『神託により祝福されたはずの婚姻は、悪夢と同じ結末を迎えました』

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「お嬢様っ……う、うぅ、よ、ようやく、ようやくこの日が来たんですねぇ……」

 ばぁやが涙を流しながら、最後の身支度を整えてくれる。
 ここはわたくしの生まれた国ラトラムの隣国、ラトリーナ。その王宮の一室は、わたくしに貸し与えられたもの。
 今日、ラトラムとラトリーナの和平成立二十周年記念式典が執り行われ、そこでわたくしとハルロ様との婚姻の式も行われる。
 ラトラムの現王陛下を祖父に持つわたくしと、ラトリーナの現王陛下を父に持つ第三王子であるハルロ様との婚姻となれば、和平成立二十周年にもじつに相応しい祝典だわ。

 わたくしは昨日ラトリーナに入国し、王城前をパレードしながら民衆に温かく迎えられた。

 王都はもうすでにお祭りのような賑わいで、神のみならず人々もみんなわたくしたちの婚姻を祝福し待ち侘びていたのがわかるわ。
 
 これらの式典準備のためにハルロ様はずっとお忙しくしてらしたのね。
 それもこれも、わたくしとの婚姻をハルロ様も心から喜んでくださっているからなのね!

 あの子の言っていた通り……信じてよかった……。
 
「お嬢様、本当にお綺麗で……ばぁやは…ばぁやは……うぅっ……!」
「もう……ばぁやったら……そんなにずっと泣き通しでは目が溶けてしまってよ」

 ばぁやが丹念に梳ったわたくしの黄金の髪は、鏡の中できらきらと太陽のように光り輝いている。
 丁寧に磨かれた爪も桃色に艶めいてピカピカ。
 わたくしの瞳の青も、今日は特に深みを帯びて宝石のように煌めいているわ。
 どこからどう見ても最上の幸福なお姫様そのもの。

「お嬢様……」

 光に透かせばオーロラのように輝く純白のドレスと、紗のヴェールを被れば……。

「もう間もなく……お嬢様は……ラトリーナ第三王子妃となられるのでございますねぇ」

 ばぁやの声は、懐かしさや寂しさと誇らしさや未来への希望が混ざり合って複雑な色を帯びて聞こえるよう。
 鏡越しに、わたくしはヴェールの中で微笑んだ。

「これから先……わたくしとハルロ様は仲睦まじく添い遂げて……両国は手と手を携え恒久平和を叶えるはずよ」
「お嬢様……ご立派になられてぇ……」

 ばぁやはまたよよと泣き出す。
 しようのないことね。思わず苦笑が漏れて。

 ――コンコン。

 部屋の中にノックが響いて。

「ルティカ様、ご準備はいかがでしょうか」

 王宮仕えの女官の声。
 あぁ、とうとうこの時が来たのね!

「もうよくてよ。いま参ります」

 そう扉越しに応えて、ばぁやを一度振り返る。ふくふくした柔らかく温かいその手を握って。

「では行ってくるわね」
「お嬢様……行ってらっしゃいませ……! お綺麗でございますよぅ」

 ばぁやに見送られ、女官に案内された先。
 婚姻の儀式の間。
 荘厳で神聖なその大広間には、錚々たる列席者の数々。
 当然ながらわたくしのお父様や、王太子である伯父様や、その他にもたくさんの縁戚の方々や聖職者の方々、ラトリーナの名だたる名門の方々も集まっている。
 この場で誓いを立てるということの意味を思うと、さすがのわたくしもその重圧に竦みそうになる。

『信じていますから……』

 不思議ね。
 あんなに嫌いだと思っていたあの子の言葉が、いまはこんなにも心強い。
 わたくしは堂々と顔を上げ、ゆっくりとその一歩を踏み出す。
 神像の前には大神官様が佇み、そしてハルロ様が待っていて。
 わたくしは、ハルロ様のもとへ。
 ハルロ様が微笑んで、手を差し出してくれる。
 その手を取って数段の高みへ。
 列席者の方々の視線が一気にわたくしに集まったのを確かに感じる。

