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第六部
第三章・暁子の春(その7)
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その一方で暁子は潮音や優菜と別れて塾に向かう途中も、カバンの中にチョコレートの包みを忍ばせていた。しかしその間も、暁子の心の中からはずっと不安が消えなかった。
暁子が塾に着くと、哲史はすでに教室でテキストを広げていた。そこから少し離れた席に、哲史と同じ高校に通っている碧の姿もあった。暁子はその二人の姿を見ると、すでに胸の動悸がおさまらなくなっていた。そのような暁子の様子を、漣も少し気づまりな表情で眺めていた。
その日の塾の授業が一段落すると、講師も教室から引き上げて生徒たちが続々と帰宅の途につこうとするのを、暁子はじっと見守っていた。そして哲史が他の生徒たちより少し遅れて席を立つと、暁子は哲史が教室から廊下に出たところでつかつかと哲史の前に進み出て、声をかけようとした。
「あ、あの…」
暁子が不意に近づいてきたのには、哲史も少し驚いたようだった。暁子は気恥ずかしさを抑えようとするかのように、一気にカバンからチョコレートの包みを取り出すと、それを哲史の前に突き出した。
「これ、受け取って下さい」
暁子から手渡されたチョコを手にしたまままごまごしている哲史に背を向けて、暁子はそれから何も言わずにすぐにその場を急いで立ち去った。暁子の心の中には、ためらっていたことをついにやったという達成感とも、本当にこれでよかったのだろうかという後悔ともつかない複雑な思いが渦巻いていた。
しかしその一部始終を、碧と漣も少し離れたところから見守っていた。二人とも暁子がこのような大胆な行動に出たことに、ただ驚き当惑するしかなかった。
暁子は塾の入っているビルを後にして、電車に乗って帰宅の途についてからも、心の中では迷いが抜けなかった。暁子は自分が思い切って哲史にチョコを渡すだけの勇気を得ることができたのは、やはり潮音が同じ高校に入っていろいろ頑張っているところをこれまで見てきたからなのだろうかと思っていた。暁子の心の中からは、自分が哲史にチョコを手渡したことを潮音が知ったらどのような顔をするだろうかという思いが抜けなかった。
やがて暁子が自宅に戻ってからも、暁子がいつもと違って落ち着かない様子をしているのを、暁子の母親の久美だけだなく高校受験を目前に控えた栄介もいぶかしむような目つきで眺めていた。
その翌日、暁子が学校に着くとさっそく潮音と優菜が二人でニコニコしながら待ち構えていた。そこで潮音は満面に笑みを浮べながら暁子に尋ねた。
「で、暁子は昨日塾で彼氏にチョコを渡したのかな」
潮音だけでなく優菜までもがニコニコしながら暁子の顔を眺めたので、暁子は赤面しながら二人を一喝した。
「二人ともいいかげんにしてよ。あたしがチョコを渡しても渡さなくても、みんなあたしの勝手でしょ」
そしてそのまま、暁子は二人のもとを立ち去った。潮音と暁子は互いの顔を見つめ合いながら、この様子では暁子はチョコを渡したのだろうなと思っていた。暁子が口にしなくても、表情やそぶりを見たら暁子の考えることなどつきあいの長い潮音と優菜には丸わかりだった。潮音と優菜はそのまま二人でほくそ笑んでいたが、潮音は内心では暁子はここでまた一つ殻を破ることができたかのように感じていた。
――よくやったな、暁子。
そこで潮音は、心の中にむしろすがすがしいものを感じていた。潮音が優菜の顔をちらりと見ると、優菜も同じように感じているようだった。
潮音はその日帰宅すると、さっそく漣のSNSに連絡を入れて暁子に変ったことはなかったかと尋ねてみた。潮音は漣が特に何もなかったとかいう内容の返信をしたのをスマホの画面で見て、そりゃ漣は他人のプライバシーを人に軽々しく話すような人物ではないからなと思っていた。
バレンタインデーから何日かが過ぎて、週が明けた月曜日の放課後に暁子が塾に行くと、哲史と碧はどこか当惑したような表情で暁子を眺めていた。そればかりでなく漣までもが、暁子から少し距離を置くようなそぶりを見せていた。
休み時間になると、碧は暁子を物陰に連れ込んでひそひそ声で話しかけた。
