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黒の帳 『一つ目の帳』
クラスの頭
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二、三時間目は先生が来たけど、また不良さん達の声で何も聞こえない。先生も諦めているのか、小さな声で話しながら教科書を読んでいる。もはや何の教科すら分からない。
先程のように、先生に声をかけたかったけど、龍牙の頬の傷を見て思い止まる。
また、龍牙が怪我したらどうしよう。この傷は完全に私のせいだ。
龍牙はあの後、気にすんな、よくあることだ、とか、色々私を励ましてくれた。でも、あのタイミングと攻撃からして、私が喋ったから、気が逸れて怪我を負ったのだと分かる。龍牙に怪我をして欲しくない。先生に話しかけるのは諦めよう。
先生に声がかけられないまま、自習の四時間目に移る。もう三時間目の途中から私も諦めてトランプをした。一人スピードで退屈そうな龍牙に誘われたし、仕方ない。
皆不良さんだからか、遅れてくるのが当たり前のようだ。四時間目には、20人の内、既に19人が集まっていた。大半が怖そうな人だったけど、大人しそうな人も何人か居た。仲良くなれるといいんだけど。何せこの人達とこれから一年過ごすんだから。
もはや意味を為していないチャイムが鳴る。昼休みだ。龍牙とのババ抜きは3戦3勝。余りにも悔しそうなので昼食を済ましたらもう一度やってあげよう。
机に項垂れる龍牙を横目に、弁当を机に出した。
「はあ!?」
「うるせえ遠藤。おい青いの、何つったテメェ」
「天野だ。俺がこのクラスの頭だっつったんだよ」
教室の前から怒鳴り声が聞こえる。あの人がこのクラスの最後の一人なのかも。扉の前で、青色の髪の人が見える。凄いなあ、不良さん達はやたらと髪を染めている。オシャレさんだ。天野、と名乗った青髪さんは、さっき龍牙が倒した金髪さん達と睨み合っている。
「急にクラスの頭とか意味わかんねえよ!」
「何で俺らがお前なんかに従わなきゃいけねぇんだ?」
「皆フリーでよくなぁい?」
三人が不満げに天野君に話しかける。
少し騒がしくて、皆が注目し出す。そのざわめきに項垂れていた龍牙も顔を上げる。
「…頭?」
「あそこの天野君って人が、俺が頭だー!って言ってるの」
事情を説明すると、龍牙が目の色を変えたようにキラキラとし出す。…嫌な予感。
「…いいな、頭。おい阿賀野、そこの三人は雑魚だ。俺とやろうぜ」
龍牙が席を立ち、入口へ向かう。龍牙、阿賀野じゃなくて天野。
龍牙は皆を仕切りたがる。自分が導くというよりは、誰かの言うことを聞くのが気に入らなくて、リーダーになりたがる。でも暴力沙汰は止める方だったのに、今は積極的に参加している。多分中学で不良になって色々と開花してしまったんだろう。
「雑魚だと!?」
「うるさいよ遠藤」
「…阿賀野って誰だ」
「お前だよお前。あ、俺は片桐な」
「俺は天野だ!…丁度いい。お前をボッコボコにして、…見せしめにしてやる」
「フゥ~、見せしめとかいつの時代?あ、古いテレビって叩いたら直るよな~」
ああ…話がどんどん進んでいく。龍牙はいつもの余裕で全く怖気付かない。
「こいよ。可愛い可愛いロングちゃん」
「…あーっそれ地雷だわ!!」
龍牙が不意打ちで拳を突き出すが、天野君は颯爽と躱す。素早く体勢を戻した龍牙が蹴りを繰り出そうとするけど、それより先に天野君が龍牙を殴る。
「龍牙っ!」
相手は一人だ。二連勝の龍牙なら無傷で勝てるかななんて思ってぼんやり見ていた。
でも、簡単にはいかなかった。上には上がいるんだった。
急いで席を立ち、二人の元へ向かう。
上手く威力を流せなかったのか、龍牙がよろめき、そこを狙って天野君が蹴りを叩き込む。天野君が倒れ込む龍牙に近づく。手を伸ばそうとしたところで私は立ち塞がる。勝負はついているように見えたからだ。
「っ、あ、鈴っ!!」
「止めて!」
「あ、根暗くんだ」
「片桐よっわ~」
後ろから咎める龍牙の声が聞こえるけど、構うもんか。喧嘩はいいけど、一方的に殴るのは違う。相手が倒れたら止めるべきだ。龍牙はそうしてる、でも、天野君は違うみたいだ。
「…何だお前」
「この子の友達っ…、もう龍牙は倒れてるでしょ、これ以上殴るのは、違う」
「見せしめにするって言っただろうが。退け」
「嫌、退かない」
天野君が私の胸倉を掴む。首がしまって苦しいけど、私がここで引いたら、天野君は龍牙に酷い怪我をさせる。前髪の隙間から、天野君の目を睨む。
天野君は私の顔が見えなくても、私が怯えていないことが分かったみたいだ。
「…お前からだな」
「待て天野っ!!!」
龍牙が大声で叫ぶ。天野君が、右手を握りしめるのが見えた。大丈夫、私だって、男の子だから。口の中を噛まないように、歯を食いしばる。
「ちーっすB組の頭でぇーす。…あ?龍牙、何寝てんだ」
「寝てねぇよ」
「今度は誰だ…」
しんとした教室に、間延びした挨拶が響く。扉の方から覗くのは、朝より若干マシになった茶色の天然パーマ。
光彦だ!
