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第六部
第二章・スケートに行こう(その4)
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リンクの上に足を踏み入れた潮音に、紫はまずスケート靴でしっかり氷の上に立つ方法を教えた。つま先を少し広げて立つことによって、潮音は氷の上でも安定して立っていられるようになったような気がした。
そこから潮音は、紫に教えられるままにはじめはリンクの上を一歩一歩歩いてみることから始めてみた。そしてそうやって練習するうちに、潮音はゆっくりと短い距離ながらリンクの上を滑ることができるようになった。紫も潮音は、初心者にしてはだいぶ覚えが早いと感心していたが、暁子や潮音はそれを見守りながら、潮音はスケートも飲み込みが早いのは、やはり水泳やバレエを通して運動の基礎ができているからだろうかと思っていた。
しかし暁子は、潮音が紫と一緒にスケートを楽しんでいるのを見守りながら、どこか浮かない表情をしていた。そのとき暁子は、物心ついたときからいつも一緒に遊んだり、ときにはふざけ合ったりもしてきた潮音が、自分よりもはるかに先を進んでいるかのように感じていた。
そのとき優菜は、暁子の表情からその心の中を察していた。そこで優菜は、そっと暁子の肩を叩いてリンクから下がらせ、自らもそれに付き添った。スケートに興じる潮音や紫たちを横目に、優菜は小声でそっと暁子に耳打ちした。
「アッコ、もしかして今、潮音はどんどん自分のやりたいことやって前に進んどるのに、その一方で自分は何やっとるんやろうと思っとるんとちゃうか」
優菜に問いかけられても、暁子は黙ったままだった。しかしその表情は、優菜の指摘が図星であることを物語っていた。そこでさらに優菜は言葉を継いだ。
「潮音は潮音、アッコはアッコなんやから、いちいち潮音のことばかり気にすることなんかあらへんやん。アッコはアッコのやりたいようにすればええやろ」
その優菜の言葉を聞いて、暁子は少し気を取り直したようだった。暁子が優菜に手を引かれてリンクに戻ると、潮音が暁子を出迎えた。
「暁子…やっぱり自分はうまくスケートが滑れないとか思ってるの」
暁子が答えに窮していると、潮音は暁子をなだめるように声をかけた。
「そんなの気にすることないじゃん。せっかくみんなで一緒にスケートに来たのだから、もっと楽しまなきゃ」
潮音の言葉を聞いて、そばにいた優菜も暁子を元気づけるように声をあげた。
「ほんまやでアッコ。もっと自分に自信持ちや」
そこで潮音は、暁子にそっと声をかけた。
「それだったら、私と一緒にスケートやろうか」
潮音の誘いに、暁子は軽くうなづいた。とはいえ潮音も、暁子にスケートを教えられる自信はなかった。
潮音はさっき紫に教えてもらったように、暁子にスケート靴をはいてリンクの上に立ち、そこから軽い足取りで歩いてみるところから教えることにした。暁子も潮音と一緒にリンクの上を歩いているうちに、多少はリンクの上を歩けるようになったようだった。
しかし暁子は、その間ずっとはにかみ気味な表情をしていた。優菜はそれを眺めながら、暁子は潮音が男の子だった頃のことを思い出して、今でも「男の子」の潮音と一緒にいるような感覚になっているのかもしれないと感じていた。そこから優菜は、暁子はやはり中学生のころから男の子だった潮音に対してほのかな思いを抱いていたのだろうか、それを潮音が女の子になった今も心の中でずっと引きずっているのだろうかと思って、胸の痛みを覚えずにはいられなかった。
そうしているうちに、暁子も覚束ない足取りながら潮音と一緒にリンクの上をゆっくりと滑ることができるようになっていた。その様子を見て、潮音も思わず暁子に声をかけていた。
「暁子、ちょっと練習するだけでもだいぶうまくなったじゃん」
それに対して、暁子は屈託のない表情で答えた。
「そんな…。潮音がそばについて教えてくれたからだよ」
そう話す暁子の表情からは、先ほどの不安げな様子は消えて、いつも通りの明るく元気な表情になっていた。優菜も暁子が明るさを取り戻したのにほっとしたが、その一方で優菜は暁子がそのような表情をしているのは、スケートを滑れるようになったからというよりも、潮音と一緒にいられるからだろうと思っていた。しかしそれでも、暁子がこのような表情になっただけでも、今日みんなでスケートリンクに出かけてよかったと優菜は感じていた。
ちょうどそこに恭子もやってきたが、恭子もやはり嬉しそうな表情をしていた。潮音や暁子と同じくスケートの初心者だった恭子も、紫からスケートの初歩を教えてもらったのだった。
「潮音と暁子もちょっとの間にずいぶんスケート上手になったやん。それも紫の教え方がうまいからやわ」
その恭子の様子を見て、恭子はやっぱり紫に憧れているのだなと潮音は思って、やれやれと息をつきたくなった。
