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「薄紙一重の奇才と天才」
薄紙一重の奇才と天才(1)
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学校が早く終わったので、お屋敷のバイトに行く前に、わたしと咲はドーナツショップで軽くお茶をしていた。
何かの拍子にちょっとネガティブ入っちゃうことがあるだけで、わたしだって、ずっと不幸な少女をやっているわけではない。
こうやって放課後に友達と楽しくだべったりぐらいはするのだ。
もっとも、たまのお茶代ぐらい気にしなくてもよくなったのは、先生のところでバイトを始めたおかげではある。
最近ずっと、咲のほうも気を遣って誘いづらい感じで、なんか気まずかったしね。
久しぶりの甘ったるい匂いとコーヒーの香り。ポップなBGMと、絶え間なく耳に飛び込んでくるまわりの喋り声。
ここはあのショッピングモールの中の店舗だ。本当は良くないんだけど、自転車の後ろに咲を乗せてやってきた。うす暗い曇り空の下、「重いー」「ふらふらしないでちゃんと漕いで」なんてふざけあいながら。
……いつか遠い未来で、わたしの『高校時代の思い出』は、きっと今のこの記憶とともに振り返ることになるんだろう。
ふと、わけもなくそんなことを思った。
「でさー、有紗」
「んー?」
「漫画やアニメのパンチラについてなんだけど」
「――なんて?」
わたしの青春の感傷を返してほしい。
ドーナツやコーヒーを口に入れていないときでよかった。
「そういうシーンって、ちょっと前までは可愛くてちょっとセクシーなものと思って見てたじゃない?」
同意を求められても困る。まずパンチラシーンとか見ないし。
「……でも、最近は恥ずかしいとか感じるようになっちゃって。これが共感性羞恥ってやつかな」
「羞恥心があるなら、そういう話はお店じゃなくて、せめて外を歩いてるときとか、公園のベンチとかでしてほしいんだけど」
「やっぱりこれって、自分が“見られる”ことをより強く意識する年頃になってきたからだと思うの」
「わたしの話聞いてる?」
わたしたちの住むこのあたりでは、まだ女子高生のスカート丈はかなり短い。
同調圧力に屈したくないという気持ちはあるものの、そんな自意識のために周囲の平均から大きく浮いた格好をするのもそれはそれで恥ずかしい気もするし、何よりわたし自身、制服のスカートは少しばかり短いぐらいのほうが胴長に見えなくて可愛いと思ってしまう。
かと言って、もちろんパンツを見せることを良しとするわけじゃない(当たり前だ)。
それは、恥ずかしいとか、はしたないとか言うより、みっともないという感覚に近い。
「有紗だって、自分の下着を選ぶときは、カワイイものを選ぶでしょ? 剥がしてもらうためにお菓子を包むのも、脱がしてもらうためにカワイイ下着つけていくのも同じようなものよね」
ちょっとドキッとした。
咲は、六道先生にマドレーヌ渡したこと知らないはずだけど……ときどき妙にカンが鋭いからなー、この子。
まぁそれはともかくとして、咲がどういうつもりでこの話題を始めたのか、おおよそ着地点の察しはついた。
「他人に見せたり脱がされたりする予定はないので」
「だって、もう上は見せたんでしょ」
「あれは事故だし、だからって下まで見せる気はないってば」
先生のところでバイトを始めて以来、咲は何かと言うとこの手のコイバナ、それもかなり露骨な方面に話を持っていこうとするので困る。
そういう咲はどうなのよ、と言い返したくもなるが……この子の場合、わたしでは受け止めきれないようなとんでもないカミングアウトが返ってきそうな気がして、怖くてちょっと聞けないんだよね。
友達だからって、他人の色恋沙汰にはあまり踏み込まないほうが利口だと思う。