天野君が苛立ちを露にして光彦の方へ肩越しに振り返る。
「龍牙、立てよ。つーか、何この状況」
「うる、せ…、立てるかアホ。そいつにぶん殴られたんだ。クリミツ、鈴助けろ…」
龍牙が殴られたと聞いた途端、ヘラヘラしていた光彦の様子が一変する。
目の前の天野君が急いで私から手を離し、光彦に対峙した。でも、遅かった。光彦の拳を天野君は避けられなかった。
光彦はこの中学で、何故かは知らないけど体を鍛え始めたから、ガタイがかなりいい。元々身長だって高い。中学でも成長が止まらなかったから、今は180を超えている。
そんな巨体が、感情に任せた一撃を放てばどうなるか。
下から上へ突き上げるようにして拳が入り、静かに天野君が倒れ込む。拳が入ったのは鳩尾らしく、天野君は倒れたまま動かなくなってしまった。
い、一撃…。
「…かっこいーねぇクリミツくん」
「龍牙っ、大丈夫か!ごめん、俺がもっと早くB組全員ぶちのめしてたら…っ」
私には目もくれず、光彦が龍牙に駆け寄り、肩を貸す。光彦は隣のクラスの頭になったみたいだ。
「…どういう状況?新村」
「この天パ誰だよ」
「遠藤黙れ。なあなあそこの天パ、ここの頭誰だと思う?」
「…一番強い奴…、あ、もしかしてそこの?じゃあソイツでいいじゃん。二クラスとか面倒くさそーだし、俺はやんねえよ」
さっきの天野君の様子を見ていた皆は、水を打ったように黙り込んでしまった。天野君は中々横暴だった。暴君とも言える彼が頭になるのは皆が困る。光彦が頭になってくれたらいいのにな。
でも、今の状況を纏めてみると…
三人相手に勝った龍牙、龍牙を倒した天野君、天野君を一撃で沈めた光彦。こんな分かりやすい構図に、三人組も光彦に何か言おうという気は起きない。
今の一撃は、私をいじめていた時の腕力とは比べ物にもならなかった。あれでも手加減されてたのか、と中学のイジメの日々を思い出していると、龍牙が隣に来た。良かった、もう一人で立てている。
「…鈴、大丈夫か?怪我とか…」
「ううん、大丈夫。私より龍牙の方が心配だよ」
「そうだぞ龍牙。お前アレだな、頭狙おうとしてボコボコにされたんだろ、ったくお前は…」
ブツブツと説教を仕出す光彦を龍牙が止める。龍牙が手を私の肩に置いて、真剣な目で見つめてくる。
「…鈴、ありがとう、庇ってくれて」
「ふふ、どういたしまして。でも、龍牙みたいにかっこよく戦えないよ、ごめんね」
「ううん、…その、かっこよかった。ありがとう。でも、今度からはあんなことしないでくれよ。鈴が怪我するのは、嫌だ」
「その言葉、そっくり返させてもらいます!」
龍牙は私を守りたいみたいだ。でも私だってそうだ。龍牙が怪我するのは、嫌だ。小学生の時とは違う。これからは龍牙に頼りすぎるのは止そう。
「…ね、片桐くん…だっけ」
「あ?何だよピンク」
三人組の一人、ピンク色のメッシュを入れた人が話しかけてくる。
「俺、菊池。んでこっちのうるせえピアスが遠藤。無言の金髪が新村ね!」
「…あっそ」
「行こうぜ龍牙、昼飯の場所いい所見つけたんだ~っ!」
菊池君が後ろの二人を指し、名前を教えてくれる。
光彦と龍牙は全く興味が無さそうだ。
でも私の気持ちは高揚している。自己紹介だなんて、相手が仲良くしたいと思ってくれている証拠だ。きっと仲良くなれる。私が話しかけてられているわけではないのに、少しウキウキしてしまって、笑いが溢れた。
「何笑ってんの、根暗くん。無視されてる俺ら面白いの~?」
「あっ、ごめんね。違うんだ。私、君達と仲良くなれるかなって、思ってさ。…そしたら、嬉しくなっちゃって。馬鹿にしたわけじゃないんだ」
「…キモ」
「アレだろ、センコーと仲良くしたいとか言う奴だし、…頭おかしいんだろ」
失敗した。一応自分のおかしさは自覚しているつもりだ。不良さんは見た目が怖いから、仲良くしようなんて誰も思わない。不良同士だって、仲が合う人と連む。
