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第六部
第三章・暁子の春(その8)
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そしてとうとう、暁子が哲史とデートをする当日の日曜日が来た。暁子が日頃あまり着ないようなワンピースを着て外出の準備をするのを見て、暁子の家族は皆当惑したような表情をしていた。
「どうしたの? 暁子。今日はおめかししちゃって」
母親の久美に尋ねられても、暁子はつれない返事をした。
「どうだっていいでしょ。大したことじゃないから」
そして暁子がワンピースの上にコートを羽織って自宅を後にするのを、栄介はもの珍しいものを見るような目で眺めていた。
暁子が自宅を後にしたのを見計らうと、それを待ち構えていたかのように潮音も暁子の家の隣にある自宅を出た。そしてその傍らには、早めに家を出て潮音の家で待ち合せていた優菜の姿もあった。暁子がうまくデートができるかちゃんと見守ってやろうと先に提案したのは優菜の方だったが、潮音もそれに対して乗り気になった。潮音と優菜の意図を見て綾乃はただ呆れていたが、潮音と優菜は声を出さないように口を固くつぐんだまま、暁子に気づかれないようにこっそりと後をつけた。
やがて暁子が駅から電車に乗ると、潮音と優菜も同じ電車の暁子とは離れた車輛に乗り込んだ。暁子が神戸の街の中心駅で電車を降りると、潮音と優菜も電車を降りて人ごみの中で暁子を見失わないように気をつけながら後をつけた。
暁子が駅の近くで哲史と待ち合わせたところを目の当りにすると、優菜は物陰に隠れながら潮音にこっそり耳打ちした。
「アッコの彼氏、こうして見たらけっこうイケメンやん。アッコが惚れるのもわかるわ」
優菜にとって、初めて見た哲史の印象はなかなかいいようだった。しかし潮音は、哲史の顔を見ながらどこか複雑そうな顔をしていた。潮音はそのとき、暁子がやはり自分のそばから離れていくような感じがして、やはり一抹の寂しさを覚えずにはいられなかった。
そして暁子と哲史は連れ立って海沿いのハーバーランドに向かうと、まずは映画館に足を向けた。潮音と優菜も遅れて映画館に入り、同じ映画のチケットを求めて暁子や哲史とは離れた席に坐ったが、暁子と哲史が映画を見ながらどのようなムードになるのかが気になって、とても映画の内容を楽しむどころではなかった。
やがて映画が終ると、暁子と哲史は映画館を後にしてからも楽しそうに映画の感想を話し合っていた。潮音と優菜はこの二人がなかなかいいムードになっていることに安堵しながらも、まだ気は抜けないと思って暁子の後について行った。
それからしばらくの間、暁子は哲史と一緒にショッピングモールをぶらつきながら、店頭に並ぶファンシーグッズの数々を眺めたりした。ショーウィンドーに飾られたかわいらしい感じの春物のブラウスやスカートを前にしたときは、暁子は気恥ずかしそうにしていた。
そして神戸の港が一望できる海沿いのテラスに哲史と一緒に出たとき、暁子は潮音と優菜の方を向き直して言った。
「あんたら、さっきからあたしのことをつけて来ているのはわかってるのよ。こそこそ隠れてないで出てきなさい」
そこで潮音と優菜はぎくりとしたが、そのときはもう遅かった。潮音と優菜も観念して、とぼとぼと暁子の前に姿を現した。哲史はいったい何があったのかと呆気に取られながら、ことの一部始終を見守っていた。
暁子は憤懣やる方ない表情で、潮音と優菜に目を向けた。
「あんたたち、いったい何やってるのよ。そんなにあたしが男の子とつき合うのが珍しいわけ?」
そこで優菜も、釈明するように口を開いた。
「いや、アッコがちゃんと彼氏とうまくいくか心配やったから…」
潮音も決まりの悪そうな顔をしながら暁子の方を見たが、暁子の前ではあたかも蛇ににらまれたカエルのようだった。
「それに暁子にようやく彼氏ができたっていうから、それがどんな男の子かも気になったし…」
潮音がしどろもどろな口調で答えると、暁子は呆れたような眼差しを潮音に向けた。哲史が先ほどから何があったのかと言わんばかりの怪訝そうな表情をしていたので、暁子は哲史に潮音と優菜のことを紹介した。
