離縁の雨が降りやめば

碧月あめり

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3.長雨のあと

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 目覚めてすぐに縁側の引き戸を開けた葵は、晴れた空をぼんやりと見上げた。

 爽やかに澄みきった空には、十日続いた長雨の気配などつゆほどもない。

 葵の住まいも朝からとても静かで、章太郎が乗り込んできた昨日の騒動が嘘のようだ。

 離縁の雨をやませたあと、御蔭は葵を残して縁側から出て行った。

 追いかけて、どこに行くのか、これから自分はどうなるのかと訊ねると、御蔭は葵の髪を撫でて優美に微笑んだ。

『あなたは何も心配せずに、今までどおりにここで過ごしていてください。すぐに会いに来ますから』

 そう言うと、池へと下る道をゆっくりと降りていき、ふっと姿を消してしまった。

 御蔭が姿を消す瞬間を、自分の目で見たのは初めてだった。それに、御蔭のほうから葵になにか明確な約束をくれたことも。

 御蔭との付き合いは随分と長いが、これまでずっと、彼に会いに行くのはいつも葵のほうからだった。だが、庭の池のそばに行けば必ず会えるというものでもなかった。

 太鼓橋の上でいくら待っていても御蔭が姿を現さない日もあって、ときには数日、それが続くこともあった。
 
 美雲神社の敷地に住まう下賎の者。

 そんなふうに御蔭の身分を誤解していた葵は、彼に会えない日が続くと、どこかで飢えて倒れているのではないかと心配で堪らなかった。

 だが、御蔭に会えたり会えなかったりする日があったのは、彼が龍神様だったが由縁なのだろう。

 いつの頃から御蔭を慕うようになっていた葵は、彼の不思議な正体不明さや曖昧さをときに歯痒く思っていた。

 だからこそ、『すぐに会いに来ます』という御蔭からの約束が葵には嬉しかった。

「けれど、龍神様のすぐとは、時間にしてどれくらいなのかしらね――」

 御蔭の右目とよく似た空の色を見上げて、ぽつりと溢す。そのとき。

「葵様、少しよろしいでしょうか」

 部屋の戸の向こうで、マキノの声がした。

「どうぞ」

 縁側から移動して引き戸を開けると、膝をついたマキノが困った顔で葵を見上げてきた。
 
「神主様が、葵様に会いたいとおっしゃっているのですが……」
「今、ここに来られているの?」
「はい、客間にお通ししています。この度の離縁の雨と竜堂家のこと、それから葵様のこれからのことについて話したいと……」

 御蔭神社の神主が葵の住居にやってきたのは、数日前。降りやまない離縁の雨の対応に困って助けを求められたとき以来だ。

 あのとき、何度もしつこく門戸を叩きにくる神主を追い返してくれたのはマキノだった。

 葵が三つのときにここにやってきたマキノは、先代の世話係から「離縁の雨が降りやむまでは龍神の花嫁を俗世の人の目に触れされてはいけない」という厳しい教えを受けている。

 その教えを守っていたマキノは、葵の住居に外の人間を絶対に入れなかった。

 ただ、竜堂家の本家の人間にはどうしても逆らえなかったようで、章太郎の訪問だけは許していたが。マキノのおかげで、葵は随分と守られていた。

 本来であれば、三日三晩降り続いた離縁の雨がやんだあと、龍神の花嫁の世話係だったマキノもその任を降りる予定だった。

 それが十日も異例に降り続いた雨がやんだ後、葵と結婚するはずだった章太郎が追い出されるように美雲神社を去ってしまった。

 章太郎を追い出したのは御蔭の龍神としての力だが、御蔭が姿を見せたのはほんの一瞬。葵を章太郎から助けてくれたときだけだ。

 御蔭の姿は通常は人には見えない。章太郎に制裁を加えたときのように、自らの姿を人前に現すときもあるが、短時間でもものすごい神力を使うため、滅多なことでは行わない。それだけでなく、御蔭は自分の姿を見た者の記憶を操作できるようだ。

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