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第五部
第七章・TOKYO(その3)
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潮音が真由美に案内されて通りを歩いているうちに、辺りはいつしか商店街から閑静な住宅地へと変っていた。しかし潮音は伯父の自宅の前まで来ても、玄関のドアを開けるのにはためらいがあった。男から女に変ってしまった自分の姿を見て伯父や伯母がどのような顔をするか、不安が完全にはぬぐい切れていなかったからだった。
しかしそれでも、潮音は神戸からこうして遠路はるばる東京まで来た以上もう後に退くことはできないと覚悟を決めると、真由美が玄関のドアを開けるのに合わせて伯父の家に足を踏み入れた。
すると玄関口で、則子の兄にあたる潮音の伯父の尾中隆史と、伯母の尾中好美が潮音たちを出迎えた。
「いらっしゃい。この暑いのに、朝からずっとバスに乗ってきて疲れたでしょう」
好美は開口一番に、優しげな口調で潮音たちへの出迎えのあいさつを口にした。しかしその傍らにひかえていた隆史は、やはり自分の見知っていた潮音が男の子から女の子へと姿を変えたことには戸惑いを隠せないようだった。
「則子叔母さんから話は聞いてるけど、潮音もいろいろと大変だったみたいだね。…でもずいぶんかわいくなったじゃん」
そう話すときの隆史は、言葉を選んでいる様子がありありと見てとれた。そこで潮音のそばにいた暁子が思わず口を開いていた。
「あたしは潮音とは家が隣同士で、ちっちゃな頃からずっと知り合いでした。だから潮音が中三の秋にいきなり男の子から女の子になって以来、悩んできた様子だってこの目でずっと見てきたのです。だから潮音に対しては、あまり特別扱いせずに今まで通りに自然に接してほしいのです」
その暁子の言葉には、その場に居合わせた一同が思わず息を飲んだ。潮音は内心で、暁子は自分のためにそこまで出しゃばって気を使ってくれなくてもと思わずにはいられなかったが、好美はあくまでも気さくに話そうとした。
「潮音ちゃんのことは則子叔母さんからもよく聞いているわ。それにあなたは、やっぱりちっちゃな頃から夏休みに私たちのところに遊びに来て、真由美とも一緒に元気に遊んでいた潮音ちゃんと同じだなってことは、見ていてもわかるもの。今ではこうやって学校の友達まで連れてくるってことは、学校にもそれだけ仲いい友達がいるってことみたいね」
それは好美だけでなく、隆史も同じように感じているようだった。好美にやさしげに声をかけられて、潮音は思わず瞳を潤ませていた。
「ありがとう、好美伯母さん…それに隆史伯父さん」
その潮音と好美のやりとりを見守っていた暁子と優菜も、胸をなで下したような表情をしていた。そこで好美は、さっそく二階にある部屋に潮音たちを案内した。
「この六畳間に三人が寝泊まりするのはちょっと狭いかもしれないけど、それは勘弁してね」
潮音たちが部屋に荷物を置いても、真由美はすでに今晩潮音たちと何をして夜中まで遊ぼうかと考えながらウキウキしているようだった。潮音はそのような真由美の表情を見ながら、今夜ばかりはどうしようもないなと思って思わず息をついていた。そこで好美が潮音たちに声をかけた。
「ともかくみんなこの暑さで汗かいたみたいだから、順番にお風呂に入ったら」
潮音は自分たちのために伯父夫妻がそこまで準備をしてくれているのかと思うと、申し訳ないような気分になった。
潮音たち三人が順番に風呂で旅の汗を流した頃には、夕焼けも消えかけて家の外は闇に覆われつつあった。そのような中で隆史は、潮音たちを家の近くにある焼肉店に誘った。隆史の家族と潮音たちの一行の合計六人でテーブルを囲み、届けられた肉が網の上で焼かれるのを見守っていると、潮音も思わず顔に笑みを浮べていた。
肉が焼き上がると、さっそくそれにタレをつけて味わってご満悦の表情になったのは優菜だった。
「やっぱ朝からずっとバスに乗ってきて疲れたから、それだけ焼肉もおいしいわあ」
それは潮音も同感のようで、潮音も焼き上がった肉を夢中でぱくついていた。ただ暁子だけが、そのような潮音と優菜の様子をいささか呆れ気味に見つめていた。