「この二人はあたしの家の近所に住んでて、ちっちゃな頃からずっと一緒だったけど、高校も一緒の学校に通ってるの。でも二人とも今日はこんなバカなことして、後でみっちり注意しておくわ」
しかし哲史の反応は、暁子たちが思ったよりずっとさばさばしていた。
「こうやってちっちゃな頃からずっと仲がいい友達がいるっていいよね。良かったら今日一緒にこの辺を見て回らない?」
潮音と優菜は、さほど二人のムードがぶち壊しにはならなかったことにほっと胸をなで下した。
それから潮音と優菜は、暁子や哲史と一緒にハーバーランドのテラスで海を眺めたが、やはり気まずそうな空気は抜けなかった。そこで哲史は暁子たちをクレープ屋に誘ったが、クレープを選ぶ途中に暁子は哲史に口をはさんだ。
「あたしたちの分のお金はあたしたちで出すよ。デートだからといって男の子は女の子におごらなきゃいけないとか、そんなことなんかないから」
しかし哲史はクレープを口にしながらも、暁子は日ごろ学校でどうしているのかなどを潮音と優菜に尋ねた。哲史は暁子たちが通っている女子校がどんなところなのかに興味があるようだった。
「女子校やからって、一緒に勉強したり友達と遊んだり、時には先生に叱られたりすることかてあるのは、共学の学校と全然変らへんよ。そりゃ女子校は女の子だけで集まってワイワイできるのも楽しいけどな」
優菜は多少は打ち解けたようだったが、その一方で潮音は哲史を前にして、どのような話をすればいいのか戸惑っているようだった。
「あの…私は学校では暁子にずいぶんお世話になってるから。暁子はこの通りの明るくて面倒見のいい性格だし。だからこれからも暁子のことを大切にしてほしいんだ」
哲史は潮音の言葉にも納得したような顔をしていた。そのときの哲史の表情を見ながら、哲史は優しくて寛容な人なんだと潮音は思っていた。
それからみんなは、ハーバーランドの観覧車に足を向けた。そこで優菜は、自分と潮音は隣のゴンドラに乗るから暁子と哲史は一緒のゴンドラに乗るようにと勧めた。
暁子と哲史が観覧車のゴンドラに乗り込むのを見送って潮音と優菜は隣のゴンドラに乗ったが、席に腰を下ろすと潮音と優菜は疲れがどっと出たような気がして、ふと大きく息をついた。
「やれやれ、暁子に見つかったときにはどうなるかと思ったよ」
「でもアッコの彼氏はなかなかええ人みたいやな。あたしらも変に気にしすぎとったわ」
そうしている間にも観覧車のゴンドラはゆっくりと上昇していき、やがて神戸港や六甲山のパノラマを一望できる高さに達した。しかし潮音と優菜は、今ごろ暁子はゴンドラの中で哲史とどのような会話をしているのだろうと気をもんでいた。
やがてゴンドラが地上に戻って潮音たちが観覧車を降りる頃には夕方になりつつあったので、潮音たちは駅に戻ってそこで哲史と別れることにした。
「今日は楽しかったよ。でも石川さんの友達まで一緒になったのにはちょっと驚いたかな。石川さんもこれからも塾で一緒にがんばろうね」
暁子が哲史と別れる間際に笑顔で手を振るのを見て、潮音と優菜は自分たちの心配は杞憂だったのかもしれないとあらためて思っていた。
暁子は哲史と別れて、潮音や優菜と一緒に帰りの電車に乗ってからも、立腹した表情で潮音と優菜を眺めていた。
「ほんとにあんたたちって、いらないことばかりするんだから」
潮音はこの後で暁子からどんなお仕置きをされるかと覚悟していたが、そこで優菜がすまなさそうに口を開いた。
「たしかにあたしらかて、おせっかいやったかもしれへんけど…アッコの彼氏ってイケメンだけやなくて、なかなか優しくてええ人やん。それやったらアッコとつきおうても安心やわ」
「それがおせっかいだって言ってるんだよ」
暁子はむっとしながら優菜に答えた。しかし暁子が潮音に向けた眼差しは、優菜に対するそれとは明らかに違っていた。暁子は小声で潮音に話しかけた。
「潮音、もしかしてあんた、もし自分が男の子のままだったら、今日こうしてあたしとデートしてたのは自分だったかもしれないとか思ってるの?」
「そんなのわかるわけないだろ。もしそうしてたら、どこの高校行ってたかは知らないけど、そこでもっとかわいい彼女見つけてたかもしれないし。ともかく暁子は、もっと自分に自信持った方がいいよ。そうしたらあの彼氏との関係だってきっとうまくいくと思うから」