「暁子がまさかバレンタインデーにあんなことするとは思わへんかったわ。暁子って思ったより大胆やな」
碧に言われて、暁子は恥ずかしそうな顔をした。
「いや、このままグズグズしてたって気持ちの整理がつかないから…。こんな気持ちのままでずっといるくらいなら、思い切って告白しちゃった方がすっきりと勉強に集中できると思っただけだから…」
暁子が声を抑えながら煮え切らない態度で話すのを聞いて、碧は暁子を元気づけるかのように声をあげた。
「あたしは暁子のそういうとこ、ちょっと見直したわ。篠崎君との関係がうまくいけばええのにね」
そう言いながら碧は、暁子の肩をぽんと叩いた。そのときの碧の表情は、どこかご機嫌そうだった。そのような碧の様子を見ていると、暁子はますます気恥ずかしさを覚えずにはいられなかった。
この日の塾の授業が一通り終って、生徒たちが皆帰宅の途につこうとしても、暁子は恥ずかしそうな顔をしたままだった。そして暁子が塾のあるビルを後にして夜の通りへと足を踏み出したとき、暁子に声をかける者がいた。それはまさに哲史その人だったが、そのそばには碧もついていた。
暁子が突然の展開にどぎまぎしていると、哲史は暁子の顔を見ながらはっきりと言った。
「石川さん…だっけ。おとといのバレンタインデーのときは、チョコをくれてどうもありがとう」
そう話すときの哲史の明朗で爽やかな様子を目の前にして、暁子はますます心の中の動揺を抑えることができなかった。碧は唇をかみしめたままの暁子を見ると、哲史の方を向き直して話しかけた。
「せっかく暁子が勇気を出して告白してくれたんだから、篠崎君もちゃんとこれに答えへんとね。暁子を泣かすような真似したらあかんよ。とりあえず近いうちに、休日にいっぺんデートしてみる?」
暁子はここまで話がとんとん拍子に進むのに、内心で驚かずにはいられなかった。しかし暁子も、このチャンスを逃すわけにはいかないと覚悟を決めると、哲史に思い切って返事をした。
「あの…急で申し訳ないけど、今度の日曜は空いてないかな」
そこで碧も、哲史をたきつけるように声をかけた。
「こういうのはなるべく早い方がええよ。篠崎君も都合さえついたら、今度の日曜に暁子に会ってみたらええんとちゃうかな」
碧にまで言われたら、哲史もその誘いを断ることができないようだった。次の日曜日に二人で海沿いのハーバーランドに行くように話がまとまると、暁子たちは駅で別れてそれぞれの家へと帰っていった。
暁子は帰宅してからも、今度の日曜日に哲史とデートができることがなかなか信じられなかった。暁子が帰宅してからも、浮ついた暁子の様子を栄介はいったいどうしたのだろうかと不審に思いながら眺めていた。
その翌日の暁子の、どこか戸惑っているような様子を学校で見て、潮音と優菜も暁子に何か話の進展があったことを直感していた。そこで潮音と優菜は、さっそく昼休みに暁子に何があったのかを訪ねてみた。
暁子はためらい気味に口をすぼめながらも、さっそく哲史と次の日曜日にハーバーランドでデートをする約束をしたことを潮音と優菜に話してみせた。その話を聞いて、潮音と優菜は二人とも腰を抜かさんばかりに驚いていた。やがて優菜は、明るい声で暁子に話しかけた。
「えらい話が急やな。でもおめでとう。これでアッコが彼氏と仲ようなれたらええな」
しかし潮音はそのような暁子の様子を、どこか冷ややかな目で見ていた。
「暁子もなんか変ったよな。以前の暁子は、こんなに積極的に行動するようなタイプじゃなかったのに」
そのような潮音の顔を見ながら、優菜はふと考えていた。
――潮音はもしかして、アッコに対して焼きもちを焼いとるんやないやろな。もしかして潮音は、自分が男のままやったらそのままアッコの彼氏になれたのにとか思っとるのやろか…。
そこで優菜は、潮音に尋ねてみた。
「もしかして潮音は、アッコに彼氏ができて妬いとるん?」
そこで潮音は、むっとしながら優菜に答えた。
「私と暁子の関係はそんなんじゃないよ。暁子とはどっちかというとずっとケンカ友達だったし」
「それはお互い様だよ」
潮音に対して悪態をつく暁子の姿を見ながら、優菜は潮音と暁子は相変らず互いに素直じゃないなと思って、ため息をつかずにはいられなかった。それと同時に、優菜は今度の日曜の暁子のデートもどうなることやらと心配せずにはいられなかった。