潮音たちのそのような様子を見て、真由美がさっそく声をかけた。
「潮音ちゃんたちは神戸から来たんでしょ? 私もいっぺん神戸に行ってみたいな。中学の修学旅行で京都と奈良に行ったことはあるんだけど。奈良に行ったときには、東大寺の大仏や法隆寺を見たり、奈良公園で鹿にせんべいをあげたりもしたっけ」
「京都も奈良も、最近は外人さんがようさんおって混んどるけどな。その割にはあたしたちの住んどる神戸にはなかなか人が来てくれへんし。でも神戸はきれいな街やから、真由美ちゃんもいつでも来たらええよ。そのときはあたしが案内してあげるよ」
潮音は真由美と優菜がすっかり打ち解けて仲良く会話しているのを、いささか呆れ気味な顔で眺めていた。そこで潮音は、真由美は自分が小さな頃から夏休みに会ったときなどは、いつも明るく元気に振舞って自分は振り回されっぱなしだったことを思い出していた。そして潮音は今の真由美の様子を見ながら、そのような真由美の性格は今でも全然変っていないと感じていた。
そこで真由美の母親の好美も、真由美と優菜の話を満足げに聞いていた。
「神戸って港や異人館があるだけじゃなくて、すぐそこまで六甲山が迫っていて、おいしい洋菓子店もいっぱいあってほんとに素敵な街よね。私もいっぺん神戸に行ってみたいわ」
「その代わり、六甲山から市街地までイノシシが下りてきたりすることもありますけどね」
優菜の話を聞いて、好美は意外そうな顔をした。
しかしそこで、真由美は暁子がいまいち話に乗れずにいることに気がついた。
「そちらの子…石川さんって言ってたけど、潮音ちゃんの友達なんでしょ? 潮音ちゃんは学校で元気でやってるの?」
「むしろ潮音の方が元気すぎて、あたしの方こそそれに振り回されっぱなしだよ」
暁子がふと息をつきながら話すのを、潮音はどこかいやそうな顔で眺めていた。しかしそこで、真由美は暁子の顔を眺めながらさらに言葉を継いだ。
「石川さんもそんなに緊張してないで、もっと落ち着いて自然に話せばいいのに」
「いや…私は東京来るの初めてだから。バスが新宿のターミナルに着いたときも、新宿には人がいっぱいいるのに驚いたよ。だからちょっと不安でさ…」
暁子が口ごもるのを見て、真由美はそのような暁子のためらいを吹き飛ばそうとするかのように元気よく話しかけた。
「そんなの気にすることなんか全然ないじゃん。私は潮音ちゃんの友達がこうして神戸から来てくれただけでも十分嬉しいよ。東京でどこか行きたいところはない?」
そこで優菜は横から口をはさんだ。
「私はやっぱりディズニーランドに行きたいんやけど。あと鎌倉や江の島も、いろんなドラマやアニメの舞台になってるからいっぺん行ってみたいな」
「ディズニーランドねえ…逆に東京に住んでるとなかなか行く機会がないけど。それに江の島も今の季節は混んでるしねえ。江ノ電だって通勤電車みたいになることだってあるし」
そこで潮音は、真由美に話しかけた。
「悪いけど、私は明日は高齢者向けのマンションにいるおじいちゃんとおばあちゃんに会いに行きたいから、暁子と優菜でどこか好きなところに行ってくれ。あさってだったら一緒にどこか行けると思うから」
真由美は潮音の口調から、潮音はやはり自分が男の子だったときのくせが抜けていないのだろうかと感じているようだった。
そこで隆史も潮音にそっと話しかけた。
「おじいちゃんとおばあちゃんも、潮音がわざわざ神戸から会いに来たことを知ったら喜ぶと思うよ」
潮音の心の中では、祖父母が自分が女になったことを知ったらどのように感じるだろうかと不安になる気持ちもあったが、伯父の家族だって今こうして自分のことを受け入れてくれているのだから、変に気後れすることなどない、自分が誠意を持って接したら祖父母だってきっとわかってくれるはずだと思い直していた。
潮音たちが焼肉店を後にする頃には、夏の日もとっぷりと暮れて、闇夜に街灯が灯っていた。それと同時に、潮音や暁子、優菜も焼肉を味わってすっかり満腹そうな表情になっていた。真由美は潮音たちとはまだ全然話し足りないようで、神戸のことや潮音たちのことについてもっと知りたがった。潮音は真由美のおしゃべりは家に帰ってからもまだまだ続きそうだと感じて、やれやれと思いたくなった。