それからしばらくみんなでスケートを楽しんだ後で、冬の陽も早くも西に傾いてきたので、潮音たちはスケートリンクを後にして帰宅の途についたが、その前にみんなで喫茶店に寄って軽く一服してから帰ることにした。
潮音たちが喫茶店のテーブルに就くと、話題の中心になっていたのはやはり紫のスケートの上手さだった。紫が自分も小さな頃はバレリーナでなければフィギュアスケートの選手になりたいと思っていたと話すと、その場にいたみんなも納得したような表情をしたが、そこで紫はただ選手に憧れていただけで、本格的にフィギュアスケートを習っていたわけではないと慌てて言葉をつけ足した。それでも恭子は、ここで口から言葉を漏らしていた。
「紫はやると決めたら、とことんまでやる性格やもんな。しかし何でもそれで成果出せるところがすごいよ」
そこで紫は、あわてて恭子の言葉を打消した。
「恭子もそこまで言ったらほめすぎよ」
紫も恭子が今でも紫に憧れているような表情をしたのには、さすがに気恥ずかしそうにしていた。さらに恭子は、光瑠にも目を向けた。
「光瑠かてスケートはあまりやったことないとか言うとったけど、その割にはスケートけっこう上手やったやん。うちの学校の後輩たちが光瑠がスケートで滑っとるとこ見たら、また光瑠の人気が上がるんとちゃうか」
恭子のお調子者ぶりには、光瑠も困ったような表情をしていた。しかしそれに対しては、さすがに紫が恭子をたしなめた。
「恭子もいいかげんにしなさい」
それにはさすがに、恭子もしゅんとしてしまった。そこでキャサリンも紅茶を飲みながら口を開いた。
「私もイギリスにいた頃には冬になるとスケートに行きましたが、日本に来てからスケートに行くのははじめてです。でも久しぶりのスケートも楽しかったです」
それに美鈴も相槌を打った。
「あたしの実家があるところも冬はけっこう冷えるけど、そこではよくスケートに行ったよ。そのときのことを思い出して懐かしかったわ」
「美鈴の田舎、いっぺん行ってみたいな。食べ物だっておいしいって聞いてるし」
光瑠が美鈴に返事をすると、みんなが同感だと言わんばかりの顔をして、その場の空気がなごんだような気がした。
それからしばらくの間、潮音たちはみんなで年末年始の予定や来年のことなどについてとりとめもない世間話に花を咲かせた後で、喫茶店を後にして解散し、帰途につくことにした。潮音は帰る方向が同じ暁子や優菜、紫と一緒の電車に乗ることになったが、駅はいよいよ年の瀬を迎えて、行き交う人々の足取りも心なしか慌ただしく見えた。
潮音たちがホームに上がって電車を待っていると、その間に優菜がぼそりと口を開いた。
「今年ももうすぐ終わりやけど、ほんまにいろんなことがあったね。ゴールデンウィークには潮音のお姉ちゃんの運転する車でフラワー公園に行ったし、六月には修学旅行で北海道に行ったし、夏休みにはアッコや潮音と一緒に東京に行ったし。でも来年は灰色の受験生生活やな」
優菜はそう言ってため息をついたが、優菜の「東京に行った」という話を聞いて、紫はそれに興味を示すようなそぶりをした。
「いいなあ。私も東京行きたいなあ」
そこで潮音は、東京で出会った真由美やみなものことをあらためて思い出して、特にみなもにまた会えたらと思っていた。しかし暁子は、東京に憧れている紫をどこか冷ややかな目で見ていた。
「いや、東京はなかなか楽しかったけど、人が多くて疲れたよ。でも峰山さんだって、高校卒業したら東京の大学に行くかもしれないんでしょ?」
そこで紫は軽く首を振りながら言った。
「いや、まだわかんないよ」
潮音は紫の謙遜するようなそぶりを見ながら、紫こそ東京でもどこでもいいから、もっと広い世界に出て活躍できるのにと思っていた。
そして潮音たちが電車に乗り込むと、紫は潮音と暁子に向かって口を開いた。
「さっき潮音が暁子にスケートを教えているところを見て思ったよ。やっぱり暁子と潮音は仲良しなんだなって」
紫があどけない口調で話すので、暁子はますます気恥ずかしそうなそぶりをした。
「そんな…。あたしと潮音は家が隣同士で、ちっちゃな頃からずっと一緒だったんだから当り前じゃん」
「だからこそ、暁子にはこれからも潮音のことをこれからもずっと、ちゃんと見守っていてほしいの。潮音はあの通り、男の子から女の子になっちゃっていろいろ頑張っているけど、あの通りの不器用な性格だし、心の中ではどこか無理しているところがあるんじゃないかって気がするから」
紫に言われて、暁子はますます顔を赤らめてしまった。しかし潮音も暁子のそのような態度を目にしながら、考え込まずにはいられなかった。
――私はこれまで、特に女になってから後は暁子にはさんざん世話になってきたし、迷惑だってだいぶかけた。でも暁子とは別の大学に行くことになるかもしれないし、そうなったら本当に暁子と別れる時が来る。そうなったらそうすればいい? 誰を頼りにすればいい?