分け隔てなく誰とも仲良くしたいと思う私は、おかしい。
でも、私が不良さんをあまり怖がらないのは、もっと怖い人達を知っているからだ。
雅弘さんの御屋敷で色々な人と出会った。小指のない人、片目がない人、…人の命を、簡単に奪う人。見た目が何ともないような人でも、躊躇いなく人を殺めることが出来る。襖の隙間から、見てしまったもの。ごろりと人形のように転がった人の目は、もう、どこも、見ていなくて。
ああ嫌なことを思い出した。
兎に角、そういう人たちに比べれば、不良さん達なんて見た目が奇抜なだけだ。
気がつけば、私はいつの間にか俯いていた。
「あれ?龍牙、クリミツ…」
顔を上げれば二人が居なくなっている。え、私置いてかれた?
困っていると、菊池君が私に話しかけてくれる。
「あれれ、話聞いてなかった?栗田くんが置いてこーぜって言ってたよん。お昼の場所は体育館前のベンチだって」
「ぼーっとしすぎだろ、やっぱこいつやべーって」
「…顔見せろ」
「えっ、待って、顔はっ………」
目の前に来ていた新村君に反応が遅れてしまい、気づいた時には視界が明るくなっていた。
「………っ、やべっ」
「どしたの新村」
「新村ァ?」
一瞬だけど、物凄く驚いている新村くんの顔が見えた。壁へ駆け寄って頭を壁につけて項垂れており、その耳は真っ赤だ。
大変だ、顔を隠すっていう雅弘さんとの約束、また破っちゃった。
「この根暗くんの顔かな?」
「見せろよ、どうせでっけーニキビとか……っおぁあああああ!?」
「何っ、なになにっ…おお……これは…」
続けざまに二人もそれぞれ反応する。
「…すげぇ美人じゃねぇかよっ!!」
「弄りがいある見た目だね、まずは前髪を整えて少しブリーチして次にピンクベージュのリップ塗ってそれから」
目をキラキラさせる遠藤君、口角が釣り上がったまま戻らない菊池君。嘘でしょう、ただ顔を見ただけだろうに。
心のどこかでちょっと希望を持っていた。昨日の二人はちょっと特殊だっただけだろう。私の顔なんて珍しいものじゃなくて、特に反応は無いだろう。例え、少しだけ人と違う顔でも、根暗根暗と言っていたし、その先入観で何も言わないだろう、と。
でも、全然そんなことなかった。やっぱり中学と変わらない。これからどんなあだ名が付けられるんだろうなあ…、中学の時はベルちゃん、鈴ちゃん、リンちゃん、リンリン、さきちゃん、しぃちゃん…、他にも色々あったな。
騒ぐ二人を見て、一連の流れを見守っていた他の人が何だ何だと寄ってくる。なるべく目撃者は減らしたい。逃げなければ。
だが、逃げ出そうとすれば遠藤君にがっちり掴まれ、菊池君に私の髪を上げられてしまった。
私の顔を見た不良さん達が、様々な反応をする。ぷにぷに頬を触られたり、頭を撫でられたりした。私は動物じゃないんだけれど。
…キラキラ、ギラギラ、そんな効果音で表せそうな十人近くの瞳が私を見つめている。その瞳にどんな感情が込められているかなんて、考えたくもない。
龍牙…光彦…
戻ってきて……
先程のように、先生に声をかけたかったけど、龍牙の頬の傷を見て思い止まる。
また、龍牙が怪我したらどうしよう。この傷は完全に私のせいだ。
龍牙はあの後、気にすんな、よくあることだ、とか、色々私を励ましてくれた。でも、あのタイミングと攻撃からして、私が喋ったから、気が逸れて怪我を負ったのだと分かる。龍牙に怪我をして欲しくない。先生に話しかけるのは諦めよう。
先生に声がかけられないまま、自習の四時間目に移る。もう三時間目の途中から私も諦めてトランプをした。一人スピードで退屈そうな龍牙に誘われたし、仕方ない。
皆不良さんだからか、遅れてくるのが当たり前のようだ。四時間目には、20人の内、既に19人が集まっていた。大半が怖そうな人だったけど、大人しそうな人も何人か居た。仲良くなれるといいんだけど。何せこの人達とこれから一年過ごすんだから。
