皆と仲良くしたい美青年の話

ねこりんご

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黒の帳 『一つ目の帳』

自覚

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天野君と私は、廊下を歩きながら話をすることにした。部屋や、部屋の周りは賑やかすぎる。

「………あー、鈴から質問してくれ」
「リンさんって呼ばなくていいの?」
「う"ー……」

一番気になっていたことを聞くと、天野君は奇声を上げてそっぽを向いてしまった。

「それ、は…………あー…」
「…怒らないの?」

私は、天野君を騙した。
天野君は、私の顔が好きなんでしょう?
顔に引きずられて性格まで優しいと思い込んだでしょう?

どうして、怒ってないんだろう。

その疑問を込めて質問したのだけど、なぜか、天野君もきょとんとしていた。

「…あ?」
「だから…怒ってないの?」
「何で」
「だって、騙したから…、嘘も、ついたし…」
「………ああ、そうなるのか」

天野君はなぜか一人で納得している。

「…お前みたいな可愛い奴なら、仕方ないだろ。お前が、いや、…あー、リン、うーん…」
「呼びたい方でいいよ」
「………鈴なら仕方ない。最初に鈴だって分かってたら、俺も、あの周りの奴らと一緒だったと思う」
「…田中君とか、遠藤君のこと?」
「田中も遠藤も分かんねぇけど、まあ、クラスの奴らだな。鈴の顔と行動だけ見て、勝手に騒いでたと思う。渡来にも、協力してただろうな」

天野君はそこで言葉をきると、私と目を合わせて真剣な表情をした。

「…だから、仕方ないんだよ。自分の身を守るためだったんだろ?お前は何も悪くない。だから、だから…そんな顔すんなって」

ちょっと、泣きそうだった。
ちょっとだけ、怖かった。

天野君に怒られるかもしれないって、自業自得なのに、怖かったから。

私が下を向くと、天野君がぽんぽんと頭を撫でてくれた。

「………頭ぽんぽんとか、リンさんには出来ないよね」
「うるせ」
「ふふ、ごめん」

天野君の手はすぐ離れていき、私はちょっとだけ寂しくなった。さっき龍牙に撫でてもらえば良かったかな。きっと、足りなかったんだ。

「今日のことは、本当に悪かった、ごめん。…謝っても、謝りきれない。」
「…事情を説明してよ」
「ああ。渡来を引っ掛けるために渡来の企みに乗るってことと、渡来が片桐を狙ってたのは分かるよな」
「うん」

それはさっき話してもらったことだ。渡来と龍牙については、もう、前から知っている。さっき聞いたことで気になることがある。天野君をじっと見ると、天野君は暫し考えた後に、口を開いた。

「…渡来を引っ掛けるのは何でも良かったんだ。番長の機嫌を損ねるようなやつ…他校へのカチコミとかな。渡来が最近企んでたのが、今回のこと。流石にダチだし、そんなの、止めようとしたよ、俺は。でも、……主張したやつがいたんだよ。渡来と企んでるやつ。ソイツは俺よりも強くて、反対した俺をぶっ飛ばして、それで」

「クリミツでしょう?」

尋ねると、天野君は口を閉じた。ぐっと下唇を噛み、下を向いてしまう。

「昨日の朝、天野君言ってたよね。クリミツと関わるのは止めとけって。あれ、こういう意味だったんだね」

分かってはいたけど、もしかしてとは思っていたけど、実際にこんな反応を返されると苦しくなる。なんで、クリミツが。

「…ねえ、何でクリミツが主張したのか、分かる?」

私のことが嫌いだからだろうか。
でも、龍牙まで巻き込むなんて。

「………あの、な。本当は…栗田の作戦は、あー、こうだったんだよ。まず、渡来が片桐を襲う。そんで、栗田が助けに来る。危機から助けてもらった片桐は、…まあ、あとは分かるだろ?アイツはやらせがやりたかったんだよ。栗田が渡来側につくって条件を出すと、やっぱ栗田強ぇから、渡来はそれを受け入れて、その代わりに…………鈴、大丈夫か」

天野君が心配そうに私を見ている。

信じられなかった。
クリミツは、そんなことをする人だったんだ。

龍牙が好きだから、私をいじめる。
龍牙が好きだから、龍牙をあんな目に遭わせる。

…分からない。
どうして、そんな酷いことが出来るんだろう。

「………ねえ、それだと、渡来の企みじゃなくてクリミツの企みじゃ…」
「あー、そうだよな。実は…渡来が、栗田には嘘の日程教えて、こっそり俺たちでやってやろう、って言ったんだ。栗田に、……その…あー、ビデオ、送り付けてやろう、とか言って笑ってたな」

渡来もクリミツも同レベルだ、うんざりする。
どっちもどっちの最低な企みに、私は心底憎いと思った。許せない。
龍牙を、なんだと思ってるんだ。


「あのな、事前に番長と裏番とは話をつけておいたんだ。だから、到着するまでの時間稼ぎしてたんだよ。勿論片桐に手は出させないつもりだった。実際…お前が到着する前、片桐は何が何だか分かってなかったからな」
「…それならそう言って…いや、龍牙をそんな危険な目に遭わせるなんて…いや、私が行かなきゃあんなことは……うーん…」

もしかして、私が状況を悪化させたのか。
その結論にたどり着いてしまい、私は口端が引きつった。いくら、龍牙を餌にする酷い計画とはいえ、ある程度練られていたものなのだろう。天野君の口ぶりからするに、龍牙を傷付けないように終わらせるつもりだったのかもしれない。
それを私という想定外の存在がぶち壊したわけだ。