そこで優菜も、潮音と暁子を交互に見比べながら考え込んでいた。
――潮音ってほんまに鈍感やな。アッコは潮音が男やったときから、きっと潮音に「幼なじみ」以上の感情を持っとったのに、それに気づかへんのやから。でもアッコも、いいかげんに潮音のことばかりにとらわれてへんで、もっと自分に自信持って自分のやりたいことしたらええのに。
そうやってみんなの思いが交錯しているうちに電車は神戸の市街地を抜けて、車窓には夕方の明石海峡や淡路島が流れるようになっていた。やがて潮音たちが自宅の最寄駅で電車を降りると、紫は「よいお年を」と言い残して潮音たちと別れた。
そして潮音は暁子や優菜と一緒に西日の照らす道を自宅に向かうと、自宅の前で一つの人影と出会った。その人影は昇だった。潮音がぎくりとする間もなく、昇の方から潮音に尋ねていた。
「藤坂さんは友達と一緒じゃない。どこに行ってたの?」
「あの…みんなでスケートに行ってたの。湯川君はやっぱり勉強?」
「ああ、予備校の冬期講習だよ。これからまた勉強しなきゃ」
「偉いね…私なんか来年は受験生だから、せめて今度のお正月くらいは遊ばせろとか思っていたのに」
暁子と優菜は、潮音が昇を前にして気恥ずかしそうに浮ついた態度を取っているのを、どこかおかしそうな表情で眺めていた。
そこから潮音は、紫に教えられるままにはじめはリンクの上を一歩一歩歩いてみることから始めてみた。そしてそうやって練習するうちに、潮音はゆっくりと短い距離ながらリンクの上を滑ることができるようになった。紫も潮音は、初心者にしてはだいぶ覚えが早いと感心していたが、暁子や潮音はそれを見守りながら、潮音はスケートも飲み込みが早いのは、やはり水泳やバレエを通して運動の基礎ができているからだろうかと思っていた。
しかし暁子は、潮音が紫と一緒にスケートを楽しんでいるのを見守りながら、どこか浮かない表情をしていた。そのとき暁子は、物心ついたときからいつも一緒に遊んだり、ときにはふざけ合ったりもしてきた潮音が、自分よりもはるかに先を進んでいるかのように感じていた。
そのとき優菜は、暁子の表情からその心の中を察していた。そこで優菜は、そっと暁子の肩を叩いてリンクから下がらせ、自らもそれに付き添った。スケートに興じる潮音や紫たちを横目に、優菜は小声でそっと暁子に耳打ちした。
「アッコ、もしかして今、潮音はどんどん自分のやりたいことやって前に進んどるのに、その一方で自分は何やっとるんやろうと思っとるんとちゃうか」
優菜に問いかけられても、暁子は黙ったままだった。しかしその表情は、優菜の指摘が図星であることを物語っていた。そこでさらに優菜は言葉を継いだ。
「潮音は潮音、アッコはアッコなんやから、いちいち潮音のことばかり気にすることなんかあらへんやん。アッコはアッコのやりたいようにすればええやろ」
その優菜の言葉を聞いて、暁子は少し気を取り直したようだった。暁子が優菜に手を引かれてリンクに戻ると、潮音が暁子を出迎えた。
「暁子…やっぱり自分はうまくスケートが滑れないとか思ってるの」
暁子が答えに窮していると、潮音は暁子をなだめるように声をかけた。
「そんなの気にすることないじゃん。せっかくみんなで一緒にスケートに来たのだから、もっと楽しまなきゃ」
潮音の言葉を聞いて、そばにいた優菜も暁子を元気づけるように声をあげた。
「ほんまやでアッコ。もっと自分に自信持ちや」
そこで潮音は、暁子にそっと声をかけた。
「それだったら、私と一緒にスケートやろうか」
潮音の誘いに、暁子は軽くうなづいた。とはいえ潮音も、暁子にスケートを教えられる自信はなかった。
潮音はさっき紫に教えてもらったように、暁子にスケート靴をはいてリンクの上に立ち、そこから軽い足取りで歩いてみるところから教えることにした。暁子も潮音と一緒にリンクの上を歩いているうちに、多少はリンクの上を歩けるようになったようだった。
