海道に来て食べ物がおいしいとばかり言うとったけど、その食べ物を作る人のことも考えへんとあかんな」
美鈴も神妙な表情で光瑠の話を聞いていたが、その一方で潮音は光瑠が生物学に関心を持っていることをかねてから聞いていただけに、光瑠も自分の進路をどうするのかを考えているのだと感じていた。
その一方でキャサリンは、ハンドメイドのグループで陶芸を体験したときのことを楽しそうに話していた。キャサリンが自ら絵付けを行った焼き物の写真をスマホで示すと、周りの生徒たちは皆興味深げにそれに目を向けていた。
「キャサリンの絵付けしたお皿、なかなかセンスありますね。日本とイギリスのデザインが融合したような感じがします」
絵画については一家言ある真桜も、キャサリンの絵付けした皿の写真を感心したように眺めていた。
そのようにして生徒たちが集まって談笑していたとき、紫が提案をした。
「このトマムには、一年中やってる大きな温水プールがあるみたいよ。夕食までまだ時間があるから、ちょっと寄ってみない?」
潮音はその言葉を聞いてどきりとしたが、紫の楽しみそうな表情を見ると、断るのも野暮だと思って紫について行くことにした。
「帯広っちゅうと、豚丼が有名やな」
潮音は呆れ顔でそれに答えた。
「美鈴ってこの旅行中食べることばかり考えてないか」
「ええやろ、北海道の食べ物はおいしいんやから。それとも食べすぎたら太るとでも言いたいわけ? その分運動するからええやろ」
美鈴はむっとしながら答えた。
そしてバスが日高山脈をトンネルで抜けてトマムに着くと、山中にそびえるリゾートホテルが潮音の目をとらえた。生徒たちの間からは、すでにこのホテルに泊まることや、ここで朝方に見られる雲海を楽しみにする声も上がっていた。
生徒たちが昼食を済ませてグループごとに分かれると、潮音たちは他のラフティングを行うグループと合流した。潮音は更衣室で水着の上にウェットスーツとショートパンツを着込み、髪をゴムでまとめた後でライフジャケットとヘルメットを身につけて準備を整えた。その後で潮音たちが集合場所に集まると、ガイドインストラクターからパドルの持ち方や漕ぎ方、ボートが揺れた場合のつかまり方や川に落ちた場合の対処方法などについての説明が行われた。
その後で潮音は暁子と優菜、美鈴と芽実、真桜と六人のグループにまとまってパドルを手に、ガイドインストラクターに先導されてラフトと呼ばれるゴムボートに乗り込んだ。すると潮音たちのラフトに梅組の担任の美咲も乗ることになったので、潮音は暁子と顔を見合せながらお調子者の美咲がこの場に居合わせたらどうなることかと思わずにはいられなかった。
潮音たちがラフトの中に腰を下すと、ガイドインストラクターが船尾に乗り込んだ。ふと潮音が周囲を見渡すと、紫も別のラフトに乗り込もうとしていた。
潮音たちを乗せたラフトが岸を離れて急流に漕ぎ出すときには、特に真桜はいささか緊張気味の表情をしていた。潮音もラフティングはこれまで経験がなかっただけに、急流をラフトで下ることには多少の不安もあったのは事実だった。
しかし潮音たちがガイドインストラクターの指示に従ってパドルを漕ぎ、いざ急流の中へとラフトを進めると、ラフトは澄んだ川の流れに乗って勢いよく川面を滑り出した。川べりにまで迫るシラカバの森も、見る見るうちに後方へと流れていった。澄みわたった水の流れは、川面の石にせき止められてうねりを立てていた。
はじめは揺れるラフトの中で安定を保つ感覚がなかなかつかめずに緊張していた潮音も、パドルで水を漕ぎながらで川を下るうちに、いつしか体中に爽快感を感じていた。暁子や優菜、芽実も急流を漕ぎ進むうちに表情が明るくなっていったが、特に美鈴はラフトが水しぶきを上げながら勢いよく川を下るにつれて表情が生き生きしている様子が、ありありと見てとれた。そればかりか、生徒たちを見守る立場の美咲までもが童心に帰ったような嬉しそうな顔をしていた。
