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黒の帳 『一つ目の帳』
龍牙の本音…?
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考えなきゃいけないこと、聞かなければならないことが沢山あると判明した。
だが、とりあえずお弁当を食べなければ。お腹が空いているともう何も考えられない。
そう考え、鞄を開けた。
「…あっ」
お弁当はあった。それはいい。
紅陵さんに渡す予定だったお菓子。それは強い力で潰されたように、へこんでしまっていた。
朝だ。
朝、遅刻しそうで教室に走って、その勢いで龍牙にぶつかって、その時に踏んだんだ。
…今日もし会えても、渡せなかっただろうな。このように潰れてしまっては、中身も無事ではないだろう。
偶然に偶然が重なったことで、紅陵さんが学校に居ないことを喜ぶべきなのか。何だか、紅陵さんが学校に来ていようと、お菓子が潰れてなかろうと、私は紅陵さんと話すことは出来ない、と言われているようで、悲しくなってきた。
私が呆然としていると、龍牙が横から鞄を覗いた。
「あっちゃあ、ベッコベコじゃん。俺もらっていい?アイツにはこんなの渡さないだろ」
「………龍牙」
「ん?」
「…何で、嬉しそうなの?」
そう、龍牙は満面の笑みを浮かべていた。
私の表情を見た上で、笑っている。
「マジ?俺そんな顔してた?」
龍牙は無自覚だったみたいだ。自分がどんな顔してるかなんて、案外分からないものなんだな。
それにしても、龍牙はそんなに紅陵さんが嫌いなのか。そこまで気に入らない理由が分からない。
何だか、この龍牙は嫌だ。
いつもの無邪気で眩しい龍牙とは全然違う。
真っ暗だ。
「……………紅陵さんのことになると、龍牙、嫌だ。すごく、冷たい」
私がそう話すと、龍牙の機嫌が目に見えて悪くなっていくのが分かった。
あまり向けられたことの無い、軽蔑の籠った龍牙の視線が、私を不安にさせる。
「…………お前こそさ。久しぶりに会ったってのに、なーんか他の奴とばっか居るし。冷たいのは鈴の方だろ」
「…何それ。龍牙だってそうじゃんか」
「はは、俺は自分をエロい目で見るような奴とは仲良くしねぇよ。それくらい分別つく。それで何かあったら自己責任だ。周りに迷惑だってかかるしな。鈴だって、それくらい分かってると思ったんだけどな~」
向けられているのは、軽蔑と失望だ。
何が、何がそこまで気に入らないんだ。
C組の人達のこと?
紅陵さんのこと?
仲良くするのは、おかしい?
C組なら、龍牙だって認めてくれたと思っていた。
紅陵さんだって、一緒にカフェ行ったり、お昼食べたり、だから、黙認してくれたと思っていた。
小学生の時、他の子と仲良くなれなくて落ち込んでいた。そんな私を元気づけてくれた龍牙。大丈夫、絶対友達になれる、そう言ってくれた。
でも今は、違うのかな。私が、大勢と仲良くなりたいと思うことを、認めてくれないのかな。
私たちのやり取りを見てクリミツが慌てているのが分かった。でも、龍牙の馬鹿にしたような口調が引っかかってしまい、私は反論したいという衝動を抑えられそうになかった。
「あーあ、鈴変わっちゃったな」
変わったのは、私?
違うだろう。
「…変わったのは龍牙だよ。私だって色々な人と仲良くなりたいんだ。そういう目で見られてたとしても、友達として接していけば」
「そういうのさ、ビッチって言うんじゃねぇの?」
…今、なんて、言われた?
