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第五部
第七章・TOKYO(その10)
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潮音たちがゆりかもめの駅に着いた頃には、夏の日も西に傾きつつあった。潮音たちがゆりかもめの電車に乗りこむと、電車は高層マンションの脇を抜けてレインボーブリッジを渡り、お台場を後にした。レインボーブリッジを渡り終えたところでゆりかもめの軌道がループ線になっているのには、潮音ももの珍しそうに目を向けた。
やがてゆりかもめの電車はビル街に囲まれた新橋駅に着き、そこで潮音たちが山手線の電車に乗り換えて東京駅に降り立つと、駅の中にも土産物店がいっぱいあって、そこに多くの旅行客たちが集まってごった返しているのに潮音は驚いた。
そして潮音と暁子、優菜の三人は、夏休みの帰省客や旅行客でごった返す東京駅の新幹線乗り換え改札の前で真由美やみなもと別れた。
「潮音もこれから大学受験とかでいろいろ大変になるかもしれないけど、いつかまた東京に来てよ。今回みたいに友達誘ってもいいからさ」
真由美がさっぱりとした表情で潮音たちを見送ろうとすると、その隣にいたみなももどこかもじもじとした表情で口を開いた。
「あの…潮音にはまたいつか会いたいけど、何かあったらSNSに送信してくれないかな。ぼくだっていつか神戸に行きたいから…」
みなもは見るからに、潮音に対して名残惜しそうな態度を取っていた。それに対して暁子や優菜も、真由美とみなもに対して笑顔で応えた。
「あたしたちもこの何日か、東京のいろんなところに行けてほんとに楽しかったよ。真由美やみなもも、これからも頑張ってね」
「あたしたちが東京おる間に、家に泊めてくれてほんまにありがとう。真由美もみなもも、いつでもええから神戸に来るとええよ。そのときは案内してあげるから」
それから潮音は真由美と軽く握手をすると、真由美の「じゃあね」というあいさつの声に見送られてキャリーバッグを引きながら、新幹線の改札を通った。その後で潮音が後ろを振り向くと、真由美とみなもが手を振っていたので、潮音も手を振ってそれに応えた。
潮音が暁子や優菜と三人で新幹線に乗り込んで三人掛けの座席につくと、しばらくして新幹線は動き始めた。車窓を夏の西日に照らされた、多くの人が行き交う東京の街並みが流れていくのを、潮音はじっと眺めていた。
新幹線が品川駅を出てスピードを上げると、優菜はさっそく東京駅の売店で買ったシウマイの箱を取り出した。
「新幹線が西明石に着くまではまだ時間あるから、これでも食べへん?」
潮音は優菜が笑顔を浮べているのを、呆れ顔で見ていた。
「さっきお台場でたこ焼きを食べたばかりだろ」
「この旅行もこれで終りやから、せめておいしいもの食べな。これは横浜の名物やし」
「太っても知らないぞ」
しかし暁子も、シウマイの箱をさっそく開いていた。
「醤油が入っている容器が、こんな形をしてるのが珍しいよね」
暁子は箱の中に入っていた、醤油の容器をもの珍しそうに見ていたので、潮音も仕方ないなとばかりに自分の分のシウマイの箱を開いた。
そのようにして潮音たちがシウマイを味わっている間に、新幹線は新丹那トンネルを抜けて車窓には富士山の夕景が見えるようになっていた。富士山の上に広がる夕空は青く澄みわたっており、そこに高く浮ぶ薄雲はすでに夏も終りに近づいていることを示していた。潮音は新幹線の車窓を流れる、暮色の漂い始めた風景を眺めながらふとつぶやいた。
「この五日間はさんざん遊んだけど、その分帰ったら夏休みの終りは宿題と勉強に追われることになりそうだね。バレエのレッスンだって行かなきゃいけないし」