暁子が哲史とデートをすることを決めた日曜日の前日、潮音と優菜はわざわざ暁子の家を訪ねた。哲史に会っても恥ずかしくないように、デートの前に服装をチェックするというのが二人が暁子の家に行くための口実だった。しかし暁子は、潮音と優菜のことをおせっかいに感じているようで、いかにもいやそうな顔つきをしていた。
それでも潮音と優菜は暁子の部屋に通されると暁子に何着か服を出してもらったが、もともと暁子は服装も活発に動けるボーイッシュなものの方を好み、かわいらしい感じの服はあまり持っていなかった。潮音と優菜は暁子の部屋の中に並べられた服をあれこれ眺めながらも、いかにも決め手に欠けるような服ばかりだと感じていた。
しかし、そこで優菜はクローゼットの奥に春らしい軽やかな感じのワンピースがあることに気がついた。優菜がそこからニヤリとしながら暁子の方を向き直すと暁子はぎくりとしたが、そのときはもう遅かった。
「い、いや、この服はお母さんに買ってもらったんだけど、あたしはこんな服なんか似合わないと思っているうちに、あまり着ないままほっといててさ…」
暁子はすっかり慌てていたが、潮音までもが笑みを浮べて暁子の方に目をやると、もはや暁子が後に退くことはできなかった。暁子はしぶしぶワンピースを手に取った。
それでも暁子がいやそうな顔をしながらもワンピースに着替えると、潮音はこのような服を着た暁子だってかわいいじゃないかと感じていた。潮音のそばにいた優菜もそれに同感のようだった。
「アッコはこういう服着たってかわいいやん。もっと自分に自信持ちや。そんな浮かない表情しとったら、せっかくのデートが台無しやで」
「その通りだよ。暁子はもうちょっとかわいい服着たって似合うのに」
優菜と潮音に口々に言われて、ようやく暁子もどこかふっ切れたようだった。
「わかったよ。明日のデートはめいっぱい楽しんでくるわ。せっかく潮音と優菜がこうしてファッションチェックまでしてくれたからね」
「そのデートの結果を聞くのを楽しみにしとるで」
優菜も暁子の言葉に笑顔で応えたが、潮音はやはり暁子はいつの間にか、自分の知らない間に一歩一歩階段を登っているように感じて、自分もこのままでいいのかと思わずにはいられなかった。
暁子が塾に着くと、哲史はすでに教室でテキストを広げていた。そこから少し離れた席に、哲史と同じ高校に通っている碧の姿もあった。暁子はその二人の姿を見ると、すでに胸の動悸がおさまらなくなっていた。そのような暁子の様子を、漣も少し気づまりな表情で眺めていた。
その日の塾の授業が一段落すると、講師も教室から引き上げて生徒たちが続々と帰宅の途につこうとするのを、暁子はじっと見守っていた。そして哲史が他の生徒たちより少し遅れて席を立つと、暁子は哲史が教室から廊下に出たところでつかつかと哲史の前に進み出て、声をかけようとした。
「あ、あの…」
暁子が不意に近づいてきたのには、哲史も少し驚いたようだった。暁子は気恥ずかしさを抑えようとするかのように、一気にカバンからチョコレートの包みを取り出すと、それを哲史の前に突き出した。
「これ、受け取って下さい」
暁子から手渡されたチョコを手にしたまままごまごしている哲史に背を向けて、暁子はそれから何も言わずにすぐにその場を急いで立ち去った。暁子の心の中には、ためらっていたことをついにやったという達成感とも、本当にこれでよかったのだろうかという後悔ともつかない複雑な思いが渦巻いていた。
しかしその一部始終を、碧と漣も少し離れたところから見守っていた。二人とも暁子がこのような大胆な行動に出たことに、ただ驚き当惑するしかなかった。
暁子は塾の入っているビルを後にして、電車に乗って帰宅の途についてからも、心の中では迷いが抜けなかった。暁子は自分が思い切って哲史にチョコを渡すだけの勇気を得ることができたのは、やはり潮音が同じ高校に入っていろいろ頑張っているところをこれまで見てきたからなのだろうかと思っていた。暁子の心の中からは、自分が哲史にチョコを手渡したことを潮音が知ったらどのような顔をするだろうかという思いが抜けなかった。