「そんなクサいセリフを吐けるようになったってことは、あんたも少しは大人になったってことじゃない」
暁子がこの期に及んでも悪態をつきながら皮肉めいたことを言うのには、そばで聞いていた優菜もやれやれと言わんばかりの顔をしてため息をついた。優菜は先の冬休みに学校のみんなでスケートリンクに行ったときには、せっかく潮音はスケートが滑れない暁子をエスコートしていい感じになっていたのに、これでは潮音と暁子の関係は一筋縄ではいきそうにないと思わざるを得なかった。
しかしそこで優菜が窓の外に目を向けると、車窓を流れる瀬戸内海は夕方の光を浴びて明るく輝いており、その明るさを増した光が春もすぐそこまで来ていることを示していた。優菜は黙ったまま、車窓から海の景色をしばらくじっと見つめていた。
潮音が帰宅すると、綾乃も暁子のデートの顛末が気になっているようだった。綾乃は潮音に対して暁子のデートの相手がどんな男の子だったのかなどを尋ねたが、潮音は暁子は思ったよりしっかりやっていて、その結果何もなかったから気にしないでくれと言って、綾乃の質問を振り切った。綾乃はきょとんとした表情で、部屋に戻る潮音を見送った。
潮音は自室に戻ると、今日はなんか疲れる一日だったと思ってベッドに倒れ込んでしまった。潮音はそこでそのままベッドに横になりながら、今日暁子が哲史と一緒にいたとき楽しそうな表情をしていたことを思い出して、暁子がそのまま哲史と仲良くなれたらいいのにと願わずにはいられなかった。
暁子のデートの翌日からしばらくの間は、潮音と優菜は暁子と学校で顔を合わせるのも気まずそうな様子をしていた。しかし二人の懸念とは裏腹に、暁子は以前と比べても明るくなったような感じがしていた。そのような暁子の変化を見て、潮音と優菜は暁子もふっ切れることができたのかもしれないと思って、内心でほっとしていた。
それだけでなく、同じ塾に通っている漣も暁子の変化を感じていた。暁子が碧や哲史とも親しく接することができるようになったのは漣の目にも明らかだったが、塾の授業でも暁子はより積極性が増したように感じられた。漣は暁子が短期間のうちにがらりとイメージが大きく変ったのを見て、自分も前向きに頑張らないといけないと意を新たにしていた。
「どうしたの? 暁子。今日はおめかししちゃって」
母親の久美に尋ねられても、暁子はつれない返事をした。
「どうだっていいでしょ。大したことじゃないから」
そして暁子がワンピースの上にコートを羽織って自宅を後にするのを、栄介はもの珍しいものを見るような目で眺めていた。
暁子が自宅を後にしたのを見計らうと、それを待ち構えていたかのように潮音も暁子の家の隣にある自宅を出た。そしてその傍らには、早めに家を出て潮音の家で待ち合せていた優菜の姿もあった。暁子がうまくデートができるかちゃんと見守ってやろうと先に提案したのは優菜の方だったが、潮音もそれに対して乗り気になった。潮音と優菜の意図を見て綾乃はただ呆れていたが、潮音と優菜は声を出さないように口を固くつぐんだまま、暁子に気づかれないようにこっそりと後をつけた。
やがて暁子が駅から電車に乗ると、潮音と優菜も同じ電車の暁子とは離れた車輛に乗り込んだ。暁子が神戸の街の中心駅で電車を降りると、潮音と優菜も電車を降りて人ごみの中で暁子を見失わないように気をつけながら後をつけた。
暁子が駅の近くで哲史と待ち合わせたところを目の当りにすると、優菜は物陰に隠れながら潮音にこっそり耳打ちした。
「アッコの彼氏、こうして見たらけっこうイケメンやん。アッコが惚れるのもわかるわ」
優菜にとって、初めて見た哲史の印象はなかなかいいようだった。しかし潮音は、哲史の顔を見ながらどこか複雑そうな顔をしていた。潮音はそのとき、暁子がやはり自分のそばから離れていくような感じがして、やはり一抹の寂しさを覚えずにはいられなかった。
そして暁子と哲史は連れ立って海沿いのハーバーランドに向かうと、まずは映画館に足を向けた。潮音と優菜も遅れて映画館に入り、同じ映画のチケットを求めて暁子や哲史とは離れた席に坐ったが、暁子と哲史が映画を見ながらどのようなムードになるのかが気になって、とても映画の内容を楽しむどころではなかった。