もはや意味を為していないチャイムが鳴る。昼休みだ。龍牙とのババ抜きは3戦3勝。余りにも悔しそうなので昼食を済ましたらもう一度やってあげよう。
机に項垂れる龍牙を横目に、弁当を机に出した。
「はあ!?」
「うるせえ遠藤。おい青いの、何つったテメェ」
「天野だ。俺がこのクラスの頭だっつったんだよ」
教室の前から怒鳴り声が聞こえる。あの人がこのクラスの最後の一人なのかも。扉の前で、青色の髪の人が見える。凄いなあ、不良さん達はやたらと髪を染めている。オシャレさんだ。天野、と名乗った青髪さんは、さっき龍牙が倒した金髪さん達と睨み合っている。
「急にクラスの頭とか意味わかんねえよ!」
「何で俺らがお前なんかに従わなきゃいけねぇんだ?」
「皆フリーでよくなぁい?」
三人が不満げに天野君に話しかける。
少し騒がしくて、皆が注目し出す。そのざわめきに項垂れていた龍牙も顔を上げる。
「…頭?」
「あそこの天野君って人が、俺が頭だー!って言ってるの」
事情を説明すると、龍牙が目の色を変えたようにキラキラとし出す。…嫌な予感。
「…いいな、頭。おい阿賀野、そこの三人は雑魚だ。俺とやろうぜ」
龍牙が席を立ち、入口へ向かう。龍牙、阿賀野じゃなくて天野。
龍牙は皆を仕切りたがる。自分が導くというよりは、誰かの言うことを聞くのが気に入らなくて、リーダーになりたがる。でも暴力沙汰は止める方だったのに、今は積極的に参加している。多分中学で不良になって色々と開花してしまったんだろう。
「雑魚だと!?」
「うるさいよ遠藤」
「…阿賀野って誰だ」
「お前だよお前。あ、俺は片桐な」
「俺は天野だ!…丁度いい。お前をボッコボコにして、…見せしめにしてやる」
「フゥ~、見せしめとかいつの時代?あ、古いテレビって叩いたら直るよな~」
ああ…話がどんどん進んでいく。龍牙はいつもの余裕で全く怖気付かない。
「こいよ。可愛い可愛いロングちゃん」
「…あーっそれ地雷だわ!!」
龍牙が不意打ちで拳を突き出すが、天野君は颯爽と躱す。素早く体勢を戻した龍牙が蹴りを繰り出そうとするけど、それより先に天野君が龍牙を殴る。
「龍牙っ!」
相手は一人だ。二連勝の龍牙なら無傷で勝てるかななんて思ってぼんやり見ていた。
でも、簡単にはいかなかった。上には上がいるんだった。
急いで席を立ち、二人の元へ向かう。
上手く威力を流せなかったのか、龍牙がよろめき、そこを狙って天野君が蹴りを叩き込む。天野君が倒れ込む龍牙に近づく。手を伸ばそうとしたところで私は立ち塞がる。勝負はついているように見えたからだ。
「っ、あ、鈴っ!!」
「止めて!」
「あ、根暗くんだ」
「片桐よっわ~」
後ろから咎める龍牙の声が聞こえるけど、構うもんか。喧嘩はいいけど、一方的に殴るのは違う。相手が倒れたら止めるべきだ。龍牙はそうしてる、でも、天野君は違うみたいだ。
「…何だお前」
「この子の友達っ…、もう龍牙は倒れてるでしょ、これ以上殴るのは、違う」
「見せしめにするって言っただろうが。退け」
「嫌、退かない」
天野君が私の胸倉を掴む。首がしまって苦しいけど、私がここで引いたら、天野君は龍牙に酷い怪我をさせる。前髪の隙間から、天野君の目を睨む。
天野君は私の顔が見えなくても、私が怯えていないことが分かったみたいだ。
「…お前からだな」
「待て天野っ!!!」
龍牙が大声で叫ぶ。天野君が、右手を握りしめるのが見えた。大丈夫、私だって、男の子だから。口の中を噛まないように、歯を食いしばる。
「ちーっすB組の頭でぇーす。…あ?龍牙、何寝てんだ」
「寝てねぇよ」
「今度は誰だ…」
しんとした教室に、間延びした挨拶が響く。扉の方から覗くのは、朝より若干マシになった茶色の天然パーマ。
光彦だ!