やがて暁子が自宅に戻ってからも、暁子がいつもと違って落ち着かない様子をしているのを、暁子の母親の久美だけだなく高校受験を目前に控えた栄介もいぶかしむような目つきで眺めていた。
その翌日、暁子が学校に着くとさっそく潮音と優菜が二人でニコニコしながら待ち構えていた。そこで潮音は満面に笑みを浮べながら暁子に尋ねた。
「で、暁子は昨日塾で彼氏にチョコを渡したのかな」
潮音だけでなく優菜までもがニコニコしながら暁子の顔を眺めたので、暁子は赤面しながら二人を一喝した。
「二人ともいいかげんにしてよ。あたしがチョコを渡しても渡さなくても、みんなあたしの勝手でしょ」
そしてそのまま、暁子は二人のもとを立ち去った。潮音と暁子は互いの顔を見つめ合いながら、この様子では暁子はチョコを渡したのだろうなと思っていた。暁子が口にしなくても、表情やそぶりを見たら暁子の考えることなどつきあいの長い潮音と優菜には丸わかりだった。潮音と優菜はそのまま二人でほくそ笑んでいたが、潮音は内心では暁子はここでまた一つ殻を破ることができたかのように感じていた。
――よくやったな、暁子。
そこで潮音は、心の中にむしろすがすがしいものを感じていた。潮音が優菜の顔をちらりと見ると、優菜も同じように感じているようだった。
潮音はその日帰宅すると、さっそく漣のSNSに連絡を入れて暁子に変ったことはなかったかと尋ねてみた。潮音は漣が特に何もなかったとかいう内容の返信をしたのをスマホの画面で見て、そりゃ漣は他人のプライバシーを人に軽々しく話すような人物ではないからなと思っていた。
バレンタインデーから何日かが過ぎて、週が明けた月曜日の放課後に暁子が塾に行くと、哲史と碧はどこか当惑したような表情で暁子を眺めていた。そればかりでなく漣までもが、暁子から少し距離を置くようなそぶりを見せていた。
休み時間になると、碧は暁子を物陰に連れ込んでひそひそ声で話しかけた。
「暁子がまさかバレンタインデーにあんなことするとは思わへんかったわ。暁子って思ったより大胆やな」
碧に言われて、暁子は恥ずかしそうな顔をした。
「いや、このままグズグズしてたって気持ちの整理がつかないから…。こんな気持ちのままでずっといるくらいなら、思い切って告白しちゃった方がすっきりと勉強に集中できると思っただけだから…」
暁子が声を抑えながら煮え切らない態度で話すのを聞いて、碧は暁子を元気づけるかのように声をあげた。
「あたしは暁子のそういうとこ、ちょっと見直したわ。篠崎君との関係がうまくいけばええのにね」
そう言いながら碧は、暁子の肩をぽんと叩いた。そのときの碧の表情は、どこかご機嫌そうだった。そのような碧の様子を見ていると、暁子はますます気恥ずかしさを覚えずにはいられなかった。
この日の塾の授業が一通り終って、生徒たちが皆帰宅の途につこうとしても、暁子は恥ずかしそうな顔をしたままだった。そして暁子が塾のあるビルを後にして夜の通りへと足を踏み出したとき、暁子に声をかける者がいた。それはまさに哲史その人だったが、そのそばには碧もついていた。
暁子が突然の展開にどぎまぎしていると、哲史は暁子の顔を見ながらはっきりと言った。
「石川さん…だっけ。おとといのバレンタインデーのときは、チョコをくれてどうもありがとう」
そう話すときの哲史の明朗で爽やかな様子を目の前にして、暁子はますます心の中の動揺を抑えることができなかった。碧は唇をかみしめたままの暁子を見ると、哲史の方を向き直して話しかけた。
「せっかく暁子が勇気を出して告白してくれたんだから、篠崎君もちゃんとこれに答えへんとね。暁子を泣かすような真似したらあかんよ。とりあえず近いうちに、休日にいっぺんデートしてみる?」
暁子はここまで話がとんとん拍子に進むのに、内心で驚かずにはいられなかった。しかし暁子も、このチャンスを逃すわけにはいかないと覚悟を決めると、哲史に思い切って返事をした。
「あの…急で申し訳ないけど、今度の日曜は空いてないかな」
そこで碧も、哲史をたきつけるように声をかけた。
「こういうのはなるべく早い方がええよ。篠崎君も都合さえついたら、今度の日曜に暁子に会ってみたらええんとちゃうかな」
碧にまで言われたら、哲史もその誘いを断ることができないようだった。次の日曜日に二人で海沿いのハーバーランドに行くように話がまとまると、暁子たちは駅で別れてそれぞれの家へと帰っていった。