 大神官様が、朗々と響く声で聖句を唱え、神句を謳う。
 その間、ヴェールの中からハルロ様を窺い見る。ハルロ様もわたくしの視線に気付いたのか、こちらを見て。
 まだ少しぎこちなく緊張したような面持ちではあったけれど、優しく微笑んでくれて。

「ラトリーナの王子ハルロ、ラトリムの公女ルティカ、神の託宣によるこの婚姻に双方異論はないか」

 いつのまにか長々した聖句や神句が終わり、わたくしたちへの問い掛けの段になっていた。
 異論なんてあるわけないわ。
 当然わたくしたちからも、誰からも異論はなくつつがなく進む。

「では、誓いを。双方とも互いを敬い、信じ、尊重し、共に手を携え人生の伴侶として共に歩むことを……誓えるなら手を取り合って、宣誓を」

 ハルロ様が隣で緊張したように大きく息を呑んだのがわかる。

「レディ・ルティカ……」

 差し出されるハルロ様の手。

 わたくしは、迷いなく手を重ねた。

 ふたり、携えた手を高く上げて誓う。

 これで、わたくしたちは……神に祝福された夫婦となった……。

◇◇◇

「お疲れ様、レディ・ルティカ」
「ハルロ様……もう、わたくしたち夫婦なのですわ。レディなんて敬称、必要なくてよ」

 儀礼の式典が終わり、次は民衆へのお披露目のため王宮のバルコニーへと向かわねばならない。
 寄り添うようにわたくしと歩むハルロ様に、わたくしはかねてより気になっていたことをぶつけてみる。
 ハルロ様は一瞬虚を突かれたみたいな顔をしたあと、はにかむように笑った。さっきまでの緊張したぎこちない笑みではない、ハルロ様らしい優しいお顔。

「それもそうだね。それじゃこれからは遠慮なく名前を呼ぶよ……ルティカ……。君も、もう敬称はいらないからね」

 早足の移動しながらの会話は、バルコニー前に着いたことで一時中断しなければならなかった。
 けれど、これからは夫婦……。
 今までよりずっと、ふたりの時間が増えるはず。

「ルティカ様……! 民衆が第三王子妃殿下のお姿を一目見ようとすでに集まっております。どうか、彼らにあなた様のお姿を一目見る栄誉をお与えください」

 わたくしを迎えた典礼大臣がそう言って、バルコニーへとわたくしを促して……。

「――――っ!」

 足が、ふいに竦んで……。
 心臓がどくどくと激しく打つ。
 呼吸が苦しく、視界が暗く狭まっていく。

 この光景。

 何度も見た、あの夢と同じ……。

 どうして?

 そんなことあるはずもないのに。

「ルティカ……? どうしたんだい。なにかあった?」

 動かないわたくしを不思議に思ってか、ハルロ様がお声をかけてくださる。
 わたくしは。

 深呼吸をして。
 あの子の言葉を思い出す。
 こんな不安は誰にでもあること。だから、大丈夫。
 
「いいえ、少し緊張してしまって……。ずっと、夢に見ていたことだから。……ハルロ様……いいえ、ハルロ……わたくしのこと、好き?」
「え……」

 わたくしの問いが相当予想外だったのか、ハルロ様が目を丸くする。
 わたくしはその手を取り、握って。

「離さないで……手を握っていてほしいの……」
「………………、もちろんだよルティカ。共に行こう、皆にその姿を見せるために」

 ハルロ様がぎゅっと手を握り返してくれる。
 ああ、やっぱり。
 あれはただの夢だったのだわ。
 だって、あの夢ではハルロ様はわたくしの手を取ってくださらなかった。
 ただの嫌な夢。

 いまここにある温もり、これが本当のことなのだわ。

 わたくしはバルコニーへと立った――。
 
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