やがて映画が終ると、暁子と哲史は映画館を後にしてからも楽しそうに映画の感想を話し合っていた。潮音と優菜はこの二人がなかなかいいムードになっていることに安堵しながらも、まだ気は抜けないと思って暁子の後について行った。
それからしばらくの間、暁子は哲史と一緒にショッピングモールをぶらつきながら、店頭に並ぶファンシーグッズの数々を眺めたりした。ショーウィンドーに飾られたかわいらしい感じの春物のブラウスやスカートを前にしたときは、暁子は気恥ずかしそうにしていた。
そして神戸の港が一望できる海沿いのテラスに哲史と一緒に出たとき、暁子は潮音と優菜の方を向き直して言った。
「あんたら、さっきからあたしのことをつけて来ているのはわかってるのよ。こそこそ隠れてないで出てきなさい」
そこで潮音と優菜はぎくりとしたが、そのときはもう遅かった。潮音と優菜も観念して、とぼとぼと暁子の前に姿を現した。哲史はいったい何があったのかと呆気に取られながら、ことの一部始終を見守っていた。
暁子は憤懣やる方ない表情で、潮音と優菜に目を向けた。
「あんたたち、いったい何やってるのよ。そんなにあたしが男の子とつき合うのが珍しいわけ?」
そこで優菜も、釈明するように口を開いた。
「いや、アッコがちゃんと彼氏とうまくいくか心配やったから…」
潮音も決まりの悪そうな顔をしながら暁子の方を見たが、暁子の前ではあたかも蛇ににらまれたカエルのようだった。
「それに暁子にようやく彼氏ができたっていうから、それがどんな男の子かも気になったし…」
潮音がしどろもどろな口調で答えると、暁子は呆れたような眼差しを潮音に向けた。哲史が先ほどから何があったのかと言わんばかりの怪訝そうな表情をしていたので、暁子は哲史に潮音と優菜のことを紹介した。
「この二人はあたしの家の近所に住んでて、ちっちゃな頃からずっと一緒だったけど、高校も一緒の学校に通ってるの。でも二人とも今日はこんなバカなことして、後でみっちり注意しておくわ」
しかし哲史の反応は、暁子たちが思ったよりずっとさばさばしていた。
「こうやってちっちゃな頃からずっと仲がいい友達がいるっていいよね。良かったら今日一緒にこの辺を見て回らない?」
潮音と優菜は、さほど二人のムードがぶち壊しにはならなかったことにほっと胸をなで下した。
それから潮音と優菜は、暁子や哲史と一緒にハーバーランドのテラスで海を眺めたが、やはり気まずそうな空気は抜けなかった。そこで哲史は暁子たちをクレープ屋に誘ったが、クレープを選ぶ途中に暁子は哲史に口をはさんだ。
「あたしたちの分のお金はあたしたちで出すよ。デートだからといって男の子は女の子におごらなきゃいけないとか、そんなことなんかないから」
しかし哲史はクレープを口にしながらも、暁子は日ごろ学校でどうしているのかなどを潮音と優菜に尋ねた。哲史は暁子たちが通っている女子校がどんなところなのかに興味があるようだった。
「女子校やからって、一緒に勉強したり友達と遊んだり、時には先生に叱られたりすることかてあるのは、共学の学校と全然変らへんよ。そりゃ女子校は女の子だけで集まってワイワイできるのも楽しいけどな」
優菜は多少は打ち解けたようだったが、その一方で潮音は哲史を前にして、どのような話をすればいいのか戸惑っているようだった。
「あの…私は学校では暁子にずいぶんお世話になってるから。暁子はこの通りの明るくて面倒見のいい性格だし。だからこれからも暁子のことを大切にしてほしいんだ」
哲史は潮音の言葉にも納得したような顔をしていた。そのときの哲史の表情を見ながら、哲史は優しくて寛容な人なんだと潮音は思っていた。
それからみんなは、ハーバーランドの観覧車に足を向けた。そこで優菜は、自分と潮音は隣のゴンドラに乗るから暁子と哲史は一緒のゴンドラに乗るようにと勧めた。
暁子と哲史が観覧車のゴンドラに乗り込むのを見送って潮音と優菜は隣のゴンドラに乗ったが、席に腰を下ろすと潮音と優菜は疲れがどっと出たような気がして、ふと大きく息をついた。
「やれやれ、暁子に見つかったときにはどうなるかと思ったよ」
「でもアッコの彼氏はなかなかええ人みたいやな。あたしらも変に気にしすぎとったわ」
