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黒の帳 『一つ目の帳』
裏番と番長
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ゲームセンターを出た瞬間、誰かに勢いよく抱きつかれた。驚いてその人物を確認してるみると、龍牙だった。カフェからゲームセンターまで少しあるはずだから、その距離を走ってきたのだろうか。
後ろからは紅陵さんが歩いてきている。
「よかった、無事か」
「…ごめん、天野君に追いかけられてさ」
「マジかっ!俺馬鹿だった、ピン外してないの気づかなかった!!顔はバレてないよな?」
「俺も迂闊だった。…守れるとか吐かして…危なかったな、ごめんクロちゃん」
天野君と出会ってしまったことを説明すると、二人は頭を抱えてしまった。
「…りん、か。同じ名前の奴がとんでもない目に遭うだろうな」
「いや、鈴が無事だったら何でもいいっすよ」
「…あ!そっか、そうなるかっ!リンさんごめんなさい…」
「何言ってんだよ鈴。リンなんて名前、男子校でしかも不良校に居るか?」
「…いや、一年に一人居るぞ、横山凛。A組の頭張ってるやつだな。番長から連絡があったんだ。Aが横山、BCが栗田、DEがまあ、変わるかもしれないけど、渡来だな」
大変だ、校門で朝から待つような天野君が、『りん』という名前の手がかりを得て動かないはずがない。頭がいっぱいでそこまで考えが回らなかった。
…私の馬鹿。横山凛さん、ごめんなさい。
「…気にすんなよ。しかし…油断も隙もねぇな。トイレで出くわすとか。クロちゃん疫病神でも憑いてる?」
「運は…物凄く悪いと思います」
「昔からヤバいもんな、お前…」
「あ、ほらクロちゃん、シナノンちゃんのコースター」
「ありがとうございますっ!」
紅陵さんから手渡されたコースターを大切に鞄に仕舞う。じっくり見るのは家に帰ってからだ。顔がにやけてしまう自信がある。こんなところでそんな顔を披露するわけにはいかない。
私達は、コラボカフェに行くという当初の目的を果たしたので、クリミツが居るというもう一つのゲームセンターに向かった。…やっぱり別のゲームセンターだったんだ、私はつくづく運が悪い。
もう一つのゲームセンターは、カフェの場所とは反対側の端にある。
そのゲームセンターに入ったところで、クリミツの叫び声が聞こえた。それと、楽しそうな若い男の人の声。
「っだああああまた負けたっ!強すぎないっすか!?」
「あーっはっはっはっ!マロンくん、さっきと同じ手法でやられていたのに、トドメになってやっと気が付くなんてねぇ!!」
「もう一回、もう一回しましょう!!!」
わあわあ騒ぎが聞こえる場所を覗くと、対戦型のアーケードゲーム機の前に二人の高校生が居た。クリミツと…、隣の人は誰だろうか。
クリミツより背が低いけど、私と龍牙よりは背が高い。恐らく170cmくらいだろう。そして、私達と同じ制服で、襟にはギリシャ文字の二が輝いている。そして…とんでもないイケメンだ。顎はシュッとしていて、何より切れ長の涼し気な瞳が、魅力的だ。肩まである美しい空色の髪を、後ろで一つに纏めている。うん、モテるだろうなあ。この騒ぎを遠巻きに見ている女性陣も、その人に熱い視線を向けている。
因みに、今私たちが来たことで、紅陵さんにもその視線は向けられた。紅陵さん、格好いいからなあ。クリミツと話している二年生とは、また違うタイプのイケメンだ。紅陵さんは無気力系、二年生の人はクール系、といったところか。
「お、番長。今日も初心者狩り?」
「ああ、紅陵か。それがね、玄人なんだよ。中々いい勝負でねぇ…現在八勝無敗さ!」
「何がいい勝負なんすか!?くっそ…、番長、もう一回、もう一回!!」
クリミツはゲームが物凄く強くて、龍牙も私も勝てたことがない。そんなクリミツにここまで言わせるとは、番長はすご……番長!?
