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黒の帳 『一つ目の帳』

幼馴染み

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遠藤さんが鼻血を出し、紅陵さんが罵倒するが、それにさえ遠藤さんは興奮する。そんな二人を見ていられず、とりあえず私は誰かに話を聞くことにした。



天野君。
助けられて、大騒ぎの中勢いで逃げてきたから、たくさん聞きたいことがある。

私の顔を知っていたこと、それでも助けてくれたこと、龍牙のこと、渡来のこと…。


一年生のクラスメイトと話している天野君が見えて、私は話しかけようとした。

「天……ん?」

くい、と制服が引かれている。不思議に思って振り向けば、俯いている龍牙がいた。

「…龍牙?」
「………」
「どうしたの?」

聞いても、龍牙は何も答えない。無言で下を向いたまま、私の制服を離してくれない。

「あー、龍牙?」

龍牙は何も喋らず、私に抱きついてきた。

「…そっか、怖かったね」
「………俺、は…」

相当、怖かっただろう。本当に申し訳ない。ぽんぽんと頭を撫でると、龍牙がか細い声で何か話し始めた。

「うん」
「…ごめんなさい」
「えっ、何で龍牙が謝るの?」
「さっき、あほすずって、いった。すずは、おれのこと、守ってくれたのに」

そう言うと、龍牙はより強く抱きついてきた。押し付けられる頭の力も強い。

「……ごめん。ごめんなさい」
「…いいよ、大丈夫。私も結構、めちゃめちゃなことしちゃったから」
「俺、鈴が、自分のこと生贄みたいにするから、すげえ、てんぱって、それで、す、すずに、八つ当たりみたいに、おこっちゃって」
「うん、うん」

ぐす、と鼻をすする音が聞こえ、龍牙の声も震え始める。泣きそうになりながら話してくれる健気な姿に、私まで泣きそうになった。

「鈴っ、もっと、自分のこと、だいじにして」
「…うん」
「お、俺を、傷つけて、ごめんなさいって、言ってたけど、お、お、俺より、すずの方が、きずついてるっ…、それに…」

否定をしたかったけれど、龍牙がここまで言うのなら、そうなのかもしれない。私は理不尽な目に遭いすぎて、感覚が麻痺しているのかも。

「わっ、わっ、悪い、のは、渡来だっ…、俺も、鈴も、わるくない」
「そうだね、うん」
「……それと、慣れてるって、なんだよっ…鈴、あ、あんな、怖いの、何回も、されたこと、あんのかよ……っ」
「……うん」

頷くと、龍牙の腕の力はより強くなった。頭もぐりぐりと押し付けられ、私は困惑してしまう。そんなに、私のことを心配してくれているのか。

「鈴」
「なあに」
「…助けに来てくれて、ありがとう。…怖かった」
「…………助けたのは、私じゃないよ」
「ううん、鈴だ」

龍牙は俯くことを止め、私の顔を見て話を続けた。潤んだ瞳が、赤い目元が、龍牙の感じた恐怖を表している。

「あのね、助けに来たのが、天野でも、紅陵先輩とか氷川先輩とか、みぃくんでも、俺、こんなに、あんしんしないよ」
「……そう、なの?」
「うん。りんちゃんだから、安心する。だから、りんちゃんが、助けてくれたの」

りんちゃん呼び、みぃくん呼び。
龍牙が怖い目に遭ったことを忘れかけるほど、私は胸がきゅうと締め付けられた。可愛すぎる。まるで弟のような龍牙。冷静になれないまま一目散に向かったこの結果が、良かったのか悪かったのかは分からない。
でも、今、龍牙が笑ってくれた。しかも照れくさそうに、すっごく可愛らしい姿で。太陽のような、キラキラした龍牙を、守れたのかもしれない。龍牙は汚れず、また、いつものように笑ってくれるんだ。