「おいッ、龍牙そこまでにしとけ!」
「鈴、可愛くなったもんな。俺は居なかったから知らねーけど、中学でもどうせチヤホヤされてたんだろ?男侍らしてさ、友達として仲良くしようねなんて言って皆に気ぃ持たせてさ、弄んで」
「うるさい」
龍牙の口から出る言葉を止めたくて、震える私の喉が出せたのはその四文字だけだった。
龍牙が喋っていることが、言葉が分かっても、意味まで頭に入ってこない。龍牙が、私を、どんな風に思っているかなんて理解したくないからだ。
中学でも、私を蔑む人達にそんなことを言われた。だから、言われるのは初めてではないし、そう誤解されることがあるというのも理解している。否定してくれた人は居たし、私自身もそういった意見はそこまで気にしていない。
でも、でも。
龍牙に言われるなんて、
龍牙に、そう思われているなんて、
考えたこともなかった。
心のどこかで、龍牙だけは、何でも私のことを分かってくれている。いつだって味方で居てくれる。そう思い込んでいたのかな。
クリミツは中学で虐められて、怖かった。でも、龍牙は変わってない、龍牙だけはずっと私の味方、私のヒーローって、そう思ってたんだ。
でも、違った。
「へえ、やっと出た反論がうるさい?何だそれ。結局認めてんじゃん。何にも否定出来てねぇんじゃん。やっぱり鈴ってそういう奴ってことでいいんだよな?」
「龍牙、もう止めろ、止めろって」
やっぱりって、何。
元から、そういう人間って、私が、人を誑かす人間だって、思ってたの?
いつから、そう思ってたの?
反論したくても、怒りのあまり言葉が浮かばない。この憤りは、何なんだろう。裏切られたことに対する失望のようなものだろうか。
「あーショックだ。あんなに純粋だった鈴がさ、今じゃ裏番とかやらしー不良とかとベタベタしてんだもん。ふっ、尻軽って奴?何て言うんだっけな、こういう気持ち悪いやつ。散々誑かして」
こんな悪口、もう聞いていられない。
「うるさいって言ってるでしょっ!?」
冷静になれなかった私の口から出たのは、ただ感情に任せた苛立ちの言葉だけだった。
感情的になった私を見て、龍牙は少し驚いた顔をした。だがそれもすぐ軽蔑に変わる。小馬鹿にした笑顔で、私をじっと見つめてくる。
「…………じゃあ一人で居ろ。着いてくんなよ」
「頼まれなくたってそうする」
「ああそう。もう一人で過ごせばいいよ。お前にはオトモダチがいっぱい居るもんな」
「…少なくとも、今の龍牙みたいに悪口は言わない友達だから、楽しく過ごせる」
「友達だと思ってんのはお前だけだ」
悪口の応酬で、今までにない程、心が軋むのが分かった。朝の教室で交わしたやりとりとは程遠い会話。
友達だと思っているのは、私だけ。
きっと龍牙は、性的に見られているんだと言いたかったんだろう。でも、こうも聞こえた。
龍牙は、私を友達とも何とも思っていない、と。
そう思ったら、もう、喉が張り付いて、言葉が出なくなった。息が止まりそうだ。こんなに苦しいのは、クリミツに初めて叩かれた日以来のことだ。
「ほらクリミツ、聞いただろ。アイツは一人でも大丈夫だ」
「……でも」
「クリミツ、来い」
「……………ぃ…き、なよ、クリミツ」
「…悪ぃな、鈴」
二人が私から離れて行く。勢いよく扉を閉めていき、その音が静かな教室に響いた。
クリミツは、中学で、私から離れていった。
龍牙は、龍牙は?
私、また虐められるのかな。今度は二人なのかな。龍牙って、本当は、クリミツが私を虐めていたことを知っているんじゃないかな。だから、私に、こんな冷たいのかな。
それとも、私は、龍牙が言うようなビッチなのかな。私が変わったから、気持ち悪くなったから、二人は離れたのかな。
「すっげー修羅場だった…」
「俺らの教室でやるなよ」
「…黒猫ちゃん、ちょっと迷惑だよ。今のうるさい」
「ぁ…ああ、すみません。何だか熱くなっちゃって。うるさくしてすみませんでした!」
そうだ、ここ、二年生の教室じゃないか。先輩方に迷惑をかけてしまった。今の言い争いはうるさかっただろうなあ。私はここの教室で匿ってもらっている立場なんだ。身の程を弁えなければ。
「全く…」
「にしても、物凄い喧嘩だったな。ダチに対してあんなことよく言えるぜ」
「ね~、友達だと思ってんのは紫川だけとか、マジキレすぎっしょ」
先輩方は大笑いしている。すぐに手が出る喧嘩ばかりのここで口喧嘩なんて珍しいんだろうな。それに、彼らからしたら全くの他人事だ。