潮音は真桜がどのような様子を示すかが一番気がかりだったが、真桜も楽しそうな顔をしているのにほっと息をつかされた。真桜はむしろ、水面に影を落している原生林の緑の鮮やかさや、川の澄みきった流れに見とれているようだった。
やがてラフトが流れの急な浅瀬にさしかかると、ラフトががくんと大きく揺れて高く水しぶきが上がり、一同はずぶ濡れになった。しかしそれでも、美鈴や美咲は濡れることなど何でもないと言わんばかりに楽しそうな表情をしながら歓声を上げていた。
そうこうしているうちに、潮音たちのラフトはゴール地点に着いた。潮音はラフトを下りて地上に上がると、さっそく暁子に話しかけた。
「なんかみんなで呼吸を合わせてタイミングよくパドルを漕ぐのが難しいよね。でも楽しかったよ」
暁子も潮音の言葉にうなづいた。
「そうよね。なかなかスリル満点でスカッとしたよ。みんなで一緒になって船を漕ぐ、その一体感もいいよね」
美鈴も興奮を抑えられない様子で、潮音たちの言葉に同意した。
「あたしは旅行に行く前にちょっとネットで調べてみたけど、ラフティングは北海道やなくても日本中の川でできるみたいやな。もっといろんなところでやってみたいわ」
そこで真桜と芽実も口を開いた。
「最初は自分にできるかちょっと心配だったけど…こんなに水が澄んでいてきれいな川を見るのは初めてです」
「なんか百人一首の『瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ』という崇徳院の歌を思い出したよね」
正月の百人一首大会でも決勝戦まで勝ち進んだ芽実は、やはりここでも百人一首のことが気になるのかと潮音は思ったが、潮音たちが楽しそうにおしゃべりをしているのを、美咲も満足げな表情で眺めていた。
「みんなが楽しんでくれたようで何よりだわ。こんなんだったら先生ももっとラフティングをやってみたいな」
「先生がなんだかんだ言って、いちばん声をあげて楽しそうにしてましたよね。もうすぐ結婚するんだからもっとしっかりしないと」
優菜に言われると、美咲も少し気恥ずかしそうな顔をしていた。
そのうちに紫を乗せたラフトもゴールに着いたが、紫もこのラフティングには満足したようだった。
「天気も良かったし、事故もなかったようで何よりだわ」
それから潮音たちはスタート地点に戻り、濡れた体をタオルでよくふき取って着替えを済ませた。その後で潮音たちは他のグループ活動を行っていたメンバーたちと合流すると、牧場体験を行ったグループに参加していた光瑠も体験の様子を潮音たちに話していた。
「私たちは牛のミルクを搾ったり牧舎を掃除したり、馬にブラッシングをしたりしたんだけど、牧場の人たちは動物たちの命を預かっている以上、一瞬たりとも気の抜けない大変な仕事だって話してたわ。単に動物が好きってだけじゃ勤まらないのかもね」
「あたしらは北海道に来て食べ物がおいしいとばかり言うとったけど、その食べ物を作る人のことも考えへんとあかんな」
美鈴も神妙な表情で光瑠の話を聞いていたが、その一方で潮音は光瑠が生物学に関心を持っていることをかねてから聞いていただけに、光瑠も自分の進路をどうするのかを考えているのだと感じていた。
その一方でキャサリンは、ハンドメイドのグループで陶芸を体験したときのことを楽しそうに話していた。キャサリンが自ら絵付けを行った焼き物の写真をスマホで示すと、周りの生徒たちは皆興味深げにそれに目を向けていた。
「キャサリンの絵付けしたお皿、なかなかセンスありますね。日本とイギリスのデザインが融合したような感じがします」
絵画については一家言ある真桜も、キャサリンの絵付けした皿の写真を感心したように眺めていた。
そのようにして生徒たちが集まって談笑していたとき、紫が提案をした。
「このトマムには、一年中やってる大きな温水プールがあるみたいよ。夕食までまだ時間があるから、ちょっと寄ってみない?」
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