咲に踏み込まれること自体は別にそこまでイヤじゃないんだけど、相談したりしたところで、答えはもう決まっていて、何かが変わるわけじゃない。
「先生がわたしに興味を持つとしたら、それはわたしがメイドだからで。そして、メイドである以上は、先生とわたしがそういう関係になることは絶対にないの」
それはわたし自身がすでに確認し、実感していることだ。
「そうかなぁ……有紗もその作家先生も、自分を縛るのが無駄に上手いだけって気がするけどね。似た者同士だよ」
咲は、半透明のサバーラップに包まれたドーナツを指先でつまみ上げながら、言った。
「ねぇ、有紗。……私たち女子高生にできる恋愛なんて、数もシチュエーションも限られてるんだよ? いちいち自分の経験だけで対処してたら追い付かないでしょ。集合知よ、集合知」
ピンク色のストロベリーチョコがかかったドーナツの穴の部分を通して、咲の目がわたしの顔をのぞきこむ。
「有紗は、このドーナツ、どっち側から食べる? チョコがけのほうから? それとも何もかかってないほう? ――私は、チョコがかかったほうから食べるって決めてる」
「好きなものから食べるってやつ?」
「ううん。普通の味を先に体験しちゃうと、それは特に印象に残らないじゃない? でも、チョコがけのほうを食べたあとだと、プレーンな味の魅力もよくわかるようになるって言うか……。だからね、有紗。相手が年上だとか、作家先生だとか、普通の関係じゃないとか、そういう恋愛を最初に経験してみることだって、悪いことじゃないと思うんだ」
「なぁに、哲学?」
「ただの栄養学よ、人生の」
さっきまでパンツの話をしていた子が言うセリフじゃない。
わたしは小さくため息をついて、答える。
「……わたしは何もついてないほうを食べて、あとの半分は妹にあげるわ」
それを聞いた咲の表情は予想がつくので、わたしはウィンドウごしに店の外に目を向けた。
わたしのその視線は、そのままそこに釘付けになる。
背の高い、細身の男性がモールを歩いている。
ごく普通のカジュアルな服装をして、黒いサングラスなんかかけてるけど、その横顔は見間違えようもなく――
「六道先生……!?」
何かの拍子にちょっとネガティブ入っちゃうことがあるだけで、わたしだって、ずっと不幸な少女をやっているわけではない。
こうやって放課後に友達と楽しくだべったりぐらいはするのだ。
もっとも、たまのお茶代ぐらい気にしなくてもよくなったのは、先生のところでバイトを始めたおかげではある。
最近ずっと、咲のほうも気を遣って誘いづらい感じで、なんか気まずかったしね。
久しぶりの甘ったるい匂いとコーヒーの香り。ポップなBGMと、絶え間なく耳に飛び込んでくるまわりの喋り声。
ここはあのショッピングモールの中の店舗だ。本当は良くないんだけど、自転車の後ろに咲を乗せてやってきた。うす暗い曇り空の下、「重いー」「ふらふらしないでちゃんと漕いで」なんてふざけあいながら。
……いつか遠い未来で、わたしの『高校時代の思い出』は、きっと今のこの記憶とともに振り返ることになるんだろう。
ふと、わけもなくそんなことを思った。
「でさー、有紗」
「んー?」
「漫画やアニメのパンチラについてなんだけど」
「――なんて?」
わたしの青春の感傷を返してほしい。
ドーナツやコーヒーを口に入れていないときでよかった。
「そういうシーンって、ちょっと前までは可愛くてちょっとセクシーなものと思って見てたじゃない?」
同意を求められても困る。まずパンチラシーンとか見ないし。
「……でも、最近は恥ずかしいとか感じるようになっちゃって。これが共感性羞恥ってやつかな」
「羞恥心があるなら、そういう話はお店じゃなくて、せめて外を歩いてるときとか、公園のベンチとかでしてほしいんだけど」
「やっぱりこれって、自分が“見られる”ことをより強く意識する年頃になってきたからだと思うの」
「わたしの話聞いてる?」
