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夢渡り
しおりを挟む「わ………………わかりませんわ………………!!」
本を開いて最初の数行……いいえ、数文字で嫌な予感がしていましたわ。
的中……。
【古式魔法――の夢見の法について】までを現代語に訳すだけで相当な時間がかかってしまって……。
とてもではないけれど、この分厚い本の中身を自力で訳そうと思ったらおばあちゃんになってしまいますわ!
なんだか頭も痛くなってきたし……。
もっと簡単で既に現代語訳されている本を探し直してもらうべきでは?
そう思い付いて席を立とうとしたら、ふっと差した影と……
「難航しているようだね、レディ・ルティカ」
「――――――!」
わたくしは思わずあげそうになった悲鳴を、口を抑えることで耐えた。
ヴァンリー先生がいつの間にかそこに居て、本を覗き込んでいた。
「古式魔法学においても、夢見……夢渡りといったものは特に古く……属人性が高いものが多く、ゆえにわかりやすくまとめられた文献も少なく……かつ現代において深く研究されているものでもないため……ん? どうしたかねレディ・ルティカ……」
抑揚はないものの、滑らかにするすると始まる長広舌の解説に、わたくしは口を挟めず固まったまま。
ヴァンリー先生がわたくしを見る。
「あ……あの……お、驚いて……しまいまして……」
「……失敬。悪い癖だ。……古式魔法学に興味を持つ生徒はあまり多くはないのでね。ここではなんだ、研究室に来たまえ」
「……え」
「知りたいのだろう。古式魔法の深淵を……」
わたくしが知りたいのは、古式魔法の深淵ではなく、わたくしを悩ます夢についてなのだけれど。
実際……ひとりで難しい本に向き合っていても得られるものは多くはなさそうで。
「わかりましたわ…………」
わたくしは、ヴァンリー先生の研究室にお邪魔することにした。
「まず……古式魔法学における“夢”の扱いについて話そう」
ヴァンリー先生の研究室は暗かった。
本来なら窓があったのだろう場所も漏れなく本棚に塞がれ、数多の書籍が並んでいる。入りきらなかった書籍が床に積み上げられ、机にも積み上げられ、その隙間に様々なメモ書きやノートの切れ端やスクロールが散らばって……。
一言でいえば、混沌……。
「古式魔法学における“夢”というものは、単なる人の脳が見せる幻想や願望などというものではない。古来……巫女には過去や未来を見通す夢渡りの力が備わっており……昨今では形骸化して久しい神託も、古来においては夢渡りにより未来視した者による真の予言として……」
ヴァンリー先生の語りは止まるところを知らなかった。
わたくしは怒涛の言葉の奔流に溺れかけながらも、ひとつ聞き捨てならないところに声をあげた。
「お待ちくださいヴァンリー先生……! 形骸化した神託とはどういうことですの!」
わたくしの異議に、ヴァンリー先生は言葉を止め……モノクルを光らせた。
「…………そのままの意味だが。なるほど、レディ・ルティカ……あなたはご存知ないのか。現代の神託の巫女は……有力者たちの望む言葉を預言にのせる単なるお飾り……すでに彼女たちに神秘はなく、誰でもなれる……できる……傀儡人形にすぎない」
ヴァンリー先生の淡々とした無機質な声。
わたくしの脳裏に、見たこともないはずの神殿の大広間と……神々しく現れた巫女様の姿が浮かんだ。
《佳日
神よりの託宣賜る。
神 曰く。
ラトラム王国公爵の娘ルティカ!
ラトリーナ王国国王の息子ハルロ!
両名に神の名のもとに婚姻の使命と祝福を与えん!》
「………………え」
ふいに蘇る、神託の口上。
聞いたことなどないはずなのに。
まるで、何度も聞いたことがあるみたいに……。
「レディ・ルティカ……顔色が悪いな。どうしたのだね」
わたくしはこめかみを指でぎゅっと抑えて、目を閉じた。
クロスお兄様の口笛。
大広間に集まった人たちのざわめき。
わたくしを見る、ハルロ様の顔。
「…………ッ」
夢……じゃない。
それとも、これも夢……?
白日夢というの……?
「…………レディ・ルティカ。もしやあなたは、夢渡りをしているのか? 古来の巫女たちがそうだったように、あなたにもその力があるのかもしれない。……何を見たのか、私に教えてくれませんか。本物の夢渡りの力を目の当たりにするのは初めてだ」
ヴァンリー先生は、相変わらず抑揚はなかったけれど。
その声音は、熱がこもって興奮しているように聞こえた。
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