そう話す潮音の口調はどこかくたびれ気味で、気の重さがありありと現れていた。そこで暁子も潮音にため息混じりの口調で言った。
「この五日間はほんとに楽しかったけど、楽しいことばかりはいつまでも続かないよね。もうちょっとしたら夏休みも終りだし」
「でもよかったやん。東京行けただけやなくて、潮音のいとこやその友達とも仲良うなれたし」
優菜はご機嫌そうだったが、潮音はどこか気づまりな表情をしていた。その潮音の顔をのぞき込んで、暁子が心配そうに潮音に尋ねた。
「潮音…、もしかしてあのみなもってこのことが気になってるの?」
「ああ。あの子がどんなことで困っているのかや悩んでいるのかはまだ具体的にはわかんないし、だからあの子に対しては『気持ちはわかる』なんて軽々しく言えないけど、あの子見てるとなんかほっとけないものを感じるんだ」
「でもあの子はたしかに学校にはなじめなかったかもしれないけど、その代わり通信制の高校で頑張ってるんでしょ? ここはあの子のことを信頼して任せてみてもいいんじゃないかな。それでも潮音にはSNSだってあるんだから、ほんとにあの子が困ったときには話を聞いてあげればいいよ」
潮音が暁子の話を黙って聞いていると、優菜もそこに口をはさんだ。
「潮音やったら大丈夫やと思うよ。潮音はこれまで、いろんな子の面倒見てきたやん。潮音がそうなれたってことは、潮音がそれまで悩んできたことは無駄やなかったってことやね」
優菜にまで褒められて、潮音は気恥ずかしい思いがしたが、その一方で暁子や優菜にとってもみなもは少し気になる存在なのだなと思っていた。そこで暁子は座席で軽く伸びをしながら、さらに言葉を継いだ。
「東京は楽しかったけど、街も電車も人がいっぱいで疲れたよね。たまに遊びに行くくらいならいいけど、住むのはどうかなあ」
「家賃かて高いみたいやしな」
暁子と優菜が話すのを聞きながら、潮音は小百合の話を聞いて、もっと広い世界を見たいと思って東京に行ったものの、やはり自分は大学に進学して東京に出るのか、それとも地元の大学に通うのかと考えていた。
そこで潮音は、あらためて昇や紫のことを思い出していた。
――昇はやっぱり東大に行くのだろうか。紫だって、いやその他にもうちの学校の同級生の何人かは高校を卒業したら、東京の大学に進学するかもしれない。…だったら自分はどうしたらいいのだろうか。そして自分がもし大学に進学するときに東京に出たら、今のように暁子や優菜と一緒にいられるだろうか…。
潮音がいろいろと考えこんでいる間にも、潮音たちを乗せた新幹線は西へと進みつつあった。それにつれて夏の空は徐々に明るさを失って夕焼けは宵闇へと変り、車窓にも街の灯がぽつりぽつりと灯るようになっていった。その頃になると暁子や優菜もさすがに旅の疲れを感じるようになったのか、口数も少なくなっていた。
そして新幹線が西明石駅に着いた頃には、新幹線の車内もかなり空いていただけでなく、日もとっぷりと暮れて外は暗くなっていた。西明石駅で電車を乗り換えて潮音が自宅に戻ると、雄一や則子が親戚一同は元気だったかと尋ねる一方で、綾乃がディズニーランドの土産物を一番に楽しみにしていたのには潮音もやれやれと思いたくなった。
潮音は自室に戻り部屋着に着替えて一息つくと、さっそくSNSで漣に連絡を取った。漣も潮音が東京に行ったときの話を興味深そうに聞いていたが、そこで潮音は話の最後にぽつりとみなもに会ったときの話をした。漣もみなものことを聞いて、みなもに対しては何か自分と似たものを感じたようだったが、そこで潮音は漣に対して、悩んでいるのは漣一人だけではないのだから、あまり思いつめたりしない方がいいと送信した。漣もそれには少し納得したようだった。