「えっ、氷川涼さんですか!?」
「あの人が番長か。強い奴はイケメンなのか…?」
「ふふふ、僕は有名人だからなあ、知ってて当然…ん?」
得意げに笑った氷川さんだが、私を見つけると、怪訝な顔になった。氷川さんは椅子から立ち上がり、私の目の前まで来た。
「…もしや、紫川鈴さんですか?」
「え、ああ、はい」
「……事情はお聞きしています。わたくし氷川は、紫川さんへの協力は惜しみません。何なりと仰ってくださいね」
にっこり笑った氷川さんが、敬語を使い、私に握手を求めてきた。これは、もしかしたら勘違いをしているかもしれない。
中学生の時も、私のことを根谷組組長である雅弘さんの息子だと知り、雅弘さんへの口聞きをお願いしてくる人が居た。雅弘さんの気使いで、私は裏社会のことを、根谷組とその下の氷川組がある、ということくらいしか知らされていない。そんな私に何か言われても、雅弘さんに進言するつもりは無いから困ってしまう。
氷川涼さんが継ぐことになっている氷川組は、根谷組の下に当たる組だから、もしかしたらそういう意図があるのかもしれない。こういうことは早く気づいて、迅速に誤解を解かないと、逆恨みをされる恐れがある。
私は急いで訂正を試みた。
「あ、あの、私に優しくしても、仕方がないといいますか、その…」
「ああご心配なさらず。貴方のお爺様から貴方のことをお聞きし、私が自ら貴方を守ろうと決意したのですよ。そこに損得勘定はございません、ええ」
氷川さんは感情の読めない顔でニコニコ微笑んでいる。どういうことだろうか。
でもここだと周りの視線があるので、とりあえず私達は駄々を捏ねるクリミツを引きずってゲームセンターを出た。
通路に備えられているベンチに座り、話をする。龍牙は不機嫌なクリミツをスマホゲームで宥めようと頑張っている。紅陵さんはその横で大笑いしていた。クリミツのしかめっ面は面白いからなあ。
二人で話をすることになり、氷川さんは手に何か持って話し始めた。
「…へえ、こういう証明写真は本来の顔より幾分か残念に写るはずなんですけどねえ。まさかこのベールの下に、こんな顔が…なんてねえ」
私の前髪を撫で、ベールと言っている。氷川さんが持っているのは生徒手帳だ。
今の言動からすると、もしかしてその生徒手帳…
「それ私のじゃないですか!返してください」
「惚れた、というよりは、親近感が湧いたんですよ、貴方に」
突然何を言い出しているのか、この人は。よく分からない。
返してもらおうと生徒手帳を掴んだが、とんでもない握力で、全く手を離してくれない。私が両手で掴んで体全体で引っ張っても、氷川さんは片手だけで掴んで離さない。ついでに言うと、1mmも動かない。
いくら私が貧弱だからといっても限度があるだろう。なんて怪力なんだ。番長の名は伊達じゃない。
「我々、非常に、優秀な顔を持ってますよね。大抵の人間がこの顔を持て囃し、独占したいなどと愚かなことを考える者も居ます。貴方もそうでしょう?」
「うーん…、まあ、境遇は似てるのではな」
「そうっ、そうなんです、私と貴方の共通点!昔から私は何もかもが優秀でしてね、そんな私と共通点がある人間なんてこの世に一人として居ないと思っていたのですよ。
大抵、優秀な人間は周囲の嫉妬、渇望、羨望、そういった眼差しに晒されます。私と同じとまではいかずとも、優秀な人間は居ました。居たのですが、皆その視線により、次から次へとその座を降りたのです。ところが!貴方はその顔を隠すことでこうして生活を送っている!コソコソするのは頂けませんが、心はお強いのではないかと…、合ってますかね?」
「……えっと、その、…私は喧嘩が苦手なので、友達になりた」
「力では適わないのに、このような奇妙奇天烈な格好の彼らと行動を共にし、友人と呼び合う!まさに心がお強い証拠!周りの悪感情を何もかも跳ね除ける、そう!それが私と貴方の共通点です!私は貴方に、仲間意識を持っているんですよ!!」
氷川さん、怖い、結構怖い。
ずいずいと顔を近づけるので、血走った目が私の眼前に迫ってくる。イケメンもこうなると台無しだなあ。
仲間意識、か。話をまとめると、周りの嫉妬に負けることなく頑張れますよね!ということなんだろう。この人は嫉妬とかそういうものを全て褒め言葉として受け取りそうだ。自分に絶対的な自信があるんだろう。私とは違うような気がするけれど、こんなに熱を込めて語られては否定がしづらい。
「…あ、あの…その…」
「番長、その辺にしとけよ。クロちゃんがビビっちゃってんじゃねーか」
近すぎる顔を前にどうしたらいいか分からない。
戸惑っていると、紅陵さんが氷川さんを引き離してくれた。氷川さんが握っている生徒手帳も取り返してくれた。…無言で繰り広げられた握力バトルには何も触れないでおこう。
そうだ、この二人、不良校のツートップだった。
「お二人って、氷川さんが番長で、紅陵さんが裏番なんですよね?」
「ああそうだな、俺の方が喧嘩が強い。だが俺には人が寄って来ないからな、人望があるコイツの方が適任なんだよ」
「ふふ、紅陵はかなりの色情狂でしてね。寄ってきた取り巻きや舎弟希望者を全員抱いたという伝せっっ」
目の前を物凄い勢いで紅陵さんの腕が通過していった。その拳は氷川さんの頬を捉えている。
鈍い殴打音と共に、氷川さんがとんでもない吹き飛び方をする。軽く空中に浮き、地面に叩きつけられた。
…何で?