二年生は私の様子を見ると、何か尋ねてきた。
「紫川、弁当食べないの?」
「あ…何か、食べる気無くしちゃいました」
「じゃあ俺にくれ、肉ある?」
「唐揚げならありますよ。お箸もどうぞ」
いつもならお腹が空くと我慢が出来ない。
それはそうなのだけど、今はそれどころじゃなかった。今までにない感情の起伏で心が大荒れしている。だがもう動揺が一周して逆に冷静になっていた。
唐揚げは、紅陵さんが食べたいって言っていたから、龍牙が大好きだから、今日は三つ入れてきた。結局、全部意味は無かったけど。
弁当箱の蓋を開けた二年生が歓声をあげた。
「すっげ!お前の母ちゃんすげぇな!」
「あ、私自分で作ったんです」
「うわあああ嫁に欲しいっ!もしかして唐揚げも?」
「手作りです」
「えっ、本当?オレにもちょうだい!」
「黒猫ちゃん料理出来るんだ…僕にもくれないか」
「はい、三つしかないですけど、どうぞ」
心がギリギリと締め付けられる。心に、穴が空いたような喪失感に襲われる。龍牙に言われた悪口が深く突き刺さっている。
痛くて痛くて、堪らない。あの軽蔑の目が、瞼に焼き付いて忘れられない。
だが、全部、全部無視して、二年生に笑いかける。やっぱり男子高校生ってお肉大好きだよね。唐揚げは大好評だ。皆とシェアするのが楽しいから、肉料理は欠かさず弁当に入れていこう。肉団子とか、ミニハンバーグとか美味しいかな。
唐揚げを口に入れた二年生達の顔が、みるみるうちに輝いていく。
「………!!!」
「…ふっ、ふふっ、この優秀な僕に、美味しいと思わせるなんてね」
「冷めてても美味しいっ!!」
「ふふっ、ありがとうございます!」
皆が笑ってくれた。それを見た他の二年生が何だ何だと近づいてくる。唐揚げが無くなったことを伝えると、皆、むすっとした顔になった。食べられた三人は誇らしげだ。そんな競走しなくていいのに。卵焼きや葉野菜のおひたしも食べ、先輩方は全部平らげた。
男子高校生の手作り弁当に男子高校生が騒ぐ絵面が面白くて、お腹は空いていたけどとても楽しかった。
笑う時に引き攣った口元には、気付かないふりをした。
楽しいはずなのに、どこか空虚な自分の心にも、気付かないふりをした。
だが、とりあえずお弁当を食べなければ。お腹が空いているともう何も考えられない。
そう考え、鞄を開けた。
「…あっ」
お弁当はあった。それはいい。
紅陵さんに渡す予定だったお菓子。それは強い力で潰されたように、へこんでしまっていた。
朝だ。
朝、遅刻しそうで教室に走って、その勢いで龍牙にぶつかって、その時に踏んだんだ。
…今日もし会えても、渡せなかっただろうな。このように潰れてしまっては、中身も無事ではないだろう。
偶然に偶然が重なったことで、紅陵さんが学校に居ないことを喜ぶべきなのか。何だか、紅陵さんが学校に来ていようと、お菓子が潰れてなかろうと、私は紅陵さんと話すことは出来ない、と言われているようで、悲しくなってきた。
私が呆然としていると、龍牙が横から鞄を覗いた。
「あっちゃあ、ベッコベコじゃん。俺もらっていい?アイツにはこんなの渡さないだろ」
「………龍牙」
「ん?」
「…何で、嬉しそうなの?」
そう、龍牙は満面の笑みを浮かべていた。
私の表情を見た上で、笑っている。
「マジ?俺そんな顔してた?」
龍牙は無自覚だったみたいだ。自分がどんな顔してるかなんて、案外分からないものなんだな。
それにしても、龍牙はそんなに紅陵さんが嫌いなのか。そこまで気に入らない理由が分からない。
何だか、この龍牙は嫌だ。
いつもの無邪気で眩しい龍牙とは全然違う。
真っ暗だ。
「……………紅陵さんのことになると、龍牙、嫌だ。すごく、冷たい」
私がそう話すと、龍牙の機嫌が目に見えて悪くなっていくのが分かった。
あまり向けられたことの無い、軽蔑の籠った龍牙の視線が、私を不安にさせる。
「…………お前こそさ。久しぶりに会ったってのに、なーんか他の奴とばっか居るし。冷たいのは鈴の方だろ」
「…何それ。龍牙だってそうじゃんか」
「はは、俺は自分をエロい目で見るような奴とは仲良くしねぇよ。それくらい分別つく。それで何かあったら自己責任だ。周りに迷惑だってかかるしな。鈴だって、それくらい分かってると思ったんだけどな~」
向けられているのは、軽蔑と失望だ。
何が、何がそこまで気に入らないんだ。
C組の人達のこと?