暁子は帰宅してからも、今度の日曜日に哲史とデートができることがなかなか信じられなかった。暁子が帰宅してからも、浮ついた暁子の様子を栄介はいったいどうしたのだろうかと不審に思いながら眺めていた。
その翌日の暁子の、どこか戸惑っているような様子を学校で見て、潮音と優菜も暁子に何か話の進展があったことを直感していた。そこで潮音と優菜は、さっそく昼休みに暁子に何があったのかを訪ねてみた。
暁子はためらい気味に口をすぼめながらも、さっそく哲史と次の日曜日にハーバーランドでデートをする約束をしたことを潮音と優菜に話してみせた。その話を聞いて、潮音と優菜は二人とも腰を抜かさんばかりに驚いていた。やがて優菜は、明るい声で暁子に話しかけた。
「えらい話が急やな。でもおめでとう。これでアッコが彼氏と仲ようなれたらええな」
しかし潮音はそのような暁子の様子を、どこか冷ややかな目で見ていた。
「暁子もなんか変ったよな。以前の暁子は、こんなに積極的に行動するようなタイプじゃなかったのに」
そのような潮音の顔を見ながら、優菜はふと考えていた。
――潮音はもしかして、アッコに対して焼きもちを焼いとるんやないやろな。もしかして潮音は、自分が男のままやったらそのままアッコの彼氏になれたのにとか思っとるのやろか…。
そこで優菜は、潮音に尋ねてみた。
「もしかして潮音は、アッコに彼氏ができて妬いとるん?」
そこで潮音は、むっとしながら優菜に答えた。
「私と暁子の関係はそんなんじゃないよ。暁子とはどっちかというとずっとケンカ友達だったし」
「それはお互い様だよ」
潮音に対して悪態をつく暁子の姿を見ながら、優菜は潮音と暁子は相変らず互いに素直じゃないなと思って、ため息をつかずにはいられなかった。それと同時に、優菜は今度の日曜の暁子のデートもどうなることやらと心配せずにはいられなかった。
暁子が哲史とデートをすることを決めた日曜日の前日、潮音と優菜はわざわざ暁子の家を訪ねた。哲史に会っても恥ずかしくないように、デートの前に服装をチェックするというのが二人が暁子の家に行くための口実だった。しかし暁子は、潮音と優菜のことをおせっかいに感じているようで、いかにもいやそうな顔つきをしていた。
それでも潮音と優菜は暁子の部屋に通されると暁子に何着か服を出してもらったが、もともと暁子は服装も活発に動けるボーイッシュなものの方を好み、かわいらしい感じの服はあまり持っていなかった。潮音と優菜は暁子の部屋の中に並べられた服をあれこれ眺めながらも、いかにも決め手に欠けるような服ばかりだと感じていた。
しかし、そこで優菜はクローゼットの奥に春らしい軽やかな感じのワンピースがあることに気がついた。優菜がそこからニヤリとしながら暁子の方を向き直すと暁子はぎくりとしたが、そのときはもう遅かった。
「い、いや、この服はお母さんに買ってもらったんだけど、あたしはこんな服なんか似合わないと思っているうちに、あまり着ないままほっといててさ…」
暁子はすっかり慌てていたが、潮音までもが笑みを浮べて暁子の方に目をやると、もはや暁子が後に退くことはできなかった。暁子はしぶしぶワンピースを手に取った。
それでも暁子がいやそうな顔をしながらもワンピースに着替えると、潮音はこのような服を着た暁子だってかわいいじゃないかと感じていた。潮音のそばにいた優菜もそれに同感のようだった。
「アッコはこういう服着たってかわいいやん。もっと自分に自信持ちや。そんな浮かない表情しとったら、せっかくのデートが台無しやで」
「その通りだよ。暁子はもうちょっとかわいい服着たって似合うのに」
優菜と潮音に口々に言われて、ようやく暁子もどこかふっ切れたようだった。
「わかったよ。明日のデートはめいっぱい楽しんでくるわ。せっかく潮音と優菜がこうしてファッションチェックまでしてくれたからね」
「そのデートの結果を聞くのを楽しみにしとるで」
優菜も暁子の言葉に笑顔で応えたが、潮音はやはり暁子はいつの間にか、自分の知らない間に一歩一歩階段を登っているように感じて、自分もこのままでいいのかと思わずにはいられなかった。
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