その翌日から、潮音は夏休みの宿題の残りの片付けに追われた。それだけでなく、潮音が久しぶりにバレエのレッスンに出向くと、紫はこの夏もバレエの合宿に行って、よりバレエの技術に磨きをかけたように見えた。受験勉強が大変になる前に、自分のやりたいことをしっかりやろうという紫の意気込みを、潮音もひしひしと感じていた。その頃になるとまだ日中は暑さを感じるものの、日暮れの時刻も早まり日が落ちると虫の鳴き声も聞こえるようになっていった。
そして九月になって新学期が始まると、潮音は始業式に向かう途中の校門で、清子や杏李と談笑しながら歩いている香澄とばったり出会った。
「香澄は夏休みはどうしたの?」
「はい、お姉ちゃんと一緒にUSJに行きました。お姉ちゃんも受験生だけど、一日くらいは息抜きしなきゃと言って」
「楽しかったかい」
「はい。…でも、お姉ちゃんと一緒に遊んでいて、こんなに楽しかったのは久しぶりのような気がします。あたし自身、お姉ちゃんが生徒会長や剣道部で頑張っているのを見ているうちに、どこかお姉ちゃんと自然に接することができなくなっていたけれども、今になってようやくふっ切れることができたのかもしれません」
潮音は香澄が剣道の大会で泣き崩れたのを見ているだけに、香澄がいつものような屈託のない笑顔を浮べているのを見て内心でほっとしていた。
「お姉ちゃんはどこの大学行くか知らないけど、これからもお姉ちゃんと仲良くしろよ」
潮音の言葉で、香澄は少し元気を取り戻したようだった。
潮音が中等部の校舎に向かう香澄や清子、杏李を見送って高等部の校舎に向かうと、校舎の玄関には遥子とすぴかがいた。遥子はかなり日焼けしており、夏休み中はフットサルの練習に打ち込んだことがそれだけでもよく伝わってきた。
「暑い中練習するのは大変だったけど、それだけにチームのまとまりも出てきたような気がします。一日だけ合宿もやったんですよ」
遥子のはきはきとした元気な口調からは、暑さにへこたれた様子は微塵も感じられなかった。
「遥子もフットサルを頑張るのもいいけど、まだ昼間は暑いからな。日焼けや熱中症には気をつけた方がいいよ。ところですぴかはこの夏休みはどうしたの?」
「はい。ファッション同好会は今度の文化祭で考えたファッションの発表をやるので、そのために夏休みも何度も学校に来てファッションの案を出し合ったり、実際に服を作ってみたりしました。文化祭を楽しみにしておいて下さいね」
すぴかがファッション同好会の活動に手ごたえを感じている様子を見て、潮音もかつて自分が同好会の設立を手伝ったことを思い出して嬉しくなっていた。そこで潮音が夏休み中に東京を訪れて、その際に渋谷や原宿にも立ち寄った話をすると、すぴかは途端に目を輝かせた。
「東京か…いいなあ。あたしもぜひこの目で渋谷や原宿のストリートファッションを見てみたいです」
すぴかの様子を見て、潮音はやはりすぴかは純粋にファッション関係の道に進むことを憧れているのだなと感じて、その目標をかなえることができればと思わずにはいられなかった。
二学期の始業式が終って生徒たちがそれぞれのクラスの教室に向かうと、ホームルームが始まるまでの時間に生徒たちは夏休みの間何をしたかの話題で盛り上がっていた。生徒たちの間にはすでに大学受験を見越してこの夏休みから塾や予備校に通い始めた者もいたが、潮音が暁子や優菜と東京に行った話を興味深げに聞く生徒も少なくなかった。キャサリンもこの夏に来日した家族と久しぶりに再会できたことを嬉しそうに話していた。