「……えっ、え!?紅陵さんっ!?」
「ちょっ、今の音…、へえっ!?氷川先輩大丈夫っすか!?」
「………裏番…やべぇな」
「……ぅ、…ぐうっ…、きゅ、急に…何だい…紅陵っ…」
氷川さんはバンバンに腫れた右頬を抑え、切れた口端から血を流している。龍牙はそんな氷川さんに駆け寄り、抱き起こした。
驚きと恐怖で紅陵さんを見れば、紅陵さんは何ともない顔で、どこから出したのかチョコの詰まったトッペを咥えている。いやいやいや。
「クロちゃん」
「…は、はい?というか、どうして氷川さんを殴ったんですか!?」
「今の、本気にした?信じた?」
今の、とは、取り巻きや舎弟希望者をうんぬんかんぬんという話だろうか。
私は、噂や本人以外からの話は参考程度に聞いておき、あまり信用しないようにしている。真偽は本人に聞くのが一番だ。
嘘をついても、そう本人が言ったなら、それが私にとっての真実になる。その人はそういうことにして欲しいのだから、私もそうするべきだ。それが私にとって困るようなことじゃなかったら、の話だけれど。
だから、私は紅陵さん自信に確認することにした。
「紅陵さん、本当にやったんですか?」
「いや…やって…、あ、いや、うん、やった。15、6くらい。でも、流石に全員は…その」
「それアウトって言うんすよ紅陵先輩」
「全員とかいう前に、十超えてんのがまずヤバいですよ」
結構やらかしていた。まず男子高校生の経験人数が二桁いくこと自体珍しいだろう。くらい、とは、数え切れないほどということか。それとも、そういうことに慣れているのか。
結構節操無しなんだな。
そういうことに奔放なのは何とも思わない。でも、最初の時の態度からして、その大勢のうちに、私も入れる気なのだろうか。そう思うと、今日のカフェのことも、少しだけ怪しく見えてしまう。
心が無いのも、大勢のうちに入ってしまうのも、嫌だ。そういうことはやはり好きな人同士がやるもの…ん?
いや、待て私。
紅陵さんとはそういうことをしたくないと思っていたはすだ。
そもそもこんな美丈夫の紅陵さんが、私に性欲を持ったとしても、恋愛的な意味で興味を持ってくれるなんて有り得ないだろう。それなのに、
「や、やっぱり、呆れる、よな…」
嫌われるか?呆れられるか?そんな不安を込めた顔を見せられては、勘違いしそうになる。
落ち着け、私。今の紅陵さんは、知られたくない過去を知られ、後輩が遠ざかるのではないかという不安を抱えているだけだ。龍牙やクリミツには一切目を向けず、私だけに視線を向けているんじゃないかというのも気のせいだ。
心を落ち着かせ、返事を考える。そうだ、強い強いと謳われる裏番の紅陵さんだからこそ、聞きたいことがあったんだ。
「…合意の上でしたか?」
力が強い人は、それを振りかざしてやりたい放題するから。今日、私を空き教室に連れ込んだ渡来君達がいい例だ。相手の抵抗を力で抑え込んで無理やり事に及ぶことは、最低最悪の行為だ。紅陵さんがもしやっていたら、絶対軽蔑する。
「……ああ。誘ったらコロッと」
「その先は言わなくていいです」
合意と聞いて安心した。そう、お互いがいいなら、迷惑をかけていないならそれでいいんだ。
だから、私に、文句を言う権利は無い。
待て…、待て待て私!