ああ、でも、龍牙は傷付かずに済んだ。それは当初の目的を達成出来たんじゃないだろうか。私としても、それは嬉しい結果だ。

「…いや、私も時間稼ぎ出来たんじゃない?怖がらせちゃったけど、龍牙は傷付かなかっ…?」

突然、天野君が足を止めた。何かあったのかな。そう思って私も足を止めると、天野君は私の肩に手を伸ばしてきた。特に避ける理由はない。

じっとしていると、壁際に押し付けられ、顎を掴まれた。顔までぐっと近づけられ、私は、鼻と鼻が触れ合うんじゃないかという距離まで詰め寄られた。

「……お前は、こういうこと、されただろうが」

至近距離で見つめられ、私は息の詰まる思いだった。真剣で、ギラギラしていて、怒りに染まっている瞳。渡来の時は怖くて仕方なかったけれど、今は、不思議と怖くない。

「渡来も俺も顔で態度変えたぞ、なあ…今、ここで、渡来みたいに酷いことしたら、お前は…」
「…どうしたの、急に」
「お前は気付いてない。き…傷付いたのは、片桐だけじゃない、お前も…」


天野君の言いたいことは、何となく分かる。龍牙だけじゃなくて私も傷付いているだろう、強がるな、と。私に、我慢して欲しくないんだ。今までも私が辛いことを我慢して、天野君が助けてくれたことは何度もある。だから、今回もそうしてくれるんだろう。

…だったら、そうしてもらおう。

「…うん、怖かった」

そう言うと、天野君は目を見開いた。まるで自分を怖いと言われたみたいな顔だ。

天野君はきっと、自分と渡来を重ねている。『紫川鈴』と仲良くならなかったら、今頃、自分は渡来と一緒に『リン』を傷付けていた、と。

だから今、怖いと言われて、ショックを受けただろう。私の予想は合っていたらしく、天野君はすぐに距離を取ろうとした。そんなことさせない。


私は、天野君の手に自分の手を添え、天野君を見上げた。

「なっ…に、お前…」
「怖かったから、そばにいて」

なんてずるいんだろう。天野君の優しさを、利用している。

私は、嫌われなかったことに、凄く安心している。

しかも、友達の『紫川鈴』が嫌われなかったことより、『リン』が嫌われなかったことに、安心している。友情が失われるより、恋情が失われることを心配していたわけだ。

私は心から訴えたけれど、天野君は顔を背けてしまった。だから、だから、私は、もっとずるいことをした。

「…ね、ぎゅってして」
「………」
「龍牙みたいに、して」

ずるい。
私は、ずるい。

龍牙までダシに使って、私は何を言ってるんだろう。

でも、それでも、ずるいことをしてでも、天野君に抱きしめて欲しい。紅陵さんが私を慰めようとしてくれたみたいに、天野君にも、抱きしめられたい。龍牙と一緒。だから、その、変な意味じゃない。友情でも恋情でも、どっちの意味でもとれるから、大丈夫。

「…っ、ねえ、天野君………あっ」

何も無いこの時間に耐えきれなくなって、私は手を伸ばした。天野君の背に回して、抱きしめようとした。


一歩踏み出した瞬間、天野君は、私を振り払った。



「…………」
「…い、いや、今のは…」


何、自惚れてたんだろう。

『リン』を好きになってもらえたからって、私、調子に乗ったんだ。リンが私だって分かっても、怒られなかったから、天野君が傷付かなかったから、つい、油断してしまった。

きっと、天野君は、私に対する恋情ではなく、友情を再確認してくれたのではないだろうか。ああ、コイツは友達だ、と。

それなのに、私は、何をやっているんだろう。



…でも。

それでも私は、諦めきれなかった。

前髪を退かして、私はもう一度天野君を見つめた。


「…天野君、おねがい」
「………ぁ、わっ、あ…、ぅう…」

上目遣いで天野君を見ると、天野君はみるみるうちに真っ赤になってしまった。目はきょろきょろと動いているし、顔の前で手をぶんぶんと振っている。

でも、私が一歩踏み出すと、天野君は二歩下がった。

「私じゃ、だめなの?」
「えっ、あ、あ、う」

諦めずに距離を詰めると、天野君のことを壁際まで追い詰めてしまった。

「一回だけ、お願い」
「ぉ、おっ、お、俺は、アイツと同類になりたくないっ…」
「天野君は渡来とは違う、だから」
「裏番と一緒なんてごめんだ!!!」

近距離で叫ばれ、私の体は反射で震えた。

裏番と、一緒。

紅陵さんと、一緒。

それは、どういう意味だろうか。

天野君は、私が紅陵さんに好意を持っているということを知っている。

紅陵さんと一緒なんて、ごめんだ。その言葉は、それが、意味することは…、

「………ッ…」
「…あっ、あ……」


考えがいきついた時には、もう、走り出していた。

私、私、なんて恥ずかしいことをしたんだろう。

思えば、行動がおかしかった。

紅陵さんのことが好きなのに、どうして天野君にあんなことを言ったんだろう。

天野君が困惑するのも当然だ。

後で、謝らないと。

紅陵さんと同じ扱いをして、ごめんなさい、って。

でも、謝罪という自己満足の行為なんて、誰も付き合いたくないだろう。




やっぱり、おかしいんだ。
二人を同時に好きになるなんて、おかしいんだ。

私は、おかしい。


間違ってるんだ。
私は、間違ってるんだ。
これは、間違ってるんだ。

私が、私だけが、おかしいんだ。



さっき言われた『顔だけのビッチ』という言葉が頭をよぎり、確かにそうだなと笑いそうになった。


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