皆と仲良くしたい美青年の話

ねこりんご

文字の大きさ
102 / 153
黒の帳 『一つ目の帳』

意外な相談相手 その二

しおりを挟む
もっと、もっと気軽に捉えられたらいいんだ。

私はいちいち重たく考えて…いや、紅陵さんの問題は本当に重たい。クリミツのイジメだって、龍牙にバレたら本当に、取り返しがつかなくなる。
決して気楽な問題、軽い問題ではない。

どうしたら、どうしたら…。


悩み続ける私は、以前天野君に連れて行かれた階段裏でしゃがみこんでいた。
ここならきっと、誰も来ない。一人で悩める。天野君にも龍牙にも、一人にさせてという言葉は聞こえただろうから、ここで気がすむまで考えよう。

少し、苦しい。
何だろうか、この苦しさは。
息苦しいのだけれど、物理的なものではなさそうだ。精神的なもの?

先程から私を蝕む、この、息苦しさは何だろう。
パニックになった時、激情に呑まれそうになった時のあれに似ている。過呼吸、だろうか。

「…ふ、……ぁ…っ…」

急に感情に襲われるのではなく、ジワジワと、毒のように何かが這い上がってくる。心臓が早鐘を打ち、呼吸が出来ているはずなのに息苦しくなってくる。

息苦しいのは、怖い、嫌だ。

「…は、はっ、は、は……ぁ…、はーっ…」

涙まで滲んできた。本当に、なさけない。

胸のあたりを握り、下を向いて落ち着こうとした。だけど、どうにも収まらない。
ぼたぼたと床に出来ていく染みを見つめながら、私は考えた。

どうして私って、こんななんだろう。
メンタル弱いし、自衛出来ないし、悩みを解決出来ない。おまけに人に頼りっぱなし。
小さい頃も、今も、ずっと。

「はっ、フーっ、あ"ッ…、う、う"ぅ…、はぁ…」

嫌いだ、大嫌いだ。

…ああそうだ。
寝てしまえば、簡単に忘れられる。
悩んでいたこと自体は覚えているが、自分の思考に振り回されるこの苦しさだけは忘れられる。
寝て、しまおうか。

泣いたことで頭がクラクラし、その浮遊感に任せて床に倒れようとした。


その瞬間、誰かの手が伸びて、倒れる私を止めた。

「……ぇ…」
「………」
「…あま…の、くん……?」

顔を上げると、見慣れた青髪が見えた。それと、心配そうな天野君の顔も。
一瞬安心しそうになったが、あることを思い出し、私は天野君から離れた。

「…ひ、ひとりに、してって…言ったじゃん」
「………過呼吸になって泣く奴なんか放っとけねぇよ」
「来なかったら分からないでしょ…」
「馬鹿野郎!そんなんでぶっ壊れたらどうすんだ!!」

急な大声に、思わず体を硬直させてしまった。天野君は、どうしてここに居るんだろう。
天野君は驚く私を見て、きまりが悪そうに頭の後ろをかいた。

「…悪ぃ。でも俺、悩み抱えてぶっ壊れた奴を知ってっからさ。余計に気になって…」
「……何が気になったの?」
「お前の、考え込んでます~って感じの顔。口しか見えねぇから何となくだけどな」

そう言うと、天野君は私の隣に座った。一人に、して欲しいのに。

例え辛くて苦しかろうと、その末に壊れたとしても、全ては自業自得なのだから、問題ない。

でも、分かっている。過呼吸と涙を見せられて大人しく立ち去らない人は、何を言っても離れてくれないだろう。天野君には言うだけ無駄だ。

私は、天野君にも嘘をついているんだよな。『りん』は、私だ。天野君が横山君のことを気になり始めているのだったら、尚更早く突き放さないと。悩まなくていいことで悩まないで欲しい。強くて可愛い横山君と、弱っちくて顔だけの私では、比べるのさえ烏滸がましいというものだ。

私は考え込み、天野君は黙って隣に座っている。その沈黙を破ったのは、天野君だった。

「…悩み、話せよ。片桐との喧嘩みたいにさ、俺が聞いてやる」
「………ぃ…やだ」
「…………俺についての悩みだからか?」

それについてもあるけれど、一番は紅陵さんとクリミツだ。無言で首を振ると、天野君はため息を吐いた。

「…めんどくさいでしょ私、教室戻ったら?」
「………熊」
「…え?」
「お前、熊のこと知ってるだろ。勿論動物のほうじゃなくて、人間のあだ名的な意味だぞ」

熊、熊…か。

中学での、クリミツのあだ名だ。
その巨体で人をバタバタと倒していく強さから、いつしかそう呼ばれていた。

どうして天野君が知っているんだろう。

「…何で天野君がそれを……」
「……それはどうでもいいだろ。つーかその感じ、熊のこと知ってんだな?熊って誰だ」

天野君は熊が誰かを知っているわけではないみたいだ。熊が人間だと分かる会話をどこかで聞いたんだろう。
この話題はバクダンが埋まっている。天野君の聞いた話によっては、クリミツのイジメがバレる。熊が紫川をいじめてたらしいぜ、みたいな内容だったら一発でアウトだ。