そうしている間にも観覧車のゴンドラはゆっくりと上昇していき、やがて神戸港や六甲山のパノラマを一望できる高さに達した。しかし潮音と優菜は、今ごろ暁子はゴンドラの中で哲史とどのような会話をしているのだろうと気をもんでいた。
やがてゴンドラが地上に戻って潮音たちが観覧車を降りる頃には夕方になりつつあったので、潮音たちは駅に戻ってそこで哲史と別れることにした。
「今日は楽しかったよ。でも石川さんの友達まで一緒になったのにはちょっと驚いたかな。石川さんもこれからも塾で一緒にがんばろうね」
暁子が哲史と別れる間際に笑顔で手を振るのを見て、潮音と優菜は自分たちの心配は杞憂だったのかもしれないとあらためて思っていた。
暁子は哲史と別れて、潮音や優菜と一緒に帰りの電車に乗ってからも、立腹した表情で潮音と優菜を眺めていた。
「ほんとにあんたたちって、いらないことばかりするんだから」
潮音はこの後で暁子からどんなお仕置きをされるかと覚悟していたが、そこで優菜がすまなさそうに口を開いた。
「たしかにあたしらかて、おせっかいやったかもしれへんけど…アッコの彼氏ってイケメンだけやなくて、なかなか優しくてええ人やん。それやったらアッコとつきおうても安心やわ」
「それがおせっかいだって言ってるんだよ」
暁子はむっとしながら優菜に答えた。しかし暁子が潮音に向けた眼差しは、優菜に対するそれとは明らかに違っていた。暁子は小声で潮音に話しかけた。
「潮音、もしかしてあんた、もし自分が男の子のままだったら、今日こうしてあたしとデートしてたのは自分だったかもしれないとか思ってるの?」
「そんなのわかるわけないだろ。もしそうしてたら、どこの高校行ってたかは知らないけど、そこでもっとかわいい彼女見つけてたかもしれないし。ともかく暁子は、もっと自分に自信持った方がいいよ。そうしたらあの彼氏との関係だってきっとうまくいくと思うから」
「そんなクサいセリフを吐けるようになったってことは、あんたも少しは大人になったってことじゃない」
暁子がこの期に及んでも悪態をつきながら皮肉めいたことを言うのには、そばで聞いていた優菜もやれやれと言わんばかりの顔をしてため息をついた。優菜は先の冬休みに学校のみんなでスケートリンクに行ったときには、せっかく潮音はスケートが滑れない暁子をエスコートしていい感じになっていたのに、これでは潮音と暁子の関係は一筋縄ではいきそうにないと思わざるを得なかった。
しかしそこで優菜が窓の外に目を向けると、車窓を流れる瀬戸内海は夕方の光を浴びて明るく輝いており、その明るさを増した光が春もすぐそこまで来ていることを示していた。優菜は黙ったまま、車窓から海の景色をしばらくじっと見つめていた。
潮音が帰宅すると、綾乃も暁子のデートの顛末が気になっているようだった。綾乃は潮音に対して暁子のデートの相手がどんな男の子だったのかなどを尋ねたが、潮音は暁子は思ったよりしっかりやっていて、その結果何もなかったから気にしないでくれと言って、綾乃の質問を振り切った。綾乃はきょとんとした表情で、部屋に戻る潮音を見送った。
潮音は自室に戻ると、今日はなんか疲れる一日だったと思ってベッドに倒れ込んでしまった。潮音はそこでそのままベッドに横になりながら、今日暁子が哲史と一緒にいたとき楽しそうな表情をしていたことを思い出して、暁子がそのまま哲史と仲良くなれたらいいのにと願わずにはいられなかった。
暁子のデートの翌日からしばらくの間は、潮音と優菜は暁子と学校で顔を合わせるのも気まずそうな様子をしていた。しかし二人の懸念とは裏腹に、暁子は以前と比べても明るくなったような感じがしていた。そのような暁子の変化を見て、潮音と優菜は暁子もふっ切れることができたのかもしれないと思って、内心でほっとしていた。
それだけでなく、同じ塾に通っている漣も暁子の変化を感じていた。暁子が碧や哲史とも親しく接することができるようになったのは漣の目にも明らかだったが、塾の授業でも暁子はより積極性が増したように感じられた。漣は暁子が短期間のうちにがらりとイメージが大きく変ったのを見て、自分も前向きに頑張らないといけないと意を新たにしていた。
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