真由美は家に戻ると、さっそく潮音と暁子、優菜を自分の部屋に案内した。真由美が自分が学校の友達と一緒に写っている写真を暁子や優菜に示すと、優菜も思わず声を上げていた。
「真由美の高校の制服もなかなかかわいいやん。こんな制服着て東京で高校生活送れるなんて羨ましいわあ」
しかし暁子は真由美の示した、休日に学校の友達と一緒に遊びに行ったときの写真をどこか冷ややかな目で眺めていた。
「やっぱり東京の子たちって、あたしたちよりずっと服だっておしゃれだし、それに大人びているよね。今日電車に乗って周りを見てもそう感じたよ」
「そんなに自分を人と比べて悩むことなんかないじゃない。服だっておしゃれだって、自分らしいのが一番だよ」
真由美にあっけらかんとした表情で言われたとき、暁子は潮音が以前言った言葉を思い出していた。
――自分は…その「自分らしく」ということがどういうことかわかんないから、こんなに悩んでいるのに。
そこで暁子は、潮音の横顔にちらりと目を向けた。暁子は潮音が高校に入って以来、その「自分らしさ」を求めてどれだけ悩んだり、壁にぶつかったりしてきたかを目の当りにしてきたからだった。
しかし潮音は、真由美に対してこのように言った。
「真由美が東京に住んでいておしゃれだって言うのなら、そのおしゃれについてもっと教えてくれない?」
その潮音の言葉には、むしろ真由美の方が戸惑っていた。潮音が男の子だった頃を知る真由美にとっても、潮音がそのような反応を示したことが意外でならないようだった。
「潮音ちゃん…ほんとにそれでいいの?」
真由美のきょとんとした顔を前にしても、潮音は態度を崩そうとしなかった。
「ああ。たしかに自分が女になってしばらくの間は女の恰好するのに抵抗あったけど、いざこうして女として過ごしてみると、女がおしゃれに気を使うきもちだってわかるようになったから…なりたい自分になることだってできるわけだし」
その潮音の言葉を聞きながら、暁子は内心でひそかに潮音に対して悪態をついていた。
――潮音のバカ。無理して自分をよく見せようとする必要なんかないのに。
その後もしばらくおしゃべりは続き、この東京滞在中にどこに行けばいいかをみんなで話し合ったりもしたが、潮音たちは朝からバスに乗ってきて疲れていることもあって、あまり夜遅くならないうちに床につくことにした。潮音は暁子や優菜にとってもこの東京滞在が楽しいものになればいいのにと思いながら、いつしか眠りに落ちていった。
しかしそれでも、潮音は神戸からこうして遠路はるばる東京まで来た以上もう後に退くことはできないと覚悟を決めると、真由美が玄関のドアを開けるのに合わせて伯父の家に足を踏み入れた。
すると玄関口で、則子の兄にあたる潮音の伯父の尾中隆史と、伯母の尾中好美が潮音たちを出迎えた。
「いらっしゃい。この暑いのに、朝からずっとバスに乗ってきて疲れたでしょう」
好美は開口一番に、優しげな口調で潮音たちへの出迎えのあいさつを口にした。しかしその傍らにひかえていた隆史は、やはり自分の見知っていた潮音が男の子から女の子へと姿を変えたことには戸惑いを隠せないようだった。
「則子叔母さんから話は聞いてるけど、潮音もいろいろと大変だったみたいだね。…でもずいぶんかわいくなったじゃん」
そう話すときの隆史は、言葉を選んでいる様子がありありと見てとれた。そこで潮音のそばにいた暁子が思わず口を開いていた。
「あたしは潮音とは家が隣同士で、ちっちゃな頃からずっと知り合いでした。だから潮音が中三の秋にいきなり男の子から女の子になって以来、悩んできた様子だってこの目でずっと見てきたのです。だから潮音に対しては、あまり特別扱いせずに今まで通りに自然に接してほしいのです」
その暁子の言葉には、その場に居合わせた一同が思わず息を飲んだ。潮音は内心で、暁子は自分のためにそこまで出しゃばって気を使ってくれなくてもと思わずにはいられなかったが、好美はあくまでも気さくに話そうとした。
「潮音ちゃんのことは則子叔母さんからもよく聞いているわ。それにあなたは、やっぱりちっちゃな頃から夏休みに私たちのところに遊びに来て、真由美とも一緒に元気に遊んでいた潮音ちゃんと同じだなってことは、見ていてもわかるもの。今ではこうやって学校の友達まで連れてくるってことは、学校にもそれだけ仲いい友達がいるってことみたいね」