天野君が苛立ちを露にして光彦の方へ肩越しに振り返る。
「龍牙、立てよ。つーか、何この状況」
「うる、せ…、立てるかアホ。そいつにぶん殴られたんだ。クリミツ、鈴助けろ…」
龍牙が殴られたと聞いた途端、ヘラヘラしていた光彦の様子が一変する。
目の前の天野君が急いで私から手を離し、光彦に対峙した。でも、遅かった。光彦の拳を天野君は避けられなかった。
光彦はこの中学で、何故かは知らないけど体を鍛え始めたから、ガタイがかなりいい。元々身長だって高い。中学でも成長が止まらなかったから、今は180を超えている。
そんな巨体が、感情に任せた一撃を放てばどうなるか。
下から上へ突き上げるようにして拳が入り、静かに天野君が倒れ込む。拳が入ったのは鳩尾らしく、天野君は倒れたまま動かなくなってしまった。
い、一撃…。
「…かっこいーねぇクリミツくん」
「龍牙っ、大丈夫か!ごめん、俺がもっと早くB組全員ぶちのめしてたら…っ」
私には目もくれず、光彦が龍牙に駆け寄り、肩を貸す。光彦は隣のクラスの頭になったみたいだ。
「…どういう状況?新村」
「この天パ誰だよ」
「遠藤黙れ。なあなあそこの天パ、ここの頭誰だと思う?」
「…一番強い奴…、あ、もしかしてそこの?じゃあソイツでいいじゃん。二クラスとか面倒くさそーだし、俺はやんねえよ」
さっきの天野君の様子を見ていた皆は、水を打ったように黙り込んでしまった。天野君は中々横暴だった。暴君とも言える彼が頭になるのは皆が困る。光彦が頭になってくれたらいいのにな。
でも、今の状況を纏めてみると…
三人相手に勝った龍牙、龍牙を倒した天野君、天野君を一撃で沈めた光彦。こんな分かりやすい構図に、三人組も光彦に何か言おうという気は起きない。
今の一撃は、私をいじめていた時の腕力とは比べ物にもならなかった。あれでも手加減されてたのか、と中学のイジメの日々を思い出していると、龍牙が隣に来た。良かった、もう一人で立てている。
「…鈴、大丈夫か?怪我とか…」
「ううん、大丈夫。私より龍牙の方が心配だよ」
「そうだぞ龍牙。お前アレだな、頭狙おうとしてボコボコにされたんだろ、ったくお前は…」
ブツブツと説教を仕出す光彦を龍牙が止める。龍牙が手を私の肩に置いて、真剣な目で見つめてくる。
「…鈴、ありがとう、庇ってくれて」
「ふふ、どういたしまして。でも、龍牙みたいにかっこよく戦えないよ、ごめんね」
「ううん、…その、かっこよかった。ありがとう。でも、今度からはあんなことしないでくれよ。鈴が怪我するのは、嫌だ」
「その言葉、そっくり返させてもらいます!」
龍牙は私を守りたいみたいだ。でも私だってそうだ。龍牙が怪我するのは、嫌だ。小学生の時とは違う。これからは龍牙に頼りすぎるのは止そう。
「…ね、片桐くん…だっけ」
「あ?何だよピンク」
三人組の一人、ピンク色のメッシュを入れた人が話しかけてくる。
「俺、菊池。んでこっちのうるせえピアスが遠藤。無言の金髪が新村ね!」
「…あっそ」
「行こうぜ龍牙、昼飯の場所いい所見つけたんだ~っ!」
菊池君が後ろの二人を指し、名前を教えてくれる。
光彦と龍牙は全く興味が無さそうだ。
でも私の気持ちは高揚している。自己紹介だなんて、相手が仲良くしたいと思ってくれている証拠だ。きっと仲良くなれる。私が話しかけてられているわけではないのに、少しウキウキしてしまって、笑いが溢れた。
「何笑ってんの、根暗くん。無視されてる俺ら面白いの~?」
「あっ、ごめんね。違うんだ。私、君達と仲良くなれるかなって、思ってさ。…そしたら、嬉しくなっちゃって。馬鹿にしたわけじゃないんだ」
「…キモ」
「アレだろ、センコーと仲良くしたいとか言う奴だし、…頭おかしいんだろ」
失敗した。一応自分のおかしさは自覚しているつもりだ。不良さんは見た目が怖いから、仲良くしようなんて誰も思わない。不良同士だって、仲が合う人と連む。
分け隔てなく誰とも仲良くしたいと思う私は、おかしい。
でも、私が不良さんをあまり怖がらないのは、もっと怖い人達を知っているからだ。