しかし暁子は、その間ずっとはにかみ気味な表情をしていた。優菜はそれを眺めながら、暁子は潮音が男の子だった頃のことを思い出して、今でも「男の子」の潮音と一緒にいるような感覚になっているのかもしれないと感じていた。そこから優菜は、暁子はやはり中学生のころから男の子だった潮音に対してほのかな思いを抱いていたのだろうか、それを潮音が女の子になった今も心の中でずっと引きずっているのだろうかと思って、胸の痛みを覚えずにはいられなかった。
そうしているうちに、暁子も覚束ない足取りながら潮音と一緒にリンクの上をゆっくりと滑ることができるようになっていた。その様子を見て、潮音も思わず暁子に声をかけていた。
「暁子、ちょっと練習するだけでもだいぶうまくなったじゃん」
それに対して、暁子は屈託のない表情で答えた。
「そんな…。潮音がそばについて教えてくれたからだよ」
そう話す暁子の表情からは、先ほどの不安げな様子は消えて、いつも通りの明るく元気な表情になっていた。優菜も暁子が明るさを取り戻したのにほっとしたが、その一方で優菜は暁子がそのような表情をしているのは、スケートを滑れるようになったからというよりも、潮音と一緒にいられるからだろうと思っていた。しかしそれでも、暁子がこのような表情になっただけでも、今日みんなでスケートリンクに出かけてよかったと優菜は感じていた。
ちょうどそこに恭子もやってきたが、恭子もやはり嬉しそうな表情をしていた。潮音や暁子と同じくスケートの初心者だった恭子も、紫からスケートの初歩を教えてもらったのだった。
「潮音と暁子もちょっとの間にずいぶんスケート上手になったやん。それも紫の教え方がうまいからやわ」
その恭子の様子を見て、恭子はやっぱり紫に憧れているのだなと潮音は思って、やれやれと息をつきたくなった。
それからしばらくみんなでスケートを楽しんだ後で、冬の陽も早くも西に傾いてきたので、潮音たちはスケートリンクを後にして帰宅の途についたが、その前にみんなで喫茶店に寄って軽く一服してから帰ることにした。
潮音たちが喫茶店のテーブルに就くと、話題の中心になっていたのはやはり紫のスケートの上手さだった。紫が自分も小さな頃はバレリーナでなければフィギュアスケートの選手になりたいと思っていたと話すと、その場にいたみんなも納得したような表情をしたが、そこで紫はただ選手に憧れていただけで、本格的にフィギュアスケートを習っていたわけではないと慌てて言葉をつけ足した。それでも恭子は、ここで口から言葉を漏らしていた。
「紫はやると決めたら、とことんまでやる性格やもんな。しかし何でもそれで成果出せるところがすごいよ」
そこで紫は、あわてて恭子の言葉を打消した。
「恭子もそこまで言ったらほめすぎよ」
紫も恭子が今でも紫に憧れているような表情をしたのには、さすがに気恥ずかしそうにしていた。さらに恭子は、光瑠にも目を向けた。
「光瑠かてスケートはあまりやったことないとか言うとったけど、その割にはスケートけっこう上手やったやん。うちの学校の後輩たちが光瑠がスケートで滑っとるとこ見たら、また光瑠の人気が上がるんとちゃうか」
恭子のお調子者ぶりには、光瑠も困ったような表情をしていた。しかしそれに対しては、さすがに紫が恭子をたしなめた。
「恭子もいいかげんにしなさい」
それにはさすがに、恭子もしゅんとしてしまった。そこでキャサリンも紅茶を飲みながら口を開いた。
「私もイギリスにいた頃には冬になるとスケートに行きましたが、日本に来てからスケートに行くのははじめてです。でも久しぶりのスケートも楽しかったです」
それに美鈴も相槌を打った。
「あたしの実家があるところも冬はけっこう冷えるけど、そこではよくスケートに行ったよ。そのときのことを思い出して懐かしかったわ」
「美鈴の田舎、いっぺん行ってみたいな。食べ物だっておいしいって聞いてるし」
光瑠が美鈴に返事をすると、みんなが同感だと言わんばかりの顔をして、その場の空気がなごんだような気がした。
