『神託により祝福されたはずの婚姻は、悪夢と同じ結末を迎えました』

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祈り

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「お嬢様ぁ……! おめでとうございます……! まさかまさか神託でご結婚が決まるだなんて……ばぁやは……ばぁやは……!」

 式典の日から数日して、ようやく身の回りが少し落ち着きアカデミーの近くに用意された邸に戻って来たら、もうかれこれ小一時間ずっとこれ!
 ばぁやはわたくしの顔を見るなり感激の涙を流して、荷物を整理する間もお茶を入れる間もずっとこの調子だわ。

「ちょ、ちょっと気が早くてよ。神託は授かったけれど、正式な婚約の成立はまだなのよ。いま、お父様や伯父様たちがお相手のお国の方々と調整しているわ……」

 神託は絶対的な指針であるとはいえ、大国の王族と貴族の婚姻ですもの。
 そう簡単にまとまる話ではないのだわ。

「まぁ、そうなんでございますか……」
「そうよ。何か……あるのよ……その……取り決め……とか……」

 わたくしにも実のところよくわからないのだけれど。
 こういうことはフェルダーに聞いた方が早いかもしれないのよね。でもなんとなく癪だわ。

「けれどきっと決まりますよ。神託でございますからね。よかったですねぇお嬢様……ずっとお好きだった方と運命のように結ばれるなんて、なかなかないことですよ」

 ばぁやがしみじみと言う。
 わたくしは、耳までジュワッと熱に襲われるよう!

「な、な、なんですの! お兄様もばぁやも、わ、わたくしがそんな……そんな……そんな」

 恥ずかしい。
 わたくし、あの方を慕う気持ちはずっと誰にも言ったことがないはずですのに。 
 お兄様にもばぁやにも、確かミレイさんにもフェルダーにも、いつかの平和記念の祝宴で迷子になってその時助けてくれた王子様よとしか言ってないわ。
 何かのパーティの際にご一緒になるにつけその事は言ったかもしれないけれど。
 ハルロ様がいらしたのよ、とか、お会いできたわ、とかご挨拶したわ、とか、その程度で。

「みんなご存知なの? わたくしの気持ち……」

 だとしたら恥ずかしくてしばらく外を歩けないわ。そもそもどんな顔をしてハルロ様にお会いすればいいの!? ハルロ様はわたくしのことどう思っているの……? 神託のことは……? 結婚は、喜ばしいこと……?

 考え出すと次から次へと疑念ばかり生じてくる。わたくしだけが、無邪気に喜んでいるのではないかって……。

「お嬢様――お嬢様――!」
「――! は、な、なぁにばぁや」
「大丈夫でございますか、急におし黙られて……フェルダー先生がお越しですよ。しゃんとしてくださいな」
「え……な、なぜ! 今日は水曜日? でもまだ冬季休暇よ、勉強会だってお休みではなくて?!」

 わたくしの抗議や非難は、フェルダー贔屓のばぁやには聞こえないみたい。
 さっさとお通しされたフェルダーがもうすでに、わたくしの向かいで新しいお茶でお迎えされているわ……。
 頭が痛くなる。

「新年ですな。式典にお出になられたと聞いております、おめでとうございます」
「……。え、えぇ、……それだけ?」
「……それだけ、とは?」
「な、なにかもっと……いつもなら……いやはやお嬢様も式典にお出になられるほどいつのまにやら立派なレディになっていたのですなぁ、とてもそのようには見えませんでしたぞぅ……とか、言うではないの!」

 わたくしはフェルダーのモノマネを交えながらキッと睨む。
 身構えていたのに拍子抜けなのだわ。

「……いやはや。……いつのまにやら式典にお出になるほど立派なレディがおられたと思ったのですが……忽然と……消えて……よもや、幻……」

 フェルダーはわざとらしく辺りを見渡しながら、やれやれという仕草で首を振る。
 本当に腹立たしい男だわ!!

「いるわよ、あなたの目の前に! このわたくしが!」
「……レディとは。理想と現実とは。……実に、考えさせられるものがありますな」
「何しにいらしたの……」
「もちろん……新年のご挨拶に……。それと、体調あれからお変わりないかの確認に。ついでに、まことしやかに流れる神託の噂の真相も知りたく……」
「そう。新年おめでとう。体調はすこぶる万全よ、あなたが夢に出るようなこともなくて安眠できてるし。……神託の噂ってなにかしら?」

 最後のそれはわたくし心当たりがないわ。
 お茶で喉を潤しながら首を傾げた。
 フェルダーは、いつもの不愉快なニヤニヤ笑いを引っ込めて、真面目? な顔をして見える。

「お嬢様に、神託がくだったらしいと……市井では持ちきりで……」
「まぁ」

 此度の神託はめでたくもデリケートなものだから、両国で確定するまで下々には知らせぬこと、と箝口令が敷かれたと聞いていたのに。
 
「呆れた。俗な男ね、どんな噂を聞いて好奇心を満たしにいらしたの!」

 フェルダーの口元が一瞬苦しげに歪んだように見え、……ぁ……違うわ、ニヤニヤしているだけね!

「なんでも……お嬢様が……どなたかとご結婚なさる、だとか……なんとか……。いや、まことなら、めでたきことで」
「……。まだ本決まりではないのよ。お互いの国同士の、難しい取り決めや交渉が必要らしいから。でも、そうよ。わたくしが言わなくともどうせばぁやが言うもの。……神託がくだったのよ、わたくしに! あのハルロ様との結婚の神託よ!」

 いっそ堂々と叩きつけて、下衆な好奇心を満たして差し上げるわ。
 フェルダーはほんの一瞬、重たげな目蓋を持ち上げて目を見開いたよう。驚いているわ、良い気味!

「それは……それは……」

 驚いて言葉もないよう。
 うろうろと視線を彷徨わせて大変に珍しい様子だわ。溜飲が下がるというものね!

「まことのことでございますか」
「しつこいわね、本当だって言ってるでしょう!?」
「然様で……ございます、か」
「なんなの、ネチネチと勿体つけて。わたくしはハルロ様と結婚するわ! そうよ、そうなの。だって、それが神託なのだもの!」

 わたくしの幸せな未来!
 ようやく現実味を感じて、やっと嬉しい気持ちが湧き出してきたわ。
 何を今まで不安がっていたのかしら。

「まぁ、まだ……両国間のいろいろで公表はできないのだけれど。わかるでしょう、あなたなら」
「………………」
「フェルダー……? どうかして?」

 フェルダーの顔が険しい。気のせい? いつもと同じかしら。

「いえ……そうでしょうな。いろいろと、折衝が……神託とはいえ、人の社会は神の思うままには動けんものですからな。……いえ、改めておめでとうございます。幼き初恋の成就……お嬢様のピュアなお心、私も見習うべきかもしれませんな……ククッ」

 素直に喜んでいいのかどうか微妙なラインね。思わずムッとした気持ちが顔に出てしまうわ。
 それを見てフェルダーがますます意地悪く笑うのに。

「もうご用件はお済み? あなたもお忙しいでしょ、ご機嫌よう!」
「えぇ……今日はこれでお暇いたします。……では、次は何もなければ水曜日の勉強会で。ご機嫌よう、お嬢様」

 フェルダーはそう言うと立ち上がって、部屋を出て行く。
 扉の向こうでまだ話し声が聞こえてくるから、ばぁやと立ち話でもしているのかもしれない。

「神託……結婚……わたくしの、幸せな未来……」

 わたくしは、祈るように手を組んで目を瞑る。
 どうか、ハルロ様もわたくしを好きでいてくださいますように。
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