紅陵さんのこと?
仲良くするのは、おかしい?
C組なら、龍牙だって認めてくれたと思っていた。
紅陵さんだって、一緒にカフェ行ったり、お昼食べたり、だから、黙認してくれたと思っていた。
小学生の時、他の子と仲良くなれなくて落ち込んでいた。そんな私を元気づけてくれた龍牙。大丈夫、絶対友達になれる、そう言ってくれた。
でも今は、違うのかな。私が、大勢と仲良くなりたいと思うことを、認めてくれないのかな。
私たちのやり取りを見てクリミツが慌てているのが分かった。でも、龍牙の馬鹿にしたような口調が引っかかってしまい、私は反論したいという衝動を抑えられそうになかった。
「あーあ、鈴変わっちゃったな」
変わったのは、私?
違うだろう。
「…変わったのは龍牙だよ。私だって色々な人と仲良くなりたいんだ。そういう目で見られてたとしても、友達として接していけば」
「そういうのさ、ビッチって言うんじゃねぇの?」
…今、なんて、言われた?
「おいッ、龍牙そこまでにしとけ!」
「鈴、可愛くなったもんな。俺は居なかったから知らねーけど、中学でもどうせチヤホヤされてたんだろ?男侍らしてさ、友達として仲良くしようねなんて言って皆に気ぃ持たせてさ、弄んで」
「うるさい」
龍牙の口から出る言葉を止めたくて、震える私の喉が出せたのはその四文字だけだった。
龍牙が喋っていることが、言葉が分かっても、意味まで頭に入ってこない。龍牙が、私を、どんな風に思っているかなんて理解したくないからだ。
中学でも、私を蔑む人達にそんなことを言われた。だから、言われるのは初めてではないし、そう誤解されることがあるというのも理解している。否定してくれた人は居たし、私自身もそういった意見はそこまで気にしていない。
でも、でも。
龍牙に言われるなんて、
龍牙に、そう思われているなんて、
考えたこともなかった。
心のどこかで、龍牙だけは、何でも私のことを分かってくれている。いつだって味方で居てくれる。そう思い込んでいたのかな。
クリミツは中学で虐められて、怖かった。でも、龍牙は変わってない、龍牙だけはずっと私の味方、私のヒーローって、そう思ってたんだ。
でも、違った。
「へえ、やっと出た反論がうるさい?何だそれ。結局認めてんじゃん。何にも否定出来てねぇんじゃん。やっぱり鈴ってそういう奴ってことでいいんだよな?」
「龍牙、もう止めろ、止めろって」
やっぱりって、何。
元から、そういう人間って、私が、人を誑かす人間だって、思ってたの?
いつから、そう思ってたの?
反論したくても、怒りのあまり言葉が浮かばない。この憤りは、何なんだろう。裏切られたことに対する失望のようなものだろうか。
「あーショックだ。あんなに純粋だった鈴がさ、今じゃ裏番とかやらしー不良とかとベタベタしてんだもん。ふっ、尻軽って奴?何て言うんだっけな、こういう気持ち悪いやつ。散々誑かして」
こんな悪口、もう聞いていられない。
「うるさいって言ってるでしょっ!?」
冷静になれなかった私の口から出たのは、ただ感情に任せた苛立ちの言葉だけだった。
感情的になった私を見て、龍牙は少し驚いた顔をした。だがそれもすぐ軽蔑に変わる。小馬鹿にした笑顔で、私をじっと見つめてくる。
「…………じゃあ一人で居ろ。着いてくんなよ」
「頼まれなくたってそうする」
「ああそう。もう一人で過ごせばいいよ。お前にはオトモダチがいっぱい居るもんな」
「…少なくとも、今の龍牙みたいに悪口は言わない友達だから、楽しく過ごせる」
「友達だと思ってんのはお前だけだ」
悪口の応酬で、今までにない程、心が軋むのが分かった。朝の教室で交わしたやりとりとは程遠い会話。
友達だと思っているのは、私だけ。
きっと龍牙は、性的に見られているんだと言いたかったんだろう。でも、こうも聞こえた。
龍牙は、私を友達とも何とも思っていない、と。
そう思ったら、もう、喉が張り付いて、言葉が出なくなった。息が止まりそうだ。こんなに苦しいのは、クリミツに初めて叩かれた日以来のことだ。
「ほらクリミツ、聞いただろ。アイツは一人でも大丈夫だ」
「……でも」
「クリミツ、来い」
「……………ぃ…き、なよ、クリミツ」
「…悪ぃな、鈴」
二人が私から離れて行く。勢いよく扉を閉めていき、その音が静かな教室に響いた。
クリミツは、中学で、私から離れていった。
龍牙は、龍牙は?
