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6.水中の蓮
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しおりを挟む一直線に向かうのは、先刻、御蔭と別れたばかりの太鼓橋。その袂から池の淵におりると、葵は草履と着物の裾を濡らさないように気を付けてしゃがんだ。
「葵様! そこでいったい何をしているのです!?」
葵が池の水面に器をあてたとき、太鼓橋の上から橙の灯りに照らされた。
額に手をあてながら顔を上げる。目を細めて見ると、太鼓橋の袂に立ったマキノが提灯で葵を照らしてきた。
「早くこちらへお戻りください! 夜中にそのような水辺におられては危険です。足を滑らせたり……ともすれば、物怪の類に足を取られるやもしれません!」
マキノに叱られるのは子どもの頃からしょっちゅうだ。
小言を言われるのには慣れっ子だが、提灯を揺らして叫ぶマキノの声が、今夜はいつにも増してヒステリックだ。
それにマキノの話す内容には少し違和感もある。
龍神の花嫁の世話係として長年葵に仕えてきたマキノは、以前の葵と同じように、龍神の存在も不思議の力も信じていなかった。
幼い葵が御蔭の話をすれば冷たいまなざしで否定してきたし、章太郎が御蔭の怒りに触れた雷を受けたことも、それを見たというシノの話も信じていなかった。
数日前に御蔭が神主の前で小さな雷を落としたときですら、非現実なものを見るようなの目をしていたのだ。
そんなマキノが「物怪に足を取られる」と、非現実的とも思える言葉を口にすることがそもそも違和感なのだ。
(御蔭や池の邸宅のことをどこまで話せばいいかしらね)
苦笑いを浮かべながら、器に薄く水を張る。
器の水面が、月の光に照らされて淡く光る。まるで、切り取られた小さな池のようだ。
葵はそこに蓮の花を浮かべると、険しい顔で提灯を照らしているマキノのところへと戻った。
「何をなさっていたのですか、葵様。その器の蓮は?」
マキノが不審げに葵の手元を見つめてくる。葵も視線を下げると、萎れた蓮の花はその蕾を閉じたままではあったが色艶共に活力を取り戻していた。
「よかった。これで、池からの時の報せもわかるわ」
「葵様、時の報せとは……?」
「話すのが遅くなってごめんなさい、マキノ。じつはわたし、いままで龍神様が暮らす池の中の邸宅にいっていたの」
その瞬間、マキノが何とも言い難い微妙な表情になった。
「それは……真面目なお話をされていますか」
「もちろん。龍神様の邸宅は池の底にあって、人に変化できる美しい鯉たちがいるのよ。池の時の流れで三日後に、わたしと御蔭は正式に祝言をあげなおすのよ」
「申し訳ありません。私は、葵様のお話にうまくついていけそうもないのですが……葵様がいたのは池の中で、そこにはほんとうに豪華な邸宅や人に姿を変える鯉がいたのですか……? それに、葵様が龍神様の正式な花嫁になれるという証拠は……?」
疑わしげに尋ねてくるマキノに、葵は少しむっとした。
「証拠はこの蓮の花よ。池での時の流れを報せてくれるの。この花が咲いたら、わたしはまた池の邸宅に出かけてくるわ」
「それは、おひとりでですか……?」
「そうね、いつかマキノも連れて行けるといいのだけど。御蔭に相談してみなければね……」
夢見心地に話す葵を、マキノが思いつめた目でじっと見つめる。
その夜の葵は、マキノの表情に浮かぶ懸念の色に気付けなかった。
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