そこにクラスの担任の美咲が入ってくると、生徒たちは皆拍手と歓声で美咲を出迎えた。美咲はこの夏休みの間に結婚式を済ませていたのだった。美咲はいくら結婚したとはいえ、自分の生徒たちに対する姿勢が変るわけじゃないからと言って生徒たちをなだめようとしたが、潮音はこれからも文化祭などがあるから、それを控えてこれからもクラスが盛り上がっていけばいいのにと感じていた。
(第五部・完)
やがてゆりかもめの電車はビル街に囲まれた新橋駅に着き、そこで潮音たちが山手線の電車に乗り換えて東京駅に降り立つと、駅の中にも土産物店がいっぱいあって、そこに多くの旅行客たちが集まってごった返しているのに潮音は驚いた。
そして潮音と暁子、優菜の三人は、夏休みの帰省客や旅行客でごった返す東京駅の新幹線乗り換え改札の前で真由美やみなもと別れた。
「潮音もこれから大学受験とかでいろいろ大変になるかもしれないけど、いつかまた東京に来てよ。今回みたいに友達誘ってもいいからさ」
真由美がさっぱりとした表情で潮音たちを見送ろうとすると、その隣にいたみなももどこかもじもじとした表情で口を開いた。
「あの…潮音にはまたいつか会いたいけど、何かあったらSNSに送信してくれないかな。ぼくだっていつか神戸に行きたいから…」
みなもは見るからに、潮音に対して名残惜しそうな態度を取っていた。それに対して暁子や優菜も、真由美とみなもに対して笑顔で応えた。
「あたしたちもこの何日か、東京のいろんなところに行けてほんとに楽しかったよ。真由美やみなもも、これからも頑張ってね」
「あたしたちが東京おる間に、家に泊めてくれてほんまにありがとう。真由美もみなもも、いつでもええから神戸に来るとええよ。そのときは案内してあげるから」
それから潮音は真由美と軽く握手をすると、真由美の「じゃあね」というあいさつの声に見送られてキャリーバッグを引きながら、新幹線の改札を通った。その後で潮音が後ろを振り向くと、真由美とみなもが手を振っていたので、潮音も手を振ってそれに応えた。
潮音が暁子や優菜と三人で新幹線に乗り込んで三人掛けの座席につくと、しばらくして新幹線は動き始めた。車窓を夏の西日に照らされた、多くの人が行き交う東京の街並みが流れていくのを、潮音はじっと眺めていた。
新幹線が品川駅を出てスピードを上げると、優菜はさっそく東京駅の売店で買ったシウマイの箱を取り出した。
「新幹線が西明石に着くまではまだ時間あるから、これでも食べへん?」
潮音は優菜が笑顔を浮べているのを、呆れ顔で見ていた。
「さっきお台場でたこ焼きを食べたばかりだろ」
「この旅行もこれで終りやから、せめておいしいもの食べな。これは横浜の名物やし」
「太っても知らないぞ」
しかし暁子も、シウマイの箱をさっそく開いていた。
「醤油が入っている容器が、こんな形をしてるのが珍しいよね」
暁子は箱の中に入っていた、醤油の容器をもの珍しそうに見ていたので、潮音も仕方ないなとばかりに自分の分のシウマイの箱を開いた。
そのようにして潮音たちがシウマイを味わっている間に、新幹線は新丹那トンネルを抜けて車窓には富士山の夕景が見えるようになっていた。富士山の上に広がる夕空は青く澄みわたっており、そこに高く浮ぶ薄雲はすでに夏も終りに近づいていることを示していた。潮音は新幹線の車窓を流れる、暮色の漂い始めた風景を眺めながらふとつぶやいた。
「この五日間はさんざん遊んだけど、その分帰ったら夏休みの終りは宿題と勉強に追われることになりそうだね。バレエのレッスンだって行かなきゃいけないし」
そう話す潮音の口調はどこかくたびれ気味で、気の重さがありありと現れていた。そこで暁子も潮音にため息混じりの口調で言った。
「この五日間はほんとに楽しかったけど、楽しいことばかりはいつまでも続かないよね。もうちょっとしたら夏休みも終りだし」
「でもよかったやん。東京行けただけやなくて、潮音のいとこやその友達とも仲良うなれたし」