きっと私は動揺しているんだ。天野君から聞かされた噂を話半分に聞いていたのに、紅陵さんにそれを肯定されて、驚いただけ。それに紅陵さんには何度もキスされている。あれで意識しないのは無理がある、そうだ、紅陵さんのせいだ。
私は紅陵さんのこと、好きでも何でもない!
「…鈴」
「……えっ、あ、何…龍牙」
「その顔、何なんだよ、それ」
龍牙が、切ない表情で私を見ていた。どうしてそんな顔しているか分からないのに、見ていると、胸が締め付けられる。
私、また何かしたかな。
「…その顔って?」
「その顔だよ、自分で分かるだろうが」
「分かんないよ…、私、どんな顔してる?」
「あー、いいよ、いい。分からないなら、いい…ごめん、何でもない。…俺帰るわ」
急に、どうしたのだろうか。突き放された気分だ。でも、自分がどんな顔をしているかさえ分からないのなら、龍牙に呆れられたって仕方ないのかもしれない。
龍牙は鞄を乱暴に手に取ると、走り出してしまった。
あんな顔をして、どこへ行ってしまうんだろう。
「待ってっ、待ってよ龍牙!!…クリミツ、離して!!」
「俺が行く。…お前は一人になるとろくな事にならないからな、覚えがないとは言わせないぞ。ダブル番長、鈴のことおなしゃーっす」
「あいよ、クロちゃんごめんな」
クリミツに腕を掴まれ、紅陵さんに引き渡されてしまった。龍牙の背中はどんどん小さくなっていく。
私は、行ってはいけないの?
後ろからは紅陵さんが歩いてきている。
「よかった、無事か」
「…ごめん、天野君に追いかけられてさ」
「マジかっ!俺馬鹿だった、ピン外してないの気づかなかった!!顔はバレてないよな?」
「俺も迂闊だった。…守れるとか吐かして…危なかったな、ごめんクロちゃん」
天野君と出会ってしまったことを説明すると、二人は頭を抱えてしまった。
「…りん、か。同じ名前の奴がとんでもない目に遭うだろうな」
「いや、鈴が無事だったら何でもいいっすよ」
「…あ!そっか、そうなるかっ!リンさんごめんなさい…」
「何言ってんだよ鈴。リンなんて名前、男子校でしかも不良校に居るか?」
「…いや、一年に一人居るぞ、横山凛。A組の頭張ってるやつだな。番長から連絡があったんだ。Aが横山、BCが栗田、DEがまあ、変わるかもしれないけど、渡来だな」
大変だ、校門で朝から待つような天野君が、『りん』という名前の手がかりを得て動かないはずがない。頭がいっぱいでそこまで考えが回らなかった。
…私の馬鹿。横山凛さん、ごめんなさい。
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「運は…物凄く悪いと思います」
「昔からヤバいもんな、お前…」
「あ、ほらクロちゃん、シナノンちゃんのコースター」
「ありがとうございますっ!」
紅陵さんから手渡されたコースターを大切に鞄に仕舞う。じっくり見るのは家に帰ってからだ。顔がにやけてしまう自信がある。こんなところでそんな顔を披露するわけにはいかない。
私達は、コラボカフェに行くという当初の目的を果たしたので、クリミツが居るというもう一つのゲームセンターに向かった。…やっぱり別のゲームセンターだったんだ、私はつくづく運が悪い。
もう一つのゲームセンターは、カフェの場所とは反対側の端にある。
そのゲームセンターに入ったところで、クリミツの叫び声が聞こえた。それと、楽しそうな若い男の人の声。
「っだああああまた負けたっ!強すぎないっすか!?」
「あーっはっはっはっ!マロンくん、さっきと同じ手法でやられていたのに、トドメになってやっと気が付くなんてねぇ!!」
「もう一回、もう一回しましょう!!!」
わあわあ騒ぎが聞こえる場所を覗くと、対戦型のアーケードゲーム機の前に二人の高校生が居た。クリミツと…、隣の人は誰だろうか。
クリミツより背が低いけど、私と龍牙よりは背が高い。恐らく170cmくらいだろう。そして、私達と同じ制服で、襟にはギリシャ文字の二が輝いている。そして…とんでもないイケメンだ。顎はシュッとしていて、何より切れ長の涼し気な瞳が、魅力的だ。肩まである美しい空色の髪を、後ろで一つに纏めている。うん、モテるだろうなあ。この騒ぎを遠巻きに見ている女性陣も、その人に熱い視線を向けている。
因みに、今私たちが来たことで、紅陵さんにもその視線は向けられた。紅陵さん、格好いいからなあ。クリミツと話している二年生とは、また違うタイプのイケメンだ。紅陵さんは無気力系、二年生の人はクール系、といったところか。
「お、番長。今日も初心者狩り?」
「ああ、紅陵か。それがね、玄人なんだよ。中々いい勝負でねぇ…現在八勝無敗さ!」
「何がいい勝負なんすか!?くっそ…、番長、もう一回、もう一回!!」
クリミツはゲームが物凄く強くて、龍牙も私も勝てたことがない。そんなクリミツにここまで言わせるとは、番長はすご……番長!?