雅弘さんの御屋敷で色々な人と出会った。小指のない人、片目がない人、…人の命を、簡単に奪う人。見た目が何ともないような人でも、躊躇いなく人を殺めることが出来る。襖の隙間から、見てしまったもの。ごろりと人形のように転がった人の目は、もう、どこも、見ていなくて。
ああ嫌なことを思い出した。
兎に角、そういう人たちに比べれば、不良さん達なんて見た目が奇抜なだけだ。
気がつけば、私はいつの間にか俯いていた。
「あれ?龍牙、クリミツ…」
顔を上げれば二人が居なくなっている。え、私置いてかれた?
困っていると、菊池君が私に話しかけてくれる。
「あれれ、話聞いてなかった?栗田くんが置いてこーぜって言ってたよん。お昼の場所は体育館前のベンチだって」
「ぼーっとしすぎだろ、やっぱこいつやべーって」
「…顔見せろ」
「えっ、待って、顔はっ………」
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「………っ、やべっ」
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大変だ、顔を隠すっていう雅弘さんとの約束、また破っちゃった。
「この根暗くんの顔かな?」
「見せろよ、どうせでっけーニキビとか……っおぁあああああ!?」
「何っ、なになにっ…おお……これは…」
続けざまに二人もそれぞれ反応する。
「…すげぇ美人じゃねぇかよっ!!」
「弄りがいある見た目だね、まずは前髪を整えて少しブリーチして次にピンクベージュのリップ塗ってそれから」
目をキラキラさせる遠藤君、口角が釣り上がったまま戻らない菊池君。嘘でしょう、ただ顔を見ただけだろうに。
心のどこかでちょっと希望を持っていた。昨日の二人はちょっと特殊だっただけだろう。私の顔なんて珍しいものじゃなくて、特に反応は無いだろう。例え、少しだけ人と違う顔でも、根暗根暗と言っていたし、その先入観で何も言わないだろう、と。
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騒ぐ二人を見て、一連の流れを見守っていた他の人が何だ何だと寄ってくる。なるべく目撃者は減らしたい。逃げなければ。
だが、逃げ出そうとすれば遠藤君にがっちり掴まれ、菊池君に私の髪を上げられてしまった。
私の顔を見た不良さん達が、様々な反応をする。ぷにぷに頬を触られたり、頭を撫でられたりした。私は動物じゃないんだけれど。
…キラキラ、ギラギラ、そんな効果音で表せそうな十人近くの瞳が私を見つめている。その瞳にどんな感情が込められているかなんて、考えたくもない。
龍牙…光彦…
戻ってきて……
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八(八月八)
BL
※11/12 10話後半を加筆しました。
11/21 登場人物まとめを追加しました。
【第7回BL小説大賞エントリー中】
山奥にある全寮制の名門男子校鶯実学園。
この学園では、各委員会の委員長副委員長と、生徒会執行部が『役付』と呼ばれる特権を持っていた。
東海林幹春は、そんな鶯実学園の風紀委員長。
風紀委員長の名に恥じぬ様、真面目実直に、髪は七三、黒縁メガネも掛けて職務に当たっていた。
しかしある日、突如として彼の生活を脅かす転入生が現われる。
ボサボサ頭に大きなメガネ、ブカブカの制服に身を包んだ転校生は、元はシングルマザーの田舎育ち。母の再婚により理事長の親戚となり、この学園に編入してきたものの、学園の特殊な環境に慣れず、あくまでも庶民感覚で突き進もうとする。
おまけにその転校生に、生徒会執行部の面々はメロメロに!?
そんな転校生がとにかく気に入らない幹春。
何を隠そう、彼こそが、中学まで、転校生を凌ぐ超極貧ド田舎生活をしてきていたから!
※11/12に10話加筆しています。
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