それは好美だけでなく、隆史も同じように感じているようだった。好美にやさしげに声をかけられて、潮音は思わず瞳を潤ませていた。
「ありがとう、好美伯母さん…それに隆史伯父さん」
その潮音と好美のやりとりを見守っていた暁子と優菜も、胸をなで下したような表情をしていた。そこで好美は、さっそく二階にある部屋に潮音たちを案内した。
「この六畳間に三人が寝泊まりするのはちょっと狭いかもしれないけど、それは勘弁してね」
潮音たちが部屋に荷物を置いても、真由美はすでに今晩潮音たちと何をして夜中まで遊ぼうかと考えながらウキウキしているようだった。潮音はそのような真由美の表情を見ながら、今夜ばかりはどうしようもないなと思って思わず息をついていた。そこで好美が潮音たちに声をかけた。
「ともかくみんなこの暑さで汗かいたみたいだから、順番にお風呂に入ったら」
潮音は自分たちのために伯父夫妻がそこまで準備をしてくれているのかと思うと、申し訳ないような気分になった。
潮音たち三人が順番に風呂で旅の汗を流した頃には、夕焼けも消えかけて家の外は闇に覆われつつあった。そのような中で隆史は、潮音たちを家の近くにある焼肉店に誘った。隆史の家族と潮音たちの一行の合計六人でテーブルを囲み、届けられた肉が網の上で焼かれるのを見守っていると、潮音も思わず顔に笑みを浮べていた。
肉が焼き上がると、さっそくそれにタレをつけて味わってご満悦の表情になったのは優菜だった。
「やっぱ朝からずっとバスに乗ってきて疲れたから、それだけ焼肉もおいしいわあ」
それは潮音も同感のようで、潮音も焼き上がった肉を夢中でぱくついていた。ただ暁子だけが、そのような潮音と優菜の様子をいささか呆れ気味に見つめていた。
潮音たちのそのような様子を見て、真由美がさっそく声をかけた。
「潮音ちゃんたちは神戸から来たんでしょ? 私もいっぺん神戸に行ってみたいな。中学の修学旅行で京都と奈良に行ったことはあるんだけど。奈良に行ったときには、東大寺の大仏や法隆寺を見たり、奈良公園で鹿にせんべいをあげたりもしたっけ」
「京都も奈良も、最近は外人さんがようさんおって混んどるけどな。その割にはあたしたちの住んどる神戸にはなかなか人が来てくれへんし。でも神戸はきれいな街やから、真由美ちゃんもいつでも来たらええよ。そのときはあたしが案内してあげるよ」
潮音は真由美と優菜がすっかり打ち解けて仲良く会話しているのを、いささか呆れ気味な顔で眺めていた。そこで潮音は、真由美は自分が小さな頃から夏休みに会ったときなどは、いつも明るく元気に振舞って自分は振り回されっぱなしだったことを思い出していた。そして潮音は今の真由美の様子を見ながら、そのような真由美の性格は今でも全然変っていないと感じていた。
そこで真由美の母親の好美も、真由美と優菜の話を満足げに聞いていた。
「神戸って港や異人館があるだけじゃなくて、すぐそこまで六甲山が迫っていて、おいしい洋菓子店もいっぱいあってほんとに素敵な街よね。私もいっぺん神戸に行ってみたいわ」
「その代わり、六甲山から市街地までイノシシが下りてきたりすることもありますけどね」
優菜の話を聞いて、好美は意外そうな顔をした。
しかしそこで、真由美は暁子がいまいち話に乗れずにいることに気がついた。
「そちらの子…石川さんって言ってたけど、潮音ちゃんの友達なんでしょ? 潮音ちゃんは学校で元気でやってるの?」
「むしろ潮音の方が元気すぎて、あたしの方こそそれに振り回されっぱなしだよ」
暁子がふと息をつきながら話すのを、潮音はどこかいやそうな顔で眺めていた。しかしそこで、真由美は暁子の顔を眺めながらさらに言葉を継いだ。
「石川さんもそんなに緊張してないで、もっと落ち着いて自然に話せばいいのに」
「いや…私は東京来るの初めてだから。バスが新宿のターミナルに着いたときも、新宿には人がいっぱいいるのに驚いたよ。だからちょっと不安でさ…」
暁子が口ごもるのを見て、真由美はそのような暁子のためらいを吹き飛ばそうとするかのように元気よく話しかけた。
「そんなの気にすることなんか全然ないじゃん。私は潮音ちゃんの友達がこうして神戸から来てくれただけでも十分嬉しいよ。東京でどこか行きたいところはない?」
そこで優菜は横から口をはさんだ。