「えっ、氷川涼さんですか!?」
「あの人が番長か。強い奴はイケメンなのか…?」
「ふふふ、僕は有名人だからなあ、知ってて当然…ん?」
得意げに笑った氷川さんだが、私を見つけると、怪訝な顔になった。氷川さんは椅子から立ち上がり、私の目の前まで来た。
「…もしや、紫川鈴さんですか?」
「え、ああ、はい」
「……事情はお聞きしています。わたくし氷川は、紫川さんへの協力は惜しみません。何なりと仰ってくださいね」
にっこり笑った氷川さんが、敬語を使い、私に握手を求めてきた。これは、もしかしたら勘違いをしているかもしれない。
中学生の時も、私のことを根谷組組長である雅弘さんの息子だと知り、雅弘さんへの口聞きをお願いしてくる人が居た。雅弘さんの気使いで、私は裏社会のことを、根谷組とその下の氷川組がある、ということくらいしか知らされていない。そんな私に何か言われても、雅弘さんに進言するつもりは無いから困ってしまう。
氷川涼さんが継ぐことになっている氷川組は、根谷組の下に当たる組だから、もしかしたらそういう意図があるのかもしれない。こういうことは早く気づいて、迅速に誤解を解かないと、逆恨みをされる恐れがある。
私は急いで訂正を試みた。
「あ、あの、私に優しくしても、仕方がないといいますか、その…」
「ああご心配なさらず。貴方のお爺様から貴方のことをお聞きし、私が自ら貴方を守ろうと決意したのですよ。そこに損得勘定はございません、ええ」
氷川さんは感情の読めない顔でニコニコ微笑んでいる。どういうことだろうか。
でもここだと周りの視線があるので、とりあえず私達は駄々を捏ねるクリミツを引きずってゲームセンターを出た。
通路に備えられているベンチに座り、話をする。龍牙は不機嫌なクリミツをスマホゲームで宥めようと頑張っている。紅陵さんはその横で大笑いしていた。クリミツのしかめっ面は面白いからなあ。
二人で話をすることになり、氷川さんは手に何か持って話し始めた。
「…へえ、こういう証明写真は本来の顔より幾分か残念に写るはずなんですけどねえ。まさかこのベールの下に、こんな顔が…なんてねえ」
私の前髪を撫で、ベールと言っている。氷川さんが持っているのは生徒手帳だ。
今の言動からすると、もしかしてその生徒手帳…
「それ私のじゃないですか!返してください」
「惚れた、というよりは、親近感が湧いたんですよ、貴方に」
突然何を言い出しているのか、この人は。よく分からない。
返してもらおうと生徒手帳を掴んだが、とんでもない握力で、全く手を離してくれない。私が両手で掴んで体全体で引っ張っても、氷川さんは片手だけで掴んで離さない。ついでに言うと、1mmも動かない。
いくら私が貧弱だからといっても限度があるだろう。なんて怪力なんだ。番長の名は伊達じゃない。
「我々、非常に、優秀な顔を持ってますよね。大抵の人間がこの顔を持て囃し、独占したいなどと愚かなことを考える者も居ます。貴方もそうでしょう?」
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氷川さん、怖い、結構怖い。
ずいずいと顔を近づけるので、血走った目が私の眼前に迫ってくる。イケメンもこうなると台無しだなあ。
仲間意識、か。話をまとめると、周りの嫉妬に負けることなく頑張れますよね!ということなんだろう。この人は嫉妬とかそういうものを全て褒め言葉として受け取りそうだ。自分に絶対的な自信があるんだろう。私とは違うような気がするけれど、こんなに熱を込めて語られては否定がしづらい。
「…あ、あの…その…」
「番長、その辺にしとけよ。クロちゃんがビビっちゃってんじゃねーか」
近すぎる顔を前にどうしたらいいか分からない。
戸惑っていると、紅陵さんが氷川さんを引き離してくれた。氷川さんが握っている生徒手帳も取り返してくれた。…無言で繰り広げられた握力バトルには何も触れないでおこう。
そうだ、この二人、不良校のツートップだった。
「お二人って、氷川さんが番長で、紅陵さんが裏番なんですよね?」