私、また虐められるのかな。今度は二人なのかな。龍牙って、本当は、クリミツが私を虐めていたことを知っているんじゃないかな。だから、私に、こんな冷たいのかな。
それとも、私は、龍牙が言うようなビッチなのかな。私が変わったから、気持ち悪くなったから、二人は離れたのかな。
「すっげー修羅場だった…」
「俺らの教室でやるなよ」
「…黒猫ちゃん、ちょっと迷惑だよ。今のうるさい」
「ぁ…ああ、すみません。何だか熱くなっちゃって。うるさくしてすみませんでした!」
そうだ、ここ、二年生の教室じゃないか。先輩方に迷惑をかけてしまった。今の言い争いはうるさかっただろうなあ。私はここの教室で匿ってもらっている立場なんだ。身の程を弁えなければ。
「全く…」
「にしても、物凄い喧嘩だったな。ダチに対してあんなことよく言えるぜ」
「ね~、友達だと思ってんのは紫川だけとか、マジキレすぎっしょ」
先輩方は大笑いしている。すぐに手が出る喧嘩ばかりのここで口喧嘩なんて珍しいんだろうな。それに、彼らからしたら全くの他人事だ。
二年生は私の様子を見ると、何か尋ねてきた。
「紫川、弁当食べないの?」
「あ…何か、食べる気無くしちゃいました」
「じゃあ俺にくれ、肉ある?」
「唐揚げならありますよ。お箸もどうぞ」
いつもならお腹が空くと我慢が出来ない。
それはそうなのだけど、今はそれどころじゃなかった。今までにない感情の起伏で心が大荒れしている。だがもう動揺が一周して逆に冷静になっていた。
唐揚げは、紅陵さんが食べたいって言っていたから、龍牙が大好きだから、今日は三つ入れてきた。結局、全部意味は無かったけど。
弁当箱の蓋を開けた二年生が歓声をあげた。
「すっげ!お前の母ちゃんすげぇな!」
「あ、私自分で作ったんです」
「うわあああ嫁に欲しいっ!もしかして唐揚げも?」
「手作りです」
「えっ、本当?オレにもちょうだい!」
「黒猫ちゃん料理出来るんだ…僕にもくれないか」
「はい、三つしかないですけど、どうぞ」
心がギリギリと締め付けられる。心に、穴が空いたような喪失感に襲われる。龍牙に言われた悪口が深く突き刺さっている。
痛くて痛くて、堪らない。あの軽蔑の目が、瞼に焼き付いて忘れられない。
だが、全部、全部無視して、二年生に笑いかける。やっぱり男子高校生ってお肉大好きだよね。唐揚げは大好評だ。皆とシェアするのが楽しいから、肉料理は欠かさず弁当に入れていこう。肉団子とか、ミニハンバーグとか美味しいかな。
唐揚げを口に入れた二年生達の顔が、みるみるうちに輝いていく。
「………!!!」
「…ふっ、ふふっ、この優秀な僕に、美味しいと思わせるなんてね」
「冷めてても美味しいっ!!」
「ふふっ、ありがとうございます!」
皆が笑ってくれた。それを見た他の二年生が何だ何だと近づいてくる。唐揚げが無くなったことを伝えると、皆、むすっとした顔になった。食べられた三人は誇らしげだ。そんな競走しなくていいのに。卵焼きや葉野菜のおひたしも食べ、先輩方は全部平らげた。
男子高校生の手作り弁当に男子高校生が騒ぐ絵面が面白くて、お腹は空いていたけどとても楽しかった。
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