『神託により祝福されたはずの婚姻は、悪夢と同じ結末を迎えました』

文字の大きさ
12 / 46

「   」

しおりを挟む



「ぁぁああああああああ――――!!!!」

 暗闇から絞り出すような悍ましい悲鳴が聞こえた。
 
「あっ――――――――!?!?」

 それは、わたくしの喉から出ていて……。

「お、お嬢様……! あぁ、お嬢様……!」

 聞き覚えのあるその声は涙に濡れて。
 わたくしの体をひしと抱き締めるふくふくした体は温かくて。

「ぁ――わ、わたくしは……」

 瞬く。
 見覚えのある、そこは、わたくしのいつもの寝室……。

「ジーナさん、お気持ちはわかりますが少し離れてくださいますかな。診察をさせてくださらんと困りますな」

 聞き慣れた低い嫌味ったらしい声。

「フェルダー先生! はいはい、それはもう。すみません、お嬢様が突然目を覚まされたもんだからついつい」
「えぇ、そうでしょうな。構いませんよ、一応診ますがね……わかっておりますのでな」

 フェルダーの筋ばった手が、わたくしの手首に触れて脈を測る。
 どういうことかしら? まだ頭がちっとも働かない。

「お嬢様……ルティカ様? ご気分いかがですかな」

 フェルダーが様子を窺うようにわたくしの顔を覗き込んでくる。
 重たい目蓋が相変わらず眠たげで、隈はますます濃くなっているよう。
 それに……。

「……あなた、なんだか……白髪が増えたのではなくて?」

 黒髪に混ざる白い色の配分が、以前より増えたような。

 以前……?

 いつと比べてのことだったかしら。
 やっぱり頭がぼんやりしているわ。

「なに――?」

 フェルダーの声が尖って聞こえた。
 なんということのないわたくしの、なんならいつもの憎まれ口と流されて終わると思っていたのに。
 なんだか表情も強張って険しいみたい。

「まぁ、もしかして気にしていて? あなたにもそんな可愛いところがおありなのね!? てっきり頓着していないのかと思っていたわ」
「お、お嬢様……!」

 わたくしの言葉に、ばぁやが嗜めるように呼びかけてくる。
 
 フェルダーは怖い顔でしばらくわたくしを睨んでいたかと思うと、重々しい溜息を吐いて立ち上がった。わたくしの診察は一通り終わったみたい。

「熱はすっかり下がりましたな……口もよく回りいつも通り。ジーナさん、お嬢様のご容態はもう心配いりませんよ」
「あぁ――! よかった……よかった……お嬢様……あたしゃお嬢様がずぅっと高熱にうなされてる間、この世の終わりみたいな気持ちでございましたよ」

 涙でぐしょぐしょの顔でばぁやが言う。

 わたくしは、なんだか。

 何かがとてもおかしな気がするのに、それがなんだかわからなくて……。

「そ、う……心配をかけたわね……? ……」

 なんと返せばいいのかわからず困惑する。
 ぼんやりと靄のかかる頭が、なんだかとても重い。

「熱は下がったとはいえ、まだ病み上がりですからな。消化に良いスープなどを食べさせて、少しずつ回復を」

 コツ、と硬い靴音が床を打つ。
 フェルダーの足音。

「さて……お嬢様……」
「え、な、なによ……」

 改まった呼びかけに、わたくしは身構えた。
 フェルダーの暗い赤の瞳が、じっとわたくしを見据える。

「いえ……。いまはただ、ゆっくりお休みください……悪い夢を見たりせぬよう祈っておきましょう」
「……? え、えぇ。そうね。なら、あなたの顔が夢に出てこないように祈っていてちょうだい」
「――ククッ! えぇ、そのように。では、また参ります」

 フェルダーはいつもと同じように笑うと、さっと踵を返して出て行く。

「さ、お嬢様。何かお召し上がりになりますか。その前に汗を拭いてお召し物を換えましょうかね」
 フェルダーが出ていくのを深いお辞儀で見送っていたばぁやが、ぱっと振り返りわたくしに笑いかける。
 その顔に、なんだかとってもホッとして。

 奇妙な安堵感に包まれると、途端に体がカタカタと震え出した。

「え……?」

 思わず自分で自分を抱き締める。
 体の震えは収まる気配もなくて、心臓がドキドキと激しく打ち据えて痛いくらいで。

「お嬢様……!? お嬢様、どうなさいました。お嬢様」

 ばぁやが走り寄ってきてわたくしを抱き締めてくれる。
 なのに震えはちっともおさまらなくて。

「ばぁや……ばぁや……わ、わたくし……」
「お嬢様……お嬢様……先生を呼び戻しましょうか」
「い、いいえ。違うの、違う……お願い、少しこのままでいて。このまま……このままで……」
「お嬢様……。大丈夫、大丈夫ですよ。ばぁやはどこにも行きやしませんからねぇ」

 ばぁやの手が優しくわたくしの背中を撫でてくれる。
 その温かさに、安心する。
 そのまま、わたくしは。
 眠りに身を任せることにした……。

 わたくしはギュッと目を閉じた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています

きゅちゃん
ファンタジー
男爵家の三女エリーゼは、前世の記憶を持つ元社畜OL。社交界デビューの夜、壁際でひとりジュースを飲んでいたところを、王国随一の権力者・ヴァルナ公爵カイルにスカウトされる。魔法省の研究員として採用されたエリーゼは、三年間誰も気づかなかった計算の誤りを着任三日で発見。着々と存在感を示していく。一方、公爵の婚約候補と噂されるクロード侯爵令嬢セラフィーヌは、エリーゼを目障りに思い妨害を仕掛けてくるが...

心が折れた日に神の声を聞く

木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。 どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。 何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。 絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。 没ネタ供養、第二弾の短編です。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

『皇族を名乗った伯爵家は、帝国に処理されました』 ―天然メイドは、今日も失敗する―

ふわふわ
恋愛
婚約破棄を経て、静かに屋敷を去った令嬢。 その後に残された伯爵家は、焦燥と虚勢を抱えたまま立て直しを図ろうとする。 だが、思惑はことごとく空回りする。 社交界での小さな失態。 資金繰りの綻び。 信用の揺らぎ。 そして、屋敷の中で起こる“ちょっとした”騒動の数々。 決して大事件ではない。 けれど積み重なれば、笑えない。 一方、帝国では新たな時代が静かに始まろうとしている。 血筋とは何か。 名乗るとは何か。 国家が守るものとは何か。 これは、派手な復讐劇ではない。 怒号も陰謀もない。 ただ―― 立場を取り違えた家が、ゆっくりと現実に追いつかれていく物語。 そして今日も、屋敷では誰かが小さな失敗をする。 世界は静かに、しかし確実に動いている。

初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。

梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。 王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。 第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。 常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。 ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。 みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。 そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。 しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

処理中です...