「ああそうだな、俺の方が喧嘩が強い。だが俺には人が寄って来ないからな、人望があるコイツの方が適任なんだよ」
「ふふ、紅陵はかなりの色情狂でしてね。寄ってきた取り巻きや舎弟希望者を全員抱いたという伝せっっ」
目の前を物凄い勢いで紅陵さんの腕が通過していった。その拳は氷川さんの頬を捉えている。
鈍い殴打音と共に、氷川さんがとんでもない吹き飛び方をする。軽く空中に浮き、地面に叩きつけられた。
…何で?
「……えっ、え!?紅陵さんっ!?」
「ちょっ、今の音…、へえっ!?氷川先輩大丈夫っすか!?」
「………裏番…やべぇな」
「……ぅ、…ぐうっ…、きゅ、急に…何だい…紅陵っ…」
氷川さんはバンバンに腫れた右頬を抑え、切れた口端から血を流している。龍牙はそんな氷川さんに駆け寄り、抱き起こした。
驚きと恐怖で紅陵さんを見れば、紅陵さんは何ともない顔で、どこから出したのかチョコの詰まったトッペを咥えている。いやいやいや。
「クロちゃん」
「…は、はい?というか、どうして氷川さんを殴ったんですか!?」
「今の、本気にした?信じた?」
今の、とは、取り巻きや舎弟希望者をうんぬんかんぬんという話だろうか。
私は、噂や本人以外からの話は参考程度に聞いておき、あまり信用しないようにしている。真偽は本人に聞くのが一番だ。
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「紅陵さん、本当にやったんですか?」
「いや…やって…、あ、いや、うん、やった。15、6くらい。でも、流石に全員は…その」
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結構やらかしていた。まず男子高校生の経験人数が二桁いくこと自体珍しいだろう。くらい、とは、数え切れないほどということか。それとも、そういうことに慣れているのか。
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いや、待て私。
紅陵さんとはそういうことをしたくないと思っていたはすだ。
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心を落ち着かせ、返事を考える。そうだ、強い強いと謳われる裏番の紅陵さんだからこそ、聞きたいことがあったんだ。
「…合意の上でしたか?」
力が強い人は、それを振りかざしてやりたい放題するから。今日、私を空き教室に連れ込んだ渡来君達がいい例だ。相手の抵抗を力で抑え込んで無理やり事に及ぶことは、最低最悪の行為だ。紅陵さんがもしやっていたら、絶対軽蔑する。
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待て…、待て待て私!
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私、また何かしたかな。
「…その顔って?」
「その顔だよ、自分で分かるだろうが」
「分かんないよ…、私、どんな顔してる?」
「あー、いいよ、いい。分からないなら、いい…ごめん、何でもない。…俺帰るわ」
急に、どうしたのだろうか。突き放された気分だ。でも、自分がどんな顔をしているかさえ分からないのなら、龍牙に呆れられたって仕方ないのかもしれない。
龍牙は鞄を乱暴に手に取ると、走り出してしまった。
あんな顔をして、どこへ行ってしまうんだろう。
「待ってっ、待ってよ龍牙!!…クリミツ、離して!!」
「俺が行く。…お前は一人になるとろくな事にならないからな、覚えがないとは言わせないぞ。ダブル番長、鈴のことおなしゃーっす」
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冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語
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