「私はやっぱりディズニーランドに行きたいんやけど。あと鎌倉や江の島も、いろんなドラマやアニメの舞台になってるからいっぺん行ってみたいな」
「ディズニーランドねえ…逆に東京に住んでるとなかなか行く機会がないけど。それに江の島も今の季節は混んでるしねえ。江ノ電だって通勤電車みたいになることだってあるし」
そこで潮音は、真由美に話しかけた。
「悪いけど、私は明日は高齢者向けのマンションにいるおじいちゃんとおばあちゃんに会いに行きたいから、暁子と優菜でどこか好きなところに行ってくれ。あさってだったら一緒にどこか行けると思うから」
真由美は潮音の口調から、潮音はやはり自分が男の子だったときのくせが抜けていないのだろうかと感じているようだった。
そこで隆史も潮音にそっと話しかけた。
「おじいちゃんとおばあちゃんも、潮音がわざわざ神戸から会いに来たことを知ったら喜ぶと思うよ」
潮音の心の中では、祖父母が自分が女になったことを知ったらどのように感じるだろうかと不安になる気持ちもあったが、伯父の家族だって今こうして自分のことを受け入れてくれているのだから、変に気後れすることなどない、自分が誠意を持って接したら祖父母だってきっとわかってくれるはずだと思い直していた。
潮音たちが焼肉店を後にする頃には、夏の日もとっぷりと暮れて、闇夜に街灯が灯っていた。それと同時に、潮音や暁子、優菜も焼肉を味わってすっかり満腹そうな表情になっていた。真由美は潮音たちとはまだ全然話し足りないようで、神戸のことや潮音たちのことについてもっと知りたがった。潮音は真由美のおしゃべりは家に帰ってからもまだまだ続きそうだと感じて、やれやれと思いたくなった。
真由美は家に戻ると、さっそく潮音と暁子、優菜を自分の部屋に案内した。真由美が自分が学校の友達と一緒に写っている写真を暁子や優菜に示すと、優菜も思わず声を上げていた。
「真由美の高校の制服もなかなかかわいいやん。こんな制服着て東京で高校生活送れるなんて羨ましいわあ」
しかし暁子は真由美の示した、休日に学校の友達と一緒に遊びに行ったときの写真をどこか冷ややかな目で眺めていた。
「やっぱり東京の子たちって、あたしたちよりずっと服だっておしゃれだし、それに大人びているよね。今日電車に乗って周りを見てもそう感じたよ」
「そんなに自分を人と比べて悩むことなんかないじゃない。服だっておしゃれだって、自分らしいのが一番だよ」
真由美にあっけらかんとした表情で言われたとき、暁子は潮音が以前言った言葉を思い出していた。
――自分は…その「自分らしく」ということがどういうことかわかんないから、こんなに悩んでいるのに。
そこで暁子は、潮音の横顔にちらりと目を向けた。暁子は潮音が高校に入って以来、その「自分らしさ」を求めてどれだけ悩んだり、壁にぶつかったりしてきたかを目の当りにしてきたからだった。
しかし潮音は、真由美に対してこのように言った。
「真由美が東京に住んでいておしゃれだって言うのなら、そのおしゃれについてもっと教えてくれない?」
その潮音の言葉には、むしろ真由美の方が戸惑っていた。潮音が男の子だった頃を知る真由美にとっても、潮音がそのような反応を示したことが意外でならないようだった。
「潮音ちゃん…ほんとにそれでいいの?」
真由美のきょとんとした顔を前にしても、潮音は態度を崩そうとしなかった。
「ああ。たしかに自分が女になってしばらくの間は女の恰好するのに抵抗あったけど、いざこうして女として過ごしてみると、女がおしゃれに気を使うきもちだってわかるようになったから…なりたい自分になることだってできるわけだし」
その潮音の言葉を聞きながら、暁子は内心でひそかに潮音に対して悪態をついていた。
――潮音のバカ。無理して自分をよく見せようとする必要なんかないのに。
その後もしばらくおしゃべりは続き、この東京滞在中にどこに行けばいいかをみんなで話し合ったりもしたが、潮音たちは朝からバスに乗ってきて疲れていることもあって、あまり夜遅くならないうちに床につくことにした。潮音は暁子や優菜にとってもこの東京滞在が楽しいものになればいいのにと思いながら、いつしか眠りに落ちていった。
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