天野君と龍牙はもう仲良くなっている。私じゃ天野君の口止めは出来ないし、天野君に話せば龍牙にバレるかもしれない。

そうなったら、龍牙とクリミツと居られなくなる。そんなの嫌だ。

「………言いたくない」
「…ダチか?」
「言いたくないって言ってるでしょ」
「熊なら…栗田か?」
「どうでもいいから。もうこの話おしまい」
「終わらせない。意地張ってないで正直に言え。熊のことで何か悩みがあるって丸わかりだぞ」

天野君はどうしても知りたいらしい。熊が誰かなんて、私の悩みが何かなんて、どうでもいいだろう。

龍牙との喧嘩の相談に乗ってくれたこと。
あれは、泣く私が近所の小さな子供に似ているからやってくれたんだ。近所の小さな子供は過呼吸にはならないだろうし、こんなに性格は悪くない。

「あるんだろ」
「ないです」
「ある」
「なーいーでーす」
「あーるー」

放っておいてくれたらいいのに、天野君は喋りかけてくる。これでは考えが纏まらないし、天野君の追及も止まらない。

ここは逃げてしまおう。

「無いったら無いの、はいこの話終わり。私は別のところに行くから」
「待てコラッ…」

立ち上がって歩き出した途端、天野君に勢いよく襟を引っ張られた。その強い力に私が踏ん張れるはずがなく、簡単に倒れてしまった。
だけど、床の固い衝撃は無かった。私が倒れたのは、天野君の体の上だったからだ。

「…ご、ごめん」
「そう思うなら逃げるな」
「それは無理」
「じゃあこうしてやる」

肩をがっちり掴まれ、起き上がれないようにされてしまった。胡座をかいて座る天野君。そのお腹に頭を預ける体勢で私は仰向けに寝転んでいる。

「…首痛い」
「逃げないなら離してやる」
「………一人にさせて欲しいだけなんだって。無理やり話を終わらせようとしたのはごめん。一人になりたかったからなんだ」
「…………あのな。お前が一人になって、ぐすぐす泣いて、ボロボロになってるのが気に入らないんだ。泣くのも悩むのも全部俺の見える所でやれ」

天野君はそう言うとそっぽを向いてしまった。その頬には少し赤みがさしている。照れくさいのだろう。

天野君って、こんなに優しいんだ。

ただ単に気に入らなくて、自分が落ち着かないから、と言うかもしれない。でも、それが優しいってことだ。私を、気にかけてくれている。

ちょっと嬉しいな。

でも、泣くのも悩むのも全部天野君の近くでやれなんて、それは少々横暴じゃないだろうか。

「そんな無茶な…」
「黙れ」

口調こそ命令口調なものの、肩を掴む力は酷く弱い。これなら逃げられるんじゃないか、そう思うくらいだ。

「…そんなに話したくないなら、悩みは言わなくていい。その代わり、一人になるな。分かったか」

どうして天野君はここまで親身になってくれるんだ。優しいから、なのかな。
不思議だな、天野君って。どういう人か分からないや。優しいのか横暴なのか。あ、不器用な優しさなのかもしれないな。

…こんなに優しくしてもらったのは、いつぶりだろう。

周りの人たちは冷たいわけではないけれど、いつも、一歩引いていた。
お願いだから一人にしてよ、
悩みは一人で解決したいんだ、
そう言うと皆、私から離れてくれた。

一人きりで泣いていたのを救ってくれたのは、中学のあの人以来だ。泣いていたところを慰めてくれて、シナノンちゃんのハンカチを渡してくれたあの人。蜂蜜色で、すぐに死んでしまったあの人。あの時くれたハンカチは、今でも家に、大事に飾っている。

あの人の優しい口調とは全く違うけれど、落ち着くな。
そう、落ち着くんだ。
過呼吸になりかけて、泣いて、私は疲れていた。そこで安堵に包まれるとどうなるだろう。

「おい、返事は。おい……鈴?」


私の意識は、眠りに呑まれた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話

みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。 数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

モブらしいので目立たないよう逃げ続けます

餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。 まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。 モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。 「アルウィン、君が好きだ」 「え、お断りします」 「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」 目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。 ざまぁ要素あるかも………しれませんね

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

俺の親友がモテ過ぎて困る

くるむ
BL
☆完結済みです☆ 番外編として短い話を追加しました。 男子校なのに、当たり前のように毎日誰かに「好きだ」とか「付き合ってくれ」とか言われている俺の親友、結城陽翔(ゆうきはるひ) 中学の時も全く同じ状況で、女子からも男子からも追い掛け回されていたらしい。 一時は断るのも面倒くさくて、誰とも付き合っていなければそのままOKしていたらしいのだけど、それはそれでまた面倒くさくて仕方がなかったのだそうだ(ソリャソウダロ) ……と言う訳で、何を考えたのか陽翔の奴、俺に恋人のフリをしてくれと言う。 て、お前何考えてんの? 何しようとしてんの? ……てなわけで、俺は今日もこいつに振り回されています……。 美形策士×純情平凡♪

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。 そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語

処理中です...