優菜はご機嫌そうだったが、潮音はどこか気づまりな表情をしていた。その潮音の顔をのぞき込んで、暁子が心配そうに潮音に尋ねた。
「潮音…、もしかしてあのみなもってこのことが気になってるの?」
「ああ。あの子がどんなことで困っているのかや悩んでいるのかはまだ具体的にはわかんないし、だからあの子に対しては『気持ちはわかる』なんて軽々しく言えないけど、あの子見てるとなんかほっとけないものを感じるんだ」
「でもあの子はたしかに学校にはなじめなかったかもしれないけど、その代わり通信制の高校で頑張ってるんでしょ? ここはあの子のことを信頼して任せてみてもいいんじゃないかな。それでも潮音にはSNSだってあるんだから、ほんとにあの子が困ったときには話を聞いてあげればいいよ」
潮音が暁子の話を黙って聞いていると、優菜もそこに口をはさんだ。
「潮音やったら大丈夫やと思うよ。潮音はこれまで、いろんな子の面倒見てきたやん。潮音がそうなれたってことは、潮音がそれまで悩んできたことは無駄やなかったってことやね」
優菜にまで褒められて、潮音は気恥ずかしい思いがしたが、その一方で暁子や優菜にとってもみなもは少し気になる存在なのだなと思っていた。そこで暁子は座席で軽く伸びをしながら、さらに言葉を継いだ。
「東京は楽しかったけど、街も電車も人がいっぱいで疲れたよね。たまに遊びに行くくらいならいいけど、住むのはどうかなあ」
「家賃かて高いみたいやしな」
暁子と優菜が話すのを聞きながら、潮音は小百合の話を聞いて、もっと広い世界を見たいと思って東京に行ったものの、やはり自分は大学に進学して東京に出るのか、それとも地元の大学に通うのかと考えていた。
そこで潮音は、あらためて昇や紫のことを思い出していた。
――昇はやっぱり東大に行くのだろうか。紫だって、いやその他にもうちの学校の同級生の何人かは高校を卒業したら、東京の大学に進学するかもしれない。…だったら自分はどうしたらいいのだろうか。そして自分がもし大学に進学するときに東京に出たら、今のように暁子や優菜と一緒にいられるだろうか…。
潮音がいろいろと考えこんでいる間にも、潮音たちを乗せた新幹線は西へと進みつつあった。それにつれて夏の空は徐々に明るさを失って夕焼けは宵闇へと変り、車窓にも街の灯がぽつりぽつりと灯るようになっていった。その頃になると暁子や優菜もさすがに旅の疲れを感じるようになったのか、口数も少なくなっていた。
そして新幹線が西明石駅に着いた頃には、新幹線の車内もかなり空いていただけでなく、日もとっぷりと暮れて外は暗くなっていた。西明石駅で電車を乗り換えて潮音が自宅に戻ると、雄一や則子が親戚一同は元気だったかと尋ねる一方で、綾乃がディズニーランドの土産物を一番に楽しみにしていたのには潮音もやれやれと思いたくなった。
潮音は自室に戻り部屋着に着替えて一息つくと、さっそくSNSで漣に連絡を取った。漣も潮音が東京に行ったときの話を興味深そうに聞いていたが、そこで潮音は話の最後にぽつりとみなもに会ったときの話をした。漣もみなものことを聞いて、みなもに対しては何か自分と似たものを感じたようだったが、そこで潮音は漣に対して、悩んでいるのは漣一人だけではないのだから、あまり思いつめたりしない方がいいと送信した。漣もそれには少し納得したようだった。
その翌日から、潮音は夏休みの宿題の残りの片付けに追われた。それだけでなく、潮音が久しぶりにバレエのレッスンに出向くと、紫はこの夏もバレエの合宿に行って、よりバレエの技術に磨きをかけたように見えた。受験勉強が大変になる前に、自分のやりたいことをしっかりやろうという紫の意気込みを、潮音もひしひしと感じていた。その頃になるとまだ日中は暑さを感じるものの、日暮れの時刻も早まり日が落ちると虫の鳴き声も聞こえるようになっていった。