わたしたちの住むこのあたりでは、まだ女子高生のスカート丈はかなり短い。
同調圧力に屈したくないという気持ちはあるものの、そんな自意識のために周囲の平均から大きく浮いた格好をするのもそれはそれで恥ずかしい気もするし、何よりわたし自身、制服のスカートは少しばかり短いぐらいのほうが胴長に見えなくて可愛いと思ってしまう。
かと言って、もちろんパンツを見せることを良しとするわけじゃない(当たり前だ)。
それは、恥ずかしいとか、はしたないとか言うより、みっともないという感覚に近い。
「有紗だって、自分の下着を選ぶときは、カワイイものを選ぶでしょ? 剥がしてもらうためにお菓子を包むのも、脱がしてもらうためにカワイイ下着つけていくのも同じようなものよね」
ちょっとドキッとした。
咲は、六道先生にマドレーヌ渡したこと知らないはずだけど……ときどき妙にカンが鋭いからなー、この子。
まぁそれはともかくとして、咲がどういうつもりでこの話題を始めたのか、おおよそ着地点の察しはついた。
「他人に見せたり脱がされたりする予定はないので」
「だって、もう上は見せたんでしょ」
「あれは事故だし、だからって下まで見せる気はないってば」
先生のところでバイトを始めて以来、咲は何かと言うとこの手のコイバナ、それもかなり露骨な方面に話を持っていこうとするので困る。
そういう咲はどうなのよ、と言い返したくもなるが……この子の場合、わたしでは受け止めきれないようなとんでもないカミングアウトが返ってきそうな気がして、怖くてちょっと聞けないんだよね。
友達だからって、他人の色恋沙汰にはあまり踏み込まないほうが利口だと思う。
咲に踏み込まれること自体は別にそこまでイヤじゃないんだけど、相談したりしたところで、答えはもう決まっていて、何かが変わるわけじゃない。
「先生がわたしに興味を持つとしたら、それはわたしがメイドだからで。そして、メイドである以上は、先生とわたしがそういう関係になることは絶対にないの」
それはわたし自身がすでに確認し、実感していることだ。
「そうかなぁ……有紗もその作家先生も、自分を縛るのが無駄に上手いだけって気がするけどね。似た者同士だよ」
咲は、半透明のサバーラップに包まれたドーナツを指先でつまみ上げながら、言った。
「ねぇ、有紗。……私たち女子高生にできる恋愛なんて、数もシチュエーションも限られてるんだよ? いちいち自分の経験だけで対処してたら追い付かないでしょ。集合知よ、集合知」
ピンク色のストロベリーチョコがかかったドーナツの穴の部分を通して、咲の目がわたしの顔をのぞきこむ。
「有紗は、このドーナツ、どっち側から食べる? チョコがけのほうから? それとも何もかかってないほう? ――私は、チョコがかかったほうから食べるって決めてる」
「好きなものから食べるってやつ?」
「ううん。普通の味を先に体験しちゃうと、それは特に印象に残らないじゃない? でも、チョコがけのほうを食べたあとだと、プレーンな味の魅力もよくわかるようになるって言うか……。だからね、有紗。相手が年上だとか、作家先生だとか、普通の関係じゃないとか、そういう恋愛を最初に経験してみることだって、悪いことじゃないと思うんだ」
「なぁに、哲学?」
「ただの栄養学よ、人生の」
さっきまでパンツの話をしていた子が言うセリフじゃない。
わたしは小さくため息をついて、答える。
「……わたしは何もついてないほうを食べて、あとの半分は妹にあげるわ」
それを聞いた咲の表情は予想がつくので、わたしはウィンドウごしに店の外に目を向けた。
わたしのその視線は、そのままそこに釘付けになる。
背の高い、細身の男性がモールを歩いている。
ごく普通のカジュアルな服装をして、黒いサングラスなんかかけてるけど、その横顔は見間違えようもなく――
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