二人でほんわか幸せになっていると、廊下の方から気になる声が聞こえた。

「ばっ、番長!?」
「ソイツは…?」
「やあ、ちゃんと解決したみたいだね」

「…氷川さんかな」
「うん、あの声は氷川先輩だ」

紅陵さんだけでなく、氷川さんまで来ているんだ。渡来はかなり有名らしいし、氷川さんとしてもこういうことは見過ごせないのかもしれない。

部屋に入ってきた氷川さん。彼が手にしていた、いや、引きずっていた人に、私たちは愕然とした。

「君たち、怪我は無い?」
「「クリミツ!?」」

制服や髪のあちこちに砂がつき、服装も乱れ、何ヶ所か怪我をしているクリミツ。ぐったりとしている彼は、氷川さんに襟を掴まれ、ずるずると引きずられていた。

「……ぅ…」
「ああ、彼か。色々あってね」

氷川さんはビジネススマイルのような爽やかな笑みを浮かべ、皆の前でクリミツを放り投げた。

「ぅ、ぐッ……あ…」
「あっ、コイツ」
「シーーーーっ!」

気になる会話が今、聞こえた。あっ、と言ったのは、先程私が『龍牙を餌にしようと提案したのは誰か』と問い詰めた時、分からないと答えた人だ。
しかし、天野君がその人に口止めをしていた。

…まさか。

後で、絶対話を聞かないと。

「クリミツっ、大丈夫か、どうしたんだ?」
「ぅ……龍牙…鈴…?何で、鈴が、ここに…」
「こんな怪我…氷川さん、クリミツはどうしたんですか?」

二人してクリミツに駆け寄ると、クリミツは片目を開けて私たちを見た。殴られて晴れていて、もう片目は開かないらしい。

「ははっ、彼に聞くといい。ねえ、マロンくん。どんな言い訳を語ってくれるのか、楽しみにしてるよ!」
「は、…ってぇ……、クソっ…」
「なあ、誰にやられたんだよ、こんな、こんなっ…」

龍牙が眉を下げ、心配そうにクリミツを見ている。私も心配だが、龍牙ほどではない。


私の中に、一つ、疑いが上がっているから。
私の疑いは、もしかしたらあっているかもしれない。
氷川さんの冷たい態度の原因も、もしかしたら。


「…黒猫」
「私…ですか?」
「………随分、勝手なことをしてくれた」
「…………」

氷川さんは私の方を向くと、何の温もりも感じさせない瞳で、私を見つめた。少し気まずかったけれど、私は間違ったことなんかしてない。俯かず、私は氷川さんの目を見て答えた。

「冷静さを失って、一人で行動したのは謝ります。でも、龍牙を助けたかったんです」

氷川さんは暫し私を見つめ、距離を詰めてきた。周りに聞かれない音量で、氷川さんはこそこそと話を続けた。

「…君のお爺様に怒られるのは誰だと思ってるんだ。今回のこともあの人に報告しないといけないのに…」

氷川さんははあ、とため息をつくと、眉間を指でぐいっと押し上げた。まさか、雅弘さんのことだろうか。

「い、いつも、報告してるんですか…?」
「ん?当然だろう。あの人は君の様子をいつも気にかけてらっしゃる。毎日20時の報告を義務付けられているよ」
「…うそ……」
「嘘じゃないよ」

まって、まって、まさか…、

「………こっ、紅陵さんとの、そういう、こととか、学校のトラブルって」
「勿論全て報告しているよ。保健室や空き教室、体育館前のあれこれ、教室での密着、僕が知っていることは、全てね」

私は目を見開いたまま止まってしまった。うそだ、全部筒抜けだったのか。ま、まさひろ、さん、どれだけ怒ってるだろう。

「…あ、そうだ。ゴールデンウィークには一度帰ってくるように、だって」
「おわった…」
「ご愁傷さま。それより、あそこの彼を助けてあげた方が良いんじゃないか?」

氷川さんが顔を向け、私もそちらに顔を向けた。そうして見えた光景は、クリミツに同情してしまう光景だった。

「お前怪我してるだろ、これも、これも、血がついてるし…」
「だっ、だからって、ズボン脱がすことないだろ!!や…やめっ…」
「ダメだ、変なゴミとか入ったらどうすんだよ!」
「わか、分かったから、脱がすのだけはッ…」

真っ赤になって暴れるクリミツと、ぷんぷん怒っている龍牙。

止めてあげないと。






「…鈴」


誰かに呼び止められ、私は振り向いた。


「………話がある」
「…天野君」


見慣れないパーカーの姿。
天野君は気まずそうにしていたが、私の顔をきちんと見ていた。
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