そして九月になって新学期が始まると、潮音は始業式に向かう途中の校門で、清子や杏李と談笑しながら歩いている香澄とばったり出会った。
「香澄は夏休みはどうしたの?」
「はい、お姉ちゃんと一緒にUSJに行きました。お姉ちゃんも受験生だけど、一日くらいは息抜きしなきゃと言って」
「楽しかったかい」
「はい。…でも、お姉ちゃんと一緒に遊んでいて、こんなに楽しかったのは久しぶりのような気がします。あたし自身、お姉ちゃんが生徒会長や剣道部で頑張っているのを見ているうちに、どこかお姉ちゃんと自然に接することができなくなっていたけれども、今になってようやくふっ切れることができたのかもしれません」
潮音は香澄が剣道の大会で泣き崩れたのを見ているだけに、香澄がいつものような屈託のない笑顔を浮べているのを見て内心でほっとしていた。
「お姉ちゃんはどこの大学行くか知らないけど、これからもお姉ちゃんと仲良くしろよ」
潮音の言葉で、香澄は少し元気を取り戻したようだった。
潮音が中等部の校舎に向かう香澄や清子、杏李を見送って高等部の校舎に向かうと、校舎の玄関には遥子とすぴかがいた。遥子はかなり日焼けしており、夏休み中はフットサルの練習に打ち込んだことがそれだけでもよく伝わってきた。
「暑い中練習するのは大変だったけど、それだけにチームのまとまりも出てきたような気がします。一日だけ合宿もやったんですよ」
遥子のはきはきとした元気な口調からは、暑さにへこたれた様子は微塵も感じられなかった。
「遥子もフットサルを頑張るのもいいけど、まだ昼間は暑いからな。日焼けや熱中症には気をつけた方がいいよ。ところですぴかはこの夏休みはどうしたの?」
「はい。ファッション同好会は今度の文化祭で考えたファッションの発表をやるので、そのために夏休みも何度も学校に来てファッションの案を出し合ったり、実際に服を作ってみたりしました。文化祭を楽しみにしておいて下さいね」
すぴかがファッション同好会の活動に手ごたえを感じている様子を見て、潮音もかつて自分が同好会の設立を手伝ったことを思い出して嬉しくなっていた。そこで潮音が夏休み中に東京を訪れて、その際に渋谷や原宿にも立ち寄った話をすると、すぴかは途端に目を輝かせた。
「東京か…いいなあ。あたしもぜひこの目で渋谷や原宿のストリートファッションを見てみたいです」
すぴかの様子を見て、潮音はやはりすぴかは純粋にファッション関係の道に進むことを憧れているのだなと感じて、その目標をかなえることができればと思わずにはいられなかった。
二学期の始業式が終って生徒たちがそれぞれのクラスの教室に向かうと、ホームルームが始まるまでの時間に生徒たちは夏休みの間何をしたかの話題で盛り上がっていた。生徒たちの間にはすでに大学受験を見越してこの夏休みから塾や予備校に通い始めた者もいたが、潮音が暁子や優菜と東京に行った話を興味深げに聞く生徒も少なくなかった。キャサリンもこの夏に来日した家族と久しぶりに再会できたことを嬉しそうに話していた。
そこにクラスの担任の美咲が入ってくると、生徒たちは皆拍手と歓声で美咲を出迎えた。美咲はこの夏休みの間に結婚式を済ませていたのだった。美咲はいくら結婚したとはいえ、自分の生徒たちに対する姿勢が変るわけじゃないからと言って生徒たちをなだめようとしたが、潮音はこれからも文化祭などがあるから、それを控えてこれからもクラスが盛り上がっていけばいいのにと感じていた。
(第五部・完)
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