それからしばらくの間、潮音たちはみんなで年末年始の予定や来年のことなどについてとりとめもない世間話に花を咲かせた後で、喫茶店を後にして解散し、帰途につくことにした。潮音は帰る方向が同じ暁子や優菜、紫と一緒の電車に乗ることになったが、駅はいよいよ年の瀬を迎えて、行き交う人々の足取りも心なしか慌ただしく見えた。
潮音たちがホームに上がって電車を待っていると、その間に優菜がぼそりと口を開いた。
「今年ももうすぐ終わりやけど、ほんまにいろんなことがあったね。ゴールデンウィークには潮音のお姉ちゃんの運転する車でフラワー公園に行ったし、六月には修学旅行で北海道に行ったし、夏休みにはアッコや潮音と一緒に東京に行ったし。でも来年は灰色の受験生生活やな」
優菜はそう言ってため息をついたが、優菜の「東京に行った」という話を聞いて、紫はそれに興味を示すようなそぶりをした。
「いいなあ。私も東京行きたいなあ」
そこで潮音は、東京で出会った真由美やみなものことをあらためて思い出して、特にみなもにまた会えたらと思っていた。しかし暁子は、東京に憧れている紫をどこか冷ややかな目で見ていた。
「いや、東京はなかなか楽しかったけど、人が多くて疲れたよ。でも峰山さんだって、高校卒業したら東京の大学に行くかもしれないんでしょ?」
そこで紫は軽く首を振りながら言った。
「いや、まだわかんないよ」
潮音は紫の謙遜するようなそぶりを見ながら、紫こそ東京でもどこでもいいから、もっと広い世界に出て活躍できるのにと思っていた。
そして潮音たちが電車に乗り込むと、紫は潮音と暁子に向かって口を開いた。
「さっき潮音が暁子にスケートを教えているところを見て思ったよ。やっぱり暁子と潮音は仲良しなんだなって」
紫があどけない口調で話すので、暁子はますます気恥ずかしそうなそぶりをした。
「そんな…。あたしと潮音は家が隣同士で、ちっちゃな頃からずっと一緒だったんだから当り前じゃん」
「だからこそ、暁子にはこれからも潮音のことをこれからもずっと、ちゃんと見守っていてほしいの。潮音はあの通り、男の子から女の子になっちゃっていろいろ頑張っているけど、あの通りの不器用な性格だし、心の中ではどこか無理しているところがあるんじゃないかって気がするから」
紫に言われて、暁子はますます顔を赤らめてしまった。しかし潮音も暁子のそのような態度を目にしながら、考え込まずにはいられなかった。
――私はこれまで、特に女になってから後は暁子にはさんざん世話になってきたし、迷惑だってだいぶかけた。でも暁子とは別の大学に行くことになるかもしれないし、そうなったら本当に暁子と別れる時が来る。そうなったらそうすればいい? 誰を頼りにすればいい?
そこで優菜も、潮音と暁子を交互に見比べながら考え込んでいた。
――潮音ってほんまに鈍感やな。アッコは潮音が男やったときから、きっと潮音に「幼なじみ」以上の感情を持っとったのに、それに気づかへんのやから。でもアッコも、いいかげんに潮音のことばかりにとらわれてへんで、もっと自分に自信持って自分のやりたいことしたらええのに。
そうやってみんなの思いが交錯しているうちに電車は神戸の市街地を抜けて、車窓には夕方の明石海峡や淡路島が流れるようになっていた。やがて潮音たちが自宅の最寄駅で電車を降りると、紫は「よいお年を」と言い残して潮音たちと別れた。
そして潮音は暁子や優菜と一緒に西日の照らす道を自宅に向かうと、自宅の前で一つの人影と出会った。その人影は昇だった。潮音がぎくりとする間もなく、昇の方から潮音に尋ねていた。
「藤坂さんは友達と一緒じゃない。どこに行ってたの?」
「あの…みんなでスケートに行ってたの。湯川君はやっぱり勉強?」
「ああ、予備校の冬期講習だよ。これからまた勉強しなきゃ」
「偉いね…私なんか来年は受験生だから、せめて今度のお正月くらいは遊ばせろとか思っていたのに」
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